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私が初恋をつらぬいた話
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120 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:48:28.29 ID:+beSXCVE0
恐る恐る鍵盤を押す。

先生はそれに合わせて、左手で伴奏をつけた。

適当に押しているだけの筈なのに、ただの音が音楽になっていく。

私は何とも言えぬ感動で、背中がゾクゾクとした。


ある程度弾いた所で、私は鍵盤から指を下ろした。

感動に ほころんだ顔で、先生を見る。

「ね??ほーら簡単。」

先生はニッコリと笑った。

「凄い、どうやったんですか?」

嬉々とした声で、先生に尋ねる。

「アハハ、内緒です。ただ、凄い事をしてるように見えても、ある程度弾ける人には簡単に出来るんですよ。」

私が「そうなんですか?」と聞くと、先生はニコニコしながら頷いた。

「だから将来同じ事をされて、悪い人に引っかからないように!」

先生は笑いながら言ったが、私はその言葉に少しだけ胸が痛んだ。


121 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:50:42.71 ID:sMVE+LP3i
男だけど惚れた



122 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:50:43.55 ID:+beSXCVE0
「さてと、コーヒーでも入れましょうかね。飲みますか?」

私が頷くと、先生はキッチンに移動する。私はそれを見て、ソファに戻った。


少しの間、なんともいえない心地良い空気が流れる。

先生が持ってきたコーヒーカップに口をつけると、私は質問をした。

「先生は何歳からピアノを始めたんですか?」

「うーん…3歳位かなぁ?気がついたら もう始めていたので、結構あいまいです。」

先生はカップを置くと、小さく笑った。

「母が厳しい人で、毎日何時間も弾かされていたんですよ。あの頃は凄く嫌だったけど、今となってはやっといて良かった!って思ってます。」

「先生のお母さんは、厳しい人だったんですか…」

私がそう言うと、先生はフッと悲しそうに、それでもニコニコしながら視線を落とした。

「……前に、少しだけ言った事がありましたよね。僕にも色々あったって。」

私は小さく頷いた。

先生は自分の半生を、ポツリポツリと語り始めた。


123 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:53:09.04 ID:+beSXCVE0
先生の実家は京都。

地元では ちょっと有名な名家で、先生はそこの二人兄弟の次男だった。

仕事と称してあまり帰って来ない父。

長男を溺愛して、自分には厳しく当たる母。

長男は何でも思い通りに生活し、先生は母に言われるがまま習い事漬け。

かといって愛情を感じる事は、何一つされなかった。それどころか、逆に罵られている事の方が多かったらしい。

それでも自分も いつかは愛されると信じていた先生は、文句一つ言わず母に従い続けた。

そんな中、たまに帰ってきては自分をめいっぱい可愛がってくれる父親の事が、先生は大好きだったそうだ。


だが高校生になったある日、先生の父は交通事故で亡くなった。

父の遺言書を見ると、財産の半分は先生に、あとの半分は長男と母で折半をしろと書いてあった。

半分と言っても、家やその他のものを入れると、軽く億には届いていた。

それをみた兄と母は、当然怒り狂った。

財産は長男である兄に継がせるべき、と。

その頃には この家はおかしいと目を覚ましていた先生は、ある程度のお金さえ貰えれば自分は満足だからと遺産を放棄し、手切れ金の様な形で元の半分の金額だけを受け取り、もう自分には一切関わって来ないようにと、念書を書かせた。

兄と母は喜んで それを書くと、先生を家から追い出した。

元々出て行く気だった先生は、逆にこれ以上揉めなくて良かったと、ホッとしたそうだ。


それ以来、本当に何の接触もしてこず、先生は今、平和に暮らしているらしい。


126 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:56:49.53 ID:+beSXCVE0
「だから僕、無駄にすごーくお金持ちなんですよ。」

先生は笑った。

私は何も言えなかった。


二人の間に不思議な空気が流れた。

「なんだか ちょっと重い話に聞こえるかもしれないけれど、今となっては多分いい思い出です。だからそんなに難しい顔をしないで。」

「えっ?」

「眉間。すっごいシワ寄ってましたよ。」

先生はクスクス笑いながら、私のオデコを指差した。

ハッとして自分の眉間を触る。

先生はその様子を見て、今度は大きな声でアハハと笑った。


私は少し不貞腐れながら言い返す。

「先生こそ…そんな大変そうな話なのに、ニコニコしすぎです。」

「仕方ないです。この顔は産まれ付きなんですから。」

先生はわざとらしくニッコリして見せる。

その顔を見て、私も思わず笑ってしまった。




127 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 16:59:58.58 ID:+beSXCVE0
もう冷めてしまったコーヒーを一口飲むと、私はふと気になって先生に質問をした。

「……先生は、女性とお付き合いした事はあるんですか?」

「え!?」

突然の素っ頓狂な質問に、先生が大きく驚く。

「いや、その……先生は優しいし…背が高いし…ピアノ弾けるし…モテたのかなぁ?って…」

言葉尻が だんだんと萎んで行く。そんな私を見て、先生は少し困ったような顔をしながら答えた。

「………そう、見えますか?」

私はゆっくり頷いた。

「モテた…という記憶はありませんが……そういう風になった女性なら、何人かは居ましたよ。」

胸がぎゅっと痛くなった。

でも「そういう風になった」という言葉が何かを濁しているような気がして、私は更に質問した。

「そういう風になったって言うのは…お付き合い自体はしていないという事ですか?」

「…そういう事になりますね。」

先生は苦笑いをした。

「…さぁ恋人になりましょう、という事は無かったです。物凄く曖昧な関係しか、経験した事がありません。」

「そうなんですか…」

何となくで聞いた事を、ちょっと後悔し始める。

先生は下を向いて少しだけ考え込むと、ハハっと小さく笑って話を続けた。


128 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:01:15.99 ID:e1YBe8Vo0
先生のセリフが堺雅人の声で脳内変換される…


129 :名も無き被検体774号+:2012/06/07(木) 17:02:12.26 ID:+beSXCVE0
「まぁ……人って、いつかは離れていくじゃないですか。どんなに好きになっても、結局はどこか遠くへ行ってしまう。」

私は黙って聞いている。

「どこかに行ってしまうのは解っているから、何だか一線を引いてしまうんです。

僕は弱虫なんで、自分が傷つくのは嫌なんですよ、怖いんです。

きっと そんな気持ちが相手に伝わってしまうんでしょうね。

気がついたら もう手が届かない場所に行っていた…っていう事ばかりでした。

恋愛だけじゃなく、他の事でも…。」


先生は気まずそうにアハハと笑った。


「…先生は…その人達の事が、好きだったんですか?」

「わかりません。」

私が小さく聞くと、先生は爽やかな声で即答した。思わず先生をじっと見る。

「こんな人間が、優しい訳が無いです。」

先生はそう言うと、いつものようにニコっと微笑んだ。


その顔を見ていたら妙に心がざわついてきて、色々な思いが物凄い早さで頭の中を駆け巡っては、消えていった。

いつも穏やかに笑っている先生の顔がだんだんと、少し冷たい、哀しそうな笑顔に見えてくる。

笑顔の裏に隠れているであろう先生の本当の顔が、私には何も見えない。


ふと、先生の言葉を思い出す。

「誰からも必要とされた事があまり無かったので…」

その言葉の裏には、先生の様々な思いが込められていたのかもしれない…そう思った。



>>次のページへ続く
 
カテゴリー:人生・生活  |  タグ:すっきりした話, これはすごい, 胸キュン,
 


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