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水遣り
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まるで、妻の好きなフラッシュダークネクタリーのようです。

妻も直ぐ気がつきます。

「クリスマスローズみたい」

「気に入ってくれたか」

「うん、嬉しい、本当に有難う」

妻は着ているブラウスに付けようとしています。

「本当は昨日、渡そうと思っていた。だが昨日はまだ台湾だ」

「どうして、昨日なんですか?」

「君は覚えていないか、昨日10月17日は僕たちが初めて会った日だ。あれから25年か」

大学対抗水泳で私はある大学のOBとして、妻は対抗側の3年生として参加しました。それが妻との出会いでした。

妻も思い出したのでしょう、ブラウスに付けようとした手が止まります。

その手を膝に置き、妻は顔を俯け、その目はブローチを見つめ続けています。

「どうした」

「嬉しいんです。それなのに・・・」

後は言葉になりません。

『圭一さんはこんな事まで覚えていてくれた。それも私の好きなリスマスローズに託してくれて。それなのに、それなのに私は・・・』

”それなのに”、私はわざと違う解釈をします。

「特別な記念日でもない。君も忙しかった。忘れる事もあるさ」

私はずるい男です。こんな時にわざわざ贈り物をする亭主はいないでしょう。

喜ばす為にあげたのではありません、妻の反応を見ているのです。贈り物で妻を苛めているのです。

妻は そんな事を知る由もありません。

--------------------
漫然とテレビを見ています。妻はまた編物を始めています。

10時になり妻はトイレに立ちます。こんな時でも佐伯との約束は守るのです。

ついさっき、”それなのに”と涙を流したばかりです。妻には魔物が住んでいるのでしょうか。


相手が佐伯だと100%の確証が無くとも、ここで妻に もう止めろと言えた筈です。携帯を取り上げて確認すれば済む事です。

結果が出るまでは手を出さない、そう決めています。相手は腐れ男でも一応地元の名士です。100%の証拠が無ければ叩けません。

成り行きに任せる事にします。


私はトイレのドアーに耳を付け聞き耳を立てます。下卑た行為に自分でも嫌気がします。でも聞きたいのです。

妻の細い声が聞こえてきます。

「・・・・・」

「火曜日、金曜日出張ですか?もう出来ません」


「・・・・・」

「えっ、そんな、酷いです。そんな事しないで下さい」


「・・・・・」

「解りました。行きます」


妻は一旦は断ったようです。

酷いとはどう言う事か、妻はその後で出張を了解してしまうのです。

佐伯はたった4日間、妻と会えないだけで、もう妻を抱く予定を立て知らせているのです。余程、妻に執着があるのでしょう。

妻は必ず、出張の予定は前もって私に知らせます。月曜日の夜には私に伝えるでしょう。

しかし、今その予定を知りました。私はその前に行動を起こせます。時間を稼げます。


もうこれ以上聞いていられません。

私はトイレの前で今歩いてきたように大きな足音を立てドアー越しに妻に声を掛けます。

「今日は疲れた。もう寝るから」

私はもう逡巡しません。佐伯を叩くだけです、熟睡します。

--------------------

日曜日の朝、いつものように妻は朝食を用意しています。

テーブルに向かいます。腹は空いています。

佐伯の男根を握った手で作り、咥えてた口で味見をしていると思うと喉が受け付けません。もどしそうになります。

早々に席を立ち、出かける用意をします。妻と一日中、一緒に居るのが耐えられません。

「どうされたのですか?具合が悪いのですか?10月17日の事で怒っているのですか?」

「いや、何でもない。見たいアクション映画があるので見てくる。体が鈍っている、その後 水泳に行ってくる。晩飯も要らない」

「やっぱり怒っているのですね」


妻は勘違いしています。私が感づいたとは思っていないのです。

とんだ間抜け亭主だと思われているのです。

それはそうです、この3ヶ月余りの間、全く気が付かなかったのです。ここで感づかれたと思う訳がありません。

今の私にはその方が好都合です。


「あっ、それから来週一杯、台湾のメーカーと一緒だ。朝も夜も食事は一緒だ。作らなくていい」

とっさに出た嘘です。正直、食べられそうもないし、食べる気もしません。

--------------------

7時に戻ります。

9時半、私は自分の仕事部屋で時間を潰します。
仕事をする訳ではありません。妻がトイレに立つのを見ていられないのです。

仕事部屋で考えます。佐伯を潰したところで、妻を受け入れられるか?

解りません。あれ程の痴態を見てしまったのです。

では離婚か?離婚した私を、妻を想像してみます。
離婚した妻は、これ幸いと佐伯の元へ走ってしまうのか?あり得ます。佐伯は独身です。


不倫の証拠を掴むだけでは駄目だ。佐伯の事を全て知らなくては。

自分と妻の事は その後で考えれば良い。

--------------------

翌朝、早く家を出た私は銀行が開くのを待ち、金をおろし興信所へ向かいます。

「随分早いですね?」

「妻と佐伯の行動予定が解ったのです」

「ほう、どうしてですか」


ここは隠す訳にはいきません。妻が携帯で話していた要点を伝えます。


「そうですか。二人の仲は相当深いですな」

ぐさりと来る言葉を平気で言います。


「これは失礼な事を言ってしまった。早速これから行動開始といきますか。これは簡単な調査になりそうだ、これだけ頻繁に会ってるとね」

こんな切り口で言われますと、何だか深刻な事を頼んでいる気がしないのです。かえって、所長に親近感を抱かせます。

「おっと失礼。また変な事を言ってしまった」


所長の目の前に現金を置きます。

「所長、これ調査費用です」

土曜日に言われた調査費用の3倍の金額です。家を建てる時の足しにと自分名義でも貯めています。今はそれどころではありません。少しも惜しくはありません。


「こんな小さな興信所だ。山岡でいい。それにしても多すぎませんか?」

「いえ、浮気の調査だけではなく、佐伯の身辺調査も徹底的にお願いしたのです」

「ふむ」

「女関係とか、離婚の理由とか」

「どうしてだね?」

「佐伯は独身です」

「ばれても奥さんを佐伯の元へ行かせたく無い。そう言うことだね?」

所長は もう佐伯と断定した口ぶりです。

「そうです。それと佐伯を徹底的に叩きたい」

「奥さんとは離婚するのかね、それとも受け入れるのかな?」

「解りません。山岡さん、ここは人生相談所ですか」

「ご免、ご免。しかし、人によっては相談所にもなりうる」

『全く惚けた親父だ。何が人生相談所にもなりうるだ』

しかし、不思議な信頼感があります。

「あ、そうか身辺調査は無理ですね。ここにはスタッフが居ませんね」

「いやそんな事は無い。この業界にも横の繋がりがある。浮気調査の得意な所、身辺調査が得意な所。経済問題が得意な所。任せておきなさい」

所長に言われると妙に納得してしまいます。

「そう言うもんですか」

「金は先日言った金額でいい。後は実費精算だ。余ればお返しする」

「しかし、身辺調査を追加している」

結局、所長は持っていった額の1/3しか受け取りません。


>>次のページへ続く
 
 


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