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決して記憶してはいけない言葉
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255 :本当にあった怖い名無し:2009/06/07(日) 00:46:41 ID:EmmjiBUO0
わくわく


256 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:47:18 ID:PyPRRLYk0
吉田さんに電話を掛けてきたのは本当に安本という死んだはずの友人だったのか。

事故死を知る前の電話と、研究室に掛ってきた電話、そのどちらもが、あるいは、そのどちらかが。

どちらにせよ怪談じみていて、夜に聞けば もっと雰囲気が出たかも知れない。

二十一歳までに忘れないと死ぬというその呪いの言葉は結局 吉田さんからは聞かされていない。

そのこと自体が、吉田さんの抱いている畏れを如実に表しているような気がする。

俺はまだそのころ、二十歳だったから。

「僕なら、中学時代の友人みんなに電話するね。『安本からの電話には出るな』って」

師匠は笑いながらそう言う。

そして一転、真面目な顔になり、声をひそめる。

「知りたいか。なにがあったのか」

身を乗り出して、返す。

「分かるんですか」

「研究室のは、ね」

こういうことだ、と言って師匠は話し始めた。

「ヒントはトイレに行って帰ってきた直後に電話が掛ってきたって所だよ」

「それがどうしたんです」

「その当事者の吉田先輩と、語り手である君が揃って研究室から離れている。

そして向かったトイレはその階のものが以前から故障中で使えないから、二つ下の階まで行かなくてはならなかった。

ということは、研究室のリュックサックに残された携帯電話になにかイタズラするのに十分な時間が見込まれるってことだ」

イタズラ?

どういうことだろう。




258 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:50:15 ID:PyPRRLYk0
「思うに、その吉田先輩は普段からよくリュックサックに携帯電話を入れているんだろう。

それを知っていた他の二人の先輩が、君たち二人が研究室を出たあと、すぐにその携帯を取り出す。

安本という死んだはずの友人から電話を掛けさせる細工をするためだ」

「どうやって?」

「こうだ」

師匠は俺のPHSを奪い取り、勝手にいじり始めた。そして机の上に置くと今度は自分の携帯を手に取る。

俺のPHSに着信。

ディスプレイには「安本何某」の文字。

唖然とした。

「まあ、卵を立てた後ではくだらない話だ」

師匠は申し訳なさそうに携帯を仕舞う。

「まず吉田先輩の携帯のアドレスから安本氏のフルネームを確認する。

それからそのアドレス中の誰かの名前を安本氏のものに変える。あとはリュックサックに戻すだけ。

できれば その誰かは吉田先輩にいつ電話してきてもおかしくない友人が望ましい。

『時限爆弾式死者からの電話』だね。

ただ、タイミングよくトイレの直後に掛かってきたことと、無言電話だったことを併せて考えると『安本何某』にされたその友人に電話をしてイタズラに加担させたと考えるのが妥当だろう。

ということは、その相手は同じ研究室の共通の友人である可能性が高い」

師匠はつまらなそうに続ける。

「結局、ディスプレイに表示された名前だけで相手を確認してるからそんなイタズラに引っ掛かるんだよ。

普通は番号も一緒に表示されると思うけど、いつもの番号と違うことに気付かないなんてのは旧世代人の僕には理解できないな」

まだ言っている。

しかし、どうにもそれがすべてのようだった。



259 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:52:52 ID:PyPRRLYk0
俺もすっかり醒めてしまい、あんなに薄気味の悪かった出来事が酷く滑稽なものとしてしか脳裏に再生されなくなった。

吉田さんが その時すでに死んでいたはずの安本さんと電話で話をしたという一件も、なんだか日付の勘違いかなにかで片が付きそうな気がしてきた。

空調の効いた学食で もう少し涼んでいこうと思って、レシートに表示されているの総カロリー量をぼんやり眺めていると、窓の外に目をやっていた師匠が乱暴にお茶のコップをテーブルに置いた音がした。

見る見る顔が険しくなっていく。

「そんな……」

ぼそりと言って、眼球が何かを思案するようにゆるゆると動く。

俺はなにがあったのかさっぱり分からず、じっとその様子を見ていた。

「おかしいぞ」

「なにがですか」

「さっきの話だ」

ドキッとした。まだなにかあるのか。もう終わった話のはずなのに。

「勘違いをしていたかも知れない」

師匠はタン、タン、と人差し指の爪でテーブルを叩きながら眉間に皺を寄せた。

「その吉田先輩は、研究室にいるときに掛かってきた『安本氏』からの無言電話に、どこから掛けてきているのか問いただしたあと、なんて言った?」

「え? ……だから、『木の下にいるのか』って」

「それはどういう意味だ」

「さあ。そのあと本人、すぐ帰っちゃいましたから」

師匠は目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。

「その、吉田先輩は、相手はなにも喋らなかったと言ったな? ということは、言葉以外のなんらかの情報でそう思ったわけだ」

目を開けて、少し顔を俯ける。




264 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE :2009/06/07(日) 00:59:33 ID:PyPRRLYk0
「安本氏の死因はバイク事故。ガードレールを乗り越えて谷に転落して死んだって話だな。

そこから例えば霊魂が木の下にいるというような連想が湧くだろうか。

いや、どうもしっくりこないな。

ということはやはり、あの電話の最中になにか情報を得たということだ。

言葉でなければ音だ」


音? 師匠がどうして そんな所に拘るのか分からず、首を捻る。

「そうだ。音だ。背後の音。

例えばダンプカーのバックする警告音、パチンコ屋の騒々しさ、クリアなステレオの音……

どこから電話しているのかある程度分かってしまうことがあるだろう」

「それはまあ、ありますよね」


「じゃあ、木の下の音って、なんだと思う」


言われて、想像してみる。木の下の音?

なんだろう。木の葉が風に揺れる音?

それだけ聞かされても、分かるものだろうか。

師匠は笑うと、口元に指を立て、目を閉じた。

静かにして、耳を澄ませ、と暗に言っているらしい。

目を開けたまま、周囲の音に神経を集中する。ざわざわした学食の中の雑音が大きくなる。

それでもじっと聞き耳を立てているとそれらがだんだんと遠くへ離れていき、逆に俺の耳は遠くの控えめな音を拾い始めた。

……じわじわじわじわじわじわじわじわ……

テーブルの向かいにいる師匠の姿が遠く、小さくなっていく錯覚に襲われる。

「蝉ですね」

師匠は目を開けて、頷いた。

「この声だけはすぐにそれと分かる。

こうして窓を閉めた建物の二階でも聞こえるけど、実際木の下に行けば、凄い音量だ。

木の下に限らず、木のそばでもいいけど、そこはただ単に言葉の選択の問題だな。

ともかく、吉田先輩は その蝉の声から相手が今どこにいるのかを連想したわけだ。

ところが、だ」

師匠は急に立ち上がった。



266 :本当にあった怖い名無し:2009/06/07(日) 01:03:53 ID:PyPRRLYk0
「ちょっとここで待ってろ」

「え?」

手の平を下に向けて、座ってろのジェスチャーをしてから師匠は踵を返すと学食の出口に向かって歩いていった。

取り残された俺は その背中を見ながら動けないでいた。

どうしたんだろう。

ただ待っていろという指示だが、話が見えないので気持ちが悪い。


お茶を汲みに行っても駄目だろうか。そう思って何度も出入口のあたりを振り返っていると、いきなり自分のPHSに着信があった。

心臓に悪い。師匠からだった。

軽く上半身が跳ねてしまった照れ隠しに、舌打ちをしながら鷹揚な態度で通話ボタンを押す。

「はい」

「……」

相手は無言だった。


え? 師匠だよな? 番号は確認してないけど。

背筋を嫌な感じの冷たさが走る。

「もしもし?」

「……ああ。聞こえるか」


「なんだ。おどかさないでくださいよ」

「僕の声が聞こえるんだな」

やけに小声で喋っている。


「はい。聞こえますよ」

「今、どこにいるか分かるか?」


「さあ? 学食の近くでしょう」

席を立った時間からいってもそう離れてはいまい。

「じゃあ、僕の席に移動して、窓の外を見てみて」

言われた通り立ち上がって席を移る。

そしてPHSを耳にあてたままガラス越しに窓の下を見た。

すぐに分かった。

師匠が建物から少し離れた場所にある並木の下に立って、手を振っている。

思わず手を振り返す。

「もう一度聞く。僕は、今、どこにいる」




>>次のページへ続く
 
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