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僕とオタと姫様の物語
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261 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   投稿日:04/09/03(金) 18:33
バスルームからアラブ人みたくタオルを巻いた頭をひょっこり突き出すと彼女は まず部屋を見、

それから足元に畳まれたブラと衣類があることに気づいて にこっと笑い、そして げらげら笑いはじめた。

バスルームに反響する彼女の笑い声。

「ヒロってさ。変わってるよね。几帳面なのは すぐに わかったけど」

ああ、やっぱり おかしかったんだな。

商売女の下着を畳んでしまう男ってことで、彼女の脳内で分析が始まってるに違いない。

自分では親切なつもりで気遣ったんだけど、同時にどこか おかしいとも気づいてる。


結果的には かなり可笑しい行動。

つまり いつものぼくの行動。

クライアントを気遣ったつもりの行動が、いつのまにか要領の悪い男の烙印に変化する。

「ヒロぉ。聞いてる?」

「うん。あのさ、別に君の下着に触りたかったわけじゃないんだよ…つまり」

「じゃなくて。あのね。わたし こんなことしばらくやってるでしょ。

男の人って わたしに優しくしてくれてる風でいて、実は そうでもなかったりするの。

わたしがベッドに投げたコートに平気で腰を降ろすし、平気で わたしの靴を踏んづける人もいる。

下着持ってかれるなんて しょっちゅうだし」


プラスチックの化粧品のキャップか何かがバスルームの床で跳ねてコン、コーンと響く。あっ、と彼女の声。

「わたしなんて所詮そんな存在。

ホテルに備え付けの便利機能。

そりゃ、ちょこっとは値も張るかもしれないけど…」

彼女は ぱたぱたとバスルームから駆け出してきて、ぼくにジャンプした。ベッドが大きく揺れる。

「なんか うれしかったよ。ヒロ。すごーーくうれしかった」



262 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   投稿日:04/09/03(金) 18:35
とは言うものの。Hは だめらしかった。

彼女の細い腰に腕を回して、引き寄せようとすると、逆回転で あっさり逃げられてしまった。

アメリカ製カトゥーンのキャラクタよろしく、彼女は人差し指をまっすぐに立て、左右に振り ちっちっちと口で言い、それから声に出して笑った。

彼女が子供っぽいしぐさで きゃあきゃあ笑っていると部屋のドアがノックされた。ホテルの従業員だった。

彼は サンドイッチとコーヒーポットの載った銀の四角いトレイを持っていてホテルの便箋に書かれたメモをいっしょに ぼくに渡してくれた。

友人からだった。

メモには、ただ「おはよう」と書かれてるだけだった。


ベッドに行儀よく並んで座ってコーヒーを飲みサンドイッチを頬張りながら、今日の予定を話し合った。


ぼくが一度 家に戻って着替えてくると言うと彼女は渋谷に用事があって、それは すぐに終わるということ、その後で どうしたのか ぼくの家についてくると言い出した。

ぼくの部屋と家族を ほんのちょっとでいいから見てみたい、ぼくの部屋の窓から外が見たいと言い出した。

何となくわからなくもない気がした。彼女の気まぐれについて。

彼女が家族の団らんを欲しがってるとか、そんなふうには思えなかったけど そこが気まぐれの理由だったりもするんだろう。

何より、ぼく自身に興味を持ってもらえたことが、ひどく嬉しかった。ぼくは すぐに おーけいした。

見られて困るものなんてなにもない。貧乏家族がいるだけだ。


結果 彼女が1時間ほど早く出発することになり、ぼくが使ってる最寄駅で待ち合わせることになった。

もしかすると御節の残りくらいあるかもしれない。

馬鹿な弟が全部食べてなければだけど。



263 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   投稿日:04/09/03(金) 18:36
彼女が出発してすぐにオタからメールがあった。

忘れちまってたよ。昨夜は いろいろありすぎたし。


 >まだ探偵ごっこですかヒロくん

 >君をそんなに魅了してやまない嬢様は

 >きっと とびきりの美人と判断します

 >見ただけで射精しちまうとか。おっと失礼。

 >画像アップよろしく。

 >希望が聞き届けられない場合は

 >返信もありませんので どうかご理解のほど

 >よろしくお願いいたします


頭が痛くなった。弟といいオタといい。

話をしてると、いつも何かしら面倒なオマケがついてくる。

オタは無慈悲だ。こと こういうことに関しては。放っておけば まずレスはない。

仕方ないから初めて姫様に会った晩、渋谷のどこか、たしかホテルに向かう途中の路上、自販で買ったコーヒーを飲む彼女を撮った画像を送った。

ケータイの画像だし、写りはよくない。

不自然な強い影のせいで、彼女が あまり美人でないように見える一枚。

オタは すぐに興味をなくして、レスをよこす。

ぼくのほうが一枚上手ってこと。


送った途端、早くもレスが来た。これには驚いた。


 >ヒロくん。ぼくが芸能界に疎いと知ってて適当な一枚を送っ

 >てきたのでしょうか

 >どこかのサイトに転がったアイドル写真など興味ありません

 >嬢様の画像を希望します

 >それでも尚わたくしめを愚弄なさるおつもりならば、

 >金輪際 返信はないものとご理解ください



264 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   投稿日:04/09/03(金) 18:39
頭がいたい。すぐにレスを返す。

 >嘘じゃないよ。ほんもの。さ、早く情報希望。

 >あの3枚のgifはなんだった?



オタから。

 >あせってもらっては困るよヒロくん

 >まだこっちの条件に答えてもっらてない

 >ほんものというなら あと2枚別アングルを所望


だめだ。意地になってる。

どうも こういうところが大人気ない。オタの悪いところだ。

とはいえ送らないではレスもない。絶対に。

缶コーヒーを持って笑ってる彼女の画像。

それから決定的な、ぼくとふたりで写ってる画像の2枚を送った。

すぐにレスが来た。


 >嬢様幾ら?おれも買う

 >つか、めちゃめちゃいい女。おれも好きになった

 >これじゃ不公平だ。おまえは おれに分けのわからん何かを

 >突然送りつけてくる

 >おれは必死になって解読する。おまえだけ得。おれは損。

 >こんな馬鹿な話があるか?



だめだ。相手にするのはやめた。

ポットに1杯だけ残った最後のコーヒーをすする。
すごく美味い。

カーテンを開けて部屋から見える都内の風景を眺めた。鳥が飛んでて、申し訳程度に緑もあって、そんなに悪くない。

ウインカーを点滅させながら ゆっくりとカーブを進む車。

雨が降り始めたせいで、足早に歩くサラリーマンの黒い点。

風景を眺めてると、姫様との数日が まるで嘘のように思えた。


頭の中で、風景から人の動きを線で結んで切り取ってみる。

もちろん そこから何かを拾ってくるほど、ぼくは頭がいいわけじゃないし 閃きに突然襲われる天才であるはずもない。

でも、高速で移動する点を眺めるのは ぼくには どこか息苦しかった。ホテル壁面に遮蔽されて、動かない点。それが いまのぼくだ。


姫様の中へ逃げ込もうとするぼく。

気まぐれに ぼくを求める姫様。

つよい風が吹いて、大きな ぴかぴかの窓に雨粒を叩きつけた。雨粒は人を結ぶ線と重なって、頭のなかで弾け飛んだ。

ああ、そうだ。ぼくには奥の手、オタが目の色を変えて飛びつくワイルドカードがあったんだ。

 >オタ。君は たしかぼくが持ってる

 >エアジョーダンに興味があったよね

 >企業プレミアム

 >邪魔だから捨てようかと思ってたとこなんだけどさ


効果はてきめんで、すぐにレスがあった。


 >もうすこしお待ちください

 >分かり次第すぐにお送りします


オタのことだ、どうせ放っておいたんだろう。





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カテゴリー:男女・恋愛  |  タグ:純愛, 泣ける話, 胸キュン, 青春, これはすごい, 相手の過去,
 


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