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私の「初めて」の話をしようと思う
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132 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:01:07.74 ID:B9W0hmlt0.net
結論から言うとタムラは単に病棟を移っていただけだった

昔いた小児病棟から北部病棟というところの最上階に移っていた

私は看護師から受け取った面会証を手に持ったまま走っちゃいけない廊下を走った

病室の前に立ったとき私は あらためて夜の病院の暗さを思い知った

足元の蛍光灯に青白く照らされた廊下が左右にどこまでも続いてる


私はタムラの病室のドアをノックした



133 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:03:31.09 ID:B9W0hmlt0.net
わざと大きな音で、それも二回もノックしたのに返事がない

私はもう耐えられなくて、ドアのとってに手をかけた

あっさりとドアが開いて、中から白い光が漏れてくる

「あ?」

ベッドの上にあぐらをかいたタムラがそこにはいた



134 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:11:26.78 ID:B9W0hmlt0.net
「なにしてんの、おまえ」

「なにしてんのじゃないわよ」

目が涙ぐんできた、いかんいかん、と思いながら私は言いたいことだけ言おうとする


「ばかじゃないの、心配かけて」

「だから、何言って……」

「あんたが変なメール送ってきたんじゃないの!」

「だ、なんのことだよ、メールって」

タムラは本気で意味が分からないという顔をしていた

私も相当意味が分からない顔をしていただろうから、傍から見たら相当ヘンな光景だっただろう

私は携帯の画面を開いてタムラに見せる

「……こわ」

「そりゃこっちのセリフよ」

いっきに気が抜けて、私は折りたたまれていた丸椅子をひっぱってきてタムラのベッドの横に座った




135 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:13:54.98 ID:B9W0hmlt0.net
曰く本当にタムラはメールを送った覚えがなかったらしい

送信日時をあらためて確認したら

「15/08/13/03:24」となっていた

「寝ぼけて送ったのかな……」

タムラは寝ぼけたようなことをほざく

寝ぼけるなら立場をわきまえて寝ぼけやがれという話だ



136 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:19:42.46 ID:B9W0hmlt0.net
私はため息をつきつき「何やってたの」と訊ねる

タムラが開いていたパソコンの画面にはチェスの盤駒が表示されていた

「もしかして試合中だった?」

「や、そうじゃなくて」

タムラはおもむろにパソコンをシャットダウンする

「スコア見てたんだよ」

「スコア?」

「戦いの記録、みたいなやつだよ」

ふうん、と言いながら私はシャットダウン処理をするパソコンの画面を眺める

スコアの先攻が"Special Thanks"というタムラが昔から使っているアカウント名になっていたのを私は確かに見た



137 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:22:57.44 ID:B9W0hmlt0.net
「つうか、なんだよそれ」

「え?」

タムラは包帯ぐるぐる巻きの左手を指さす


「また骨折したのかよ」

「ちがうわ」

「じゃあなんかで切ったとか」

「まあ……そんなとこ」

私は言葉を濁す

タムラはそれ以上訊かなかった

私はふっと思いついて、「一勝負しよっか」と言ってみた




138 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:28:09.70 ID:B9W0hmlt0.net
実に三年ぶりにタムラとオセロのボードを囲む

タムラは難しい表情でボードを眺めていたが試合が始まると いつもどおり刺すような真剣なまなざしになった

昔と同じだけハンデをつけたから昔と同じようにちょろっと負かされるかと思ったら、意外と互角くらいのゲームになってしまって私は ちょっと戸惑った

あげくにはなんと最終的に僅差で私が勝ってしまった

唇をかんでいるタムラに私は何を言ったものかわからなかった

「もう一試合だ」とタムラは絞り出すように言った

今度は一試合目が嘘のように、ちゃんと容赦なくボコボコにされた



139 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:35:24.18 ID:B9W0hmlt0.net
それからタムラはじっと黙り込んで何も言わなくなった

窓の外にはかすんだ白い月が出ていた

私はそれを眺めるタムラの横顔を眺めていた


「オオシマ」

「?」

「ちょっと、右手見せてみろ」

私は言われるがままに右手を差し出す

ここのところの作業で私の右手は すっかりたくましくなってしまっていた

指はマメとタコだらけだし皮は ところどころすっかりカチカチだ

タムラはそれをしばらくひっくり返したりして検分していた

それからゆっくりとため息をつき、「……今日はもう帰れ」と、おもむろにそう言った



140 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:40:44.85 ID:B9W0hmlt0.net
私が作業に戻ったのは怪我をしてから1週間後のことだ

ゆっくり体を慣らし勘を取り戻すように、私は一日一日作業時間を延ばしていった

私のいない間に母さんは作業をところどころ進めてくれていた

とりわけ私には難しい細かい部分がきれいに仕上げられていた

ありがたさが身に染みた



夏が終わり、少しずつ風に涼しさがまじりつつあった

日が短くなり、しだいに冬に向かっていく

私にはそれが、世界がまるごと刻一刻と夜に向かっていくかのように思えた



141 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 01:49:13.30 ID:B9W0hmlt0.net
『チェスを愛する人のためのマガジン 月刊ChessNuts 11月号』より――

「ランキング戦 一転して混戦に」

世界で数百万人が利用するオンラインチェス対戦サイト『ChessUnivers.com』の定期順位戦。

残すところ二週間となり大詰めを迎えつつあるここにきて、ランキング上位争いにおいて波乱が生まれつつある。注目すべきはこの波乱の種が正体不明の「ジャパニーズ」である点だ。

謎の「日本人プレイヤー」によってランキング表がどう塗り変わっていくかに注目が集まっている。


今なお順位を上げつつあるアカウント"Special_Thanks"が彗星のごとく登場したのは一週間前のこと。

それまで四〇〇位前後を浮沈していた"Special_Thanks"氏は、突如グループ内勝率八割の驚くべき好成績をあげ、一躍上位に おどりでた。

ランキングを上げ二桁台にまで登りつめたのちもトッププレイヤー層に勝ち越しつづけ、ほぼ確定的と見られていたトップテンの勢力図を大きく塗り替えている。

もっとも"Special_Thanks"氏がここから全勝したと仮定しても、勝ち点の計算方式上逆転優勝には至る可能性は残念ながら皆無。

優勝の可能性がない中で戦況を大きく変えつつある氏は言うなれば「トリックスター」として戦場を荒らし回っているわけである。

やにわに現れ片っ端から黒星をベタベタとつけていく、上位層からすれば迷惑この上ない話とも言えるかもしれない。

インターネットの匿名掲示板においても"Special_Thanks”氏に関しては さまざまな憶測や噂が飛び交っている。

最も有力な説は氏を帰化日本人の若手ホープではないかとするものであるが、説によっては「"Special_Thanks"非日本人説」を唱えアジアリーグの現役トッププレイヤーの個人名を挙げるものもある。

しかし「古風と言えるほど堅実な序中盤の指し回しを特徴としつつも抜群のセンスで盤面の微かな「破れ目」を看破し そのままねじふせる力強さはある意味新世代的とも言える」

という指摘にはたしかに説得力があり、「"Special_Thanks"氏若手ホープ説」は有力と言えるかもしれない。

残すところ二週間まで来た『ChessUnivers.com』ランキング戦。大詰めに向けますます分からなくなった結果に期待が高まる。




>>次のページへ続く
 
カテゴリー:人生・生活  |  タグ:泣ける話, 青春, これはすごい,
 


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