ささやかなこの人生
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結構ヒットしてるらしく売り切ればかりでゲット出来ませんでした。
終電に乗り遅れた僕は、自宅まで一時間以上歩いたのです。
途中、歩き疲れた僕は泣き出してしまいました。
貧しいH子や、その父、H子にイヤラシイ行為を続ける自分、何もしてあげられない自分、色々な事を思い、涙をポロポロとこぼしながら歩き続けました。
中学になるとクラスは別になりましたが、放課後など いつもの神社でおしゃべりしたり、僕の部屋でラジオやレコードを聴いたりしてました。
夏休みに入る頃にはH子はブラジャーデビューをし大人っぽくなり、僕の意味不明な淋しさ’は増していきました。
薄汚れた小豆色のスカートも、いつしか履かなくなってました。
普段着はお姉さんの(00学園女子ソフト部)ジャージが多くなり身体も一回り大きくなったようです。
パンティも布面積の小さいカワイイ物に変わりました。
お姉さんが働く様になり、色々とプレゼントしてくれたそうです。
何となく小奇麗になったH子は、活発な少女に成長しはじめたのです。
僕とのエッチな行為も、やんわりと断るようになり、他に友達も出来、秋頃には疎遠になり始めました。
僕は淋しさの反面「これで良かったんだ」と、自分に言い聞かせていました。
お正月が過ぎて、H子のおばあさんが亡くなりました。
H子は、母親に引き取られる事になりました。
地味な存在な彼女の転校は学校内でもたいした話題になりませんでした。
ドラマみたいな感動的なシーンもなく、誰にもサヨナラも言わずH子は転校して行きました。
自分にはお別れに来てくれるだろう’と期待していたのですが・・。
無人になったH子の家の前を通ってみたり、神社へ行ってみては この町から彼女がいなくなった事を改めて実感していました。
バレンタインディの二日後、H子から小さな荷物が届きました。
シワシワの紙袋の中に、駄菓子屋で売っている普通のチョコがたくさん入っていて、大学ノートの切れ端にエンピツ書きで
「W君、すごくありがとう たくさん好きです H・F」
・・・すべてが彼女らしく、みすぼらしくて貧しく、それでいて心のこもったプレゼントでした。
・・・・・僕は東京に出て働く様になり、その後H子が何処で何をしているか、まったく分りません。
今年で40歳、きっと幸せに暮らしている事だと思います。
たまに僕の事を思い出してくれてたら嬉しいです。
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