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水遣り
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妻を憎むより、男に反撃しよう。怒りの矛先は先ず男に向けるべきなのです。

今は顔の無い男です。顔がない事には反撃のしようがありません。

誰だろうヒントを掴もうと考えます。

椅子に座り直します。

フロントにビール、ウィスキーと少々の摘みを注文します。うじうじしても始まりません。考える環境を整えます。


『確か、トシオとか呼んでいたな』

トシオ、私は記憶を辿ります

私の仕事関係、交友関係の名前を思い浮かべます。名前まで覚えている人は僅かです。トシオと言う名前は浮かんできません。

『ふっ、まあ俺の関係でいる訳はないよな、そんな馬鹿な男は』

私は常にバッグの中に名刺ホルダーを持ち歩いています。仕事関係と交友関係に分けてあります。

交友関係と言っても、ただ一度しか会った事の無い人も含まれています。

無駄だと思いながらも一応見てみることにします。あいうえを順に整理してあります。その名刺は直ぐ出てきます。


佐伯俊夫、妻が勤める会社の食品部部長、肩書きは常務。

妻に紹介され名刺交換した覚えがあります。

佐伯なら妻と接点が多い、しかも妻は彼のお陰で正社員になれたと思っています。佐伯なら妻の出張を自在に出来ます。


今、思えば妻は必ず夜10時にトイレにたっていました。佐伯との痴話なのでしょう。

例え私にばれても、仕事の連絡だと逃げる事が出来ます。

『佐伯か。こいつだな、間違いない』


私は部屋に備えつきのパソコンに向かいます。市内の興信所を検索する為です。

ウェブを見ても何処が良いのか解りません。
トップページに”浮気の本質を見つめましょう”と言うような事を掲げている業者がいました。他所とは違うものを感じ、此処にきめます。

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朝一番でその興信所に飛び込みます。

「いらっしゃい、どうしました、鬼のような形相をしてますよ」

60半ばの温和な紳士が私を迎えてくれます。余程、酷い顔をしていたのでしょう。

入った瞬間、選ぶ所を間違えたと思います。この人じゃ調査出来ない、そう思ったのです。

「どうして、うちに来ました?」

「どうしてって、そのー」

「これは聞き方が悪かった。どうして、うちを選んだのですか」

『そんな事聞いてどうするんだ、この親父は。市場調査じゃあるまいし』

私は もうこの場を立ち去って、次の業者に行きたかったのです。

一応答えます。

「いや、御社のホームページが他とは雰囲気が違っていました。浮気の本質がどうとか書かれていたものですから」

「うちは御社と言われるほど立派ではないですよ。面白い方だ」

「面白いって?」

「これは失礼。普通 誰もこんな時に浮気の本質なんて言葉に目もくれないものです」

「じゃあ、どうしてあんな言葉を?」

「大事な事だからです。妻の浮気は妻だけの責任だけで無いかも知れない」

「冗談じゃない。妻の浮気は私のせいじゃない」

「良く考えて下さい。貴方は他の女を抱きたいと思った事はありませんか?商売女や出会いの女ではないですよ。その時、貴方は女を抱きましたか、それとも」

「人生相談に来たのではない。失礼します」

踵を返し、ドアーへ向かいます。

その時、声が掛かるのです。

「貴方は まだ奥さんを愛していますね?」

その言葉が私を所長の方に振り向かせます。


興信所の良し悪しは私には解りません。どこに任せても結果は同じようなものかも知れません。

所長の人柄に商売以上のものを感じ、結局ここにお願いする事にします。

私の名刺を見て、妻の名前を聞いた時、一瞬表情が変わったような気がします。


妻の事、考えられる相手の男の事を話します。

相手の男が地元の名士でも所長は動じる風でもありません。

調査料金等聞いて この日は帰ります。


この興信所にお願いしたのは偶然でした。この偶然が信じられない程の更なる偶然を呼びます。まるで神が苦しんでいる私に与えた贈り物のように。

勿論、私はこの時点では気がついていません。

--------------------

まだ11時です。家に帰るには早すぎます。

映画で時間を潰します。見たかった映画ですが、スクリーンを目で追っているだけです。

映画館を出て1時半、まだ早い。取りあえず、妻に電話します。

「宮下です」

妻の声はいつもと変わりありません。

「僕だ。今、成田だ。2時間半くらいで家に着くと思う」

「お疲れ様でした。お待ちしています」

喫茶店で時間を潰します。

妻を見て平常心でいられるか、罵声を浴びせてしまうのでないか。考えてしまいます。調査の結果が出るまでは平静でいよう。
喫茶店を出て家へ向かいます。

--------------------

『汚らわしい事をしてしまった』

皿に盛られた精液を、女陰を擦りながら犬のように舐めとった。

今、妻は恥じ入っています。自分を卑下しているのです。自分が今までしてきた事に気がつくのです。

『佐伯とはもう』

夫の電話で我に返ります。夫の声を聞くと申し訳ない思いで一杯になるのです。

昨日の行為で尚更、その思いは強くなります。


「ただいま」

「お帰りなさい。お疲れ様でした」

妻の顔は沈んでいるようです。しかし、いつも通りの受け答えに腹が立つのです。

『どうしてお前はそんな普通の態度でいられるんだ』

妻の髪を掴み引きずり回したい衝動に駆られます。押さえたものが顔に出たのでしょう。

「貴方、お疲れになったみたいですね?顔色が優れません」

妻の言葉に また腹が立ちます。

「疲れるのは当たり前だ。昨日・・・・・」

喉まで出掛かっている言葉を飲み込みます。

「昨日どうかされたのですか?」

「いや、何でもない。少し疲れた。早いが風呂に入る」

私はバスルームに向かいます。


妻は あんな行為をしても、平常でいられるのか。

佐伯との関係も私の推測が正しければ50回は超えているかも知れません。

私にばれなければ、平常でいられるのでしょうか。

その回数の圧倒的な多さに怒りを覚えるのです。劇的に妻を変えてしまった男に怒りを覚えるのです。妻を犬にしてしまった男を殺したいのです。


『待っていろ佐伯』

怒りを抑えようと冷水シャワーを頭から浴びて、バスルームを出ます。

「貴方、食事にされます」

テーブルには私の好物が並んでいます。

「いや、飯はいい」

好物を摘みにビールを飲みます。


妻は毛糸で何か編んでいます。マフラーのようです。

今時は毛糸で編物をする女性は少ないでしょう。妻は色々編んでくれます。靴下、手袋、セーター。

今でも季節がくれば、私はそれを身に着けていました。妻の気持ちで暖かかったのです。

「貴方のマフラーを編んでるの。今年の冬は寒いそうですから」

妻の気持ちが解りません。佐伯とあんな関係になっても平常の生活を営めるのです。

私はウィスキーを持ってリビングのソファーに座り直します。

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ごく普通の夫婦の風景が そこにはあります。その風景に引っ張られて、一つの事を思い出します。

台湾で買ってきた妻へのプレゼントがあるのです。バッグから小さな包みを出し妻に渡します。

「有難う。これは何ですか?」

「まあ、綺麗」

ブローチです。大きな紫水晶の回りに普通の水晶を散りばめてあります。


>>次のページへ続く
 
 


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