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変身
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2人の子供はクラブの新年会で、夕食まで済ますと行って出て行きましたから、今晩は夫婦2人だけで夕食を取ることになっています。


「ビデオ」というフォルダの中では一番古い「20040715」の映像を見た私は、それが妻と男が初めて関係した日の出来事ではないということがわかりました。


この時点で妻は、すでに男から毛ジラミをうつされています。
ビデオの中で確かに妻は男に向かってそういっていました。
つまり、去年の7月15日以前から妻と男は関係を持っているということになります。
さらに妻が男から毛ジラミをうつされたということは、男には妻以外にも女がいるか、風俗で遊んでいるという可能性が大きくなります。


ビデオを見ている間は、あまりの衝撃に、男に対する感情は麻痺したようになっていたのですが、
そんないい加減な男が妻を弄んでいたということへの怒りが急に湧いてきました。


本気の不倫ならば良いという訳ではないのですが、私が唯一無二の女性と感じてきた妻が、
性的な嬲りものとなっているということは、許し難いことでした。


妻も妻です。
こんな脂ぎった、セックスしか頭にないといった感じの男となぜ関係をもったのでしょうか。
私の中の清楚で優しく、美しく上品な妻のイメージが音を立てて崩れていくようでした。



私は、改めてビデオのフォルダの中の映像ファイルをチェックしました。
映像ファイルはぜんぶで11個ありました。
やはり一番古いものは今見た昨年の7月15日のもの、一番新しいものは同じく12月24日のものでした。


これがそれぞれ男の誕生日とクリスマスイブの日付であるということが、妻と男の親密さを表わしているようで私をうちのめしました。


先程のビデオで、妻は前後に張り型を呑み込まされて激しくイキながら、恋人同士のような熱い接吻を男と交わしていました。
それが私を深い絶望の淵へと叩き落とすのです。


ファイル名から判断して、妻と男は、だいたい月2回のペースで会っているようでした。
昨年のカレンダーでチェックすると、曜日は、まちまちですがどちらかといえば土曜か日曜が多いようです。
そうはいっても7月15日は木曜日、12月24日は金曜日ですから、2人の「記念日」なら平日でも都合をつけて会うのでしょう。


私は、ふと「20041204」という名のファイルが2つあることに気づきました。
正確にいうと「20041204a」と「20041204b」というものがあるのです。
どちらも容量は2ギガバイトを超えています。


(そういえば、2人で温泉旅行へ行ったと言っていた……)


12月4日と5日、つまり土曜から日曜にかけて妻と男は2人で温泉に出掛けていたのです。


妻は、私には、短大時代の女友達数人で久しぶりに旅行に行くと説明していました。
私は、他愛もなくそれを信じ、妻が土産として買ってきた温泉饅頭を子供達と一緒に食べたのです。


なんという間抜けな夫でしょうか。
土産物屋で男と2人、仲良く手を組んでいる光景が目に浮かびます。
妻と男は土産を買いながら、寝取られた哀れな亭主のことを笑っていたのでしょうか。
妻と男に対する怒りが一層強く込み上げてきました。


私は思わずその「20041204」という名のビデオファイルをクリックしようとするのを必死で抑えました。
妻はクリスマスイブのビデオの中で、旅行では一晩中責められ、8回イったと告白していました。


妻と男の情事の極限が記録されていると思われるそのビデオを今観てしまうと、
私はこれから帰ってくる妻を殺してしまうかもしれません。
こんな淫乱女のために人生を棒に振り、愛する子供までが世間から後ろ指を指されるようになるなど割りが合わない、
と私の理性が囁いています。



しかし、その淫乱女は私が誰よりも愛した妻なのです。
いえ、正直に言うとビデオの中のすっかり変貌した妻を見せつけられても、その思いは変わらないのです。


すっかり思考停止の状態に陥った私は、無意識のうちに「写真」のフォルダをクリックしていました。
マウスは自然に「20041204」というサブフォルダに移動します。
サブフォルダの中には200枚以上の画像ファイルがあります。


画像ファイルは整理しやすいよう、撮影順に自動的に番号が振られているようです。
私は一番若い番号の画像をクリックしました。


液晶画面一杯に妻の姿が現れました。
それは、私が恐れていたような、あるいは心のどこかで期待していたような裸や下着姿ではなく、
私がこの冬のシーズン初めに買ってあげた、お気に入りのグリーンのコートを着て、車の前でにこやかに微笑む妻の立ち姿でした。


これから2人で温泉へとドライブを楽しむところなのでしょうか。
幸せそうな表情で写っている姿は、先ほど見た男の上で素っ裸で恍惚の表情を浮かべている妻の姿態よりも、ある意味ショックでした。


写真の撮られた場所は、私にも見覚えのある駅前の公園です。
男は大胆にも私の家の近くまで妻を迎えにきたのです。


次の画像をクリックします。
アップになった妻の顔が画面一杯に広がります。
やはり妻は少し恥ずかしげな顔をカメラに向け、にっこりと微笑んでいます。


(どうして他の男にそんな顔を見せるんだ)


次の画像をクリックします。
車のボンネットに片手をつき、モデルのようにポーズを取る妻。
男のものと思われるその車は、メルセデスベンツのAクラスでした。
小さ目のその車体さえ妻と男の親密さを示しているようで、私の心は激しい嫉妬に焼かれます。



次の画像をクリックした私は、一瞬目を疑いました。


妻は今度はボンネットに片手をついたまま、カメラに向けたお尻を思い切り突き出していました。
なんと妻は空いた手でコートとスカートを持ち上げ、黒いシースルーのパンティを丸出しにしています。


何と妻と男は、我が家の近くの公園で野外露出まで楽しんでいたのです。


私はぶるぶる震える手で次の画像をクリックします。
今度はカメラが妻にぐっと寄り、画面一杯に薄いパンティに包まれた妻のお尻が映し出されます。


私は、最悪の予感を覚えながら、次の画像をクリックしました。
そこに現れた画像はやはり妻の裸の尻でした。
突き出された大きな尻に完全に打ちのめされた私は、急いで画像を閉じました。


急に、妻を失うかもしれないという恐怖と悲しみが私を襲いました。
それは先程感じた妻に対する怒りよりもはるかに激しい感情でした。
いや、私は既に妻を失っているのかもしれないのです。


殺しても妻を失う。殺さなくても妻を失う。
私はどうしたら良いのか分からなくなりました。


(とにかく、少し落ち着かなくては……)


考え事をしている間にだいぶ時間が経ってしまいました。
妻が帰って来るまであと1時間もありません。
小説やドラマでは登場人物はこんな時、大抵煙草を吸います。
しかし、私は気管が弱く煙草を吸わないので、珈琲をいれることにしました。


妻にどうやって対処するかを、あと1時間弱で決めなければなりません。
日常的な動作をすれば人は落ち着くものなのでしょうか。
珈琲豆を挽き、珈琲メーカーにいれ、スイッチを入れる。
落ち着いたのは良いのですが、ショックが大きかったためか、私の思考は完全にストップしています。


珈琲がポットの中に溜っていくのをぼんやり見ていると、いきなり玄関のチャイムがなり私は飛び上がるほど驚きました。


「ただいま」


妻が帰って来ました。



***



予定より早い帰宅に何の心の用意も出来ていなかった私はうろたえました。
あわてて玄関に行き、内鍵を外します。


「お、お帰り」
「一人にさせてすみません」


妻は、例の男との温泉旅行でも着ていたグリーンのコートを脱ぎながら、居間に入って来ます。


「あら、珈琲をいれていたの?」


テーブルの上で珈琲メーカーがポコポコと音を立てているのに気づいた妻が、明るい声で尋ねます。


「私の分もあるかしら?」
「あ、ああ……」
「ありがとう」


妻は、そういうと、いそいそと珈琲カップやソーサー、ミルクなどを用意します。
私は、ふと気になって妻のノートPCの位置を確認しました。
いつも置かれている棚の上にあるのを見て胸をなでおろします





私は、無意識のうちに珈琲を2人分入れていたことに気づき、自分が腹立たしくなります。
私が2人分の珈琲を入れ、妻とお茶の時間を楽しむのは、休日の午後の週間になっています。
日頃家事をほとんど手伝わない私のアリバイのようなものですが、
妻はいつも素直に喜んでくれています。


ショックで思考が停止していたため、何も考えずにいつもの通り2杯分を入れたのでしょう。
予定よりも早く妻が帰って来たこともあって、私は完全に出鼻をくじかれた感じでした。


私は仕方なく、妻と2人分のカップに珈琲を注ぎます。
妻は白い小さな手提げ包みを出してくると、テーブルの上に置きます。


「ケーキを買って来たの。あなたの好きなチーズケーキ。2人分だから少し張り込んじゃった」


いつもは食欲旺盛な2人の息子の分を外す訳にはいきませんから4人分になります。
今日は、息子たちの帰りが遅いので内緒で2人で食べましょう、という意味を込めて妻は秘密めいた笑みを浮かべます。


私は、妻がケーキを皿に載せる様子をぼんやりと見つめています。
妻の屈託のない笑顔、少し甘えるような笑顔、
ビデオの中の恥ずかしげな笑顔、幸せそうな笑顔、
そして先程の秘密めいた笑顔、
笑顔だけでも妻はさまざまな表情をもっているのだ、などということを考えているのです。


「どうしたの、人の顔をじっと見て。何かついているのかしら」


妻は笑いながら「どうぞ」とケーキの載った皿を私の前に置きます。


「……今日は随分早かったんだね」
「小夜子の子供が風邪気味らしくて、だいぶ治って来たんだけれど、あまり遅くなると心配だからって早めに切り上げたの」


小夜子さんというのは妻の短大時代の友人です。
たしか妻よりも結婚は遅く、まだ下の子は小学校の低学年だったような記憶があります。


といっても私は、妻の交友関係は詳しくありません。
小夜子さんは妻とは、もっとも親しい友人といってよく、
妻は現在の職場のパートの枠が空いた時、小夜子さんを紹介し、たしか今は課は違うものの同じ本部で働いています。


従って小夜子さんは妻の学生時代の友人であり現在のパート仲間、
そしていわば世話好きな妻は小夜子さんの子育ての先輩ともいえますから、妻の話題にはしょっちゅう登場します。


小夜子さんは私達が今のマンションに越してくる前と、越してからそれぞれ2度ほど、泊まりに来たこともあります。


私は妻が買って来たチーズケーキを口に運びます。
こんなことをしている場合ではない、
ビデオや写真のことを妻に問い詰めなければ、と気持ちは焦ります。
しかし、目の前でいつものように楽しげに、今日会った友人たちの消息を語る妻を見ていると、
これがビデオの中で前後の口を張り型で責められ、
よがり泣いていた女とはとても同じ人間に見えず、言葉が出てこないのです。


まるで家族が留守中にAVを観ていたところ、いきなり妻が帰って来たので慌てている、そんなばつの悪ささえ感じてしまうのです。


「どうしたの、さっきからぼんやりして」


妻が小首を傾げます。
40歳を過ぎた妻ですが、そんな可愛らしい仕草も不似合いではありません。
まして最近の妻の外見の変貌ぶりは著しく、30代前半といっても通るほどです。


明るい栗色の髪はすでに肩まで伸びています。
化粧の仕方も変わったようで、少し派手目のメイクが妻のはっきりした顔立ちを引き立てています。


「いや……」


私は意味のない返事をします。
すると妻は一瞬視線を棚の方へ向けました。
それは、まるでPCの位置を確認したかのようでした。


その時、私の心に、妻は、今日も男と会っていたのではないかという疑念が生まれました。
いや、どうして今までそのことに考えが至らなかったのかわかりません。


PCの位置を確認した妻に、私の直感はそれに間違いないと囁きます。
しかし、どうにも一歩踏み出す勇気が湧いて来ません。


ここで妻を問い詰めれば間違いなく修羅場になります。
ビデオと写真、証拠は押さえていますので、私が負けることはないでしょうが、
今爆発すると息子たちが帰って来るころになっても感情はおさまっていないでしょう。
すると息子たちも妻の汚い姿を知ることになります。


(もっと……ちゃんと確認しよう……)


私は自分にそう必死で言い聞かせます。
すべてのビデオを、すべての写真を、すべてのメールのやり取りを確認した訳ではありません。
ひょっとして妻が男に何かの弱みを握られ、脅されてあのような行為を強いられていたのかもしれないのです。


自分をそうやって無理やりに抑えた私でしたが、
心の底では、そうではないということはとうに分かっていました。
ドライブに出掛ける前の幸せそうな表情、
クリスマスイブのとんでもない衣装に身を包んで男の前で見せた媚態、
そして激しくイキながら男と交わした熱い接吻、
それらはきっかけはどうあれ、妻自身が男との行為を心から楽しんでいたことを示しています。



結局、私には勇気がないのです。
妻を失いたくない、今の幸せを壊したくないのです。
とっくに失っているかもしれない、壊れているのかもしれないということを認めたくないのです。



>>次のページへ続く




 

 

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