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二重人格
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ですから、並木純子の言う通り、妻のことを疑ったことなど露ほどもありませんでした。
「竹下先生、あなたのお立場では、なかなか信じてもらえないと思います。けれども、私が言ったことに嘘偽りはありません。誇張もしていませんよ」
「信じがたい話ですが、どうか、奥様のために信じてあげてください。あら、料理が冷えてしまいますわ」
それから、運ばれてきた料理に手をつけながら、私と並木純子は会話を交わし続けました。
突然に呼び出され、本意ではなかったにせよ、遙海のことを話題にして、誰かとじっくりと話すことを心の底で私は待望していたのかも知れません。
その時、何を食べ、何を飲んだのか、私には ほとんど記憶がありません。それほどに私は並木純子の話に引き込まれていました。
「ビデオで私のこともご覧になったのね?」
「ああ、見たよ……」
食事がほぼ終わった頃、適当にアルコールも入った二人の間には、それまでの敵対する緊張感とは違う空気が流れ出しているようでした。
「恥ずかしいわ……」
そう言って顔を伏せた純子は、敏腕の精神科医ではなく成熟した一人の女でした。頬やうなじが少し赤らんでいるのはアルコールのせいばかりではないようです。
「あれは、君にとっても治療の一環だったのじゃないのか?」
それには答えず彼女は今宵のお開きを宣しました。口調とどおりの冷静なものに戻っています。
「明日はお互いに勤務がありますので、今日はこの辺りでお開きにしましょう。今日は突然だったのにお付き合いしていただいてありがとうございました」
「私が本当のことだけをお話したことを信じてください。奥様のために……」
「よろしければ、週末にお会いできませんか? もう少しお話ししたいこともありますので……」
承諾のしるしに頷くと彼女はパッと美しい顔を輝かせましたが、その顔には安堵とともに別の不思議な表情が浮かんでいました。
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