それからの記憶はあまりない。
泣いているときに誰かがきて、ひたすら俺を慰めてくれた。やさしい老人だった。
近くのベンチに俺を連れて行き、座らせる。
老人「話せば落ち着く」
おじいさんはそういって俺が何故悲しんでいるのか聞いてくれた。
綾子を想い続けた俺の狂った人生を全て聞いてくれた。
すべて話し終わって、おじいさんはやさしく笑って俺に言葉を放つ。
老人「綾子っていう娘さん、幸せじゃよ」
たったそれだけの言葉だった。
何時間も話して、老人が言ったのはそれだけ。
それだけなのに、俺には十分すぎた。
少しでも綾子の為になれたのかもしれない。俺は。
自分では気付くことができなかった、ちょっとしたこと。
ずっと一人で苦しんでいた男にはわかるはずもない他人の気持ち。
半年振りに、生き返ったような気分になった。
おじいさんも1年前に最愛の人をなくしたらしい。すごく悲しんだ。
毎日一緒にいた人がいなくなるということがどういうことなのか、教えてくれた。
それでもおじいさんは生き続けると語る。
死後の世界でもし会えたなら、少しでも長く生きた分、思い出話を聞かせてやれる。
だから長生きするのだと。
人生の大先輩はそれを伝えると、そろそろ帰ると言って重い腰を上げた。
老人「若いの、失ってからが人生の本番。取り返すも内に秘めるも自由」
難しい言葉を残して、おじいさんは去っていった。
結果として、俺は生きている。
俺は内に秘めていこうと思う。
誰も知らない。
本人も知らないままで終わったくだらない俺の恋愛。
日本社会はいかに傷ついて倒れていようと、病んでとまっていても容赦はなかった。
半年間なにもしなかった分のつけが回ってくる。
就職しようにも仕事がみつからず、貯金だって残っていない。
あるのは人と人のつながりだけだった。