結局、三日後の木曜日に、改めて会う約束をしてしまった。
新幹線の改札を見送りながら、ホッとしている自分。
嬉しい気持ちと、悲しい気持ちと、何と言うか…躁鬱が一緒に来る状態。
とにかく疲れた。寝て起きて、会社に行く頃には、昨日の一日自
体が夢だったんじゃないかって。でも、台所の、飲み残したコップ。
うっすらと残っていた彼女の口紅の後を見て、本当に来てたんだな…
なんて、しみじみ思ったり。
それからの三日間は、よく覚えていない。まだ先月の事なんだけど、
例えば今日、朝何食べた?レベルで、憂鬱なのか期待なのか、よく分
からない感情だったからかも知れないけど、とにかく木曜日をひたす
ら待った。
約束の時間に駅で待つ。彼女は来た。何を話そう、何を言おう、何を、
何を…何も浮かばない。用意する言葉がない。挨拶ぐらいしか俺には
用意出来なくて。実際、彼女が何で来るのか、と言う根本的な事すら
飲み込めていない。
来るから仕方なく応対している…事にしたい自分がいる。
反面、何かを期待している自分もいる。
もう、どうしようもない。
『ゴメンね、待った?』
『いや…』
そんな、軽く流している普通の会話の中にも、
懐かしさを感じてしまう。
ただ、素直に喜べない自分が苦痛だった。
恋人と言う過去がなければ、
もっと彼女の事を受け入れられるのに。
どうしても、少しだけ、余所余所しい部分、
丁度いい隙間を残しておきたかった。
ケジメと言うか、何と言うか。
その日、かなり長い時間、
俺は彼女と中田島砂丘で話し合った。
一緒にいる時間が長くなればなる程、彼女が本当に、恋人としての彼女に、
婚約中だった頃の彼女に見えて来て、俺を苦しめる。
海を見ながら、とぼとぼと行きつ戻りつ、フラフラ歩いて、立ち止まって。
定まらない方向へ歩きながら、色々な話をした気がする。
本当は、街中を歩いたり、もっと他に行くべき場所、連れて行くべき
場所はあったのかも知れないけど、どうしても、俺の部屋だけは避け
たくて。
でも、避けていると言う事を知られたくなくて。四日前、久々に彼女
と会った瞬間から、矛盾した思いをずっと抱えさせられている。
疲れた…と思いながら、その疲れさえ心地良いと思ってしまう。
煮え切らない自分を見つめる自分と言うのは、あまり気持ちのいい物
ではない。
余談だけど、凧揚げ祭りの博物館は面白くない。退屈だし。
浜松って言えばウナギ、ってイメージあるけど、実はウナギ屋が多いだけ。
値段高いし。美味しい事は美味しいけどね。
つうか結 局部屋に行った訳ですよ。
中田島で何する訳でもないんですけど、五味八珍でラーメン食って、
あちこちドライブしたら、もう夕方。仕方ないから部屋戻るか…って。
何か、たった一日二日会ってただけで、元通りになてる気がしてる自分が怖い。
千葉の一年間は何だったの?って感じ。
彼女が浮気してようが どうでもいいよもう、みたいな。
すごく楽しかったし、素直に、何も考えずに付き合ってると、
それなりに楽しくて。
馬が会うって言うか、幼馴染と言うか家族ですね、ホント。案ずるよ
り産むが易し、なんて言葉があるけど、その通りだな、って。
でも、聞かないといけない事を全然聞けないでいたんだよ、どうして
来たの?って一言なんだけど。その一言が聞けなくて。
タイミングと言うか、初日、四日前に聞けば良かったと思う。
ただ、何しに来たの?とか、その聞き方も難しくて。
さり気なく聞く方法ってのを探ると言うか。
部屋でくつろいでテレビなんか見てて、
やっぱり静岡はチャンネル違うねー、なんて、
妙な感動をしてました、彼女。
「ずっとコッチにいるつもり?」
「うーん…分かんないな。考えてない。」
「私も来ようかな」
「えー、コッチに?」
「うん」
こんな感じです。俺はもう、どんな顔をしていいのか分からない。
拒否していいのか、受け入れていいのか。意地悪はしたくないし、
拗ねるなんて格好悪い事はしたくないし、とにかくフランクに相手したい。
恨みとか怒りとか、そんな物は千葉の一年間、散々味わったから。
ある意味、俺は抜け殻かも知れない。