誤解の代償
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私は貴方に、「誰か来たの?」と聞くと、「ああ、会社のに居る婆さんが、“残り物で良かったら食べて。”と言ってくれたのでお願いしたら、部屋に来て温めてくれたんだ。」
そう言う貴方は、妙に不自然で動揺している様でした。貴方の言う歳を取った女性では無いと思いました。何故かと言うと、洗面台のブラシに長い髪の毛が付いていましたから。
料理を温めに来た人がブラシに痕跡を残して行く筈は無いんじゃ無いでしょうか?
貴方を信じたい気持ちと、疑う気持ちが心の中で渦を巻きました。家に帰ってからも、その事が頭から離れませんでした。
こんな時、一緒に暮らしていれば、気持を整理出来る安心感を持てたかも知れませんが、離れて暮らしていると、どんどん悪い方に考えてしまいます。
でも、この時は まだ半信半疑で、今度は、貴方と話し合って、はっきりさせようと思ってました。
電話が掛かって来て その話をしようと思っても、私にその隙を与え様としない貴方に、疑惑は気持の中で どんどん大きくなってしまいました。
今度貴方の所に行った時にしっかり問いただそう、しっかり話し合おう。そうしないと私の気持ちが、おかしくなってしまう。仕事にも身が入らない。
わたしの誤解なら、それに越した事はないし、もし、貴方が浮気しているなら耐えられない事だけど、まずは止めて貰わないと。
そんな事を考えている時、会社の課の仲間で飲み会をしようと言う事になり、あなたの所に行かなければと思っていたのですが、たまにしか無い飲み会なので断り難く出席する事にしました。
酔いも少し回った頃に、田中課長がわたしの所に来て、「志保さん、このごろ元気が無いようだけど、何かあったの?」
やはり、会社の中で自分では普通にしているつもりでも沈んでいた様です。
「実は、余りに元気が無い様だから、君を励まそうと思って飲み会を開いたんだよ。何か心配事が有るのなら何でも言って来て。僕に出来る事なら相談に乗るから。それも上司の仕事の内だからね。」
飲んでいても何時もと変わらぬ紳士的態度の優しさに、気持の沈んでいた私は凄く嬉しく感じました。
次の日に、貴方の所に行こうと思っていたのですが、前日飲み過ぎていたので頭が痛く行く事が出来ませんでした。
週明け仕事が終ると、課長が声を掛けて来ました。
「どう?少しは元気が出たかな?一寸だけお茶でも飲みに行こうか。」
会社の中ではエリートで、また人望の厚い課長に誘ってもらって嬉しく感じたわたしは、二つ返事で誘いに乗りました。
近くの喫茶店に入っても、物静かで紳士的な態度は何時もと変わり有りません。
「志保さん、何か有ったの?今日は少しだけ明るかったけれど、それでも たまに暗い顔していたよ。家庭の事なら僕が口を出せる事では無いけれど、もし相談出来る事なら言ってみてよ。そのほうが気が楽になると思うけど。」
勿論わたしは、課長に言える筈も無く、
「ありがとう御座います。休みの日には、主人の所へ行ったりして疲れが溜まっているんだと思います。ご心配掛けて申し訳御座いません。」
その日は、そんな話だけで家に帰りました。
その週の内にまたお茶に誘われ、
「今週も、ご主人の所へ行くの?こんな事、僕が言える立場じゃ無いんだけれど、疲れているのなら止めた方が良いと思うんだ。
その内に仕事で失敗してしまうと大変なのは自分自身だからね。
それと良かったら、金曜日に仕事が終ったら一寸付き合ってくれないかな。話が有るんだ。」
「分かりました。」
仕事を失敗したら等と言われたら、そう言うしか仕方が有りませんでしたが、私の事を心配してくれる課長に、悪い気はしませんでした。
金曜日に課長の行きつけの居酒屋で、私は以外な事を聞きました。
「実はね、僕の所、別居しているんだよ・・・。言い難いけれど僕の浮気がばれちゃてね。
志保さんを心配している場合じゃ無いんだけどね。
でも、僕の所は何とか謝って許してもらえそうだ。
本当に馬鹿な事をしてしまったよ。
実は僕が何故こんな話をしたかと言うと、志保さんの元気が無いのはご主人が浮気したからじゃ無いかと思って。
違ったらご免ね。ご主人単身赴任だそうだから少し心配に成っちゃてね。」
「・・・・・・・・・」
余りに図星なので、言葉が出て来ません。
「そうなんでしょう?」
私は酔いのせいも有り 頷いてしまいましたが、まだ、自分が疑っているだけで確証が無い事を言うと、
「何故疑ったの。何か理由が無いと疑わないと思うんだ。変な話僕は経験者だから少しは分かると思うよ。」
余り深刻にでは無く軽い感じで言うのが、私の言葉を出やすくさせました。
感じていた疑問を言うと、
「それは間違い無いな。こんな綺麗な奥さんがいるのに。男ってどうしょうも無いね。」
口に出した分、気持が少し楽になった様に感じましたが、その反面、貴方が浮気していると疑う気持ちが大きく成長して行きました。
その日も課長は、余り遅い時間にはならない様に帰してくれ、浮気をしたのは悪い事だけれど、本当に反省しているようで好感を持ちました。
その後も仕事帰りに何度も逢っていましたが、課長は紳士的で下心が有る様に感じませんでした。
その頃になると、あなたが絶対浮気をしていると思い込み出した私は、あなたの所に行くよりも課長と逢っている時間の方が何か充実している様に感じてしまいました。
そんな或る日、仕事中に課長が暗い顔をしているのが気になりました。
その日 仕事が終ると課長から「また付き合って欲しい。今日は時間大丈夫かな?」と誘って来て、心配していた私は断るつもりは有りません。
その日は、食事をした後に珍しく2軒梯子して2軒目でようやく課長が、暗い顔をしていた理由を話してくれました。
「・・・あいつとやり直せると思っていたんだが駄目みたいなんだ。やっぱり僕の事を許せ無い様だ。これから僕は・・・。悪いのは僕だから仕方が無いんだけど寂しいよ・・・」
本当に寂しそうで落ち込んでいる課長を見ていると、私に出来る事は何か無いかしらと思い、
「志保さん。悪いんだけど もう少し付き合ってくれないか?」
もうかなり遅い時間になっていましたが、断りませんでした。
お店を出ると私の肩に手をまわして来て、抵抗しない私に唇を重ねて来ました。
「これから何処かに行こうか?」
課長が初めて私を、女として誘って来ました。
1度唇を許したからなのか、余り抵抗を感じる事が有りませんでしたが、
「課長、まだ奥様と どうなるか分かりませんよ。そんな時に何を言ってるんですか。それに、今日は途中で主人に″飲み会が有るから遅くなる”って、電話入れておきましたが、朝に電話を掛けて来るかも知れないから。」
そう言って断りました。
「そうだね。ご主人に心配掛けるのも悪いしね。」
会社では弱音を吐かない課長が、本当に寂しそうで母性本能とでも言うのか良く分かりませんが、何かいとおしくなり、それが何を意味するのか分からなかった訳では有りませんでしたが、
「家に来て飲み直しますか?」
私から誘ってしまいました。
その夜は、私にとって忘れられないものになりましたが、朝、目を覚ますと貴方に対して罪悪感でいっぱいになりました。
でも、『貴方も浮気しているのだから。』
そう自分に言い聞かせて、その内に何度も関係を持ってしまいました。
--------------------
妻の話を聞いていて、私は絶望のどん底に叩き落とされた様な気持ちでした。
私に対する態度を見ていて、もしも不倫をしているならば、もう相手の事を愛しているのだろうと思っていましたが、何か事情が有って そうなってしまったと言う事も考えられます。
そんな、淡い期待も吹き飛んでしまいました。
『私にとって忘れられないもの』
その言葉が全てを物語っています。
こうなっては、今更何を言ってもしょうがない事です。
嫉妬、虚しさ、寂しさ、怒り、色々な感情が湧き起りましたが、もうどうしようも無い事です。
ただ、このまま黙って引き下がる事は出来ません。
「僕とお前の家に何故引き込んだ。僕に対して どれ程、屈辱的な事か分からない訳は無いだろう?
その上お前は、あの男を庇ったよな。とことん馬鹿にしてくれた。
お前とあの男は絶対許さない。法律的にも社会的にも責任は取ってもらうのは当然だが、それ以上の事もさせてもらう。
まずは この家は売る事にする。お前とあいつが乳繰り合ってた所には住めないからな。
売れた金の半分はやるから、残りのローンはお前が払え。
僕とあいつの奥さんに慰謝料を払って、家のローンもとなると大変だろうが、もう僕には関係無い。
仕事は早く探した方が良いぞ。今の会社は当然首だろうからな。
それと、僕の浮気を疑っている様だが、本当に何も無いよ。
確かに、誤魔化そうとしたのは悪かった。あの時は、そうでも言わないと変に疑われる様な気がした。謝るよ。
でも何も無い。明日でも、あの日 部屋に来た人を呼ぶから自分で聞いてみろ。それでも疑うのならしょうが無いけれどな。」
妻を寝取られた私に言う事が出来るのは、これが精一杯でした。
「・・・庇うなんて。あの人を庇うつもりなんか無かった。でも私怖くて・・・・。ごめんなさい・・・。
あの人を家に入れたのは、貴方が何時も電話を掛けて来るから・・・。貴方に知られたく無かったから・・・。
貴方は私に嘘を言う事が無かった。だから、あの時凄くショックで、寂しかった・・・・。
言い訳になってしまうけれど、貴方に復讐する事で自分の気持ちを保ちたかった・・・・」
妻は泣き伏せてしまい、言葉がもう出そうも有りませんでした。
「僕は何もしていないよ。でも今更そんな事どうでも良いじゃないか。お前もその方が良いだろう。」
妻は泣き腫らした目で、虚ろに私を見ながら
「・・・・そんな事ないわ。私は貴方以外の人と一緒になるなんて考えた事無いもの。
だから私辛くて・・・。気が変になる位辛くて・・・・。貴方・・もう許してくれないわよね。
でも嫌、このままでは嫌、絶対に嫌。私に、私にもう少し時間を下さい。
お願いします。お願いします。・・もう少し時間を・・・」
妻は何を言っているのでしょう。男を愛しているのなら、私と別れる方が都合が良い筈です。
お金の事が心配で、何とか時間稼ぎを考えているのでしょうか。妻の真意が分かりません。
「志保、時間は無い、もう時間は無いよ。今後の事は、明日話そう。」
言いたい事も、聞きたい事もまだ有りましたが、もう話し合う気力が私には残っていませんでした。
妻の真意は分かりませんが、今の私の気持ちは到底許す気にはなれません。
妻と過した思い出等、これから私を苦しめる多くの事が襲って来るのでしょうが、その時の正直な気持ちです。
泣き伏している妻を残して、汚れた寝室ではなく娘の使っていた部屋に入りました。
気持ちの中を嵐が渦巻き、なかなか眠る事が出来ずにいましたが、何時の間にか眠ってしまった様です。
何かの気配に目を覚ますと、私に寄り添う様に妻が横になって泣いていました。
私が寝たふりをしていると、
「貴方ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・。」
余りに図星なので、言葉が出て来ません。
「そうなんでしょう?」
私は酔いのせいも有り 頷いてしまいましたが、まだ、自分が疑っているだけで確証が無い事を言うと、
「何故疑ったの。何か理由が無いと疑わないと思うんだ。変な話僕は経験者だから少しは分かると思うよ。」
余り深刻にでは無く軽い感じで言うのが、私の言葉を出やすくさせました。
感じていた疑問を言うと、
「それは間違い無いな。こんな綺麗な奥さんがいるのに。男ってどうしょうも無いね。」
口に出した分、気持が少し楽になった様に感じましたが、その反面、貴方が浮気していると疑う気持ちが大きく成長して行きました。
その日も課長は、余り遅い時間にはならない様に帰してくれ、浮気をしたのは悪い事だけれど、本当に反省しているようで好感を持ちました。
その後も仕事帰りに何度も逢っていましたが、課長は紳士的で下心が有る様に感じませんでした。
その頃になると、あなたが絶対浮気をしていると思い込み出した私は、あなたの所に行くよりも課長と逢っている時間の方が何か充実している様に感じてしまいました。
そんな或る日、仕事中に課長が暗い顔をしているのが気になりました。
その日 仕事が終ると課長から「また付き合って欲しい。今日は時間大丈夫かな?」と誘って来て、心配していた私は断るつもりは有りません。
その日は、食事をした後に珍しく2軒梯子して2軒目でようやく課長が、暗い顔をしていた理由を話してくれました。
「・・・あいつとやり直せると思っていたんだが駄目みたいなんだ。やっぱり僕の事を許せ無い様だ。これから僕は・・・。悪いのは僕だから仕方が無いんだけど寂しいよ・・・」
本当に寂しそうで落ち込んでいる課長を見ていると、私に出来る事は何か無いかしらと思い、
「志保さん。悪いんだけど もう少し付き合ってくれないか?」
もうかなり遅い時間になっていましたが、断りませんでした。
お店を出ると私の肩に手をまわして来て、抵抗しない私に唇を重ねて来ました。
「これから何処かに行こうか?」
課長が初めて私を、女として誘って来ました。
1度唇を許したからなのか、余り抵抗を感じる事が有りませんでしたが、
「課長、まだ奥様と どうなるか分かりませんよ。そんな時に何を言ってるんですか。それに、今日は途中で主人に″飲み会が有るから遅くなる”って、電話入れておきましたが、朝に電話を掛けて来るかも知れないから。」
そう言って断りました。
「そうだね。ご主人に心配掛けるのも悪いしね。」
会社では弱音を吐かない課長が、本当に寂しそうで母性本能とでも言うのか良く分かりませんが、何かいとおしくなり、それが何を意味するのか分からなかった訳では有りませんでしたが、
「家に来て飲み直しますか?」
私から誘ってしまいました。
その夜は、私にとって忘れられないものになりましたが、朝、目を覚ますと貴方に対して罪悪感でいっぱいになりました。
でも、『貴方も浮気しているのだから。』
そう自分に言い聞かせて、その内に何度も関係を持ってしまいました。
--------------------
妻の話を聞いていて、私は絶望のどん底に叩き落とされた様な気持ちでした。
私に対する態度を見ていて、もしも不倫をしているならば、もう相手の事を愛しているのだろうと思っていましたが、何か事情が有って そうなってしまったと言う事も考えられます。
そんな、淡い期待も吹き飛んでしまいました。
『私にとって忘れられないもの』
その言葉が全てを物語っています。
こうなっては、今更何を言ってもしょうがない事です。
嫉妬、虚しさ、寂しさ、怒り、色々な感情が湧き起りましたが、もうどうしようも無い事です。
ただ、このまま黙って引き下がる事は出来ません。
「僕とお前の家に何故引き込んだ。僕に対して どれ程、屈辱的な事か分からない訳は無いだろう?
その上お前は、あの男を庇ったよな。とことん馬鹿にしてくれた。
お前とあの男は絶対許さない。法律的にも社会的にも責任は取ってもらうのは当然だが、それ以上の事もさせてもらう。
まずは この家は売る事にする。お前とあいつが乳繰り合ってた所には住めないからな。
売れた金の半分はやるから、残りのローンはお前が払え。
僕とあいつの奥さんに慰謝料を払って、家のローンもとなると大変だろうが、もう僕には関係無い。
仕事は早く探した方が良いぞ。今の会社は当然首だろうからな。
それと、僕の浮気を疑っている様だが、本当に何も無いよ。
確かに、誤魔化そうとしたのは悪かった。あの時は、そうでも言わないと変に疑われる様な気がした。謝るよ。
でも何も無い。明日でも、あの日 部屋に来た人を呼ぶから自分で聞いてみろ。それでも疑うのならしょうが無いけれどな。」
妻を寝取られた私に言う事が出来るのは、これが精一杯でした。
「・・・庇うなんて。あの人を庇うつもりなんか無かった。でも私怖くて・・・・。ごめんなさい・・・。
あの人を家に入れたのは、貴方が何時も電話を掛けて来るから・・・。貴方に知られたく無かったから・・・。
貴方は私に嘘を言う事が無かった。だから、あの時凄くショックで、寂しかった・・・・。
言い訳になってしまうけれど、貴方に復讐する事で自分の気持ちを保ちたかった・・・・」
妻は泣き伏せてしまい、言葉がもう出そうも有りませんでした。
「僕は何もしていないよ。でも今更そんな事どうでも良いじゃないか。お前もその方が良いだろう。」
妻は泣き腫らした目で、虚ろに私を見ながら
「・・・・そんな事ないわ。私は貴方以外の人と一緒になるなんて考えた事無いもの。
だから私辛くて・・・。気が変になる位辛くて・・・・。貴方・・もう許してくれないわよね。
でも嫌、このままでは嫌、絶対に嫌。私に、私にもう少し時間を下さい。
お願いします。お願いします。・・もう少し時間を・・・」
妻は何を言っているのでしょう。男を愛しているのなら、私と別れる方が都合が良い筈です。
お金の事が心配で、何とか時間稼ぎを考えているのでしょうか。妻の真意が分かりません。
「志保、時間は無い、もう時間は無いよ。今後の事は、明日話そう。」
言いたい事も、聞きたい事もまだ有りましたが、もう話し合う気力が私には残っていませんでした。
妻の真意は分かりませんが、今の私の気持ちは到底許す気にはなれません。
妻と過した思い出等、これから私を苦しめる多くの事が襲って来るのでしょうが、その時の正直な気持ちです。
泣き伏している妻を残して、汚れた寝室ではなく娘の使っていた部屋に入りました。
気持ちの中を嵐が渦巻き、なかなか眠る事が出来ずにいましたが、何時の間にか眠ってしまった様です。
何かの気配に目を覚ますと、私に寄り添う様に妻が横になって泣いていました。
私が寝たふりをしていると、
「貴方ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・。」
妻は呟く様に言っています。
先程の妻の話では、明らかにあの男を愛していると思いました。
今迄の妻の態度も、いくら私を疑っていたからと言っても、余りに冷たいものでした。
どうしてこんな事を言うのか、理解出来ませんでした。
妻の気持ちを考えているうちに、また眠ってしまった様です。
妻も泣き疲れたのか、私の横で寝息を立てています。
私はそっと起き出そうとすると妻も眼を覚まし、
「貴方、私・・・」
何か言い出す前に、私がさえぎりました。
「もう何も言わなくて良い。」
それだけ言って浴室に向かいました。
シャワーを浴びてリビングに行くと、妻が朝食の用意をしています。
その朝食は、私に踏み込まれなければ、あの男と取る筈だった物でしょう。
「朝飯なら要らないぞ。あの男のおこぼれなんか食えないからな。」
どうしても、意地が悪くなってしまいます。
私の言葉を聞いて、妻の動きが止りました。
「・・・ごめんなさい。でも、そんなつもりは無いの・・・。」
「そうか。でも要らない。それから、昨日言っておいたマンションの部屋に来た人に電話するから、此処に来て貰おうか?それとも何処か外で会おうか?」
「いいえ、そんな事は良いです。色々考えたけど、もっと早く私が意地を張らずに貴方と話し合っていれば・・・。もう遅いかもしれないけれど、何も無かったって今は信じたいと思います。」
本当に私の話だけで、信じる事が出来るのでしょうか?
「本当に遅かったな。」
冷たい怒りがそう言わせました。
そう言うと、妻は目に大粒の涙が溢れました。
こんなに早く結論を出しても良いのかどうか、私には考える余裕は有りません。
私は昔から怒りを力に変えて生きて来た所が有ります。その後で反省する事が幾つも有りましたが、今もそうする他に方法を知りません。
暫らくして、佐野から電話が有り、昨日からの事を話そうとも思いましたが話せませんでした。
落ち込んだ声だったのか、佐野は何かを感じた様で、
「そうか。・・・お前達が来ると思って、楽しみにしていたんだけどな。疲れているんじゃしょうが無いな。・・・お前大丈夫か?何か有ったんじゃ無いのか?」
心配そうな声で問い掛けて来ましたが、
「大丈夫だ。心配掛けて済まなかったな。」
そう言って電話を切りました。
横で聞いていた妻は、私に殴られて腫れた顔を、冷やそうともしないで泣いています。
本来なら佐野からの電話は、これからの楽しい時間を予感させる筈のものです。
でも今は、それすらも現実を思い出させる事になってしまいます。
私がガックリとソファーに腰を落とすと、妻が堰を切った様に話し出しました。
「もう駄目なの?どうしても駄目なの?・・・
私どうしたら良いの?何か許してもらえる方法は無いの?
・・・私別れたく無い!そんな事出来ないわ!」
「お前は、あの男を愛しているんだろう?何故そんな事を言うのか、理解出来ないな。」
「いいえ、私は貴方を・・・・。貴方を疑いさえしなければ、こんな事には・・・。私が馬鹿でした。今更言ってもしようが無いかも知れないけれど・・・馬鹿でした。」
私が言うのも何ですが、妻は純な女でした。
もしも、私が浮気していると信じていれば、かなり苦しんだと思います。その気持ちが分からない訳では有りません。
でも、私の事を疑って、他の男の言う事を信じてしまったのは、妻の気持ちの何処かに、それを望む隙が有ったのでは無いかと思います。
「ここ何ヶ月か、月に1度会うか、会わないかの夫婦だ。その間、あの男とは何回寝た?
僕が何度来て欲しいと言っても、色々理由を付けて来てくれなかった。その理由が あの男との事だった。
僕の所に来るよりも、男と逢う方を選んだのだから、お前の言ってる事は信用出来ない。それが当たり前なんじゃないか?
正直 お前の言っている意味が、今の僕にはまったく理解出気ないんだよ。」
私は また娘の部屋に入り横になると、昨日の妻と男の痴態が頭の中に蘇って来て苦しめます。
妻と出会ってこんな事が起こる迄、本当に幸せでした。
それまで小さなトラブルが無かった訳では有りません。でも、お互いの信頼感と夫婦ならではの安心感が有り、乗り切る事が出来ました。
これからは、そうは行かないと思います。
だいたい、妻が『許して欲しい』と言ってる事自体、何かその裏に有るのでは無いかと思ってしまいます。今迄、そんなふうに妻を思った事が有りません。
今回も、不信な行動を疑いこそすれ、最後の瞬間迄信じたいと、思っていました。
そんな自分が悲しく思えて来ます。
夫婦の思い出は、愛の形を出会いの時の様な、熱い感情では無く、それ以上の深い愛情に変えています。
だから、別れは辛いのでしょうが、いや、辛いと言う様な簡単なものではなく、身を引き千切られる様な、全てを無くしてしまう様な激情に駆り立てるのでしょう。
この激情から逃げ出すには、どうであれ、妻を許してしまうか、別れる事しか無いのでしょうか?
それならば、私は別れる方を選ぶ人間だと思います。そんな生き方で、何度も失敗した事も有ります。自分の欠点だとも思います。
でもこの歳まで生きて来て、今すぐに改めろと言われても、そう簡単に出来ない事は、誰よりも自分が良く知っています。
しかし、これからの事に背を向ける事は出来ません。妻と話さなければならない事が、まだまだ有ります。
私はリビングに戻りました。
妻はソファーに座り、焦点の合わない表情で一点を見詰めています。
「この前 電話で言った通り、来月に戻って来る。それ迄にハッキリさせたい。僕は別れようと思っているけど、お前はどうだ?正直に言って欲しい。」
「・・・私は、別れたく無い。そんな事、考えた事無い。でも、貴方にそう言われても仕方が無いと思います。貴方の思う様にして下さい。」
「分かった。離婚届けにサインして送ってくれ。その後は、お前の人生だから、僕の感知する事では無いけれど、どうするつもりだ?あいつと一緒になるのか?」
「そんな事は考えていません。貴方に離婚されてもあの人と一緒になる事は有りません。それと変な事を言っても良いですか?」
「良いよ。思っている事は何でも言えよ。」
「昨日 貴方が私達の浮気現場に入って来た時、久振りに貴方の荒々しさを見ました。
あの人が粋がって掛かって行った時に簡単にいなしました。
貴方は覚えているかしら?私は昔を思い出したの。
まだ一緒になる前、二人でデートしている時にチンピラに絡まれた事が有ったでしょう?
覚えていますか?あの時、一瞬にチンピラを叩きのめして私を守ってくれました。
あれから、貴方との色んな事を思い出して胸が熱くなったの。理屈じゃ無くて、本当に愛しているのは貴方なんだって・・・・。
>>次のページへ続く
先程の妻の話では、明らかにあの男を愛していると思いました。
今迄の妻の態度も、いくら私を疑っていたからと言っても、余りに冷たいものでした。
どうしてこんな事を言うのか、理解出来ませんでした。
妻の気持ちを考えているうちに、また眠ってしまった様です。
妻も泣き疲れたのか、私の横で寝息を立てています。
私はそっと起き出そうとすると妻も眼を覚まし、
「貴方、私・・・」
何か言い出す前に、私がさえぎりました。
「もう何も言わなくて良い。」
それだけ言って浴室に向かいました。
シャワーを浴びてリビングに行くと、妻が朝食の用意をしています。
その朝食は、私に踏み込まれなければ、あの男と取る筈だった物でしょう。
「朝飯なら要らないぞ。あの男のおこぼれなんか食えないからな。」
どうしても、意地が悪くなってしまいます。
私の言葉を聞いて、妻の動きが止りました。
「・・・ごめんなさい。でも、そんなつもりは無いの・・・。」
「そうか。でも要らない。それから、昨日言っておいたマンションの部屋に来た人に電話するから、此処に来て貰おうか?それとも何処か外で会おうか?」
「いいえ、そんな事は良いです。色々考えたけど、もっと早く私が意地を張らずに貴方と話し合っていれば・・・。もう遅いかもしれないけれど、何も無かったって今は信じたいと思います。」
本当に私の話だけで、信じる事が出来るのでしょうか?
「本当に遅かったな。」
冷たい怒りがそう言わせました。
そう言うと、妻は目に大粒の涙が溢れました。
こんなに早く結論を出しても良いのかどうか、私には考える余裕は有りません。
私は昔から怒りを力に変えて生きて来た所が有ります。その後で反省する事が幾つも有りましたが、今もそうする他に方法を知りません。
暫らくして、佐野から電話が有り、昨日からの事を話そうとも思いましたが話せませんでした。
落ち込んだ声だったのか、佐野は何かを感じた様で、
「そうか。・・・お前達が来ると思って、楽しみにしていたんだけどな。疲れているんじゃしょうが無いな。・・・お前大丈夫か?何か有ったんじゃ無いのか?」
心配そうな声で問い掛けて来ましたが、
「大丈夫だ。心配掛けて済まなかったな。」
そう言って電話を切りました。
横で聞いていた妻は、私に殴られて腫れた顔を、冷やそうともしないで泣いています。
本来なら佐野からの電話は、これからの楽しい時間を予感させる筈のものです。
でも今は、それすらも現実を思い出させる事になってしまいます。
私がガックリとソファーに腰を落とすと、妻が堰を切った様に話し出しました。
「もう駄目なの?どうしても駄目なの?・・・
私どうしたら良いの?何か許してもらえる方法は無いの?
・・・私別れたく無い!そんな事出来ないわ!」
「お前は、あの男を愛しているんだろう?何故そんな事を言うのか、理解出来ないな。」
「いいえ、私は貴方を・・・・。貴方を疑いさえしなければ、こんな事には・・・。私が馬鹿でした。今更言ってもしようが無いかも知れないけれど・・・馬鹿でした。」
私が言うのも何ですが、妻は純な女でした。
もしも、私が浮気していると信じていれば、かなり苦しんだと思います。その気持ちが分からない訳では有りません。
でも、私の事を疑って、他の男の言う事を信じてしまったのは、妻の気持ちの何処かに、それを望む隙が有ったのでは無いかと思います。
「ここ何ヶ月か、月に1度会うか、会わないかの夫婦だ。その間、あの男とは何回寝た?
僕が何度来て欲しいと言っても、色々理由を付けて来てくれなかった。その理由が あの男との事だった。
僕の所に来るよりも、男と逢う方を選んだのだから、お前の言ってる事は信用出来ない。それが当たり前なんじゃないか?
正直 お前の言っている意味が、今の僕にはまったく理解出気ないんだよ。」
私は また娘の部屋に入り横になると、昨日の妻と男の痴態が頭の中に蘇って来て苦しめます。
妻と出会ってこんな事が起こる迄、本当に幸せでした。
それまで小さなトラブルが無かった訳では有りません。でも、お互いの信頼感と夫婦ならではの安心感が有り、乗り切る事が出来ました。
これからは、そうは行かないと思います。
だいたい、妻が『許して欲しい』と言ってる事自体、何かその裏に有るのでは無いかと思ってしまいます。今迄、そんなふうに妻を思った事が有りません。
今回も、不信な行動を疑いこそすれ、最後の瞬間迄信じたいと、思っていました。
そんな自分が悲しく思えて来ます。
夫婦の思い出は、愛の形を出会いの時の様な、熱い感情では無く、それ以上の深い愛情に変えています。
だから、別れは辛いのでしょうが、いや、辛いと言う様な簡単なものではなく、身を引き千切られる様な、全てを無くしてしまう様な激情に駆り立てるのでしょう。
この激情から逃げ出すには、どうであれ、妻を許してしまうか、別れる事しか無いのでしょうか?
それならば、私は別れる方を選ぶ人間だと思います。そんな生き方で、何度も失敗した事も有ります。自分の欠点だとも思います。
でもこの歳まで生きて来て、今すぐに改めろと言われても、そう簡単に出来ない事は、誰よりも自分が良く知っています。
しかし、これからの事に背を向ける事は出来ません。妻と話さなければならない事が、まだまだ有ります。
私はリビングに戻りました。
妻はソファーに座り、焦点の合わない表情で一点を見詰めています。
「この前 電話で言った通り、来月に戻って来る。それ迄にハッキリさせたい。僕は別れようと思っているけど、お前はどうだ?正直に言って欲しい。」
「・・・私は、別れたく無い。そんな事、考えた事無い。でも、貴方にそう言われても仕方が無いと思います。貴方の思う様にして下さい。」
「分かった。離婚届けにサインして送ってくれ。その後は、お前の人生だから、僕の感知する事では無いけれど、どうするつもりだ?あいつと一緒になるのか?」
「そんな事は考えていません。貴方に離婚されてもあの人と一緒になる事は有りません。それと変な事を言っても良いですか?」
「良いよ。思っている事は何でも言えよ。」
「昨日 貴方が私達の浮気現場に入って来た時、久振りに貴方の荒々しさを見ました。
あの人が粋がって掛かって行った時に簡単にいなしました。
貴方は覚えているかしら?私は昔を思い出したの。
まだ一緒になる前、二人でデートしている時にチンピラに絡まれた事が有ったでしょう?
覚えていますか?あの時、一瞬にチンピラを叩きのめして私を守ってくれました。
あれから、貴方との色んな事を思い出して胸が熱くなったの。理屈じゃ無くて、本当に愛しているのは貴方なんだって・・・・。
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