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私の「初めて」の話をしようと思う
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99 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:11:24.52 ID:d7vBTGF30.net
「タムラ」

橋の上にさしかかると いきなり風が強くなった

空が青い

下で大きな川がきらきら光ってる


私は風の音に負けないように声を張り上げる

「勝負してないタムラなんて、つまんないよ」

カンオケ一個でケジメだなんて

そんなこと俺が一番よくわかってんだ、というように、タムラは黙りこんでいた


100 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:18:07.95 ID:d7vBTGF30.net
病院の前で、私とタムラは別れる

やつは眩しそうな顔で私を見上げて黙っていた

三年前とびっくりするくらいおんなじ顔だ

「オオシマ」

「?」

「ありがとな」

タムラは険しい顔で言った

私はちょっとほっとした

「お見舞いきていい?」

「やばくなったときだけな」

「じゃあやばくなったら連絡して」


そう言って私は電話番号をわたす

「いつでもかけて、学校の授業中だって駆けつけてくるから」

タムラは黙ってうなずいた


101 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:25:38.36 ID:d7vBTGF30.net
帰り道は拍子抜けするくらい腕が軽かった

私は「ありがとな」と言ったタムラの顔を思い出してみる

三年前のクソナマイキな頃の表情に、少しだけ戻ってた気がした

……まだ大丈夫だよな、あいつ

大丈夫じゃなきゃだめなんだ、しっかりしてくれ頼むから

私は夕方になっていく帰り道を一人で歩きながら、祈るような気持ちでそう思った




102 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:30:25.58 ID:d7vBTGF30.net
私の母さんはカンオケ職人だ

死んだじいちゃんもカンオケを作っていた

だから、たしかに私もいつかはカンオケ作りを継ぐのかなーって常々思っていなくもなかった


でもそれはなんとなく まだまだ先のことで

中学卒業してからかなー、とか

高校出てからかなー、とか

美大とか専門で彫刻の勉強とかしてからかなー、とか

はたまたカンオケ作りなんてやらずに一生終えるかなー、とか

まあ言ってみれば漠然と考えてた


でもそういうのって「いつ始める」とかじゃなくて、勝手にタイミングがきちゃうもんなんだろう

たとえばタムラがあと半年で死ぬとか、タムラがもしかしたらまだちょっとだけ頑張るかもしれない、とか

そういうことで


103 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:32:09.97 ID:mtkb1fEV0.net
ほうほう


105 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:38:03.69 ID:d7vBTGF30.net
家に帰って私は母さんを探す

工房のドアを開けたらデスクに座ってた母さんが振り返ってじっと こっちを見た

初めて見る母さんの表情だった気がする


私は、今までこんな真剣に誰かに頭を下げたことなんてなかったな、と思いながら

「私を弟子にしてください」

と、母さんに言った


106 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:40:02.86 ID:d7vBTGF30.net
パンツを脱いで待ってくれていた人たちへ

これは私が初めて、カンオケを作ったときの話です

まだ脱いでたら どうかそのパンツをお上げくださいまし


107 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:42:08.97 ID:70Tdbpio0.net
見てるよー


108 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:48:00.03 ID:d7vBTGF30.net
だいたいの職人芸って そうだと思うんだけど、どう考えても半年そこらで一人前の技なんて身に着くはずがないよね

でも母さんは私を弟子に取ったし、タムラのカンオケ作りを(手伝うとは言ったけど)私にやらせると言った

母さんもじいちゃんに弟子入りしたのは、母さんの母さん、つまり私のばあちゃんが病気に倒れたときだと話してくれた

余命いくばくもないとわかったとき、じいちゃんは ばあちゃんのカンオケを何も言わずに作りはじめた

今の私とそう変わらない歳だった母さんが そのときにじいちゃんに弟子入りした、その気持ちは今の私ときっと同じようだったんだと思う




109 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:51:14.03 ID:d7vBTGF30.net
その翌日からカンオケ作りに取りかかる


大体の工程は、

デザインを考える

それを材木に転写する

線に合わせて絵を浮き彫りにする

やすりをかける

こういう感じだ

「半年しかないから しっかりやりなさいね」と母さんは言った


113 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 23:56:44.39 ID:d7vBTGF30.net
毎日一日一〇枚、私はデザインの原案を描く

大事なのは頭の中じゃなく描きながら考えることだと母さんも言ったし 私もそうだろうなと思った

学校には当たり前のように行かなくなって、私は朝から日が沈むまでひたすら描いた

絵なんて普段描かないから、写真を見たり人の絵を真似たり

何度も不安になった

「これでいいんだろうか」

「ほんとに ちゃんとよくなってるんだろうか」

「そもそもタムラに合うデザインをきちんと選べてるんだろうか」

「三年も会うどころか連絡さえ取ってなかった私なんかが」


114 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:00:17.43 ID:B9W0hmlt0.net
母さんは「不安になるのも仕事のうちだ」と言った

余命いくばくもない人の、その余命と同じ時間で、いちばんいい仕事をすること

ない時間のなかでやれる限りのことをやること

余命半年なんて言われてる人は、明日死んじゃったっておかしくないから

完成までの時間が限られてる私たちの仕事は、誠実にやるなら不安になるくらいがちょうどいいんだって


115 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:06:38.84 ID:B9W0hmlt0.net
デザインを描きはじめて2週間くらいして、ようやく方向性が固まり始めた

根詰めっぱなしだったから さすがに私もくたくたで ひさびさに息抜きついでに近所のコンビニに行くことにする

時計は22時を回ったくらいだった

夜の散歩って なんだかわくわくするのだ


117 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:10:07.23 ID:B9W0hmlt0.net
家から五分のコンビニは がらがらに空いてて、駐車場にも一台も車がなかった

若い店員が一人でゆらっとレジに立っていた

私のほかに客はいなかった

トルコアイスと紙パックのジャスミンティーをカゴに入れてから、私は雑誌コーナーをぶらっとする

『文藝○○ 特集 棋士たちの系譜』

タイトルが目に入った


119 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:14:42.00 ID:B9W0hmlt0.net
将棋とチェスって全然違うんだって羽生善治が言ってたってタムラが言ってたのを思い出しながら私は その特集のページをめくる

特集のメインは50年前くらいのとあるタイトル保持者と挑戦者の対談だった

もうどっちも80歳に近い人たちだ

若いときの写真なんかも載っていた

どうしてああいう人たちの若い頃の写真っていうとだいたいイケメンなんだろうか



>>次のページへ続く
 
カテゴリー:人生・生活  |  タグ:泣ける話, 青春, これはすごい,
 


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