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超低スペックで幸せな結婚ができた
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38 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 13:36:22.77 ID:z2ea46Em0
その辺りから、ついに私はリスカと出会い系にはまる。


子供やトメにばれないように最初は靴下に隠れる足首だとか、Tシャツの袖に隠れる二の腕の上の部分を切っていたが、あまり血が出なかったので、手首を切るようになるには時間がかからなかった。

血がたくさん出ると、なぜか達成感を感じた。


もちろん血がたくさん出ると、ブラックアウトというのか?倒れるのも日常茶飯事。

リスカの後始末をする前に倒れてしまい、ついにトメにはバレ始める。

出会い系では売春目的でないことと普通体系であること、そして若すぎないことこれだけでものすごく(こういう言い方はどうかと思うが)モテた。

選び邦題であったので、同じ既婚で、生理的に無理でない外見であることと とにかく堅そうな職業の人間を選んだ。あっさり手頃な男が数人見つかった。

会ってみて嫌じゃなければ どんどんやった。

外面だけはよかったし、モデル時代からずっと勘違いしていた私は、本当に馬鹿みたいなのだがそれなりにめかして行った。

元々セックスは好きだったので反応も良かったのだと思う。気に入られないことはなかった。

お互いに都合の良いセフレとしては、相手をそれなりに大事に扱った。

穴だらけの耳やタトゥ、傷痕は暗い所でしかできないとか言って隠した。



39 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 13:43:55.79 ID:z2ea46Em0
そうこうしているうちに、リスカで派手にやらかしてしまい、一度目の入院。

ここでは何年かぶりに熟睡でき、リスカしたい衝動は多少落ち着いてきた。

しかし、男達とやることだけは頭から離れなかった。

しつこいようだが勘違いしていた自分にとって、自分はまだ魅力的であることを男達をやることで確認したいという強迫観念だったのかと今は思う。

でも、自分の容姿が実は大したことがなくて、年齢もそろそろ20代半ばから後半、なによりこんな事をしている自分がクズ中のクズなのは自覚していた。

なので、男達のことも、こんな自分に興奮して夢中になってと、心からバカにしていた。

自分だって男達からは、無理ではない外見で、かかる経費はラブホ代ぐらいの淫乱女は肉便器としてはそれなりに大事にするに決まっている。

ちなみに避妊はきっちりしてました。



40 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 13:51:01.21 ID:z2ea46Em0
退院してからも家を抜け出し、男達とやりまくる日が続いた。

実は淫乱クズビッチな自分でも、男達とはいくら数をこなしてもいけなかった。

そして、だんだんと普通とは言い難いプレイをするようになる。

そのプレイが普通とはかけ離れているほど、妙な達成感を覚えた。

ハード系のAVでよくあるプレイは一通りした。


バイブや電マで強制的にいかせられることはあったが、普通にいくことは誰とも、最後までなかった。



41 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 13:56:54.52 ID:z2ea46Em0
不思議なことに、そういう事をした後は育児や家事が捗った。

元旦那やウトメにも優しくできるようになっていた。

以前だったら気になっていたことも、軽く流せるようになっていた。



男とやりまくる日々はさらに続く。

でもとんでもないことをしている自覚はあったせいか、またすぐにリスカを再開する。

自分ではわからないけれど、部屋には血の匂いが充満していたという。

そういう事を聞くたびに「自分は今日も頑張ってリスカして血を出した」なんて本当におぞましいことを考えていた。


次第にリスカはエスカレート。

二度目の入院となった。



42 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 14:00:27.91 ID:z2ea46Em0
一度目の入院のときにはリスカ衝動が落ち着き、医者もそれほどヤバいとは思わなかったのだろう。

すんなり退院でき、なんとか自宅に戻れたのだが...


二度目はそうはいかなかった。



ここでちょっと落ちます。また書きに来ます。



43 :名も無き被検体774号+:2014/01/06(月) 15:52:54.17 ID:fCL+B5F7i
いつの間にか来てた

支援


44 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 18:16:11.26 ID:z2ea46Em0
>>43
支援どうもです!

実はスレ立ててもらって一日経ったら冷静になってきまして、「自分は過去の恥をまき散らして一体なにを大それたことしてるんだろう」とgkbrしてたのですごく嬉しいです。

以下続きです。



二度目は本当に冗談でなく、引き摺られて病院へ運ばれて行き入院。

強い薬を投与され長い時間眠り、やっと目覚めたら そこはひどい場所だった。

重症の精神病患者しか隔離されない、監獄のようなところだった。

一回目と同じ病院なのに全然違う。自分はそれだけ重症なのだった。


でも、本当に最低な事なんだけど、正直にそのとき思ったことを書くと「人間以下の浮浪者どもと一緒にされてる」と思った。

そのときにやっと、なんて言えばしっくりくるのかわからないけど、目が覚めかけてきた。

とにかくここから早く出なくては。

しかし、そう簡単には退院できなかった。



45 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 18:21:07.42 ID:z2ea46Em0
そんな環境での生活はただただ苦痛だったけれど、逆にそれが自分を見つめ直す機会になった。


監獄は不衛生で臭く、食事は「浮浪者ども」と一緒。気が狂いそうだった、食事ものどを通らなかった。

でも食事を採っていないことはすべて記録され、医師の心証も悪くなる。

そんなことを考えている自分は淫乱クズビッチの汚物なのに。

ということに、ここに来てようやく、本当の意味でやっと気付いた。



46 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 18:26:19.96 ID:z2ea46Em0
ただただ耐えた。

そしてやっと「変わらなければまた同じだ」と思うようになった。

3か月ほど入院した。やっと退院できた。


しかし自宅には返してもらえず、実家に返品された。

親は毒親だったので、退院が一つのゴールだと思っていた自分は気を落とした。自業自得だと思った。

思いがけず親は、思ったよりは優しく迎えてくれた。すべて元旦那とウトメが悪いと思っているようだった。



47 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 18:30:48.39 ID:z2ea46Em0
いくら違うと説明しても親は聞く耳を持たない。


しかし、自分が淫乱クズビッチの汚物であったことを親に打ち明ける勇気もなかった。

元々が毒親だし、自分も病み上がりのため、当然すぐにまたうまくいかなくなる。

もう実家を出るしかないと思った。

そのころ丁度 元旦那からついに離婚の言葉が出ていた。

元旦那に頭を下げて保証人になってもらい、自分のわずかな貯金をはたいてボロアパートを契約してもらった。

その直後、もちろん離婚にはおとなしく応じた。



48 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 18:36:08.96 ID:z2ea46Em0
書類上では世話になったが、生活費まで元旦那に迷惑をかけるわけにはいかない。

とりあえずの収入を得るため、すぐに水商売を始めた。

書き忘れたけれど、ボロアパートと一緒にポンコツ中古車も貯金で買った。田舎なので車がないとどうにもならなかった。たしか保障なし30万弱だったと思う。

親は元旦那に対して、病み上がりの娘を迎えに来たと思ったらボロアパートに隔離しているとさらに怒っていた。

訴えるとか訴えないとか言い出したので、まとまった慰謝料をもらうことにしたと適当に嘘をついてボロアパートに避難した。

親が訴えてもボロ負けさせてしまうであろうことを思うと、相手が毒とは言え申し訳なくて泣いた。



50 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/06(月) 18:55:32.04 ID:z2ea46Em0
田舎とはいえ、車のガス代、そしてボロアパートなので余計に暑いとき寒いときは光熱費が思ったよりもかかる。

削れるところはやはり食費で、バイト先でお客さんが頼んだ軽食などをつまませてもらって凌いだ。それでも田舎の水商売では時給も低い。

キャバクラのようなシステムでもないので時給+αはない。同伴出勤したときのみそれがあったが、もうバイト先以外で男と会うのはやめようと思っていた。

水だけではやっていけないので、もう一つバイトを掛け持ちした。まかないが出る食堂にした。

病み上がりで水をやっていたので昼の数時間だけでも辛かった。

ある日、昼の食堂で体調を崩し、倒れた。

それを機に、食事しに来ていた今の夫と親しくなるのですが、


すみません、また落ちます。



51 :名も無き被検体774号+:2014/01/07(火) 00:33:26.54 ID:KVgQgCrbi
忙しそうだな、今日はもう来ないのか

完結までぜひ書いて欲しい


52 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/07(火) 16:24:28.19 ID:1vM2njWp0
>>51
特別忙しいわけではないんですが、夫が帰ってくると嬉しくて...w

すみません、気長に待っていただけると嬉しいです!



53 :名も無き被検体774号+:2014/01/07(火) 18:11:42.38 ID:qRVMGBDi0
メンヘラクズビッチな過去のせいで相手逃した私は 唯一の励みなスレ

続き楽しみにしてます


58 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/09(木) 01:33:31.89 ID:tC7BEgfu0
>>53
ありがとうございます!

いつからだって遅いってことはないですのでこれからはご自身を大切に。

そうすることで私はやっと、他人の事も大切にできるようになった気がします。



57 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/09(木) 01:28:24.14 ID:tC7BEgfu0
前にも書きましたが、少なくとも容姿で得はしていないです。

低スペックかどうかは人それぞれ意見があるかと思いますので そういう書きこみはすみません、以後スルーさせていただきます。


以下少しですが続きです。


倒れた原因は貧血だったと思う。

倒れたとき、お昼時は過ぎていたので今の夫しかお客さんがいなかったらしい。

今の夫が倒れた瞬間をはっきり見ていたそうで、心配してくれていたらしい。(具合が悪かったのと、恥ずかしさでよく覚えていない)

幸いにも店主が良い人で、座敷で少し休ませてもらって帰宅、その日の水は休んだ。

次の日、体調がいつも通りだったので、心配はされたがリポビタンを飲んで出勤。

今の夫がまた来てくれて、そこから、顔を合わせれば何かしら言葉を交わすようになった。

でも勘違いの性格は相変わらずのようで、倒れた→きっと無様な顔や体勢だったにちがいない、ととにかく恥ずかしい思いが先行していて、普通に話せるようになるのには少し時間がかかった。



59 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/09(木) 01:42:52.24 ID:tC7BEgfu0
少し抜けていた部分を書き足します。どうしても当時印象に残っていることから書いてしまうので。


結婚してからここまでで7、8年経ってます。

子供は離婚後、当然ですが元旦那に親権が行きました。(弁護士が介入とかではなく、すべて夫婦間の話し合いで決めました。)

元旦那は理解があり

(自分やウトメのせいで病気にしてしまったと思う部分があったようです。)

月に数回は子供と食事をする機会を作ってくれましたが、子供は精神を病んだ私を見て怖がり、本当に食事程度の1時間ほどしか一緒にいられない状態でした。


住まいが元旦那と同じ市ということもあり、今は頻繁に子供と会わせてもらってますが そこに至るまでの経緯は また後ほど。



60 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/09(木) 07:41:00.91 ID:tC7BEgfu0
おはようございます。また少しですが投下していきます。


バイトを二つ掛け持ちするのは、療養中の身ではやはり少し厳しいものがあったが食堂はまかないがあるし、水はある程度融通がきいた。

しかし長く続けていられる仕事ではない。

迷ったが、バイトと並行してフルタイムの仕事を探し始めた。

昼夜逆転は絶対によくないと思い、少ない求人だったが昼のみの仕事に限定して探した。

まったくうまくいかなかった。

職歴のほぼない30代の女が、そう簡単に採用されるわけがなかった。

焦ったが、バイトをしているので収入が全くないわけではない。

やるべきことをやるしかないと思った。


それから、今の夫になる人にだけは、職探しをしているがなかなかうまくいかないというようなことを、世間話のついでに話していた。

彼の励ましの言葉が、お世辞だとしても嬉しかった。励みになった。



61 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/09(木) 07:53:56.44 ID:tC7BEgfu0
彼のおかげや、それぞれのバイト先で可愛がってもらえるようになっていたおかげで笑顔でいる時間がだんだんと増えていったと思う。

水の仕事も、自分目当てのお客さんが付くようになると、こちらが困るような行動はしないでくれる人がほとんどだった。ありがたかった。


私はお酒があまり飲めないのだが、それでもそれなりにはこなせるようになっていた。たかが水でも、自信に繋がった。


さらに彼と頻繁に言葉を交わすようになって、ちょっと舞い上がるようになった。

その頃には、さすがに勘違いはよくないと思うようになっていた。

けど、明るくなってきた自分には素直に嬉しいと思ったし、彼やバイト先の人達に感謝できた。

少しはボダも良くなってきてるのかなとか思った。

家を出てバイト生活を始めて一年経たないくらいのとき。珍しく、地元ではそこそこの待遇で、とある会社の受付嬢の求人が出た。



63 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/09(木) 08:15:26.32 ID:tC7BEgfu0
その会社は地元では大手で、さらにブラックだらけの企業の中、クリーンなイメージのところだったためダメ元で履歴書を送ってみた。

でも受かるわけがないと思っていたので、彼にはネタ半分で予め話していた。

なぜか、面接に進めることになった(多分書類で落ちた人はいないと思う)

ダメ元なので、気楽に臨んだ。

いざ行ってみると、15人くらいの集団面接が組まれていた。唖然とした。

ほとんどの人が、自分よりもずっと若く、可愛くてはきはきとしている。

それになにより、身なりが違った。

みんな黒髪で、リクルートスーツをぱりっと着こなしている。

対して私は、モデル時代()に購入した、リクルートでも使えないことはないが少しデザイン性のあるスーツ姿に茶髪。

さらにベリーショートだった。

この髪型には訳があって、もう男性受けするような格好はしたくなかった私は、長かった髪を思い切ってかなり短めにしようと思った。(なので水ではウィッグを付けていた)

しかしショートは維持が大変なのでカットモデルになった。(ベリーショートはカットモデル不足のため、私でもすんなりなれた)

ただ、その時はカラーもということで、たまたま茶髪だった。

終わったと思った。



64 :6 ◆d2NDAsJK5U :2014/01/09(木) 08:25:50.68 ID:tC7BEgfu0
結果、私が採用された。

歓迎会をしてもらったときに、人事の方がわざわざこちらの席まで来てくれて「とにかく明るい人に来てほしくて貴方にしました」という話をしてくれた。

明るく見えてるんだ、だんだん変わってこれてるんだとさらに自信がついた。

(しかし職歴のない分、仕事を覚えるのにはかなり苦労した...)


というわけでバイト生活も間もなく終わりというところで、彼がまた来てくれた。

さっそく「おかげさまで就職できました」と報告。

すると彼から思いがけないお誘いがあった。

「お祝いさせてほしいので、ごはんとか行きませんか?」


男性とバイト先以外では会わないと決めていたが、ごはん程度ならと自分に言い訳をして「お願いします」と返事をした。

でも言うまでもなく、彼は自分の中ではもう、ちょっと特別な存在だった。

その後、また別の苦しみに襲われるようになる。



>>次のページへ続く
 
カテゴリー:人生・生活  |  タグ:修羅場・人間関係, メンタル,
 


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