水遣り
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『社長、余程酷い事があったんですね』
「ご馳走様。美味しかった」
事務所を出ます。行き先は所長さんの所です。
「宮下さん、報告書は今日奥さんに見せたんだね」
「どうしてそれを?」
「言ったように、昨日の午前中が調査の最終日だ。私も大阪に行った。昨日の君の口振りでは、君も大阪に行くに違いないと思った。君の活躍を見たかった」
「それでは全て?」
「そう、見ていた。君は気がつかなかったようだが、同じ喫茶店にいた。ま、気づかれるようなら、私も こんな商売はしていないがね」
私が立ち去った後、妻は、私のキックで歩けなくなった佐伯を部屋まで連れて帰り、自分の荷物を纏めてホテルを出たのです。
一部始終を所長は見ていました。
その時間には東京行きの新幹線は もうありません。
名古屋で乗り換え ”ながら”で帰ってきたのです。
「奥さんは、君を追って駆け出した。暫く追ったが追いつかない」
「私を追ってきたのですか」
「そうだ。名前を叫んでいたが、君は聞こえなかったようだな」
「そうですか」
「その内、歩けない佐伯が気になったんだろう、佐伯に肩を貸してホテルに戻った」
妻がホテルから出てくるであろうと そのまま待っていてくれたのです。
「同じ車両に乗った。あの調子では奥さんは一睡もしていない。私は寝たがね」
所長の目は赤く腫れぼったいのです。妻の様子を見ていてくれたのです。
「有難う御座います」
「何のお礼だね」
「いや、つまり妻を見ていてくれた」
「それより、話があって来たのでは」
写真、媚薬2個を出し所長に出します。
所長が先ず手に取ったのは写真。
「これは君と松下さんだね」
「えっ、松下さんとは会っていない筈では」
「己を知れば百戦危うからずだ」
私は日付日時の事を説明します。所長は日付の部分をじっと見ています。
「此処を見なさい、この部分が他とは色合いが違う」
確かに違います。
「多分、いや間違いなく、佐伯が自分のPCで時刻部分を切り取り、嘘の時刻を貼り付けたのだろう。なんと稚拙な事を」
「その稚拙な事に妻は騙された」
「普通はそこまで見ない。まして奥さんは動転していた。気がつく訳がない」
媚薬に目を移します。
「これは裏では有名な媚薬だよ。どんな女でも いちころだ」
「これを妻は使われていた」
「しかし、酷い奴だ、佐伯は。写真と言い、媚薬と言い手段を選ばない。卑劣な奴だ」
佐伯が卑劣であろうとなかろうと、騙されたのは妻です。
いや騙されたのではなく、妻はそれにのっただけかも知れません。
「宮下さん、君は佐伯を どうしたいんだね」
「頭の整理がついていません。出来れば殺してやりたい」
「そうだろうな、しかし、それは出来ない。奥さんの方は?別れますか?」
「余計な事だ」
「失礼した。人生相談ではなかったな」
”別れますか?”この言葉に困惑します。別れなど考えたこともなかったのです。
真相を知り男を叩きのめす、これしかありません。
妻と別れられるのか、それとも一緒に暮らせるのか、今の私には考えがつきません。
「佐伯の身上調査は火曜日には纏まる。取りに来るといい。ところで中条さんとは会ったかね?」
「中条さん?」
「佐伯の別れた奥さんだ」
「あ、今日お会いしようかと」
中条さんと会った後、佐伯の所へ乗り込む積りです。
「直ぐ会った方がいい」
「そうします。では失礼」
興信所を出る私の背中に声が掛かります。
「困った事があったら いつでも来てくれ。人生相談の窓口は開いてる」
--------------------
中条さんのお宅へは車で40分程度の距離です。
椿の垣根で囲まれた質素なお宅です。呼び鈴を押します。
「はーい」
「宮下と申します。山岡さんに言われて伺いました」
客間でしょうか、8畳の和室に通されます。
物静かな女性です。女の一人暮らしのせいでしょうか、凛とした表情が漂っています。
「どうぞ、お座りになって下さい」
「はい、今日は失礼を省みずお伺いしました」
「どうぞ、気楽になさって下さい」
「あのー」
聞こうとしている事が事だけに中々口火が開けません。
「ご主人の、いえ失礼、佐伯の、いえ佐伯さんの・・」
「佐伯で いいんではないですか。もう私は あの人の妻ではありません」
「無礼を承知でお聞きします。佐伯とはどうして、そのう、離婚を」
「短兵急な方ね。お茶も未だですのよ。それに ご自分の事は何もお喋りになってないわ」
「失礼しました」
妻と佐伯の事の大筋を話します。
「御免なさい。本当は山岡さんから聞いていたの。貴方が死にそうな顔をしてるから、ちょっと言ってみたの」
「そうですか」
「佐伯も昔はいい人だったわ、私にも優しくしてくれた。8年前に変わったわ。手術をしたんです」
「手術?何処か悪かったのですか?」
「いえ、そうじゃ無いんです。男の手術です」
「男の手術?」
男の手術 つまり佐伯は男根の増大手術をしたのです。話によりますと、佐伯のそれは勃起時で大人の男性の中指を少し太くした程度だったそうです。
佳子さんは それで感じ満足もしていたのです。
しかし、コンプレックスを持っている佐伯は悩んだ末、佳子さんに無断で手術を受けてしまうのです。
「手術から回復して、どうだと言わんばかりに私に見せるのです」
それは正視に耐えるものでは無かったそうです。
大きくはなりました、しかし出来の悪い大人のオモチャのようにゴツゴツしたグロテスクな物だったそうです。
「こんな恐ろしい物、おぞましい物、見る事も出来なかったわ」
それ以後、佳子さんはセックス拒否症になり、夫婦はセックスレスになったのです。
「佐伯の性欲は強い方だったと思います。我慢出来なくなったのでしょうね、それと新しい物を試したかったのでしょう。浮気を繰り返すようになったの」
「それで離婚を?」
「いいえ、違います」
佳子さんは佐伯の浮気は自分のせいだと言います、自分が拒否したせいだと。だから我慢できたと。
「何人目かの相手が妊娠したの。人妻だったわ。ご主人に知られて離婚、貧しい生活のようでした」
その人妻は、認知は出来ないまでも、我が子だと認めて欲しい、若干の養育費を貰えないでしょうかと佐伯にお願いしたのです。
その事は、佳子さんの知る所となりました。
「私は了承したの。もし彼女が望むなら 子供を養子として引き取ってもいいと」
佐伯夫婦には子供が居なかったのです。
佐伯の相手の人妻が妊娠した事実だけでも、佳子さんには相当ショックだったでしょう。にも関わらず彼女は養育費、更には相手が望めば子供を養子にして引き取るまでの決意をしたのです。
彼女が3度目に家に来た時の事です。
「佐伯は彼女に言ったの。”この子は本当におれの子供か?俺以外にも男は居たんだろう?”って」
彼女は ”酷い”の一言を残して、泣きながら帰ったそうです。
「気になって住所を頼りに彼女を訪ねたわ。だけど彼女は居なかった。その後も随分探したけど、見つからなかった」
佳子さんは溜息をつきます。その当時を思い出しているのでしょう。
「佐伯の人格を見たような気がしたわ。それからはもう駄目、佐伯のする事、何を見ても、何を聞いても、もうこの人とは一緒に暮らせないと思ったの」
「そうですか。そんな事まで話して頂いて。でも私の妻はそんな佐伯に溺れてしまった」
「宮下さん、佐伯は女を玩具としか見ていない、そんな男なの。もう一度奥さんをしっかり見てあげて」
媚薬に目を移します。
「これは裏では有名な媚薬だよ。どんな女でも いちころだ」
「これを妻は使われていた」
「しかし、酷い奴だ、佐伯は。写真と言い、媚薬と言い手段を選ばない。卑劣な奴だ」
佐伯が卑劣であろうとなかろうと、騙されたのは妻です。
いや騙されたのではなく、妻はそれにのっただけかも知れません。
「宮下さん、君は佐伯を どうしたいんだね」
「頭の整理がついていません。出来れば殺してやりたい」
「そうだろうな、しかし、それは出来ない。奥さんの方は?別れますか?」
「余計な事だ」
「失礼した。人生相談ではなかったな」
”別れますか?”この言葉に困惑します。別れなど考えたこともなかったのです。
真相を知り男を叩きのめす、これしかありません。
妻と別れられるのか、それとも一緒に暮らせるのか、今の私には考えがつきません。
「佐伯の身上調査は火曜日には纏まる。取りに来るといい。ところで中条さんとは会ったかね?」
「中条さん?」
「佐伯の別れた奥さんだ」
「あ、今日お会いしようかと」
中条さんと会った後、佐伯の所へ乗り込む積りです。
「直ぐ会った方がいい」
「そうします。では失礼」
興信所を出る私の背中に声が掛かります。
「困った事があったら いつでも来てくれ。人生相談の窓口は開いてる」
--------------------
中条さんのお宅へは車で40分程度の距離です。
椿の垣根で囲まれた質素なお宅です。呼び鈴を押します。
「はーい」
「宮下と申します。山岡さんに言われて伺いました」
客間でしょうか、8畳の和室に通されます。
物静かな女性です。女の一人暮らしのせいでしょうか、凛とした表情が漂っています。
「どうぞ、お座りになって下さい」
「はい、今日は失礼を省みずお伺いしました」
「どうぞ、気楽になさって下さい」
「あのー」
聞こうとしている事が事だけに中々口火が開けません。
「ご主人の、いえ失礼、佐伯の、いえ佐伯さんの・・」
「佐伯で いいんではないですか。もう私は あの人の妻ではありません」
「無礼を承知でお聞きします。佐伯とはどうして、そのう、離婚を」
「短兵急な方ね。お茶も未だですのよ。それに ご自分の事は何もお喋りになってないわ」
「失礼しました」
妻と佐伯の事の大筋を話します。
「御免なさい。本当は山岡さんから聞いていたの。貴方が死にそうな顔をしてるから、ちょっと言ってみたの」
「そうですか」
「佐伯も昔はいい人だったわ、私にも優しくしてくれた。8年前に変わったわ。手術をしたんです」
「手術?何処か悪かったのですか?」
「いえ、そうじゃ無いんです。男の手術です」
「男の手術?」
男の手術 つまり佐伯は男根の増大手術をしたのです。話によりますと、佐伯のそれは勃起時で大人の男性の中指を少し太くした程度だったそうです。
佳子さんは それで感じ満足もしていたのです。
しかし、コンプレックスを持っている佐伯は悩んだ末、佳子さんに無断で手術を受けてしまうのです。
「手術から回復して、どうだと言わんばかりに私に見せるのです」
それは正視に耐えるものでは無かったそうです。
大きくはなりました、しかし出来の悪い大人のオモチャのようにゴツゴツしたグロテスクな物だったそうです。
「こんな恐ろしい物、おぞましい物、見る事も出来なかったわ」
それ以後、佳子さんはセックス拒否症になり、夫婦はセックスレスになったのです。
「佐伯の性欲は強い方だったと思います。我慢出来なくなったのでしょうね、それと新しい物を試したかったのでしょう。浮気を繰り返すようになったの」
「それで離婚を?」
「いいえ、違います」
佳子さんは佐伯の浮気は自分のせいだと言います、自分が拒否したせいだと。だから我慢できたと。
「何人目かの相手が妊娠したの。人妻だったわ。ご主人に知られて離婚、貧しい生活のようでした」
その人妻は、認知は出来ないまでも、我が子だと認めて欲しい、若干の養育費を貰えないでしょうかと佐伯にお願いしたのです。
その事は、佳子さんの知る所となりました。
「私は了承したの。もし彼女が望むなら 子供を養子として引き取ってもいいと」
佐伯夫婦には子供が居なかったのです。
佐伯の相手の人妻が妊娠した事実だけでも、佳子さんには相当ショックだったでしょう。にも関わらず彼女は養育費、更には相手が望めば子供を養子にして引き取るまでの決意をしたのです。
彼女が3度目に家に来た時の事です。
「佐伯は彼女に言ったの。”この子は本当におれの子供か?俺以外にも男は居たんだろう?”って」
彼女は ”酷い”の一言を残して、泣きながら帰ったそうです。
「気になって住所を頼りに彼女を訪ねたわ。だけど彼女は居なかった。その後も随分探したけど、見つからなかった」
佳子さんは溜息をつきます。その当時を思い出しているのでしょう。
「佐伯の人格を見たような気がしたわ。それからはもう駄目、佐伯のする事、何を見ても、何を聞いても、もうこの人とは一緒に暮らせないと思ったの」
「そうですか。そんな事まで話して頂いて。でも私の妻はそんな佐伯に溺れてしまった」
「宮下さん、佐伯は女を玩具としか見ていない、そんな男なの。もう一度奥さんをしっかり見てあげて」
佳子さんは強い人でした。夫の裏切りを何度も許し、相手の女性にも労りを示すのです。
しかし、夫の人間性を知った時、決別を告げます。
会って直ぐに感じた凛とした表情は その生き方を映しているのでしょう。
お礼を述べ中条家を後にします。
--------------------
佐伯の会社に向かう途中考えます。
所長が早く中条さんに会えと言った訳を。
佐伯の人間性を私に解らせたかったからでしょうか?それもあるでしょう。
それよりも佳子さんさんの強さと優しさを見せたかったのでしょう。
しかし、私はあんなに強くはなれません、優しくもなれません。
今の私には、如何に佐伯と妻に復讐してやるか、思い知らせてやるか、それしか頭の中にはありません。
それにしても、佳子さんと妻は違いすぎます。
その当時、夫であった佐伯のものをグロテスクだと受け入れられなかった佳子さん、喜んで縋りついてしまった私の妻。
妻の中の女が解りません。
--------------------
佐伯の会社の前に着きます。
この時間には、佐伯が社内に居る事は確認してあります。
受付で佐伯を呼出、応接に案内されます。
思いに任せて ここまで着ましたが、話すべき事を何も用意していない事に気がつきます。
いや、考えても自分でも どうして良いか解らないのです。
『まあいい。今日は事実を突きつけるだけだ』
暫く待つと佐伯が応接に現れます。
「宮下さん、申し訳ない。昨晩は見苦しい所をお見せしました」
当然、妻から興信所の件は佐伯に連絡があったものと思っていました。
妻が連絡していないのか、それとも佐伯が惚けているのか。
「別に見苦しくは無い。あんた達二人にとっては当然の事だろう」
「は、仰ている意味が良く解りませんが」
「腕を組むぐらいは、愛し合ってる二人にとって当たり前の行為だと言っているんだ」
「益々、解りません」
「惚けるんじゃない。随分前からのようだな」
報告書を佐伯の前に放り投げます。
「これは?」
「表紙に書いてあるだろう。興信所のレポートだ」
佐伯は どうしてこんな物が此処にあるのか不思議そうに眺めています。
「中を見たらどうなんだ。先週一週間の物だが、3回も会っているんだな。随分、洋子にご執心のようだな」
此処まできても、私はまだ数に拘っています。
佐伯の膝と手が小さく震え出します。
「こんな物嘘だ。でっち上げだ」
「洋子を呼んで3人で話し合ってみるか」
「いや、それは」
「まあいい、兎に角今日は これを届けに来ただけだ。俺もあんた達をどうしようかまだ考えていない。勿論それ相応の事はして貰うつもりだ。あんたも良く考えておくんだな」
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言う事だけ言って佐伯の会社を出ましたが、私は これからどうすれば良いのか全く見当がつきません。
佐伯には慰謝料で済ませる積もりはありません、徹底的に社会的に葬ってやる。
その場合、私の事も妻の事も社会に晒されるでしょう。
私は一人で仕事をしてる身です。仕事に影響が出るとは思えません。
妻が社会に晒されようと自業自得です。私が気にしているのは妻と別れられるかどうか その一点です。
『出て行けと言えば、間違いなく妻は佐伯のマンションに行く。それは耐えられない』
妻がどうなろうと自業自得と思っている私、妻と別れたくない私、私の思いは矛盾だらけです。
『妻の顔を見れば自然と言葉が出るだろう』
そう言う思いで玄関に入ります。
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もう4時です。家を出てから7時間経ちます。
テーブルを見ますと、白く小さい物が置いております。その脇にメモがあります。
”貴方御免なさい。部長から渡された携帯です”
とだけ書かれています。
携帯はハンマーのような硬いもので打ち壊されています。佐伯との決別の印のように見えるのです。
妻が居ません。
玄関を入る時、鍵が掛かっていたのかどうか覚えていません。
一階のバス、トイレを見ますが居ません。
出て行ったのでしょうか。
居てくれと言う思いで二階に上がります。寝室のドアを開けます。
ベッドに妻が寝ています。
洋子と声を掛けても返事がありません。
軽く頬を叩きます。妻は起きません
布団の上掛けを剥がします。
下着、私が投げつけた下着だけの姿で横たわっています。
何度が揺すり、頬を叩くと妻は目を覚まします。
「あっ、貴方、御免なさい」
白い唇、白い頬、空ろな目、妻の表情が尋常で無い事に気がつきます。
あり合わせのの服を着せ病院へ連れて行きます。
車の中でも妻は眠ったままです。
病院に着き、妻が大量に睡眠誘導剤を飲んでいる事を知らされます。
入院加療が必要との事、手続きを済ませ家に帰ります。
何の話もしないまま、妻は入院してしまいました。
まさか入院中の妻と話をする訳には行きません。
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