かおりさんの連絡先は知っていた。電話番号だけ。
知った理由は、自分の結婚式に出てほしいと電話するため。
自分が結婚式を挙げる時期、かおりさんは諸事情により長期間、
会社を休んでいた。
でも、電話をかけようとは思わない。会社にいるときに、たくさん話をすれば
いいんだと思っていた。社内にある唯一の給湯室。そこに誰が入っていくかは、
かおりさんの席からは丸見えだ。だから、自分がコーヒーでも飲もうと
給湯室に行くとかおりさんが必ずやってきた。そこでする会話なんて、
他愛もないものだった。
昨日、子供がなにしたとか、旦那がこんなこと言ったの酷くないとか、
この服買ってきたんだ〜かわいいでしょ?みたいな、これまでとそんなに
変わらない会話だった。
でも、ひとつだけこれまでと変わったところがあった。会話も終わりに差し
掛かると、かおりさんはあの潤んだ瞳でこちらを微笑みながら見てくる。
自分も、かおりさんの顔を微笑みながら見る。数秒ほど見つめあい、最後に
満面の笑みを見せてかおりさんが言う。
「・・・それじゃ、仕事に戻ろっか☆」
『そうっすねwww』
「またね・・・」
『ういっす!』
お決まりの別れの会話。そして現実に戻る。
たったこれだけで、本当に幸せだった。
・・・回想
高校はクラス全員男子で、女の子とつながりなんてなかった。
部活と勉強に打ち込み、地元から離れた大学に行った。
地元から離れて、知っている人間なんていなかった。
もさい高校生活と比べて、大学生活は周りにたくさんの女の子がいた。
女性経験などない自分であったが、もともとおしゃべりであったことも
あってサークルなどでもすぐに打ち解けた。
嫁さんとはサークルの同級生で、大学に入ってすぐに付き合った。
紆余曲折を経て、大学卒業後ちょっとしてから嫁さんと結婚した。
その間、いろいろな女の子と遊んだ。でも、遊んだだけでそれ以上の関係に
はならなかった。
見た目は肉食系だったが、周りからは嫁さん(当時は彼女)に飼いならされ
ていると思われていたため、向こうも何も思ってこなかった。
今思えば、何も思ってこなかったと思っていたのは自分だけだったのだが。
時はちょっとだけ進む。
2月、繁忙期、くそ忙しい毎日。そんな中、会社の所属する協会活動のイベ
ントがあった。今年はうちの会社の当番であったため、受付や司会、会場
設定等の仕事が山のようにあった。
社長にこの大役を任されたのは、司会がうまい上司、コンピュータ系に詳し
い先輩、何でも屋の自分と、会社でも受付嬢をしている かおりさんだった。
割り振りを社長と上司が決める。受付と会場案内は自分とかおりさんになった。
イベントには、懇親会もある。毎回懇親会の後は、社長や上司はじめ、
偉い人たちはお酒を飲んで、そのまま夜の街へと接待で消えていく。会場も
会社から離れているため、社員も各自の移動手段で解散となる。
懇親会では、参加費用を徴収する。そのため、受付と経理も担当するかおり
さんは会社に戻ってこなくてはいけない。これは、2人きりになるチャンス
かもしれない。本能は理性を凌駕し、良くも悪くも都合のいい方向へと思考
させる。
イベントまでの間、自分は根回しする。できるだけ、みんな直帰するように促す。
平日のど真ん中であるため、みんな簡単に了承する。
あとは、会場に一緒に行く先輩をどうするか。その一点のみだった。
そうこうするうちに、イベント当日を迎える。
イベント当日。
スーツでビシッと決めた自分を、またポ〜っと顔を赤らめてみるかおりさん。
恋する乙女ってのは、やっぱかわいい。
しかし、トラブルが発生する。
上司が「これだけの人数では準備が大変だろうから」と、余計な気を回し
後輩を急きょ一人準備係に追加したのだ。人生はうまくいかない。しかも、
確率論なんて無視して悪いことは重なってゆく。このときは、わからなかった。