誤解の代償
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男は両手で顔を覆ったまま立ち上がりかけましたが、私に気が付き「あっ。」と妙な声を上げて後退り、怯えた目をしました。
「お前は何を偉そうにしていた?何を考えているんだ この馬鹿が!まあ、お前ら許さんから そこに座っていろ!」
男が立ち上がりベッドに腰掛けようとしたので、
「おい、お前、誰がそこに座れと言った!まだ俺に喧嘩を売るのか?」
私は もう1度横っ面を殴り付けました。
「申し訳有りません。どうかもう暴力は・・・、申し訳有りません。」
男は土下座して謝り始めました。
初めの威勢は、妻に格好を付ける為のハッタリだったのか、私の方が明かに強いと観ると、手の平を返した様に低姿勢に出て来ています。
仕事をしていても、何を勘違いしているのか、自分の立場をわきまえないこう言う人間は多くいて、大嫌いなタイプです。
「おい、お前、何処の奴だ。」
「いやそれは・・・」
「どうした。勘弁してくれってか?出来る訳無いだろう。この馬鹿が!」
私は男の背広とセカンドバックを調べると、身分証明が出て来たので見てみると、妻と同じ会社に勤めています。
「田中肇?同じ会社か。良く有る話だな。だがな、俺には良く有る話では済まされ無いんだ。きっちり形を付けさせて貰うからな!」
「方を付けるとは・・・あの・・どの様な?・・・」
「お前達のした事に決まって居るだろう。どう責任を取って貰うかは これから考えるが、かなりの事をさせて貰うから覚悟しておけ。まず、お前の奥さんは何をして居る?」
「家のとは今別居中です・・・実家の方に帰って居まして・・・」
「ふん、どうせお前の浮気でもばれたんだろう?とことん馬鹿な奴だ。奥さんには悪いが、この事を知らせない訳には行かないな。電話番号を教えて貰おうか。」
その時、私に殴られ放心状態だった妻が、
「奥さんには関係無いわ。責任を取るのは私達だけにして。」
泣きながらでは有りますが、はっきりとした口調で言って来ました。
「黙れ淫売!この馬鹿と別れていない限り、奥さんにも知る権利は有るんだ!」
男を庇っているのか、自分のした事を知られるのが怖いのか、私の気持ちを逆撫でする様な事を言う妻に無性に腹が立ち、また殴り付けました。
「申し訳有りませんでした。どんな事でもさせて頂きます。
・・・ただ・・今は別居中ですが、何とか修復出来そうな所迄来ています。
妻にだけは・・妻にだけは・・どうか勘弁して下さい。お願い致します。」
「お決まりの言葉だな。お前本当に正気か?修復しようとしている時に こんな事するか?お前みたいな奴に騙されて元に戻るより、別れた方がよっぽど幸せだ。早く番号を教えろ!」
「・・・・・・・」
土下座したまま動かない男に、何を言っても駄目だと思い、背広のポケットに携帯は無いかと探しましたが有りません。
その時、妻が何かを枕の下に入れた様な動きをしたので、枕を放り投げると、見覚えの無い携帯が有りました。
男の携帯を隠す程、こいつを庇うのかと思い大きな怒りが沸いて来て、口から血を流している妻にまたビンタを見舞ってしまいました。
携帯のアドレスを見ても、どれが奥さんの物か分かりません。
「おい、どれがそうだ。言わないと片っ端から掛け捲るぞ。会社の同僚や上司だったら困るだろう?」
男は困惑した表情で、
「・・・・それは・・・」
男は渋々教えました。
私も会ったこともない田中の奥さんと話すのは、それなりの覚悟が必要でしたが思い切って掛けると、上品そうな話方をする女性でした。
田中からの電話だと思って出たのが、知らない男からだったので初めは戸惑い気味でしたが、話の内容を聞いている内に、段々無口になってしまいました。
「分かりました。そちらの話が終りましたら、こちらに寄る様に伝えて頂けますでしょうか。」
毅然とした態度で答えましたが、怒りが伝わって来るものでした。
男に代わるかどうか聞きましたが、「それは結構です。」と冷淡な声で言い、この夫婦は、また元に戻る事が有るのだろうか?恐らくは駄目だろうと、自分の所を棚に上げ余計な事を思ってしまいましたが、すぐに現実に引き戻されます。
「俺が入って来た時の偉そうな態度は何を考えてだ?」
「・・・私は昔から喧嘩をしても負けたことが有りません・・・。それでつい・・。もしもご主人を黙らせる事が出来たら、志保にも良い所を見せられると思って・・・。うわっ。」
私は男を殴りつけていました。
「40面下げて何をガキみたいな事を言っているんだ。お前みたいなのが勤めていられる会社は中身が知れるな。それとな、他人の妻を呼び捨てにするなよ!」
「申し訳有りません、申し訳有りません。つい何時もの習慣で。」
田中の名刺に課長と言う役職が書いて有り、恐らくは私よりも年下であろうこの男は、あの規模の会社では間違い無くエリートなのでしょう。
仕事も出来るのでしょうが、それだけに自分を過大評価してしまっているのでは無いかと思います。
だから、自分には何でも出来る様な錯覚に陥り、私が寝室に入って行った時に、あの様な態度が取れたのではのでは無いでしょうか?
それならば大人としての考え方を、しっかりと教えなければなりません。
「お前の家庭は、これからどうなるのかな?
奥さんが帰りに寄る様に言っていたよ。あの感じだと もう終わりだろうな。
今度は、仕事も終わりにしてやるよ。俺もそう休みは取れないが、こうなった以上そうも言っていられない。
月曜日にお前の会社に行くから上司に言っておけ。
当然、慰謝料の事も有るが、それは奥さんから、この女にも請求が有るだろうから後回しだ。
これから奥さんの所に行って良く相談しておけ。結果は、会社に行った時に聞いてやる。」
「私の妻から慰謝料の事は言わせません。ですから会社の方には・・・・お願いします。お願い致します。」
「駄目だな。何を偉そうに。奥さんを説得出来る位なら別居なんかしているか? さあ、もう今日は帰って良いぞ。だけどな、これだけで終ると思うなよ。」
男は、だらしなく泣き始めましたが帰ろうとしません。
奥さんに知られてしまったのは もう、どうしようも有りませんが、会社に来られるのは余程困るのでしょう。
こう言うタイプの男は、肩書きに執着するのかも知れません。
私もそうですが、会社の名前と肩書きで仕事が出来ているのを、全て自分の実力の様に錯覚しがちです。
「何をしてるんだ?まだ俺を舐めているのか?早く帰れよ。あっそうか、お前まだ出してないから最後迄やらせろってか?おう、良いぞ。見ていてやるから、やってみろ。」
こうなったら、トコトン苛め貫いて、少しでも自分の気持ちをスッキリさせようと思いましたが、男は慌てて服を着ようとしています。
「ここは更衣室じゃないんだ!外で着ろ!」
男の髪を掴み、引きずる様にして玄関から外に放り出しました。
--------------------
男を放り出してから、激情に駆られ、妻をどう問いただすべきか考えていなかったので、私は一旦リビングに入りました。
ソファーに座り、冷静にならなければと思うのですが、この怒りはどうしょうも有りません。
嫉妬や寂しさ、虚しさ等の感情は、不思議と有りません。ただ、復讐心から来る強い怒りが有るだけです。
その他の感情は これから感じて来るのかも知れませんが、今は怒りだけです。
暫らく経ってから、妻がリビングに入って来ました。
「あなた、私、私・・・・」
泣いていて言葉にならない様です。
「何時からだ?どうしてこうなった?僕はお前を信じていた。まさかこんな事とは・・・。」
怒りの感情しか無かった筈なのに涙が溢れて来ました。私の涙に気がついた妻は、声を出して泣きながら、
「・・・私・・寂しかった・・・本当に、寂しかったの・・・・」
私は何か言おうと思うのですが、涙がこぼれ出て声になりません。
気を落ち着かせようと洗面台で、顔を水で洗っていると、妻が背中に縋り付いて来ましたが振りほどいてしまいました。
「さっき迄、男に抱かれていて よくそんな事が出来るな。」
本当は、抱き締めてやる位の余裕が有っても良いのかもしれませんが、また怒りが強く支配して来ます。
「何が寂しかったんだ?お前は寂しければ、何でもするのか?どうしてこうなったのか始めから説明してみろ!」
--------------------
妻の話は、“最後に貴方の所に行った時、何時もよりも部屋が綺麗に整頓されているのに気が付きました。
それだけなら何の事は無いのですが、冷蔵庫の中に明かに買って来たものとは違う料理の残り物が有り、キッチンの引き出しにはクッキングペーパが入っていました。
料理をしない貴方が買っておく物では有りません。誰か女性が来て行ったのは確かです。
私は貴方に、「誰か来たの?」と聞くと、「ああ、会社のに居る婆さんが、“残り物で良かったら食べて。”と言ってくれたのでお願いしたら、部屋に来て温めてくれたんだ。」
そう言う貴方は、妙に不自然で動揺している様でした。貴方の言う歳を取った女性では無いと思いました。何故かと言うと、洗面台のブラシに長い髪の毛が付いていましたから。
料理を温めに来た人がブラシに痕跡を残して行く筈は無いんじゃ無いでしょうか?
貴方を信じたい気持ちと、疑う気持ちが心の中で渦を巻きました。家に帰ってからも、その事が頭から離れませんでした。
こんな時、一緒に暮らしていれば、気持を整理出来る安心感を持てたかも知れませんが、離れて暮らしていると、どんどん悪い方に考えてしまいます。
でも、この時は まだ半信半疑で、今度は、貴方と話し合って、はっきりさせようと思ってました。
電話が掛かって来て その話をしようと思っても、私にその隙を与え様としない貴方に、疑惑は気持の中で どんどん大きくなってしまいました。
今度貴方の所に行った時にしっかり問いただそう、しっかり話し合おう。そうしないと私の気持ちが、おかしくなってしまう。仕事にも身が入らない。
わたしの誤解なら、それに越した事はないし、もし、貴方が浮気しているなら耐えられない事だけど、まずは止めて貰わないと。
そんな事を考えている時、会社の課の仲間で飲み会をしようと言う事になり、あなたの所に行かなければと思っていたのですが、たまにしか無い飲み会なので断り難く出席する事にしました。
酔いも少し回った頃に、田中課長がわたしの所に来て、「志保さん、このごろ元気が無いようだけど、何かあったの?」
やはり、会社の中で自分では普通にしているつもりでも沈んでいた様です。
「実は、余りに元気が無い様だから、君を励まそうと思って飲み会を開いたんだよ。何か心配事が有るのなら何でも言って来て。僕に出来る事なら相談に乗るから。それも上司の仕事の内だからね。」
飲んでいても何時もと変わらぬ紳士的態度の優しさに、気持の沈んでいた私は凄く嬉しく感じました。
次の日に、貴方の所に行こうと思っていたのですが、前日飲み過ぎていたので頭が痛く行く事が出来ませんでした。
週明け仕事が終ると、課長が声を掛けて来ました。
「どう?少しは元気が出たかな?一寸だけお茶でも飲みに行こうか。」
会社の中ではエリートで、また人望の厚い課長に誘ってもらって嬉しく感じたわたしは、二つ返事で誘いに乗りました。
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こうなったら、トコトン苛め貫いて、少しでも自分の気持ちをスッキリさせようと思いましたが、男は慌てて服を着ようとしています。
「ここは更衣室じゃないんだ!外で着ろ!」
男の髪を掴み、引きずる様にして玄関から外に放り出しました。
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男を放り出してから、激情に駆られ、妻をどう問いただすべきか考えていなかったので、私は一旦リビングに入りました。
ソファーに座り、冷静にならなければと思うのですが、この怒りはどうしょうも有りません。
嫉妬や寂しさ、虚しさ等の感情は、不思議と有りません。ただ、復讐心から来る強い怒りが有るだけです。
その他の感情は これから感じて来るのかも知れませんが、今は怒りだけです。
暫らく経ってから、妻がリビングに入って来ました。
「あなた、私、私・・・・」
泣いていて言葉にならない様です。
「何時からだ?どうしてこうなった?僕はお前を信じていた。まさかこんな事とは・・・。」
怒りの感情しか無かった筈なのに涙が溢れて来ました。私の涙に気がついた妻は、声を出して泣きながら、
「・・・私・・寂しかった・・・本当に、寂しかったの・・・・」
私は何か言おうと思うのですが、涙がこぼれ出て声になりません。
気を落ち着かせようと洗面台で、顔を水で洗っていると、妻が背中に縋り付いて来ましたが振りほどいてしまいました。
「さっき迄、男に抱かれていて よくそんな事が出来るな。」
本当は、抱き締めてやる位の余裕が有っても良いのかもしれませんが、また怒りが強く支配して来ます。
「何が寂しかったんだ?お前は寂しければ、何でもするのか?どうしてこうなったのか始めから説明してみろ!」
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妻の話は、“最後に貴方の所に行った時、何時もよりも部屋が綺麗に整頓されているのに気が付きました。
それだけなら何の事は無いのですが、冷蔵庫の中に明かに買って来たものとは違う料理の残り物が有り、キッチンの引き出しにはクッキングペーパが入っていました。
料理をしない貴方が買っておく物では有りません。誰か女性が来て行ったのは確かです。
私は貴方に、「誰か来たの?」と聞くと、「ああ、会社のに居る婆さんが、“残り物で良かったら食べて。”と言ってくれたのでお願いしたら、部屋に来て温めてくれたんだ。」
そう言う貴方は、妙に不自然で動揺している様でした。貴方の言う歳を取った女性では無いと思いました。何故かと言うと、洗面台のブラシに長い髪の毛が付いていましたから。
料理を温めに来た人がブラシに痕跡を残して行く筈は無いんじゃ無いでしょうか?
貴方を信じたい気持ちと、疑う気持ちが心の中で渦を巻きました。家に帰ってからも、その事が頭から離れませんでした。
こんな時、一緒に暮らしていれば、気持を整理出来る安心感を持てたかも知れませんが、離れて暮らしていると、どんどん悪い方に考えてしまいます。
でも、この時は まだ半信半疑で、今度は、貴方と話し合って、はっきりさせようと思ってました。
電話が掛かって来て その話をしようと思っても、私にその隙を与え様としない貴方に、疑惑は気持の中で どんどん大きくなってしまいました。
今度貴方の所に行った時にしっかり問いただそう、しっかり話し合おう。そうしないと私の気持ちが、おかしくなってしまう。仕事にも身が入らない。
わたしの誤解なら、それに越した事はないし、もし、貴方が浮気しているなら耐えられない事だけど、まずは止めて貰わないと。
そんな事を考えている時、会社の課の仲間で飲み会をしようと言う事になり、あなたの所に行かなければと思っていたのですが、たまにしか無い飲み会なので断り難く出席する事にしました。
酔いも少し回った頃に、田中課長がわたしの所に来て、「志保さん、このごろ元気が無いようだけど、何かあったの?」
やはり、会社の中で自分では普通にしているつもりでも沈んでいた様です。
「実は、余りに元気が無い様だから、君を励まそうと思って飲み会を開いたんだよ。何か心配事が有るのなら何でも言って来て。僕に出来る事なら相談に乗るから。それも上司の仕事の内だからね。」
飲んでいても何時もと変わらぬ紳士的態度の優しさに、気持の沈んでいた私は凄く嬉しく感じました。
次の日に、貴方の所に行こうと思っていたのですが、前日飲み過ぎていたので頭が痛く行く事が出来ませんでした。
週明け仕事が終ると、課長が声を掛けて来ました。
「どう?少しは元気が出たかな?一寸だけお茶でも飲みに行こうか。」
会社の中ではエリートで、また人望の厚い課長に誘ってもらって嬉しく感じたわたしは、二つ返事で誘いに乗りました。
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