戦い
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「やはり美鈴が煎れてくれたコーヒーが1番美味い。長年親しんだこの味を、今日で味わえなくなると思うと寂しいな。もう一杯もらえるか?」
一瞬微笑みかけた妻の顔が見る見る青ざめて行き、この様な形で、別れを切り出すつもりでは無かった私も、急に自分の心臓の音が聞こえ出しました。
「嫌です。私は嫌です。」
「きちんと話す。聞いてくれ。」
妻は、テーブルに泣き伏し、肩を揺すっても泣きじゃくるだけで聞こうとしません。
私は、野田の所で久し振りに吸ったタバコの味を思い出し、家を出ると、タバコを1箱とライターを買い、近くの公園で吸いながら、
“禁煙していたのに、これでまた元に戻ってしまうのかな?”などと考えていました。
1時間ほど時間を潰して家に戻ると、妻は抱き付いてきて、
「許してください。お願いします。許してください。」
そう言うだけで、私の話を聞こうとしません。
「話を聞いてくれ。離婚届を出す訳ではない。」
妻は、私の顔を見上げ、一瞬 泣き止みましたが、また泣き出したので妻を寝室へ連れて行き、落ち着くのを待ちました。
「もう話してもいいか?」
「別れるけれど、離婚届は出さないと言う事ですか?」
「ああ。俺は美鈴と別れたいと思っている。だが、古い考えかも知れないが、あの子供達の為に、2人が結婚するまでは両親揃っていてやりたい。正式に別れるのは それからでも良いと思っている。」
子供達の事を考えれば、これは私の本心なのですが、本当はずるい考えで、この問題を先送りしているだけかも知れません。
しかし妻にすれば、私と別れる事に変わり無いと思えるのか。
「嫌です。私は嫌です。許して下さい。許してください。」
「でもこれは、美鈴が望んでいた事だろ?俺は美鈴を縛り付けたかった。俺自身も縛られたかった。
しかし美鈴は、夫婦でいたいが、その他は自由になりたかったのだろ?美鈴の思い通りでは無いのか?」
それを言われると、妻は泣く事しか出来ません。
「俺の好きだった美鈴は、嘘の嫌いな真面目な女だった。不倫するまでは嘘をつかれた事が無かった。
いや、今までは嘘をつかなければ成らない様な事を、した事が無かったのだと思う。
もっとも、嘘もつかずに
“はい、課長に抱かれました。あなたとは経験出来ない様な快感も教えてもらいました。凄く気持ちが良かったです。気に入りませんか?”
と正直に話されるよりは ましだと思うがな。」
「私、そんな事は・・・・・・。」
「沢山嘘をつかれたが、全ての元は野田との事1つだ。でも今の私には、全て嘘に聞こえてしまう。
許してと言いながら腹の中では、舌を出しているのではないかと思ってしまう。
夫婦にとって一番大事な信頼が無くなって来ている。」
つい厳しく言ってしまいましたが、そこまでは思っていませんでした。
しかし、今は本当に反省して、許して欲しいと思っていても、また何かの切欠で、この様な事が起こらないとも限らないという思いは有り、
「正式に離婚届は出さないので口約束になってしまうが、お互い自由になって考えてみよう。
俺も以前の美鈴は、間違い無く愛していたが、今も愛しているのか考えてみる。
俺を裏切り、他の男と関係を持って、心まで奪われそうになった、今の美鈴を愛して行けるのか考えてみる。」
また、妻が言い返せ無い様な言い方をしてしまいましたが、何度言っても、首を縦に振る事は有りませんでした。
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6月6日(日)の2
しばらく説得していましたが、やはり妻は首を縦には振りません。
「俺が自由に成るだけではない。美鈴も自由だ。
野田と別れてからでは卑怯な気もしたが、やはり、俺を裏切った野田と美鈴の関係だけは、今でも許せない。
今日からの新しい恋は、裏切りに成らないから、好きな人が出来たら俺を気にしないで、付き合ってもいいのだぞ。
野田との関係は、これからも許せないと言っても、美鈴が追い掛けて行ってしまえば、それまでだがな。
野田も両手を上げて歓迎してくれるだろうし。」
「課長とは二度と会いません。新しい恋なんて考えられません。私はあなたを・・・・・・。」
「まあそう固く考えるな。今すぐに見つけろと言っているのでは無い。もしも好きな人が出来たらの話だ。・・・・・・・・・さあ俺も、新しい恋でも探すか。」
その時 妻は、涙がいっぱい溜まった目で、私を睨みつけました。
「嫌です。他の女を見ないで。私以外の女を見ないで。勝手な事を言っているのは分かっています。
こんな自分勝手な事を言える立場で無い事も分かっています。
でも嫌です。あなたがまた私を好きになってくれる様に、愛してくれる様に・・・・私・・・・・・・・・・。」
妻は、また泣き出しましたが、私は考えていた、別れた後どうするかを告げました。
「出来る限り相手を干渉しない。連絡は必要な時だけとする。
同居が始まってからも生活は分け、寝室も別にする。し子供達が帰って来た時は、今まで通りに振る舞う。
好きな相手が出来ても、子供達が結婚するまで正式な離婚はしない。」
ようやく妻は、泣きながら頷きました。
「それと、1番大事なお金の事だが、子供達に掛かるお金や、共同生活に掛かるお金は、収入の割合で負担する事で良いか?ローンの残っているこの家の名義や、他の事は追々決めていこう。それでいいか?」
「いいえ。慰謝料として、私の給料は全額あなたに渡します。生活費は そこから出して下さい。」
「いや。食事も別になるから、美鈴にも自由なお金がいる。それに慰謝料はいらない。美鈴がこんな事をしたのも、私にも何か悪いところが有ったのだと思う。」
「あなたは何も悪くない。みんな私が・・・・・・。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「好きな人が出来ても相手が既婚者の時は、お互い、身体の関係は持たない様にしような。こんな夫婦を、もう出さない様に。」
妻は頷き、
「1つだけ教えて下さい。私にもチャンスは有りますか?またあなたに選んでもらえるチャンスは有りますか?」
「分からない。分からないと言うより、そんな事を考えないで、昔の美鈴ではなくて今の美鈴を、1人の女として見て行きたい気持ちは有る。」
また声を出して泣き出した妻を残し、後ろ髪を引かれる思いで赴任先に戻りました。
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9月15日(水)
8月の末に単身赴任が終わり、我が家に帰って来るまで妻は、電気代がどうしただとか、下らない内容の電話を毎日欠かさず掛けてきて、週末には、相談したい事が有ると言って、毎週赴任先に来ていました。
単身赴任が終わって一緒に暮らし出してからは、慰謝料をとって貰えなかった代わりに、家政婦として仕事で返すと言い、炊事、洗濯、掃除をしてくれ、あんな偉そうな事を言っていた私は、また妻のコーヒーを味わっています。
寝室は別にしましたが、恥ずかしい事に、この家政婦に夜の方まで、毎晩お世話になっている始末です。
妻は何事にも、私に対して必死で、早くも妻をまた選んでも良いかと考えている、本当に情けない私です。
しかし前回も、安心した頃に 問題が持ち上がったので、しばらくは この生活を続けようと思いますが、本当はそれだけの理由では無く、ベッドの中の妻は、私を喜ばせようと更に必死で、今の生活が、居心地が良いのも有ると思います。
だらだらと長い話で皆様を引っ張り、こんな結末で申し訳御座いません。
ただ 全て忘れられた訳では無く、今は自分との“戦い”です。
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