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自分の体に異変が起ってからここ一年に起こったことを書く
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35 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:19:31.22 ID:iY3sr76P0.net
相変わらず耳はおかしかったが3月4月と勉強は順調にできていた

ただ一つだけ懸念することがあった

それは天候だ

突発性難聴になって以来 雨の日や曇の日といった気圧が低くなる日になると耳の調子がおかしくなっていった

5月になると雨が増え 耳がおかしくなり予備校にいけなくなる日が多くなった

彼女には心配かけたくなかったから行っていると嘘をついた

11月頃にベッドの上で1ヶ月過ごしたトラウマが蘇ってきて

もう あんな日は過ごしたくないと焦るようになってきた



37 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:22:05.29 ID:iY3sr76P0.net
さっきも書いたとおり 5月に入ると耳がおかしくなってまた動けなくなってしまった

せっかく今まで順調に来ていたのにと自分を責めたり これから先治らなかったらどうしようという焦り

親もすごく心配していたのでそれに対する申し訳無さ

色々なものが自分の頭の中で起こってきた



39 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:24:29.02 ID:iY3sr76P0.net
ゴールデンウィーク開けだったと思う

自分の中でプツンと何かが切れた


その日から急に何も感じなくなった

動くことや座ることさえ力が入らなくなった

世界から隔離されたような気がした



母が知り合いからきいた精神科のクリニックを予約してくれ父と母と僕で行くことになった




42 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:28:20.49 ID:iY3sr76P0.net
病院の先生は初老の優しそうなおじいさんだった

診察室には母と父もついてきてくれたが先生と僕だけにしてもらって話をした

椅子に座るのも受け答えするのもしんどかったが この人に自分の思ってることを話さなくてはと直感的に思い色々なことを話した

2回死のうと思ったけど怖くてできなかったこと

今こんな状態になって両親に申し訳なく思ってることなど

話すのもしんどかったのに涙と一緒に言葉がスラスラと出た



43 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:31:17.04 ID:iY3sr76P0.net
診察の結果は軽度のうつ病だと診断された

そうやって先生に言われて ああそうなんだと何故か納得した自分がいた

これからの通院のことや どうやって治すかなど両親も交えて話合って その日は帰った

帰りの車の中で父がとても優しかったのを覚えている

父方の祖母がうつ病で入院していたこともあったからかもしれない



44 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:36:02.45 ID:iY3sr76P0.net
彼女とはその頃 喧嘩をしていて連絡を取れていなかった

僕は僕で大変で うつ病になったことを受け入れるのに時間がかかったし 予備校にも休学とどけをだした

両親とも少しギクシャクした



彼女と別れたほうが彼女にとって幸せなのかな とか自分が大変なときなのに いつもどこかで彼女のことを考えていた

それほど僕は彼女のことを好きだったし愛していた


悩んだ挙句に手紙を出すことにした

何もする気力もなかったが それでも頑張って力が入らなくなってプルプル震える手で手紙を書いた

うつになったことや僕とは もう一緒にいない方がいいということなどを書いた



48 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:41:05.96 ID:iY3sr76P0.net
手紙を出して少し経った夜にいきなり彼女から電話が来た

それもすごく泣きながら

「しんどかったのに連絡取らずにごめんね。でも別れるなんて言わないで。絶対に支えるし好きだから。」

と涙でぐちゃぐちゃになりながら伝えてくれた

僕も泣いた

やっぱり僕には彼女がいないとダメなんだと思った


そこから僕のうつの闘病生活が始まった



50 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:45:34.30 ID:iY3sr76P0.net
みんな見てくれてありがとう

見苦しいだろうけど もう少しだけ続けさせてほしい

続けるね



闘病生活といっても その頃の自分には何もする気力もなかった

うつは甘えだってよく言う人がいるし 僕もそう思ってたけど実際は全然違うんだということが身にしみてわかった

そうこうして なんの展開もないまま6月を迎える

一ヶ月ほど経つと 次第に今の自分とも向き合えて少しだけだけど うつを受け入れることもできるようになってきた

6月の半ばに差し掛かった頃 母が僕にいった

「料理でもやってみようか?」



51 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:49:31.70 ID:iY3sr76P0.net
最初は きゅうりをスライサーで薄くすることから始まった

力が入らなくて手がぷるぷる震えていたけど 頑張ってきゅうりの酢の物を作った

次の日も その次の日も母は僕にきゅうりのスライスをやらせた

多分簡単なことから始めさせてくれたんだと思う

最初の頃は きゅうりを握る力さえなかったけど

少しずつ料理の間だけは不思議と力が入るようになった

それから段階を踏み じゃがいもをピーラーで剥いだりするようになった




52 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:52:55.57 ID:iY3sr76P0.net
うつになって 家でもあまり話さなくなった僕だったけど 料理中は母と少しずつ喋るようになった

いつからか率先して料理を手伝うようになり 家族とも色々喋るようになった


少しずつリハビリのようなものなのかなと思い始めた

唐揚げを自分で1から作れるようになった頃には7月も半ばに差し掛かっていた



54 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:56:51.83 ID:iY3sr76P0.net
その頃になると外にも歩いていけるようになっていた

だんだん良くなってるんだなと実感もしていた



そのまま順調に月日は進み 8月になった

夏休みで友達が帰ってきたので ちょくちょくあったりした

とても楽しかった

彼女も夏休み帰ってきてくれて彼女が暇なときは僕とずっといてくれた

その時に僕の童貞を彼女に捧げた

8月が終わる頃に だんだんと友達や彼女も帰って寂しかったが うつの症状が和らいでるのも実感していたし そろそろ予備校にも復帰できるだろうと考えていた



56 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 01:59:10.82 ID:iY3sr76P0.net
病院で先生に そろそろ予備校にも復帰したいということを報告すると 病気をもう少し良くするために抗鬱剤を使おうということになった

抗鬱剤という言葉に少し抵抗はあったが良くなることを信じて飲むことにした


だが 現実はそう簡単に行かなかった



59 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 02:03:00.93 ID:iY3sr76P0.net
簡単に言うと薬が僕に合わなかったらしい

薬が逆効果になったり台風が何回も来たということもあってか 耳の調子がよくないのが再発したり また気分が沈み込んだりすることが多くなった


また寝たきりの状態が続いた

だんだん症状良くなってると思っていたぶん 自分にはとてもショッキングだった

彼女に具合が良くないことをいうと心配してくれて友達と一緒に楽しそうにしてる写真を送ってくれた

不思議と彼女の写真を見ると少しだけ元気が出た



61 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/10/05(月) 02:06:44.32 ID:iY3sr76P0.net
彼女は写真を毎日送ってくれた

今日は京都にいるよーだとか

どこそこで友達と遊んでる!とか


意識がもうろうとしていた僕ににとっては それが唯一の幸せだったが 今楽しそうな彼女にとって僕は必要なのかという疑問が頭をもたげてきていた

彼女は今とてもいい人生を歩んでいるし友達にも不自由していない

僕がいないほうがいいと考えるようになった


それから僕からあまり返事をしなくなった

彼女とのすれ違いが増えた

これでいいと思った




>>次のページへ続く
 
カテゴリー:人生・生活  |  タグ:メンタル, 病気・障がい,
 


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