悪戯
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「一度医者に診てもらえ」
出勤しても仕事にならず、食欲も無く昼休みに芝生に寝転んでいると、何気なく妻に言ってしまった言葉を思い出します。
“一度医者に診てもらえ”
家に戻ると玄関先にドイツ製の車が止まっていて、玄関を開けると妻の声が聞こえてきました。
「やめて!だめ、だめ」
それを聞いて慌てて中に入ると そこに私が見たものは、床に押し倒されて彼に抱き付かれている妻の姿でした。
そして嫌だと言いながらも妻の両腕は彼の背中に回っていて、彼の右手は妻のスカートの中に入り込んでいます。
妻も私との今の関係から逃げたかったのでしょう。このような仕打ちを受け続けていれば仕方の無いことです。
必死に堪えていたのを、私の言葉で彼を思い出してしまった。一時でも今の状況から逃げたくて、誰かに縋り付きたくて彼に電話してしまったのでしょう。
それを聞いた彼は、この様なチャンスは二度と無いと思ったに違いありません。
妻は誰かに胸の内を話したかっただけかも知れませんが、彼がチャンスを見逃すはずも無く、仕事を放り出してでも駆けつけて来た。
ずっと寂しい思いをしていた妻にとって、彼のそのような行為が嬉しくなかったはずがありません。
「あなた!」
「体調が悪いなどと嘘を吐きやがって!俺に隠れてこんな事をする為に休んだのか!」
「違う」
彼が立ち上がったので駆け寄って殴ろうとすると、その瞬間 強い衝撃を受けて床に尻餅をついてしまいました。
そうです。私は無様にも、逆に殴られてしまったのです。
「よくも奈美を不幸にしやがって」
彼は馬乗りになってきて、左手で私の胸倉を掴むと右手を大きく振り上げました。
「別れてやれ!奈美は俺が幸せにする」
その時、妻が彼にタックルするような勢いで抱きついたために、彼は私の上から妻と縺れ合うように転げ落ちてしまいました。
私が妻に抱きつかれて自由に動けない彼に掴み掛かろうとすると、彼は寝転んだままの体勢で蹴ってきました。
「淳やめて!お願いだから あなたもやめて!」
私は妻の言葉で全身の力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまいました。
妻は今まで岩本の事を彼としか言わず、私は彼の名前をメールでしか見ていなかったために、勝手に“淳”を“ジュン”だと思い込んでいたのです。
それは私の中学の同級生に彼と同じ“淳”という名前の男がいて、その同級生は“ジュン”だったので疑問も持たずにそう思い込んでいました。
しかし実際は“アツシ”だった。
私の息子と同じ、漢字一文字の“アツシ”
確かに息子の名前は義父がつけたものです。
義父は いくつかの名前を考えてきて、どれにするか私に相談してきました。
その時義父に「この敦なんかいいと思うが、どう思う?」と言われ、私は義父に気を使って
「全て良い名前なので、お義父さんに任せます。ただ凄く頑張ったので、奈美にも相談してやって下さい」と言った覚えがあります。
あの時の義父の様子だと“敦”を一番気に入っているようだったので、妻に強く勧めたかも知れませんが、別れた彼と同じ名前なのに妻は反対しなかった。
「あんたアツシと言うのか?」
「それがどうした!」
「息子も漢字一文字のアツシだ。息子の名前は義父と奈美で決めた」
私は呆然と見送る妻に声も掛けず、黙って家を出て行こうとしました。
すると妻は玄関のところまで追い掛けて来て、裸足のまま土間に下りて、靴を履く為に力無く俯いて座っていた私の前に座って手を握ります。
「あなた違うの。これは偶然で、私にその様な意図は無かった」
「俺は今まで、奈美が彼のようになって欲しいと願ってつけた名前の息子を、何も知らずに必死に育ててきたのか。結婚前に付き合っていた男と同じ名前をつけられた息子を、何も知らずに可愛がってきたのか」
「違う。本当に偶然なの。父がこの名前が一番良いと言って・・・・・・」
「敦が生まれたのは、彼と別れてから数年しか経っていなかった。それも嫌いになって別れた訳ではない。
お義父さんが この名前を勧めた時、彼の事がこれっぽっちも浮かばなかったと言い切れるか?
彼と同じ名前だと、全く気付かなかったのか?
お義父さんがこの名前を選んだ時、奈美は嬉しかったのではないのか?」
妻の目から涙が毀れ、私の目にも涙が溜まります。
妻の涙の訳は分かりませんが、私の涙は猛烈な寂しさから来る涙でした。
どのような名前であろうと息子は息子です。
当然 息子を嫌いになる事などあり得ませんが、息子を見る目が多少でも変わってしまわないかと怖かったのです。
「俺にはこんな酷い事をしておいて、何が彼への償いがしたいだ。離婚してやる。思う存分償ってやればいいさ」
私が手を振り切ると妻は声を出して泣き出し、玄関を出ようとした時に振り向くと、勝ち誇ったような顔で後ろから抱き締めようとした彼を、妻は強い力で押し退けていました。
私は何も考えることが出来ずに、息子と話した堤防に車を止めてぼんやりしていると、いつしか辺りは暗くなっていて、妻から一通のメールが届きます。
--------------------
あなたの言う通りです。
父から名前の候補を五つ見せられた時、私は敦という名前が真っ先に目に留まりました。
そして父が その中から敦と言う名前を選んだ時、私は嬉しかったのを覚えています。
その時は父が候補に挙げた中では、敦が一番しっくり来ると感じただけだと思っていましたが、あなたが言うように彼がアツシだったので そう思ったのかも知れない。
あなたに指摘された時も
(父に敦を勧められた時、彼を想って反対しなかったのなら敦ではなくて淳とつけてもらっていた。同じアツシでも字が違うから意味も全く違い、私にその様な想いは全くなかった)
と、心の中で勝手な言い訳をしていました。
しかし仮に女の子が生まれていて、あなたが昔好きだった彼女の名前をつけていたとしたら、おそらく私は堪えられない。
仮にそれが偶然だったとしても私は堪えられない。
私はあなたに何て酷い事をしてしまったのだろう。
どのように償えばいいのだろう。
私は妻の言葉で全身の力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまいました。
妻は今まで岩本の事を彼としか言わず、私は彼の名前をメールでしか見ていなかったために、勝手に“淳”を“ジュン”だと思い込んでいたのです。
それは私の中学の同級生に彼と同じ“淳”という名前の男がいて、その同級生は“ジュン”だったので疑問も持たずにそう思い込んでいました。
しかし実際は“アツシ”だった。
私の息子と同じ、漢字一文字の“アツシ”
確かに息子の名前は義父がつけたものです。
義父は いくつかの名前を考えてきて、どれにするか私に相談してきました。
その時義父に「この敦なんかいいと思うが、どう思う?」と言われ、私は義父に気を使って
「全て良い名前なので、お義父さんに任せます。ただ凄く頑張ったので、奈美にも相談してやって下さい」と言った覚えがあります。
あの時の義父の様子だと“敦”を一番気に入っているようだったので、妻に強く勧めたかも知れませんが、別れた彼と同じ名前なのに妻は反対しなかった。
「あんたアツシと言うのか?」
「それがどうした!」
「息子も漢字一文字のアツシだ。息子の名前は義父と奈美で決めた」
私は呆然と見送る妻に声も掛けず、黙って家を出て行こうとしました。
すると妻は玄関のところまで追い掛けて来て、裸足のまま土間に下りて、靴を履く為に力無く俯いて座っていた私の前に座って手を握ります。
「あなた違うの。これは偶然で、私にその様な意図は無かった」
「俺は今まで、奈美が彼のようになって欲しいと願ってつけた名前の息子を、何も知らずに必死に育ててきたのか。結婚前に付き合っていた男と同じ名前をつけられた息子を、何も知らずに可愛がってきたのか」
「違う。本当に偶然なの。父がこの名前が一番良いと言って・・・・・・」
「敦が生まれたのは、彼と別れてから数年しか経っていなかった。それも嫌いになって別れた訳ではない。
お義父さんが この名前を勧めた時、彼の事がこれっぽっちも浮かばなかったと言い切れるか?
彼と同じ名前だと、全く気付かなかったのか?
お義父さんがこの名前を選んだ時、奈美は嬉しかったのではないのか?」
妻の目から涙が毀れ、私の目にも涙が溜まります。
妻の涙の訳は分かりませんが、私の涙は猛烈な寂しさから来る涙でした。
どのような名前であろうと息子は息子です。
当然 息子を嫌いになる事などあり得ませんが、息子を見る目が多少でも変わってしまわないかと怖かったのです。
「俺にはこんな酷い事をしておいて、何が彼への償いがしたいだ。離婚してやる。思う存分償ってやればいいさ」
私が手を振り切ると妻は声を出して泣き出し、玄関を出ようとした時に振り向くと、勝ち誇ったような顔で後ろから抱き締めようとした彼を、妻は強い力で押し退けていました。
私は何も考えることが出来ずに、息子と話した堤防に車を止めてぼんやりしていると、いつしか辺りは暗くなっていて、妻から一通のメールが届きます。
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あなたの言う通りです。
父から名前の候補を五つ見せられた時、私は敦という名前が真っ先に目に留まりました。
そして父が その中から敦と言う名前を選んだ時、私は嬉しかったのを覚えています。
その時は父が候補に挙げた中では、敦が一番しっくり来ると感じただけだと思っていましたが、あなたが言うように彼がアツシだったので そう思ったのかも知れない。
あなたに指摘された時も
(父に敦を勧められた時、彼を想って反対しなかったのなら敦ではなくて淳とつけてもらっていた。同じアツシでも字が違うから意味も全く違い、私にその様な想いは全くなかった)
と、心の中で勝手な言い訳をしていました。
しかし仮に女の子が生まれていて、あなたが昔好きだった彼女の名前をつけていたとしたら、おそらく私は堪えられない。
仮にそれが偶然だったとしても私は堪えられない。
私はあなたに何て酷い事をしてしまったのだろう。
どのように償えばいいのだろう。
今更どうにもならない、取り返しのつかない事をしてしまいました。
帰って来て。
お願いですから帰って来て。
--------------------
私はメールではなくて直に話し合うために、家に戻って妻を寝室に連れて行きました。
しかし、妻を寝室に連れて行った迄は良かったのですが、どのように話して良いのか分かりません。
するとそれを察したのか、妻の方からポツリポツリと話し始めます。
「私はあなたと別れない。あなたと敦の側にいて償っていきたい」
「それは同情か?俺に気持ちの無い者に側にいられても迷惑だ。
それに奈美は償いが好きだな。
一方的な酷い別れ方をしたから彼に償いたい。
今度は敦の名前で酷い事をしたから俺に償いたい。
でも真実は償いと言う大義名分で自分を納得させ、昔を思い出して彼と恋愛ゴッコがしたかった。
それがばれると今度は償いと言う名の元に、息子に知られずに元の生活に戻ろうとしている」
「違う。私はそんな・・・・・・・・・・」
「もう沢山だ!離婚してやるから好きな彼と暮らせ」
「別れるなんていや。私が愛しているのはあなただけ」
「これだけは言える。俺だけを愛していたなら、他の男にあんな真似は出来ない。それに今日だって、俺が帰って来なければ どうなっていたか」
「あれは彼が無理やり押し掛けて来て」
「確か体調が悪いからと言って、俺が出勤する時はパジャマを着て寝ていたよな」
「どうかしていました。独りで家にいたら寂しくなって、誰でもいいから話しを聞いて欲しかった。
そうかと言って こんな事誰にも話せないと思った時、気が付くと彼に電話してしまっていました。
そうは言っても、この事は何を言われても弁解のしようが無いのは分かっています。
でも、彼がこちらに来ると言った時、絶対に来ないでと言いました。二度と会わないと。
でも彼が来てしまって玄関を叩いて大きな声で呼ぶから、ご近所に知られたくなくて、開けるから大きな声を出さないで欲しいとお願いして、急いで着替えて・・・・・・」
「無理やり押し倒されたのなら、どうして彼の背中に腕を回していた!」
妻は目を閉じて、震えながら言いました。
「抵抗したけれど・・・・無理やり触られていたら・・・・・・・・・感じてきてしまって・・・・・」
「奈美は誰にでも感じる女か?夜道で知らない男に押し倒されて触られても感じるのか?彼に多少でも気があったから感じた。違うか?それが全てだ」
「でも愛しているのは あなただけです」
妻は私の事を愛してくれているのかも知れません。
私も妻を愛していますが、しないだけで他の女性を抱けない訳ではない。
仮に妻以外の女性に押し倒されて触られても、私のペニスは反応するでしょう。
しかし、妻の性格からして好きでもない男にあのような事をされれば、近所に知られようと もっと大きな声で助けを求めていたはずです。
何より電話などしなかったでしょうし、玄関を開ける事もなかった。
好きでなければ、妻はあのような事は出来ません。
それで考えられるのは、私の事も愛しているが彼の事も愛している。
>>次のページへ続く
帰って来て。
お願いですから帰って来て。
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私はメールではなくて直に話し合うために、家に戻って妻を寝室に連れて行きました。
しかし、妻を寝室に連れて行った迄は良かったのですが、どのように話して良いのか分かりません。
するとそれを察したのか、妻の方からポツリポツリと話し始めます。
「私はあなたと別れない。あなたと敦の側にいて償っていきたい」
「それは同情か?俺に気持ちの無い者に側にいられても迷惑だ。
それに奈美は償いが好きだな。
一方的な酷い別れ方をしたから彼に償いたい。
今度は敦の名前で酷い事をしたから俺に償いたい。
でも真実は償いと言う大義名分で自分を納得させ、昔を思い出して彼と恋愛ゴッコがしたかった。
それがばれると今度は償いと言う名の元に、息子に知られずに元の生活に戻ろうとしている」
「違う。私はそんな・・・・・・・・・・」
「もう沢山だ!離婚してやるから好きな彼と暮らせ」
「別れるなんていや。私が愛しているのはあなただけ」
「これだけは言える。俺だけを愛していたなら、他の男にあんな真似は出来ない。それに今日だって、俺が帰って来なければ どうなっていたか」
「あれは彼が無理やり押し掛けて来て」
「確か体調が悪いからと言って、俺が出勤する時はパジャマを着て寝ていたよな」
「どうかしていました。独りで家にいたら寂しくなって、誰でもいいから話しを聞いて欲しかった。
そうかと言って こんな事誰にも話せないと思った時、気が付くと彼に電話してしまっていました。
そうは言っても、この事は何を言われても弁解のしようが無いのは分かっています。
でも、彼がこちらに来ると言った時、絶対に来ないでと言いました。二度と会わないと。
でも彼が来てしまって玄関を叩いて大きな声で呼ぶから、ご近所に知られたくなくて、開けるから大きな声を出さないで欲しいとお願いして、急いで着替えて・・・・・・」
「無理やり押し倒されたのなら、どうして彼の背中に腕を回していた!」
妻は目を閉じて、震えながら言いました。
「抵抗したけれど・・・・無理やり触られていたら・・・・・・・・・感じてきてしまって・・・・・」
「奈美は誰にでも感じる女か?夜道で知らない男に押し倒されて触られても感じるのか?彼に多少でも気があったから感じた。違うか?それが全てだ」
「でも愛しているのは あなただけです」
妻は私の事を愛してくれているのかも知れません。
私も妻を愛していますが、しないだけで他の女性を抱けない訳ではない。
仮に妻以外の女性に押し倒されて触られても、私のペニスは反応するでしょう。
しかし、妻の性格からして好きでもない男にあのような事をされれば、近所に知られようと もっと大きな声で助けを求めていたはずです。
何より電話などしなかったでしょうし、玄関を開ける事もなかった。
好きでなければ、妻はあのような事は出来ません。
それで考えられるのは、私の事も愛しているが彼の事も愛している。
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