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誤解の代償
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そう言うとテーブルに泣き伏してしまい、手が付けられません。今は何を言っても駄目でしょう。


「泣いていったて、何の解決にもならないぞ。」

私はそう言って、また娘の部屋に戻りました。

--------------------

夕方にと言って於いたのに、田中夫婦は早めの時間にやって来ました。

男の方は、ソファーに腰掛けようとしたのですが、それを奥さんが制して床に二人で正座しました。

「この度は、主人がとんでもない事を致しまして、真に申し訳御座いませんでした。」

奥さんは、床に頭を付けて謝りましたが、男の方は軽く頭を下げただけです。

その事に気付いた奥さんは、

「何をしているの。ちゃんと謝りなさい。私まで恥を掻くのよ。」

それを聞いて、男は慌てて頭を床に付けました。

「奥さん、どうか頭を上げて下さい。それから、そんな所に座らずに此方にどうぞ。家のも同罪ですから。」

妻も少し離れた所に俯きながら正座しています。


「いいえ、とんでも有りません。ここで充分です。

この度お伺いさせて頂いたのは、ご主人様にお願いが有って参りました。

家の主人がこんな事しておいて、大変申しずらいのですが、今宅の方は、もうご存知とは思いますが別居しております。

恥ずかしい話、私は勤めを持たないもので、この人から生活費を預かっております。

その事なのですが、ご主人様が この人の会社に行かれると、このご時世ですから最悪職を失ってしまいます。

自業自得ですから、この人には その方が薬になって良いのかも知れませんが、その・・・、私の生活費が心配になってしまいます。

子供も丁度お金が掛かる時でも有りますし、そこの所は何卒ご容赦願えないでしょうか。

その代わりと言っては何ですが、私は奥様に慰謝料の請求は致しません。」

何を勝手な事を言っているのかと思いましたが、決して綺麗な訳では有りませんが、清楚な感じの奥さんが、必死で頼み込む姿に、此処にも夫婦の割り切れない遣る瀬無さが有る様です。


「お気持ちは分かりますが、このまま二人を同じ職場に置く訳には行きません。

家の妻もこの歳迄働いて来て、大した理由も無く辞めさせて貰えるとも思えません。

もし了承されても、引継ぎ等である程度は会社に出なければならないと思います。その事を黙って見ている訳には行きません。

大変失礼なのですが、一つ聞いても宜しいでしょうか?」


「はい、構いませんが・・・」


「奥さんは、これから どうするおつもりなのでしょうか?またやり直されるおつもりですか?」


「・・・今は分かりません。でも、もう駄目かとも思います・・」


「それならば、今迄蓄えてきた財産と、家の奴からの慰謝料で何とかならないのでしょうか?もし、勤めるおつもりが有るのでしたら、私が紹介させて頂いても構いませんが。それで何とかならないでしょうか?」


その時、妻と男が同時に私の顔を見ました。私が気持ちを変えないからなのか、何かを企んでいるとでも思ったのか、私の知る所では有りません。


「そうして頂けると何とかやって行けると思います。

ただ・・・、本当の事を言いますと、この人とは長く生活して参りましたから、やはり情が無い訳では有りません。

今仕事を取り上げられてしまうと、この歳ですから再就職と言っても なかなか無いのではないかと存じます。そう思うと何故か不憫で・・・。

勝手な事をお願いしているのは重々承知しておりますが・・・・」


やはり愛情が有るのでしょう。長年夫婦でいた訳ですから、こんな男にでも その気持ち有るのは当然なのだと思います。


「私も奥さんのお話を聞いていて少し考えてみようと思いまが、ご期待に答えられるかどうか気持ちを整理しないと分かりません。

ただ、お宅のご主人に慰謝料は請求させて頂きます。

その為にも仕事は持っていて貰わないといけない訳ですし・・・。良く考えさせて頂きます。

それから、謝ってばかり居られますが、奥さんも家の奴に言いたい事が沢山有るかと存じます。どうか気兼ねしないで言ってやって下さい。」


妻は、頭を深く下げているだけで、何も言いません。

「いいえ、私から奥様に言う事は有りません。

ただ、人間って理性を持つ生き物なのに、どうしてこんな事をするのかと思います。

発覚した時の事を思うと、自制心が少し位は有っても良い筈です。特に女性には。」


奥さんの妻に対する、精一杯の嫌味だと感じました。

妻と男は1度も目を合わせる事も無く、ただうな垂れているだけで、親に叱られている子供の様でした。

一時の快楽に溺れた罰なのですから、当たり前なのですが、良い歳をして こんな姿は恥ずかしいものです。

私はこんな惨めな姿は、晒したくないものだと自分自身を戒めました。

田中の奥さんは、“明日にでも連絡を欲しい”と言い電話番号をメモして立ち上がりました。


田中達が帰った後、妻の会社に乗り込むかどうか、色々考えましたが、結論は出せませんでした。

妻は俯いたまま、私が動く度にビクビクしています。

「何をビクツイテいるんだ。見ていると苛つくから、何処かに行ってろ。そのまま帰って来なくても良いぞ。」

そう言っても妻は動きません。

「他所の奥さんの前で、あんな見っともない姿晒して恥ずかしいとは思わないのか?お前は おかげで俺まで いい恥さらしだ。」

言ってるうちに、どんどん口調が激しくなって行きます。

「ごめんね、・・・ごめんね、もう裏切らないから許して。」

妻は またすすり泣き始めました。

「何を泣いているんだ。うっとうしい。もう裏切ら無いって、1回裏切れば何度でも同じだ。頼むから出て行ってくれ。」

それでも妻は動かないので、私は娘の部屋に戻りました。。
今後の事を、話し合うつもりでいたのに、どうしても妻の顔を見ると腹が立って冷静でいられません。

--------------------

「志保その顔どうしたの?まさかあんた・・」

娘の部屋で横に成っていると、妻の腫れた顔を見て驚いた様な美幸さんの声が聞こえて来ました。

階段を降りて行くと、佐野と美幸さんが呆然とした表情で私を見ています。

「やあ、来てくれたのか。中に入れよ。」

私は佐野夫婦を中に招き入れましたが、今日は静かに時の流れに任せていたかったと言うのが、正直な気持ちでした。

佐野はソファーに座ると、おもむろに煙草に火を点け、

「何か有ったのか?お前が殴ったのか?」

「・・・・・・・・」


「おい、何が有った?」

私は妻に手を上げた事が有りません。その妻の顔があれ程腫れあがっています。何も無かったとは言えません。

私は言葉が出ず、佐野も何を言って良いのか分からない様で、無言の時間が続きました。

美幸さんはキッチンで、妻をいたわる様に何か話をしていますが、妻は泣いているばかりです。

「なあ、どうした?まさかだよな?」

佐野がポツリと言いました。

「・・・・佐野、・・・俺・・俺・・」

私は佐野の言葉を聞いた瞬間、涙が出そうに成り言葉が詰まりました。

長年付き合って来た友人は、全てを悟った様です。私の肩に手を置きました。

「そうなのか?」

佐野はキッチンに行き、妻と美幸さんに声を掛けました。

「志保ちゃん、何が有ったのか詳しくは分からないが、俺達に出来る事は無いのかい?こいつに言えない事でも美幸には話せ無いか?美幸、二人だけで話を聞いてやれ。」

二人は2階に上がって行きました。

「なあ、大体の事は想像が付くよ。これから如何する?」

「・・・・別れようと思っている。」

「そうか。お前は頑固だから俺が何を言っても駄目だろう。でもな、別れるのは何時でも出来るぞ。

お前達も、夫婦としての歴史が長いだろう。後から後悔する様な事は無いのか?

お前の気持ちは分かる。俺だってお前の立場なら そう思うだろう。

それでも冷静に成るまで結論は急がない方が良いと思うぞ。」


その通りなのでしょう。一時の感情に任せて結論を急げば、後から後悔するのは私なのかも知れません。

でも、その時の気持ちは、余りにも余裕の無いものでした。


暫らくして、妻達が戻って来ましたが、美幸さんも泣いていました。


「志保から色々聞きました。今回の事は、志保が悪いと思う。でもね、誤解も有った訳でしょう。

私達も志保の相談に乗ってあげられなかった。このまま別れられたら、私も責任を感じるの。

もう1度考え直してくれないかしら。来月帰って来る迄で良いから考えて。お願いします!」

美幸さんは妻を促し二人で深々と頭を下げました。

「俺も その方が良いと思うよ。」


3人の考えが一致した様です。

確かに私の心の中にも怒りから来る歯止めの効かない感情を、どうにかしなけえればと言う気持ちが無かった訳では有りません。

しかし、このまま許す事も含めて考えると言えば、振り上げた手の置き場が有りません。自分でも如何したら良いのか分からなく成って来ていました。


「志保ちゃん、こいつと一緒に行って出来る事は何でもしなければ。辛い事だけしか無いと思うけれど、それは仕様がないさ。出来るよね?」


>>次のページへ続く
 
 


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