逆転
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神妙な表情で私達と同じ席につきました。
まずは乗り越えなければならない第一の関門です。
『俺は男だ!俺は男だ!!腹に力を入れて立ち向かえ』
適当にその場を濁して逃げてきた自分自身に言い聞かせます。
家族皆が私を注視しています。
「お父さん、部屋を借りる事にした。今度の休みに間に合えば引越ししたいと思ってるんだ」
子供達の方だけを見て喋り出しました。
「・・・・・・・・・」
誰も口を開く者がいません。私の意思の強さが滲み出ていたからなのでしょうか?
しかし、条件が少し変わってしまったのです。
「私が原因だから私が出ます。ただ離婚は少し待って欲しい・・」
子供達も妻が出る事に異議はなく、親の離婚についても心の準備が必要だからと次女が主張するので飲むしかありません。
その次女を嬉しそうに見つめる妻が少々気にはなりましたが・・・
それでも、こうすんなりと事が進むとは思っていなかったので了解しました。
下準備が整っていたとは言え、こんなにスムーズに行くとは思わなかった。それが本心です。
私が決めてきた所でいいのかどうか下見をさせましたが、それでOKだとの事で引越しまでに時間は掛かりませんでした。
出て行こうとする妻に、娘達の目を盗んで こそっと渡した離婚届には、私のサインが書かれています。
「気持ちの整理が出来たら提出してくれ。出したら連絡してくれな」
その言葉に目を伏せ返事はありませんでした。
その態度に子供達の了解が出ても、第2関門を迎えるのだと覚悟したものです。
あの日、次女を見た嬉しそうな表情と、この日の妻の表情に離婚には、中々応じまいと悟ったのでした。
離婚は人生の中でも大イベントだと思いますが、今の時代に珍しい事でもありません。
それに抵抗する妻の真意は いかばかりなものなのか?
妻の居ない生活は、私には日常と何の変わりも感じなかったのですが、子供達には違ったようです。
特に次女は寂しそうで可愛そうに思います。
何の罪もないこの子達に辛い思いをさせているのは、明らかに私達夫婦の責任です。
早く帰宅した時に食事の用意をしてくれている次女の背中を見ると、妻と2人で台所に立ち私に今回の事を水に流せと訴えたそうにしていた日を思い出します。
『ごめんな』
心の中でそう呟くしかない。
これはこれで結構辛いのです。
ただ居場所も知っているのだから、会いに行けばいいし、もう大人なの君に、お父さんがとやかく言う事はないよ。
しばらく経つと、その通り行き来はしていたようです。
私に気兼ねしてか、はっきりとは言いませんでしたが、出て行ってから1日に1回は必ず連絡を取ってきていた妻から聞いていました。
何もなかった夫婦のように、
「食事はちゃんと出来てる?不便な事があったら何時でも行くわよ」
と新婚当時のような優しい口調が携帯の向う側から聞こえてきます。
私も敢えて離婚届の話はしません。
それが尚更電話をしやすくしたのか、次女が会いに行った時には、少女のように弾んだ声で嬉しそうに話すのです。
それでも次女しか会いに来ないのが せつないようですが。
それはそれで、まだ家族の絆が切れていないのを喜んでいるのかもしれません。
私は私で羽を伸ばし、帰りが遅くなる日もしばしばです。
たがが外れた私は1人者のような振る舞いでした。
境遇を気に掛けてくれる、あの同僚と飲み歩き、奥さんからクーレムを付けられる始末でしたし、娘達にも小言を言われます。
取引先のあの女性とも合コンまがいの飲み会を何度も催していましたが、ある時に同僚が軽口を叩きました。
「君達お似合いじゃないか。こいつ半分独身のようなもんだ。唾を付けるなら今だぞ」
「ばっ馬鹿言うな。俺はよくても此方に失礼じゃないか。ねぇ、ごめんね」
彼女は微笑むだけです。
この軽口が運を運び、その日のうちに彼女のメールアドレスをゲットしたのです。
それでも結婚以来、妻以外の女性との付き合いがなかったもので、メールする勇気が持てなかっのです。
何の連絡もして来ないのに業を煮やしたのか、最初のコンタクトは彼女からです。と言っても、挨拶代わりの他愛のないものでしたが。
それでも何かウキウキするものですね。嬉しかったなぁ。
久し振りに気分よく遊び歩く私に、子供達が釘を刺してきました。
「たまには、お母さんの所へも顔を出して来てね」
この言葉は結構重いんです。
すっかり独身になったつもりの私を現実に戻します。
子供が居なければ、このままスンナリと行くかもしれないのに、そうは問屋が卸しません。
しょうがなく、妻のアパートに出向きますが、彼女の車がないのをいい事に直ぐに立ち去る私でした。
どうして居ないのかなんて気にも止めないのです。
実はこの頃、例の彼女と交際を出来るのでは、と予感めいたものを感じていたのが私にそうさせたのです。
あくまでも私の希望的予感でしかありませんがね。
居ないのだからしょうがないと自分に言い訳をしても、子供達には納得が行かないようです。
男との繋がりを連想させてしまうからなのでしょうが、それは妻とのやり直しを望んでいるからなのかと思うと重い気持ちになってしまいます。
口には出さないまでも、離婚届を少しでも早く提出してくれればと望んでいるのですから。
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そんな中途半端な日々を送っていた時分に、携帯に見慣れない番号の着信がありました。
「・・・岸部の家内でございます・・・突然お電話して申し訳ありません・・・今よろしいでしょうか・・・」
言いにくそうに話す相手に、私も頓珍漢な受け答えをしてしまいます。
「あぁ、どうも。ご無沙汰しております」
もう少し気の利いた事を言えなかったものか。
「・・・こんな事を、お願いする立場じゃないのは、重々承知しておりますが・・・」
「何かありましたか?」
岸部が会社での立場が危うくなり、今度の事を何とか穏便にすませて助けてくれないか。
そんな内容の事を申し訳なさそうに、おどおどしながら懇願するのでした。
助けてくれと言われて私が納得したところで、はいそうですかと岸部の立場が好転するとは思えないのですが・・・・
世の中には示談が成立し刑が軽くなったなんて話をニュース等で耳にしますが、今回の件は そうは行かないのではないかと思います。
しかし、岸部の奥さんにしてみれば、何かしないといられない気持ちなのだろうと予想出来るのです。
これまでは、ある程度の収入があり、不自由のない生活を送っていたものが全てなくなってしまう。
幼い子供を抱えて、これからの人生に不安を感じるのは当然です。
まして岸部の年齢を考えれば、今以上の収入を得るのは不可能でしょう。
それでも一生懸命働けば何とか食べて行けると思うのですが、人は今の立場に見合った生活を送っているのです。
その生活が一変してしまうのは誰だって不安なものだと思うのですが・・・・・
「申し訳ないが、今はそんな気持ちになれないのです。
それに私が水に流すと言ったところで御主人の立場が変わるとは思えない。
普通の会社は、そんなに甘いものではないと思います。本当に申し訳ない」
私の言葉にたいそう恐縮しながら電話は切れました。
前回同様に後味の悪い思いをしながらも、岸部に何があったのか気になります。
妻も知っているのか?
おそらく同僚の画策なのではないかと、内線を繋ぎました。
「俺だ。岸部のかあちゃんから電話があった。あいつ、危ないんそうだな。何かしたのか?」
「そうか。そんな話になっていたか。今そっちに行くよ」
程なくしてやって来た奴と休憩室に入り情報を交換します。
私は奥さんとの電話での内容を話し、それを聞いてから、これまでの経過を伝えてくれました。
「岸部はうちに飛び込みでやって来たんじゃないんだ。
俺は部長から引き継いだので事情にうとかった。その辺はお茶を濁されてたんだが、ある業者の紹介なんだよ。
そこが部長とじっ魂なんでな。詮索はしたくないが何かあるんだろう。
それでな、お前の名前は当然出さないが、こんな話があると言ったんだよ。
部長は意外といい男だぜ。あんまり好きな奴じゃなかったけど親分肌だな。
うちの社員を馬鹿にするのは許せんって電話してたぜ。そんな事なら紹介者だって立場がないさ。
俺はそこまでは知ってるんだが、その後は耳に入っていないんだよ」
「ふ〜〜ん。そんな話になっていたのか。お前よぅ、もっと密に連絡してくれよ」
「済まんかった。ちゃんと決着を付けてからと思ってたんでな」
「感謝してるよ」
>>次のページへ続く
そんな中途半端な日々を送っていた時分に、携帯に見慣れない番号の着信がありました。
「・・・岸部の家内でございます・・・突然お電話して申し訳ありません・・・今よろしいでしょうか・・・」
言いにくそうに話す相手に、私も頓珍漢な受け答えをしてしまいます。
「あぁ、どうも。ご無沙汰しております」
もう少し気の利いた事を言えなかったものか。
「・・・こんな事を、お願いする立場じゃないのは、重々承知しておりますが・・・」
「何かありましたか?」
岸部が会社での立場が危うくなり、今度の事を何とか穏便にすませて助けてくれないか。
そんな内容の事を申し訳なさそうに、おどおどしながら懇願するのでした。
助けてくれと言われて私が納得したところで、はいそうですかと岸部の立場が好転するとは思えないのですが・・・・
世の中には示談が成立し刑が軽くなったなんて話をニュース等で耳にしますが、今回の件は そうは行かないのではないかと思います。
しかし、岸部の奥さんにしてみれば、何かしないといられない気持ちなのだろうと予想出来るのです。
これまでは、ある程度の収入があり、不自由のない生活を送っていたものが全てなくなってしまう。
幼い子供を抱えて、これからの人生に不安を感じるのは当然です。
まして岸部の年齢を考えれば、今以上の収入を得るのは不可能でしょう。
それでも一生懸命働けば何とか食べて行けると思うのですが、人は今の立場に見合った生活を送っているのです。
その生活が一変してしまうのは誰だって不安なものだと思うのですが・・・・・
「申し訳ないが、今はそんな気持ちになれないのです。
それに私が水に流すと言ったところで御主人の立場が変わるとは思えない。
普通の会社は、そんなに甘いものではないと思います。本当に申し訳ない」
私の言葉にたいそう恐縮しながら電話は切れました。
前回同様に後味の悪い思いをしながらも、岸部に何があったのか気になります。
妻も知っているのか?
おそらく同僚の画策なのではないかと、内線を繋ぎました。
「俺だ。岸部のかあちゃんから電話があった。あいつ、危ないんそうだな。何かしたのか?」
「そうか。そんな話になっていたか。今そっちに行くよ」
程なくしてやって来た奴と休憩室に入り情報を交換します。
私は奥さんとの電話での内容を話し、それを聞いてから、これまでの経過を伝えてくれました。
「岸部はうちに飛び込みでやって来たんじゃないんだ。
俺は部長から引き継いだので事情にうとかった。その辺はお茶を濁されてたんだが、ある業者の紹介なんだよ。
そこが部長とじっ魂なんでな。詮索はしたくないが何かあるんだろう。
それでな、お前の名前は当然出さないが、こんな話があると言ったんだよ。
部長は意外といい男だぜ。あんまり好きな奴じゃなかったけど親分肌だな。
うちの社員を馬鹿にするのは許せんって電話してたぜ。そんな事なら紹介者だって立場がないさ。
俺はそこまでは知ってるんだが、その後は耳に入っていないんだよ」
「ふ〜〜ん。そんな話になっていたのか。お前よぅ、もっと密に連絡してくれよ」
「済まんかった。ちゃんと決着を付けてからと思ってたんでな」
「感謝してるよ」
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