変わり果ててしまった妻
商談が終わってホテルに戻ると、ロビーで若い女性に声を掛けられた。
若いと言っても30代前半のようなのだが、私のような おじさんからすれば随分若く、ミニのタイトスカートに目を奪われてしまう。
「あなたは・・・・・・」
この女性には見覚えがある。
それは二週間ほど前の事。
いつものように出勤前にゴミを出しに行くと、彼女が困った顔で立っていた。
「プラを分けなくては駄目なのですね」
聞けば引っ越してきたばかりで、ここにゴミを出すのは初めてと言う。
「困ったわ。戻っている時間は無いし」
「そのぐらいなら私の袋に余裕がありまするから、良かったら入れて下さい」
彼女とは自治会の事などを説明しながら駅まで一緒に歩いただけで、その後、会う事は無かったが、私の記憶には彼女の事が鮮明に残っていた。
それはゴミを選り分けている間、屈んだ彼女の胸元から真っ赤なブラジャーと共に、白くて軟らかそうな乳房がずっと見えていたからだ。
「出張ですか?」
「はい」
「私は初めての出張で、一度部屋に行ったのですが明かりの点け方が分からなくて」
「ああ。ここは入り口のスイッチの所に、ルームキーに付いているキーホルダーを差し込むのですよ」
「そうですってね。今フロントで教えてもらいました」
彼女と一緒にエレベーターに乗り、私は3階だったので先に降りて部屋に入ると、5分ほどしてドアがノックされた。
「やはり明かりの点け方が分からなくて、ご迷惑かとは思いましたが、何度もフロントに聞きに行くのが恥ずかしくて」
「私の部屋がよく分かりましたね」
「302と書かれたルームキーを持っていらしたから」
私はキーホルダーを抜いて部屋の明かりを一度消し、もう一度差し込んで点けて見せたが、私にぴったりと寄り添う彼女からは、ほのかな香水の香りが漂っていた。
「斜めに差し込むのですね。このようなホテルは初めてなので」
「初めての出張では何かと大変ですね」
聞けば急に上司が来られなくなり、彼女が代わりに来たと言う。
「お食事はどうされました?」
「上司はいつも外に食べに行くらしくて、夕食は付いていないとフロントで言われたので、どうしようかと迷っていたところです」
「大きな声では言えませんが、ここの食事はあまり美味しくないので、私もいつも外に食べに行くのですよ」
この辺りの地理に詳しくないので、ホテルに頼もうと思っていたと言う彼女を誘い、ここに出張した時にはいつも行く居酒屋に行った。
そして私は、久し振りに楽しい時間を過ごす。
それと言うのも一ヵ月ほど前から妻が笑顔を見せなくなり、何を怒っているのか二週間前からは、必要最小限の事以外口も利いてくれない。
このような態度の妻は初めてで、私には これと言って思い当たる事は無かったが、一つあるとすれば妻を誘った時に「その気になれないの」と言って断わられ、今まで訳も無く断られた事が無かった私は、翌朝拗ねて口を利かなかった事がある。
それからはどこかギクシャクしていたのは確かだが、それは三週間ほど前の事で、妻の様子がおかしくなったのはその前からなのだ。
言い訳になるが、妻との関係がこの様な状態でならなければ、彼女を食事に誘う事は無かっただろう。
少し酔いが回ったところで彼女の事を聞くと、年齢は33歳で最近離婚して近所に引っ越して来たと言う。
私も男なので、ほんのり赤く染まって色気が増した彼女を見ていて口説きたくなったが、愛している妻を裏切る事は出来ずに自分を抑えた。
ホテルに帰ってからも、彼女に誘われて、部屋でビールを飲み、彼女がジャケットを脱いだために薄いブラウス越しに見える、豊かな胸を見ていて二週間前の光景を思い出してしまったが、これも このままでは不味いと思って缶ビール一本飲んで退散した。
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そして出張から帰った翌日、妻は11時を過ぎても帰って来ない。
妻も仕事を持っていたので、ある程度の付き合いは認めていたが、連絡も無しに、このように遅くなった事は初めてだ。
それで携帯に電話したが、電源は切られていて、結局 妻が帰って来たのは午前0時を過ぎていた。
「携帯の電源まで切って、こんな遅くまで何処にいた!」
「何処にいたって勝手でしょ!嫌なら離婚しましょう!」
私は驚きで言葉が続かなかった。
このような激しい口調の妻を見たのも初めてだったが、簡単に離婚を口にした事が信じられない。
私が27で、妻が24の時に結婚して18年。
近所でもオシドリ夫婦で通っていて、私もそう自負していた。
ここ最近は少し妻の様子がおかしかったが、それでも私の妻に対する愛は変わらず、妻も私を愛してくれていると信じていた。
その妻の口から離婚という言葉が出た。
「本気で言っているのか?」
「だって、もう私の事を愛してはいないのでしょ!」
妻はバッグから興信所の名前の入った封筒を出すと、その中に入っていた数枚の写真を並べる。
彼女と初めて会った日に、楽しそうに話をしながら駅まで歩く姿。
出張先のホテルのロビーで、笑いながら話す二人。
そして二人は、一緒にエレベーターに乗り込む。
彼女と居酒屋へ行った時の写真もあるが、酔った彼女は帰り道で足元がふらつき、悪い事に写真では私の腕を抱き締めるように掴んでいる。
何よりも決定的なのが、いつの間に撮られたのか、二人で彼女の部屋に入っていく姿まである。
「誰なの!」
「渡辺さんという、ゴミを出しに行った時に知り合った・・・・・」
「下の名前は!」
「名前は聞かなかったから分からないんだ。名字しか聞いていない」
「付き合っていて、そんな訳が無いでしょ!」
「付き合ってなどいない。偶然会って、ただ一緒に食事して」
私は彼女との経緯を詳しく話したが、妻は全く信用してくれない。