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水遣り
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「浮気調査は来週月曜日、身辺調査はもう少し掛かると思う」

所長の言葉を聞いて、興信所を後にします。

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会社でも妻の事が頭をよぎります。処理すべき仕事があるのが幸いです。仕事している間は忘れています。

夜、外食し、スイミングクラブに寄って11時頃、帰宅します。

「お帰りなさい。貴方、今日急に出張が決まってしまったの。明日、大阪で一泊、金曜日、金沢で一泊なの。行っていいてすか?」

「行っていいですかって、業務だろ。行くしかないじゃないか」


妻は今まで通り、宿泊するホテルも私に教えます。

『何が行っていいですかだ。勝手に行け』

私は心の中で毒づきます。

顔には出しません 私の心の中には二人に対する怒り、憎しみしかありません。湧いてくる他の気持ちをそれで押さえているのです。


妻と交わした言葉はそれだけです。風呂に入り寝ます。

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翌朝一番で、所長に電話して、妻の予定、宿泊先を伝えます。

今日は人と会う予定はありません。

昼前、松下さんに話しかけられます。

「社長」

「もう社長はいいよ。こんな小さな会社だ。君と僕しか居ない。宮下でいいよ」

興信所の所長と同じ事を言っています。

「でも私にとっては社長です。社長以外には呼べません」

「そうか、仕方ないか。それで?」
「お弁当作りすぎちゃったんです。良ければ半分食べて下さい」

「それは嬉しいね。勿論頂く」


松下さんが来てくれて3ヶ月余りです。こんな事は初めてです。

それは作りすぎたと言う量ではありません、完全に二人分です。

私がそうさせなかった事もありますが、妻の手弁当を食べた事はありません。


実に美味い弁当です。

「美味い」

「やったー。作り甲斐があったと言うものね」

「何だ。わざわざ作ってくれたのか?」

「ばれちゃいましたね」


良く気が付く女性です。食後にコーヒーを淹れてくれます。

「社長の奥さん奇麗な方ですね」

「そうか」


松下さんは妻に一度会っています。

入社して間もなくの頃、私の忘れものを妻が届けてくれた時に話をしています。

「奥さん、社長の事愛してらっしゃるんですね」

「・・・・・、おっ、もうこんな時間か、ちょっと出かけてくる。お弁当ご馳走さま」

私は返事が出来ません。返事の変わりに用事も無いのに出掛ける事にします。

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金曜日も、もう退社時間近くになります。

この一週間は酷かった。

妻が家に居る時は、妻の姿が目に入りません、いや見れなかったのです。

妻が出張で居ない火曜日の夜、妻は そこかしこに居ます。

打ち消しても打ち消しても、妻と佐伯が絡んだ姿態が目に浮かびます。

佐伯の男根を咥えている妻、佐伯に尻を掴まれ後ろから貫かれている妻、互いの性器を舐め合っている妻と佐伯、佐伯の背中にに腕を回し爪を立てている妻

家で一人で居ますと妻と佐伯がいたる所に出てきます。

打ち消すには酒しかありません。浴びるように飲み、気絶するようにベッドに倒れこみます。


今日の夜はもう、そう言う思いをしたくありません。

5時、私は松下さんを誘います。

「松下さん、用事が無ければ晩飯一緒にどうだ。僕も一人でつまらない」

「うわっ、嬉しい。連れてって下さい」

松下さんが焼き鳥を食べたいと言う事で、焼き鳥屋に行きます。接待で時々使う店です。

隣の席とは衝立で区切られていて、焼き鳥屋独特の喧噪さは感じません。

「社長に晩御飯をご馳走になるのは初めてですね」

「弁当のお礼と言っては何だが、たまにはと思ってね」

「お弁当のお返しで晩御飯をご馳走して頂けるのでしたら、これから毎日持って来ます」

松下さんと話してると気持ちが和むのが解ります。

酒が進むにれ、食が進むにつれ心が軽くなるのが解ります。

松下さんの口も軽くなります。

「社長、言っていいですか?」

「何でも」

「社長、この1ヶ月くらい少し変ですよ。特に今週は変。何かあったのですか?」

松下さんも私の変化に気が付いていたのです。

いくら私でも、妻が正社員になってから、急に残業、付き合いで帰宅が遅くなり、出張も毎週のようにあれば少しは変に思います。

会社で空ろな時もあったのでしょう。それがつい先週具体化しただけの話です。


「いや、別に何も。君がこの間 ”妻は僕を愛している”って言ったよね?どうしてそう思った?」

「ええ、奥さんの社長を見る目を見てそう思ったの」


「そうか、有り得ないな」

「えっ、有り得ない?」

感が良いのでしょう、松下さんは それ以上この話題には触れません。

酔いに任せて喋ります。朝も夜も家で食べていない事、家に帰るのは いつも遅い事。

さすがに妻の浮気の事は言えません。


未だ9時、家には帰れません。

二人でカラオケに寄ります。知っている歌は演歌です。不倫、悲恋、そんなテーマばかりです。

妻と佐伯が目に浮かび、曲が流れても歌えません。


「私も歌っていいですか?」

「勿論だ」

松下さんは60年代のアメリカンポップスを歌います。何処で覚えたのかと思うほど上手に歌います。


「よくこんな歌知ってるね」

「父が好きで、小さい頃よく一緒に聞いていました」

「社長も一緒に如何ですか?」

私もメロディーくらいは知っています。見よう見まねで歌います。

弾けるような若い恋。駄目です、歌えません。妻と出会った頃を思い出します。

「社長、今日は駄目みたいですね。私が一杯歌ってあげるから」

優しい女性です。私が腰を上げるまで、帰るとは言いません。私はもう泥酔しています。

「そろそろ帰ろうか?」

「そうですね、私が送ってあげる」

一台のタクシーに乗り込みます。私の家の前です。

「有難う、おやすみ」

「おやすみなさい。奥さんの代わりをしてあげるから」

小さくそう言って、タクシーで去って行きます。その言葉は私の耳には届いていません。

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シャワーを浴び、ベッドで横になっても眠れません。

酒の助けを借りて又 気絶するように眠ります。


夕方近くまで、眠り続けます。

妻の声で起こされます。

「ただいま。貴方どうかされました?具合でも悪いのですか?」

「いや、何でも無い。昨日半分徹夜だ」

私は言い訳をしています。

『どうして俺が言い訳しなくちゃいけないんだ。全てお前のせいだ』

心の中で毒づいています。何をして来たんだと聞きたいのを押さえています。


「何か召し上がりますか?」


>>次のページへ続く
 
 


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