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私の「初めて」の話をしようと思う
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45 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 15:23:34.91 ID:d7vBTGF30.net
三日後

私はタムラの病室に押しかける

やつはパソコンを鬼みたいな目で睨みつけて何かをしていた

邪魔できる雰囲気では到底なくて、私はしょうもなく突っ立っていた

タムラにようやく気づかれたのは小一時間たったころだった

「また来ると思ってたぜ」

小一時間気づかなかったくせによく言うもんだ



46 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 15:29:01.60 ID:d7vBTGF30.net
「このあいだの続きをしにきた」

「三日間なにもしてなかったわけじゃないよな」

私はうなずく

テーブルには この間からしまわれていないのだろうオセロボードが載ってた

今回は初戦からハンデをもらうことにした

私の黒番でゲームを始める

開始三秒で目の色が変わったタムラをつくづくと私は見た



47 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 15:34:31.97 ID:d7vBTGF30.net
「三日間何もしてなかったわけじゃなさそうだな」

タムラは笑いながら言ったけど たぶんほんとは死ぬほど悔しかったんじゃなかろうか

わずかに黒が白を上回った盤面を田村は じっと見下ろしていた

「もう一回だ」

タムラが言うままにもう一ゲーム戦う

タムラが白番、私が黒番をとって


結果はタムラの完勝だった



48 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 15:44:28.96 ID:d7vBTGF30.net
その日はじめてタムラは私にコーラをおごった

自販機で350ml缶を二つ買って、病棟の廊下のベンチに座って飲んだ

「タムラって絶対コーラなんて飲んじゃダメそうな体してるよね」

私はずっと思っていたことを言った

「飲んでも飲まなくても どのみちダメだから関係ねーんだ」


「?」

「イチローが毎朝カレー食うのと一緒だ」


「そうなの?」

「そうだよ、毎朝カレー食って毎試合ヒット打ってんの」


「タムラの場合は それがコーラなわけだ」


「そういうこと」

「でも飲むのもやはりよくないと」


「そう」

タムラはため息をついた

「俺ハタチになる前に死ぬからさ」





49 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 15:54:20.35 ID:d7vBTGF30.net
タムラの病気は もう治る見込みのないものだった

生まれて間もなくそれがわかって、タムラの親はタムラを病院に放り込んだ

手切れ金であるかのように高い金を払って

けれどそれ以来 ほとんど病院に顔を見せに来たこともないらしい


生まれつき欠陥を抱えた心臓と、ガラの悪い勝負事好きの親父連中と、世界のどこにもつながるパソコンとに恵まれて、タムラは病院で12年間すくすくと育った、のだそうだ



50 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 15:59:43.47 ID:d7vBTGF30.net
以来 私たちは ときどき暇を見てつるむようになった

オセロをやり、コーラを飲み、話すことがあれば話をした

医者も看護師もいい顔はしなかった

回診のたびに ずいぶん冷たくされたものだ


一人でいるときはオセロの定石を勉強し、iPodで音楽を聴いた

タムラ相手だと いくら勉強しても しすぎにはならない

タムラのほうは片手間でやってたのかもしれないけども


私の入院生活は そんなふうに回っていった



51 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 16:08:26.17 ID:d7vBTGF30.net
手術から数週してリハビリが始まる

その頃にはタムラのほうからも暇があると私のところにやってくるようになっていた

タムラは何が面白いのか私のリハビリの様子をずっと眺めていた

「歩けるようになるのか、お前は」

「いずれ、順調にいけばね」

「俺は めんどくさいから歩くの諦めたんだよね」


タムラが訊いてもいないのに そんなことを言うのは珍しい気がした


「俺ね、死ぬまでで一回、チェスでてっぺん獲ろうと思ってる」


「てっぺん?」

「世界一とかなんとか」

「本気?」

タムラは無言でうなずいた



79 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:01:07.40 ID:d7vBTGF30.net
現実問題として世界一なんてとれるのか

世界一、なんて響きがあまりに慣れないものだから私は面食らった

でもタムラは その当時すでにオンラインでは世界上位10%に入ってた

伸びしろを考えれば不可能とは言い切れないだろ、とタムラは冷静だった



80 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:05:04.16 ID:d7vBTGF30.net
それでも ちらつくのはタムラの寿命のことだ

自分でもよく分かってたと思うけどタムラの命はもって10年弱だ

だからこそ やつは真剣だったし負ければ焦りもした

そう、やつは負けるのが本当に大嫌いだった


本当にときどき、50回に1回くらい私がオセロで勝つと、タムラは小一時間口もきかなくなる

「利かないんじゃなくて利けなくなるんだよ」って言ってた

負けたのがムカついてたまらないうえ、負けた試合の反省で頭がいっぱいになっちゃうんだって



81 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:06:06.61 ID:d7vBTGF30.net
(しかも私に負けたっつっても あくまでめたくそにハンデつけたうえでの話なのだ)



82 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:09:10.16 ID:d7vBTGF30.net
で、私に負けるだけならまだいい


やっぱりタムラと互角とか、それ以上の相手になってくると、タムラも負けが込んでくることがあって そんなときタムラは個室にこもって出てこない

個室にカギがないのが かわいそうだなって、そういうときはちょっと思う

病院だから仕方ないんだけどね

一回だけ連敗期に入ったときのやつの様子を見たことがあった





83 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:15:25.55 ID:d7vBTGF30.net
やつはベッドの布団にくるまって親指を血がにじむくらい噛みながらガタガタ震えてた

それで ぶつぶつ小声で何か言ってた

それこそ聞き取れないくらいの小声で


私はそれ以来負けが込んだタムラには近づかないようにした

励ますとか無駄なんだろうなって、タムラの焦点ぼけたみたいな目を見てたらわかったから


でも、励ませないのが悲しいとは思わなかったな

いずれ勝ち星がめぐってくるしか元気になる方法はないわけだし、そのためには早く立ち直るしかないってタムラは自分が一番よく分かってたと思う

何もしてやれないのがつらい、なんて思わずに「さっさと立ち直って さっさとまた勝ちまくれよ」って、心のなかで言っとけばいいってのは、私にとっても救いだった



84 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:23:41.27 ID:d7vBTGF30.net
リハビリが始まってから3週間くらいだったか

私は3歩くらいだったけど歩けた

歩けてしまった

タムラに言ったら
「歩けるんだったら車椅子でも押して楽させてくれよ」なんてぬかした

褒めるってことをてんで知らないのだ、やつは


でも車椅子押してあげられたらなとは内心ずっと思ってた

タムラのほっそい腕がステアリングを回すのを見てると、なんで私松葉杖なんかついてるんだろバカみたいって毎回思うのだ

だから

「いいよ」って言って松葉杖ほうりだしたら、タムラのほうが珍しく焦りだして

そのまま歩き出したけど三歩も歩けずに私はころんだ

「バカたれ」とタムラは言ったが声が優しくて私はうるせえ、と言った



86 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:28:55.41 ID:d7vBTGF30.net
それから順調に私の足は回復してしまいました

松葉杖をつきながらだったけど私はひとまず退院した

退院の朝、タムラも玄関まで ちゃんと見送りに来てくれた

「くたばんないでね」

タムラは眩しそうな顔してうなずいた


それから私はタムラを一回抱きしめた

座ったままだからお腹のあたりにタムラの頭がきて

やつは私の腰のあたりにしがみつくようにしてしばらくじっとしてた


そうやって私の入院生活は終わった

長かったけれど これが三年前の話だ



88 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:32:54.31 ID:d7vBTGF30.net
そして今、タムラは私の家までやってきた


確かに納得いかないでもない

お前んちの親なにしてんの、って訊かれて私は答えたことがあったんだ

「うちは代々カンオケ職人なんだ」って



90 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:36:24.79 ID:x0GpOKXP0.net
お、面白くなってきたな


91 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:37:08.66 ID:d7vBTGF30.net
タムラは母さんと工房の奥の応接室で話してた

見積もりやら何やらの相談でしょう

一人で取り残された私は、もう勉強なんて手につかなくって

窓から見えるヒマワリを ぼさっと見てました

季節は夏の初め

話の内容は聞き取れないくせに声だけが聞こえてきてなんか寂しかった







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カテゴリー:人生・生活  |  タグ:泣ける話, 青春, これはすごい,
 

 
 
 
 

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