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水遣り
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「疲れるのは当たり前だ。昨日・・・・・」
喉まで出掛かっている言葉を飲み込みます。
「昨日どうかされたのですか?」
「いや、何でもない。少し疲れた。早いが風呂に入る」
私はバスルームに向かいます。
妻はあんな行為をしても、平常でいられるのか。
佐伯との関係も私の推測が正しければ50回は超えているかも知れません。
私にばれなければ、平常でいられるのでしょうか。
その回数の圧倒的な多さに怒りを覚えるのです。劇的に妻を変えてしまった男に怒りを覚えるのです。妻を犬にしてしまった男を殺したいのです。
『待っていろ佐伯』
怒りを抑えようと冷水シャワーを頭から浴びて、バスルームを出ます。
「貴方、食事にされます」
テーブルには私の好物が並んでいます。
「いや、飯はいい」
好物を摘みにビールを飲みます。
妻は毛糸で何か編んでいます。マフラーのようです。
今時は毛糸で編物をする女性は少ないでしょう。妻は色々編んでくれます。靴下、手袋、セーター。
今でも季節がくれば、私はそれを身に着けていました。妻の気持ちで暖かかったのです。
「貴方のマフラーを編んでるの。今年の冬は寒いそうですから」
妻の気持ちが解りません。佐伯とあんな関係になっても平常の生活を営めるのです。
私はウィスキーを持ってリビングのソファーに座り直します。
--------------------
ごく普通の夫婦の風景が そこにはあります。その風景に引っ張られて、一つの事を思い出します。
台湾で買ってきた妻へのプレゼントがあるのです。バッグから小さな包みを出し妻に渡します。
「有難う。これは何ですか?」
「まあ、綺麗」
ブローチです。大きな紫水晶の回りに普通の水晶を散りばめてあります。
まるで、妻の好きなフラッシュダークネクタリーのようです。
妻も直ぐ気がつきます。
「クリスマスローズみたい」
「気に入ってくれたか」
「うん、嬉しい、本当に有難う」
妻は着ているブラウスに付けようとしています。
「本当は昨日、渡そうと思っていた。だが昨日はまだ台湾だ」
「どうして、昨日なんですか?」
「君は覚えていないか、昨日10月17日は僕たちが初めて会った日だ。あれから25年か」
大学対抗水泳で私はある大学のOBとして、妻は対抗側の3年生として参加しました。それが妻との出会いでした。
妻も思い出したのでしょう、ブラウスに付けようとした手が止まります。
その手を膝に置き、妻は顔を俯け、その目はブローチを見つめ続けています。
「どうした」
「嬉しいんです。それなのに・・・」
後は言葉になりません。
『圭一さんはこんな事まで覚えていてくれた。それも私の好きなリスマスローズに託してくれて。それなのに、それなのに私は・・・』
”それなのに”、私はわざと違う解釈をします。
「特別な記念日でもない。君も忙しかった。忘れる事もあるさ」
私はずるい男です。こんな時にわざわざ贈り物をする亭主はいないでしょう。
喜ばす為にあげたのではありません、妻の反応を見ているのです。贈り物で妻を苛めているのです。
妻はそんな事を知る由もありません。
漫然とテレビを見ています。妻はまた編物を始めています。
10時になり妻はトイレに立ちます。こんな時でも佐伯との約束は守るのです。
ついさっき、”それなのに”と涙を流したばかりです。妻には魔物が住んでいるのでしょうか。
相手が佐伯だと100%の確証が無くとも、ここで妻に もう止めろと言えた筈です。携帯を取り上げて確認すれば済む事です。
結果が出るまでは手を出さない、そう決めています。相手は腐れ男でも一応地元の名士です。100%の証拠が無ければ叩けません。
成り行きに任せる事にします。
私はトイレのドアーに耳を付け聞き耳を立てます。下卑た行為に自分でも嫌気がします。でも聞きたいのです。
妻の細い声が聞こえてきます。
「・・・・・」
「火曜日、金曜日出張ですか?もう出来ません」
「・・・・・」
「えっ、そんな、酷いです。そんな事しないで下さい」
「・・・・・」
「解りました。行きます」
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ごく普通の夫婦の風景が そこにはあります。その風景に引っ張られて、一つの事を思い出します。
台湾で買ってきた妻へのプレゼントがあるのです。バッグから小さな包みを出し妻に渡します。
「有難う。これは何ですか?」
「まあ、綺麗」
ブローチです。大きな紫水晶の回りに普通の水晶を散りばめてあります。
まるで、妻の好きなフラッシュダークネクタリーのようです。
妻も直ぐ気がつきます。
「クリスマスローズみたい」
「気に入ってくれたか」
「うん、嬉しい、本当に有難う」
妻は着ているブラウスに付けようとしています。
「本当は昨日、渡そうと思っていた。だが昨日はまだ台湾だ」
「どうして、昨日なんですか?」
「君は覚えていないか、昨日10月17日は僕たちが初めて会った日だ。あれから25年か」
大学対抗水泳で私はある大学のOBとして、妻は対抗側の3年生として参加しました。それが妻との出会いでした。
妻も思い出したのでしょう、ブラウスに付けようとした手が止まります。
その手を膝に置き、妻は顔を俯け、その目はブローチを見つめ続けています。
「どうした」
「嬉しいんです。それなのに・・・」
後は言葉になりません。
『圭一さんはこんな事まで覚えていてくれた。それも私の好きなリスマスローズに託してくれて。それなのに、それなのに私は・・・』
”それなのに”、私はわざと違う解釈をします。
「特別な記念日でもない。君も忙しかった。忘れる事もあるさ」
私はずるい男です。こんな時にわざわざ贈り物をする亭主はいないでしょう。
喜ばす為にあげたのではありません、妻の反応を見ているのです。贈り物で妻を苛めているのです。
妻はそんな事を知る由もありません。
漫然とテレビを見ています。妻はまた編物を始めています。
10時になり妻はトイレに立ちます。こんな時でも佐伯との約束は守るのです。
ついさっき、”それなのに”と涙を流したばかりです。妻には魔物が住んでいるのでしょうか。
相手が佐伯だと100%の確証が無くとも、ここで妻に もう止めろと言えた筈です。携帯を取り上げて確認すれば済む事です。
結果が出るまでは手を出さない、そう決めています。相手は腐れ男でも一応地元の名士です。100%の証拠が無ければ叩けません。
成り行きに任せる事にします。
私はトイレのドアーに耳を付け聞き耳を立てます。下卑た行為に自分でも嫌気がします。でも聞きたいのです。
妻の細い声が聞こえてきます。
「・・・・・」
「火曜日、金曜日出張ですか?もう出来ません」
「・・・・・」
「えっ、そんな、酷いです。そんな事しないで下さい」
「・・・・・」
「解りました。行きます」
妻は一旦は断ったようです。
酷いとはどう言う事か、妻はその後で出張を了解してしまうのです。
佐伯はたった4日間、妻と会えないだけで、もう妻を抱く予定を立て知らせているのです。余程、妻に執着があるのでしょう。
妻は必ず、出張の予定は前もって私に知らせます。月曜日の夜には私に伝えるでしょう。
しかし、今その予定を知りました。私はその前に行動を起こせます。時間を稼げます。
もうこれ以上聞いていられません。
私はトイレの前で今歩いてきたように大きな足音を立てドアー越しに妻に声を掛けます。
「今日は疲れた。もう寝るから」
私はもう逡巡しません。佐伯を叩くだけです、熟睡します。
--------------------
日曜日の朝、いつものように妻は朝食を用意しています。
テーブルに向かいます。腹は空いています。
佐伯の男根を握った手で作り、咥えてた口で味見をしていると思うと喉が受け付けません。もどしそうになります。
早々に席を立ち、出かける用意をします。妻と一日中、一緒に居るのが耐えられません。
「どうされたのですか?具合が悪いのですか?10月17日の事で怒っているのですか?」
「いや、何でもない。見たいアクション映画があるので見てくる。体が鈍っている、その後 水泳に行ってくる。晩飯も要らない」
「やっぱり怒っているのですね」
妻は勘違いしています。私が感づいたとは思っていないのです。
とんだ間抜け亭主だと思われているのです。
それはそうです、この3ヶ月余りの間、全く気が付かなかったのです。ここで感づかれたと思う訳がありません。
今の私にはその方が好都合です。
「あっ、それから来週一杯、台湾のメーカーと一緒だ。朝も夜も食事は一緒だ。作らなくていい」
とっさに出た嘘です。正直、食べられそうもないし、食べる気もしません。
--------------------
7時に戻ります。
9時半、私は自分の仕事部屋で時間を潰します。
仕事をする訳ではありません。妻がトイレに立つのを見ていられないのです。
仕事部屋で考えます。佐伯を潰したところで、妻を受け入れられるか?
解りません。あれ程の痴態を見てしまったのです。
では離婚か?離婚した私を、妻を想像してみます。
離婚した妻は、これ幸いと佐伯の元へ走ってしまうのか?あり得ます。佐伯は独身です。
不倫の証拠を掴むだけでは駄目だ。佐伯の事を全て知らなくては。
自分と妻の事は その後で考えれば良い。
--------------------
翌朝、早く家を出た私は銀行が開くのを待ち、金をおろし興信所へ向かいます。
「随分早いですね?」
「妻と佐伯の行動予定が解ったのです」
「ほう、どうしてですか」
ここは隠す訳にはいきません。妻が携帯で話していた要点を伝えます。
「そうですか。二人の仲は相当深いですな」
ぐさりと来る言葉を平気で言います。
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