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水遣り
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「これは君と松下さんだね」
「えっ、松下さんとは会っていない筈では」
「己を知れば百戦危うからずだ」
私は日付日時の事を説明します。所長は日付の部分をじっと見ています。
「此処を見なさい、この部分が他とは色合いが違う」
確かに違います。
「多分、いや間違いなく、佐伯が自分のPCで時刻部分を切り取り、嘘の時刻を貼り付けたのだろう。なんと稚拙な事を」
「その稚拙な事に妻は騙された」
「普通はそこまで見ない。まして奥さんは動転していた。気がつく訳がない」
媚薬に目を移します。
「これは裏では有名な媚薬だよ。どんな女でも いちころだ」
「これを妻は使われていた」
「しかし、酷い奴だ、佐伯は。写真と言い、媚薬と言い手段を選ばない。卑劣な奴だ」
佐伯が卑劣であろうとなかろうと、騙されたのは妻です。
いや騙されたのではなく、妻はそれにのっただけかも知れません。
「宮下さん、君は佐伯を どうしたいんだね」
「頭の整理がついていません。出来れば殺してやりたい」
「そうだろうな、しかし、それは出来ない。奥さんの方は?別れますか?」
「余計な事だ」
「失礼した。人生相談ではなかったな」
”別れますか?”この言葉に困惑します。別れなど考えたこともなかったのです。
真相を知り男を叩きのめす、これしかありません。
妻と別れられるのか、それとも一緒に暮らせるのか、今の私には考えがつきません。
「佐伯の身上調査は火曜日には纏まる。取りに来るといい。ところで中条さんとは会ったかね?」
「中条さん?」
「佐伯の別れた奥さんだ」
「あ、今日お会いしようかと」
中条さんと会った後、佐伯の所へ乗り込む積りです。
「直ぐ会った方がいい」
「そうします。では失礼」
興信所を出る私の背中に声が掛かります。
「困った事があったらいつでも来てくれ。人生相談の窓口は開いてる」
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中条さんのお宅へは車で40分程度の距離です。
椿の垣根で囲まれた質素なお宅です。呼び鈴を押します。
「はーい」
「宮下と申します。山岡さんに言われて伺いました」
客間でしょうか、8畳の和室に通されます。
物静かな女性です。女の一人暮らしのせいでしょうか、凛とした表情が漂っています。
「どうぞ、お座りになって下さい」
「はい、今日は失礼を省みずお伺いしました」
「どうぞ、気楽になさって下さい」
「あのー」
聞こうとしている事が事だけに中々口火が開けません。
「ご主人の、いえ失礼、佐伯の、いえ佐伯さんの・・」
「佐伯でいいんではないですか。もう私は あの人の妻ではありません」
「無礼を承知でお聞きします。佐伯とはどうして、そのう、離婚を」
「短兵急な方ね。お茶も未だですのよ。それに ご自分の事は何もお喋りになってないわ」
「失礼しました」
妻と佐伯の事の大筋を話します。
「御免なさい。本当は山岡さんから聞いていたの。貴方が死にそうな顔をしてるから、ちょっと言ってみたの」
「そうですか」
「佐伯も昔はいい人だったわ、私にも優しくしてくれた。8年前に変わったわ。手術をしたんです」
「手術?何処か悪かったのですか?」
「いえ、そうじゃ無いんです。男の手術です」
「男の手術?」
男の手術つまり佐伯は男根の増大手術をしたのです。話によりますと、佐伯のそれは勃起時で大人の男性の中指を少し太くした程度だったそうです。
佳子さんは それで感じ満足もしていたのです。
しかし、コンプレックスを持っている佐伯は悩んだ末、佳子さんに無断で手術を受けてしまうのです。
「手術から回復して、どうだと言わんばかりに私に見せるのです」
それは正視に耐えるものでは無かったそうです。
大きくはなりました、しかし出来の悪い大人のオモチャのようにゴツゴツしたグロテスクな物だったそうです。
「こんな恐ろしい物、おぞましい物、見る事も出来なかったわ」
それ以後、佳子さんはセックス拒否症になり、夫婦はセックスレスになったのです。
「佐伯の性欲は強い方だったと思います。我慢出来なくなったのでしょうね、それと新しい物を試したかったのでしょう。浮気を繰り返すようになったの」
「それで離婚を?」
「いいえ、違います」
佳子さんは佐伯の浮気は自分のせいだと言います、自分が拒否したせいだと。だから我慢できたと。
「何人目かの相手が妊娠したの。人妻だったわ。ご主人に知られて離婚、貧しい生活のようでした」
その人妻は、認知は出来ないまでも、我が子だと認めて欲しい、若干の養育費を貰えないでしょうかと佐伯にお願いしたのです。
その事は、佳子さんの知る所となりました。
「私は了承したの。もし彼女が望むなら子供を養子として引き取ってもいいと」
佐伯夫婦には子供が居なかったのです。
佐伯の相手の人妻が妊娠した事実だけでも、佳子さんには相当ショックだったでしょう。にも関わらず彼女は養育費、更には相手が望めば子供を養子にして引き取るまでの決意をしたのです。
彼女が3度目に家に来た時の事です。
「佐伯は彼女に言ったの。”この子は本当におれの子供か?俺以外にも男は居たんだろう?”って」
彼女は ”酷い”の一言を残して、泣きながら帰ったそうです。
「気になって住所を頼りに彼女を訪ねたわ。だけど彼女は居なかった。その後も随分探したけど、見つからなかった」
佳子さんは溜息をつきます。その当時を思い出しているのでしょう。
「佐伯の人格を見たような気がしたわ。それからはもう駄目、佐伯のする事、何を見ても、何を聞いても、もうこの人とは一緒に暮らせないと思ったの」
「そうですか。そんな事まで話して頂いて。でも私の妻はそんな佐伯に溺れてしまった」
>>次のページへ続く
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