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みんなの大好きな、みどりいろのあいつの話
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138 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 10:42:34.98 ID:P6q7GFss0
ジュークはデパートに行き、必要な服や小物を買い揃えた。

デパートの屋上から街を見下ろすと、既に仮装した連中であふれていた。

「たのしみ」とジュークは改めて口にした。


天気はあいにくの曇りだったが、皆、気にせず楽しそうにしていた。

ジュークはロックを驚かせようと思い、デパートで着替えて、ハツネの格好で帰った。

ますたーびっくりするかな、とジュークは思った。


街の人は、ジュークが表通りを歩いていても見向きもしなかった。

そもそも、ハツネを覚えてる人自体少ないのだ。



140 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 11:09:55.37 ID:P6q7GFss0
ジュークはロックが好きだった。

大好きな歌は、ロックの次に好きだった。

ロックが「ジューク」と口にするたびに、「わたしのことだ!」と嬉しくなって、ありもしない心臓が高鳴った。

ロックの綺麗な指が奏でる一音一音が自分に向けられた愛の言葉に感じられて、それが自分の勝手な思い込みである可能性が高いことを承知した上で、それでもジュークは幸せでいられた。

幸せな勘違いができる幸せ。それだけで十分だった。

ジュークの頭の中はロックでいっぱいだった。

ますたー、ますたー、ますたー、ますたー、



141 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 11:12:30.52 ID:P6q7GFss0
「ますたー?」

ジュークが買い物から帰ると、ロックが虚空を見つめて立ち尽くしていた。



142 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 11:20:54.07 ID:P6q7GFss0
ロックはジュークの声に反応した。

「マスターは、まだ帰ってきてないよ」

そう言ってくすくす一人で笑った。

ロックの様子はいつもと違った。

不安になって、ジュークはロックに駆け寄った。

子供みたいな笑顔で、ロックは言った。

「リンもまだ来てないんだ。ミク、今のうちに、マスターの誕生日の計画を立てようぜ」


「……ますたー、なにいってるんですか?」

ジュークはロックの肩を揺さぶった。

ロックはその場に崩れ落ちた。

そして二度と動かなかった。



143 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 11:28:22.50 ID:P6q7GFss0
ジュークは自分に言い聞かせた。

ますたーは きっとよっぱらってるんだ。

めをさましたら、もとどおりになって、”ジューク”ってよんでくれるはず。

ジュークはロックの目覚めを待った。

でも、ロックは中々目を覚まさなかった。

ジュークは歌い始めた。

一曲歌い終えると、床に正座して、ロックの頭を持ち上げて膝の上に置き、間をあけず、ロックの好きな歌を歌い続けた。

でも、なんかいうたっても、ますたーは めをさまさなかった。



144 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 11:34:37.64 ID:P6q7GFss0
「きせきは、おこらないでしょうね」

ジュークはかわいた声で言った。

「わたしはうたがへただから」



145 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 11:42:04.55 ID:P6q7GFss0
ジュークは、ロックの最期の言葉を頭の中で何度も繰り返していた。

不思議と、懐かしい感じがした。

わたしとますたーは、ずっとむかし、しりあいだったのかもしれないな。

仮装した姿のロックを見て、ジュークはそう思った。

不思議とその恰好は、ロックに馴染んでいた。

まるで最初からこういう姿だったみたいに。

ほんの少しだけ残されている、

機械化されていない部分の肉体。

そこが何かを覚えている気がした。



146 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 11:44:37.67 ID:P6q7GFss0
ベッドに横たわって、ジュークは口ずさんだ。

ひーろーいー べっどでー ねむーるー

よーるはー まだー あーけーないー。



147 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 11:50:34.56 ID:P6q7GFss0
数日が過ぎた。

去り際に、ジュークはロックに向かって言った。

「ボーカロイドは、なみだをながさないんです」

そしてロックに背中を向け、二度と彼の方を見なかった。

シンセサイザーだけを持ち、ジュークは家を出た。

思い出がつまって、いまにも破裂しそうな家。

「そのかわり、かなしいうたをうたうんです」

ジュークが向かったのは、大きな街だった。

街は幸せそうな人で賑わっていた。

スタンドを立て、シンセサイザーを取りつけ、コードを背中に差したジュークを見て、道端に座るホームレスの老人は呆然としていた。

そっくりじゃないか、と思ったのだ。



148 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 11:56:45.69 ID:P6q7GFss0
人間の耳が辛うじて耐えられるレベルの不快音をジュークは四十時間出し続け、街から人を追い払った。

人払いを済ませると、ジュークはボリュームを最大にした。

ジュークの正面にあったものは、それでお終いだった。

傍にあるビルから順に窓が割れ、ガラスが降り注ぐ。

木々が倒れ、アスファルトがめくれ、自動車が吹き飛び、街灯が折れて明かりが消え、瓦礫が飛び、土煙が舞い上がる。

至るところに火が点き、あっという間に燃え広がる。

ジュークの髪のコーティングが徐々に剥がれていき、エメラルドグリーンの髪があらわになっていく。

ジュークは歌いながらゆっくりと回った。

一回転するごとに街は平らになっていった。



149 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 12:01:31.60 ID:P6q7GFss0
近くの街にいた者たちは、皆、耳を塞いだ。

けれども、さらに遠くにいる人たちには、それが歌だということが、はっきり分かった。

「私の知らない歌」とある少女が言うと、その祖父は「そうだろうなあ」と頷いた。

「とっても古い歌だ。本当に久しぶりに聞く」

「ふうん。おじいちゃんの世代の歌なんだ。

でも私、この古くさい歌、嫌いじゃないなあ。

日本語だよね。なんて言ってるのかな?」


「この歌は、つまり――歌う相手がいなくなったら、ラブソングも悲しいだけだ、って歌ってるんだ」



150 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 12:06:24.68 ID:P6q7GFss0
ジュークは二時間ほど歌い続けた。

いつかロックの前で初めて歌った曲を歌い出したとき、ふいに、ジュークの左腕に衝撃が走った。

半壊して機能しなくなった左腕を見て、それが対音響兵器用の弾丸だと気づいたときには、ジュークの右足を、同じ物が貫いていた。

ジュークはあおむけに倒れ込んだ。

右腕で立ち上がろうとすると、右肩を撃ち抜かれた。

最後に、喉に弾丸が食い込んだ。二発、三発、四発。

それでお終いだった。



151 :名も無き被検体774号+:2013/04/07(日) 12:17:11.47 ID:P6q7GFss0
ジュークを撃った男とその部下が歩いてきて、さっきまでジュークだったものの傍にしゃがみこんだ。

あおむけのままジュークが歌ったせいかもしれない。

曇っていた空が晴れて、辺りが照らされていた。

穏やかな風が吹いて、ジュークの緑色の髪を揺らした。

男は部下に言った。

「これが何だか、わかるか?」

部下は首をふった。

「詳しいことは、何も」

「……こいつはかつて、電子の歌姫と呼ばれた子さ。

一時期は名前を知らない奴はいないくらいだったが、

最近じゃ、完全に忘れ去られていた存在だ」


そう言うと、男はジュークをそっと抱え上げる。


「だがな。さっき確認したんだが、この子が歌う姿は、衛星を通じて全世界に中継されちまったらしい。

この事件は今後、永遠に語り継がれていくだろうな。

そういう意味でも、これまでにいたどんな歌手よりも大勢の観客を前にして歌ったことになるんだよ、

この時代遅れのヴォーカロイドもどきは。

こういうのをロックンロールって言うんじゃないのか?」


私にはただの悲鳴に聴こえました、と部下は答えた。



>>次のページへ続く
 
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