本性
私、宮本拓也(仮名)45歳、妻、百合子(仮名)45歳、大学生の娘と高校生の息子がいます。
妻と付き合い出したのは高校3年の時で、妻は、とにかく誰にでもやさしく、真面目で明るく、クラスでも人気が有り、勉強もしないで喧嘩に明け暮れていた不良の私に、どうして付き合いをOKしてくれたのか、自分でも不思議でしたが、とにかく妻に嫌われない様に真面目になろうと努力し、妻のおかげで三流ですが大学に進む事も出来ました。
大学4年の時、父母が事故で死に、私は思い切って大学を辞めて、父の会社を継ぎました。
会社といっても従業員3人の小さな問屋ですが、仕事も順調なのと1人になった寂しさから、短大を出て銀行に勤めていた妻と、1年後に結婚しました。
結婚生活は、子宝にも恵まれ毎日が幸せで、何年経っても妻への愛は変わる事なく、妻の笑顔が何より私の幸せでした。
息子が中学3年の時、専業主婦だった妻は、PTAの母親部長を引き受け、久し振りに見る、はつらつとした妻の姿に喜びも有ったのですが、
私は、結婚前から妻が他の男と二人で話をしていたり、中学の同窓会へ行くだけでも、心穏やかでなくイライラするぐらい嫉妬心が強い為に、不安の方が大きかったです。
しかし妻には、嫉妬深い器の小さな男と思われるのが嫌で、自分を偽り、平静を装いました。
妻は、会合から帰ると、必ずその日の内容を話してくれるのですが、何回か出席する内に、PTA会長の加藤真一(仮名)という男の話を、楽しそうにする様になりました。
加藤は隣町にある大きな工場で営業部長をしていて、年は私の5つ上で4才年下の奥さんと、娘2人の4人家族だそうです。
親切で話も面白く、気さくなとても良い人だと妻は言うのですが、あまりにも頻繁に名前が出てくる事と、会合は夜が多い為に心配でしたが、昔からの癖で、心中を見せず快く送り出していました。
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そんなある日、夜の会合に行ったはずの妻が加藤を連れて戻り、話を聞くと、副会長に急用が出来て2人だけになってしまい、
2人だけでは気まずく、私も2人だけで会われるのは嫌だろうから、家で打ち合わせをさせて欲しいという、加藤からの提案だったのです。
結局2時間ほど話をしましたが、妻が言う通り気さくで話も面白く、何より今回の私への気遣いで、今までの不安は消え、すっかり加藤を信用してしまいました。
後で分かったのですが、今回の事は、加藤が最初から仕組んだ事で、あらかじめ副会長が出席出来ない日を選んで我が家へ来て、
私がどういう男か見極める事と、好きになった妻がどういう生活をしているのか、覗いてみたいという思いからだったのです。
ただ加藤の誤算は、昔の私を知らない事と、妻の前での私しか見ていないので、妻を寝取られても泣き寝入りする様な、やさしいだけの大人しい男と思ってしまった事です。
息子の卒業が近くなった頃 妻が、
「あなた。4月からお勤めに出たら駄目かな。」
確かに最近は不況で贅沢は出来ませんが、親子4人が食べていくのには困りません。
「今の生活では嫌か。」
「違うの。今の生活には十分満足しているけど、子供も大きくなった事だし何かしてみたくて。・・あなたの会社では無理でしょ。」
「ああ、百合子が入ると1人辞めてもらわないとなあ。今そんな薄情な事は出来ないし・・・。それよりこの歳で務められる所は有るのか。」
「ええ。加藤さんが、私ならパソコンも出来るし、以前銀行に勤めていたので、うちの事務に是非来て欲しいって。
9時から5時までのパートで、残業は一切無しの約束だから、遅くても5時40分位には家に帰れるからいいでしょ。
・・お願い。」
「加藤さんの所なら心配ないか。」
「決まりでいい。ヨーシ、食費ぐらいは稼ぐぞ。」
「やはりお金か。」
「あはは、ばれた。」
これも加藤の『百合子と このまま疎遠になりたくない。』『何とか俺の女にしてやる。』という思いからだとは知らずに、妻は ずるずると加藤の罠にはまって行きました。
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妻が勤めだして、1ヶ月ほど経った金曜日の6時頃、妻から電話が有り。
「あなた。・・ごめんなさい。・・今日・・残業する事になってしまって・・・」
「残業はしない約束だろ。」
「・・急に1人辞めてしまって・・・私だけ帰るとは言えなくて。・・ごめんなさい。」
「百合子の立場もあるから仕方ないか・・・。帰りは何時になるんだ。」
「・・ごめんなさい。・・・8時には帰れると思います。・・子供達の食事お願いします。・・・・・・ごめんなさい。」
この時の妻の沈んだ声と、「ごめんなさい。」という言葉がやけに多いのが気にはなりましたが、43歳の妻が1日残業するぐらいで、何を心配しているのだと思い直し、電話を切りました。
しかし、次の金曜日も残業、その次の金曜日も残業と3週も続き、帰りも8時が9時になり、10時になりと段々遅くなり、
また妻が ほとんど笑顔を見せなくなったので、最初は疲れているからだと思っていましたが、流石に何かあると思い、
次の金曜日の8時頃に会社へ行ってみると、工場は真っ暗でしたが事務所には電気が点いていて、人影も何人か見え、取り越し苦労だったのかと帰ろうとした時、
駐車場に妻の車が無い事に気付いて、妻の携帯に電話しましたが、電源が切られていて繋がりません。
今思えば、そのまま張り込んで決着を付けていれば、私にとって一番屈辱的な場所での、今でも頭から離れない妻の姿を見なくて済んだのですが、
その時は気が動転して、どうしたら良いのか分からずに、急いで家へ戻って妻の帰りを待ちました。
11時に帰って来た妻を寝室まで連れて行き、
「今まで何処に行っていたんだ。」
「エッ。・・・会社にいました。」
「俺は今日8時頃に、お前の会社に行ったんだ。そうしたら お前の車は無いし、携帯も繋がらなかった。おまえは何処で何をしていたんだ。」
しばらく妻は、無言でしたが、目に涙を溜めて、
「コンビニにみんなの夕食を買いに行っていました。・・・携帯も仕事の時は切っていて そのまま忘れていました。・・ごめんなさい。」
妻が精一杯嘘を吐いているのは、様子から分かりましたので、その後 色々問い詰めましたが、何を訊いても ただ謝るだけで、何も訊き出せません。
その夜は、なかなか寝付けず、
『もしも浮気では無かったら、俺は百合子に何て事を言ってしまったんだ。』
『百合子に限って浮気なんて有り得ない。百合子は今でも私を愛してくれている。』
『何か訳が有るに違いない。・・・しかし私に言えない訳って何だ。』
『そう言えば、残業の日は帰ると直ぐ風呂に入っている・・・。夜も疲れたからと言って・・・・。』
『もしも浮気だとしたら相手は誰だ。・・・加藤。・・・・いや、それは有り得ない。』
3日後、私の考えていた最悪の結果だった事を、加藤からの電話で知りました。
「ご主人。この度は申し訳御座いませんでした。
残業は させない約束だったのに、夜遅くまでさせてしまって。おまけに弁当まで買いに行かせて。
しばらく残業をお願いしたいのですが、出来る限り早く帰って頂きますので、宜しくお願いします。」
「分かりました。」
一言だけ返事をして、こちらから携帯を切りました。