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水遣り
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帰りの新幹線の車中、佐伯を殴った感触が手に、蹴り上げた感触が足に残っています。

人を殴るのは気持ちの良いものではありません。後悔している自分がいます。

後悔している事は それだけではありません。どうして妻を連れて帰らなかったのかと悔やんでいます。

今頃二人は慰めあって抱き合っているかと思うと居た溜まれません。


ウィスキーを注文します。酒で紛らわすしかないのです。

ウィスキーの支払いで小銭を出すのにポケットを探ります。

佐伯のポケットから零れた小箱が指先に引っかかります。

『そうか、こんな物があったんだな』

見覚えがあります。

中国のメーカーに行った時、女が燃えない時使えば良いと見せられたものです。

一つは経口催淫剤、一つは塗布媚薬。

非合法の物です。普通は手に入りません。それだけに効き目も大きいのです。

『佐伯。こんな物を使いやがって』

飛んで引き返したい衝動に駆られます。

車中、酔うどころではありません、怒りが酔いを打ち消します。

--------------------

家に帰ったのは0時半。

今夜も眠れそうにありません。

ソファーで酒を飲み酔いつぶれ、そのまま寝てしまったようです。


女の声で起こされます。

「貴方、御免なさい。こんなにさせてしまって」
酷い二日酔いで頭がはっきりしません。今の状況が飲み込めないのです。

妻だと解るのに数10秒掛かります。

時計と妻の顔を見比べています。まだ6時半です。

「どうしたんだ、こんな時間に」

場違いな事を聞いています。

妻は説明します。

新幹線の最終は名古屋停まり、そこでムーンライト”ながら”に乗り換えて帰ってきたのです。

『そうか、俺は昨日 大阪へ行ったんだ』

妻の説明を聞いている内に徐々に頭が回復します。怒りが込み上げてきます。

「帰ってくるなと言っただろ」

「誤解です。あれは違います。お仕事です」

「何がお仕事だぁ。お前たちは腕を組んで仕事に行くのか」

私も何を細かい事を言っているのでしょうか。報告書を見せれば済む事です。

「あれは、回りの人がみんな腕を組んでいて、じゃあ僕たちもって部長が」

「回りがキスをしたら、お前たちもするのか。馬鹿か、お前らは。お前は人妻だぞ、しかも40過ぎのな」

「そんな事しません」

「俺は お前の携帯に電話した。お前が出れば、あんなところを見られずに済んだのにな」

「・・・・・」

「佐伯と居る時、お前はいつも電源を切っているようだな」

「あっ、あれは部長がお客と話している時は電源を切っておくようにと」

とっさにうまい嘘を思いついたものです。

「腕を組むのも佐伯、電源を切るのも佐伯。あいつの言う事はなんでも聞けるんだな、俺の言う事は何も聞けなくてもな」

「そんな事ありません」

「俺が死んでも、明子が死んでも お前には連絡が出来ない。佐伯に抱かれる方がお前には大事なんだ」

「抱かれてなんかいません」

明子の名前が効いたのでしょうか、妻は涙ぐみます。

「貴方、昨日はどうして大阪へ?」

「解りきった事だ、お前たちが乳繰り合っているところを見たくってな」

「そんな事はしていません」

その時、家の電話が鳴ります。

--------------------

まだ7時前です、余程緊急でない限りこんな時間に家の電話は鳴りません。

「お前が出てくれ」

妻が電話に出ます。佐伯からです。

「貴方に替わって欲しいって」

「どうして俺が出なけりゃならない」

「お願いします」

仕方なく出る事にします。

「宮下だが」

「ご主人、昨日は申し訳ない。大人気なかった。つい奥さんに無理言ってしまった」

「そうか」

それだけ言って電話を切ります。二人で打ち合わせたのが見え見えです。

「貴方、済みませんでした」

「まぁそう言う事なら仕方がないか」
妻は一応安心したようです。


茶番は此処までです。そろそろ本題に入らなければいけません。

「ところで、お前に見せたい物がある」

2階の仕事場から報告書を持ってきます。

「これだ」

報告書を妻の目の前のテーブルに置きます。

「・・・・・」

表紙の興信所の名前が目に入ったのでしょうか、妻の顔は青ざめています。

中身を見ようともしません。全てを悟ったのでしょう。

「これは違います」

「何が違う。まだ中身を見ていない。見たらどうだ」

報告書のページをめくっています。

先週の月曜日から土曜日までの妻と佐伯の記録が写真と共にあります。

妻は読んではいません、その目は空ろです。

「これは先週一週間だけのものだ。お前たちは相当前から続いていたな」

妻は返事が出来ません。


バッグを探り2枚のコピーされた写真を差し出します。

「何だ、これは」

「その写真が私を、私を」


その後は言葉になりません。

私はその写真を見つめます。


「僕と松下さんがホテルに食事に行った時の写真だな。これがどうした」

「時間が」

「時間が?」

写真に印字された時間を見ます。

入って行く時間は11:32.出てくる時間が14:23。

松下さんとは何度かホテルで昼食を取っています。

勿論、3時間も掛かる訳はありません。

記憶を辿ります。直ぐには思い出せません。


「3時間の間、何をされていたのですか」

「3時間も居る訳がない」

「松下さんがあんな嬉しそうな顔をして」

ホテルを出る時の写真、確かに松下さんは嬉しそうな顔をしています。

妻が何を思っているのか、この時解りました。


仕事部屋に行き ノートパソコンを開けます。

会社を始めてからのスケジュールは全て記録してあります。

写真の日付は7月11日 7月10日から7月13日まで台湾、10日、11日12日は台湾で泊まっています。

7月10日を見ます。

松下さんとホテルで昼飯を取っています。

松下さんが来てくれたのが その前の週、来てくれた御礼にと昼食に誘ったのです。

7月10日は台湾に発つ日、乗ったフライトはEG205、成田16:30発です。


>>次のページへ続く
 
 


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