6歳の娘がクリスマスにサンタに宛てた手紙を覗いてみたら
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106 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:31:16 ID:aTY(主)
231:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/09(月) 21:20:57.46 ID:HsUpbwWO0
年齢別、無職息子への親の態度
10代→あんた暇ならバイトでもしなさいよ
20代→そろそろ就職したら?
30代→本当に就職しなさいよ どんな仕事でもいいから
40代→お願い バイトでもいいから働いて家計の負担を減らして
50代→大丈夫かい?年金少なくてごめんね…お小遣いあげたいけど…
60代→財産残してあげられなくてごめんね
107 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:34:22 ID:aTY(主)
284:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/09(月) 21:51:13.69 ID:zqDMfwDe0
ずっと昔見た新聞のコラムに載っていた。
目の不自由な祖父、祖母と、生活保護をもらいながら住んでいる女子中学生がいて、二人の面倒を全部見てたが、ある日 生活保護のお金を引ったくりされた。
これが地方ニュースになって、カンパが集まった。
役所は、そのカンパが臨時収入だからと言って、生活保護を打ち切った。
カンパの何十万円かなんて すぐになくなって、その子は役所に相談に来たけれど、役所は臨時収入があったから再開できないと伝えた。
何度か役所に姿を見せたのは確かだが、その度に追い返したようであった。
生活保護を再開してもらえなかったことは、祖父母に言えなかった。
心配をかけたくなかったのか、どんな心境かは今となってはわからない。
目の見えない祖父母にはちゃんとオカズを作って食べさせながら、その子はずっと、自分は塩とご飯だけ食べていたらしい。
ある時、祖父母がそれに気が付いて、どうして自分だけそんな食事をしてるのか問いただした。
その子は笑ってごまかした、その夜、首を吊った。
108 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:35:00 ID:aTY(主)
231:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/09(月) 21:20:57.46 ID:HsUpbwWO0
年齢別、無職息子への親の態度
10代→あんた暇ならバイトでもしなさいよ
20代→そろそろ就職したら?
30代→本当に就職しなさいよ どんな仕事でもいいから
40代→お願い バイトでもいいから働いて家計の負担を減らして
50代→大丈夫かい?年金少なくてごめんね…お小遣いあげたいけど…
60代→財産残してあげられなくてごめんね
107 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:34:22 ID:aTY(主)
284:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/09(月) 21:51:13.69 ID:zqDMfwDe0
ずっと昔見た新聞のコラムに載っていた。
目の不自由な祖父、祖母と、生活保護をもらいながら住んでいる女子中学生がいて、二人の面倒を全部見てたが、ある日 生活保護のお金を引ったくりされた。
これが地方ニュースになって、カンパが集まった。
役所は、そのカンパが臨時収入だからと言って、生活保護を打ち切った。
カンパの何十万円かなんて すぐになくなって、その子は役所に相談に来たけれど、役所は臨時収入があったから再開できないと伝えた。
何度か役所に姿を見せたのは確かだが、その度に追い返したようであった。
生活保護を再開してもらえなかったことは、祖父母に言えなかった。
心配をかけたくなかったのか、どんな心境かは今となってはわからない。
目の見えない祖父母にはちゃんとオカズを作って食べさせながら、その子はずっと、自分は塩とご飯だけ食べていたらしい。
ある時、祖父母がそれに気が付いて、どうして自分だけそんな食事をしてるのか問いただした。
その子は笑ってごまかした、その夜、首を吊った。
108 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:35:00 ID:aTY(主)
28:名無しさん@お腹いっぱい。 2000/12/20(水) 17:01
3年前の話。当時、金融屋をやっていたんだけど<裏金>
その年の夏。
いつものように追い込みかけに行ったら、親はとっくに消えていたんだけど子供が2人置いてかれてた。
5歳と3歳。<上は男の子、下は女の子
俺はまだペーペーで、周りの兄さんらと違って顔も怖くなかったらしく
家に行ったとき すぐに下の子になつかれた。
ボロボロの服で風呂にも入ってなくて、「いつから親はいないんだ?」って聞いても答えない。
「何食ってたんだ?」って聞いたら、上の子は下をむいて泣いた。
下の子が「こっち」って手を引いて裏庭に俺をつれていった。
破れた金網を通ってでたところは、小学校の裏庭だった。
「あのね、みーちゃんこれ食べたの」って池を指す。
嫌な予感がした。
だってさ、その池って金魚がウヨウヨ泳いでるんだよ・・・。
2人を抱きかかえて家に戻ると、テーブルに小さいボウルと茶碗。
「お前ら・・・金魚食ってたのか・・・」って聞いたら
「・・・うん」
すっげーやるせなくて涙がでて、俺もその場にいた兄さんらも泣いた。
すぐに兄さんが たくさん食べ物と洋服を買ってきた。
近くの銭湯で体を洗ってやった。
その後、俺らじゃ どうしようもないから施設に連絡をいれた。
連れていかれる時に「お兄ちゃんありがとう」っていってた。
・・・全然ありがとうじゃねーよ・・・俺たちがお前らの親を追いつめたのに。
俺を含めて何人かは、この後 仕事を抜けた。
ただ、救われたのは、こいつらの親がきちんと出てきた事だった。
115 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:41:23 ID:aTY(主)
557: 2006/06/25 12:10:12 aGTTxGtq
もう何年も前になる。
中学生の弟が鏡の前で一人で笑ってるのを見掛け、吹き出しかけた。
服や髪に気を遣いだし、彼女が出来たと喜んでた時期だった。
だから、今度は笑顔を作る練習でも始めたのか?と考えた。
9つ離れてるから弟が生まれる前から知っていて、あの赤ん坊が大きくなったもんだと、兄貴面して見なかったことにしてやった。
その後も そういう姿を幾度か見掛けた。
どれだけ経ってか、弟と喋るうちにやっと理由が分かった。
前に法事で親戚が集まったときに、みんな口を揃えて「○○(弟)は笑ったらお父さんにそっくり!」って言ってたんだよ。
俺から見ても、確かによく似てる。
父が死んだのは弟がまだ幼いときで、弟は父の顔を憶えていない。
父は写真を撮られるのが苦手だったから、笑顔の写真が一枚もない。
弟は普段、誰かが父の話をしても、大して興味なさげにしてるだけだった。
だから、記憶に残ってなきゃ こんなもんかと寂しく感じたこともあった。
でも、そんなわけないんだよな。弟は、ああやって父に会ってたのか
と思うと、なぜか弟に申しわけなくなった。
116 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:43:40 ID:aTY(主)
271 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/06/24(土) 09:54:16 ID:Zey0C+zO
小学生のころ「研究発表会」というのがあった
そのシステムが最悪で1人1人みんなの前で発表なんて生ぬるいものじゃなく 発表を聞きたい人のところへ行く、というものだった。
しかも授業参観日に
私は後半発表組で前半は仲のいい友達のところへ行って発表を聞いた
そして後半、何人くらい集まるだろうと期待していたが私のまわりには誰も集まらなかったorz
来たのはお母さんだけ・・・
面白い発表をして人気者になろうと研究を紙芝居にまとめて一生懸命絵をかいたのに・・
そんなことを思いながら教室の隅でお母さん1人相手に紙芝居を始めたんだけど
私は恥ずかしいやら情けないやらで発表の途中で泣き出してしまった。
もうグダグダになりながら一応最後まで読み終わると お母さんが
「すっっごいおもしろかったよ!○子はやっぱり天才だね!」と言ってくれた。
あっヤバイ泣けてきた・・・
118 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:46:30 ID:aTY(主)
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/09(月) 19:00:05.24 ID:HsUpbwWO0
俺は高校の時、DQN4人組に ずっと悪質ないじめを受けていた。
チ◯ポの写メとられたり、殴られたり、クラスの前でからかわれたり
机に悪口を掘られて、そこに修正液を流し込んで、悪口を消えなくしたり
牛乳パックを投げつけられたり、本当にいろいろされて死にたかった。
俺はそれがトラウマで高校はなんとか卒業したが、大学には通えなくなった。
今は底辺ニートやってるよ。
去年、急に俺のところに高校の同窓会の連絡が来たんだ。
いままで、一回も呼ばれたことなかったのにな。
俺は24歳ニートだったから もちろん断ろうとおもったよ。
でも、しつこく誘おうとしてる奴がDQN4人組の一人だと知った。
俺は同窓会に出ることに決めた。
同窓会が盛り上がってる最中に俺に人生狂わした4人のだれかをぶん殴って それで出て行こうと思った。
で、同窓会なんだけど最悪だった。あいつら4人は本当に最低だった。
あいつら4人は同窓会遅れていった俺の近づいて来て、いきなり誤り始めた。
「昔、いじめて本当にごめん。ずっと反省してたんだ。一度、いじめた俺たち四人全員で誤りたかったんだ」と言って、真剣に俺に謝ってくる。
同窓会終った後に、更に俺を呼び出して 「お前の傷が治るかわからないけど、本当に許してくれ」とDQNリーダーは土下座までしてきた。
DQNの二人は旧帝卒のエリートになっていて、残り二人もしっかりした仕事に就職した立派な社会人になっていた。
俺は悔しかった。DQN4人は最後まで極悪のDQN4人でいてほしかった。
なのに、会ってみると、人のできた立派な人間になっていた。社会的立場も良好だった。
逆に、俺は高校卒業からずっとニート、更にずっとお前らを憎んできて、人間性なんて形成されずに止まってる。
社会性なんて身につきもしなかった。
俺の憎しみは対象を失って自分に帰ってきた。
同窓会の日はすごく死にたくなった一日だった。
119 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:47:04 ID:aTY(主)
62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/09(月) 19:08:20.40 ID:HsUpbwWO0
今を生きるエキスパート〜あなたの中の自信〜
あなたは父親の精子と母親の卵子で作られました
精子は億単位の中のナンバーワンです
人生を歩むというゴールを目指し
多くのライバルが卵子を目掛け競争しました
しかし、たったひとつの精子だけしかゴールを許されません
たとえ卵子にたどり着いても すでにゴールをしている精子にしか人生を歩むという賞品を与えられないのです
考えてみてください
あなたのご先祖様も あなたと同じように作られました
それを何世代も繰り返してあなたが今、子孫としてこの世にいるのです
気づきましたか?あなたの遺伝子は歴代チャンピオンの精子で作られているのです
とても強く、最後まであきらめず、困難を乗り越えて
ほかのライバルよりも一番に卵子にたどり着いたチャンピオン達の遺伝子を持っているのです
あなたは生まれながらにして一番名誉な自信を持っています
もしあなたが心折れそうな時は私の言葉を思い出してみてください
あなたは生まれながらにして自信を持っているということを
120 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)13:50:49 ID:aTY(主)
660 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:2006/05/21(日) 01:31:07 ID:3uUOFCZH0
武道一筋で風邪一つひいたことがないことが自慢だった爺ちゃん。
頑固一徹で「士たるもの文武両道であるべし」と結婚を申し込みに来た父ちゃんを その場で強制的に入門させて「黒帯取るまで結婚は認めない」と言い放った爺ちゃん。
もやしっ子だった父ちゃんに5年かけて黒帯取らせた爺ちゃん。
俺が生まれたときには徹夜で道場に篭もっての瞑想から俺の名前を考えてくれた爺ちゃん。
俺が物心ついたときから空手の手ほどきをしてくれた爺ちゃん。
ヤンチャした俺が空手の技で人を怪我させた時に足腰立たなくなるまでぶん殴ってくれた爺ちゃん。
癌を宣告されたときも「人に負けたことは数知れぬが、病に負けたことは一度もない」と笑い飛ばした爺ちゃん。
壮絶に苦しいはずの癌治療の時も家族の誰が見舞いに行っても笑顔で迎えてくれた爺ちゃん。
「痛い」や「苦しい」なんて言葉は最後まで口にしなかった爺ちゃん。
家族に当てた最後の手紙には大きく太い文字でたった一言 「押忍」
爺ちゃん お疲れ様でした。
138 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)15:41:09 ID:aTY(主)
430 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/07/12(水) 23:48:51 ID:NVIenhLa
うちは親が共働きなので、小さい頃は よく弟と一緒に祖父母の家に預けられていた。
3つ年下の弟は身体が弱くて喘息持ちだったからあまり外に出られなくて いつも縁側で祖父と将棋を打っていた。
すごくお爺ちゃん子で、お爺ちゃんも弟を溺愛していた。
内向的でおとなしい弟が、将棋を打つ時だけは「これでいいの?」「どうしてそう打つの?」と にこにこ笑いながら祖父に質問をする、それを見る度に私はほのぼのしていた。
ある日 祖父が脳梗塞で倒れた。病院に担ぎ込まれてそのまま入院してしまった祖父を弟はずっと待っていた。
早くお爺ちゃんと将棋を打ちたいって、毎日楽しみに待っていた。
けれど、ようやく帰って来た祖父は脳への影響で思考能力が低下し、将棋を打てなくなっていた。
「お爺ちゃんはお病気になってしまったの」。そう言っても弟には意味がわからない。
待ちかねたとばかりに将棋盤を持って駆け寄ってきた弟に戸惑った顔を見せるお爺ちゃん、打ち始めたはいいけどゲームにならない、ただ目茶苦茶に駒を進めるだけだった。
不思議そうに将棋盤を見る弟の横で、私はどう説明していいのか判らずに焦るばかり。
弟は眉を寄せて首を捻る、そんな弟を見て祖父が唸り(祖父は麻痺で喋れなくなっていた)を上げる。
気まずい空気がただよう中、急に弟が笑いながら「そっか、わかった!」と手を叩いた。
「そうくるとは思わなかったなあ、じゃあ僕はこう打つよ!」
にこにこ笑って でたらめに駒を進める弟、お爺ちゃんが駒を進めるたびに
「待った!」とか「やりますな(これは祖父の口真似だった)」と楽しそうに言いながら駒を進めていく。
盤の上は目茶苦茶、ただ適当に駒を動かしているだけ。
一生懸命明るく振舞いながら打ち続ける弟の顔は、何かに耐えるように張り詰めていた。
それを見た瞬間、私は泣き出してしまった。泣き顔を見られたくなくて慌てて庭に逃げた。
その日から弟は祖父と将棋を打たなくなった。でも弟はいつも祖父と一緒だった。
祖父も祖母も5年以上前に亡くなって、家もすっかり取り壊された。
でも、あの日の弟の顔はいつまでも忘れられない。
139 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)15:41:51 ID:aTY(主)
653 名前:名無しさん@そうだドライブへ行こう :02/04/04 21:47 ID:JziiGUvz
ありがとう。ごめんね、もう動けないみたい。自分でもどこが病気か解からないよ。
この前の車検の時、ディーラーの人の話してました。もう古くて部品がないみたい。
最近は初めてあなたに会った時より運転が上手になって、気持ち良く走れました。
私の癖も、全て知っていてくれていた。
いつも週末は砂埃だらけのわたしを洗ってくれて、その後はドライブの日々でしたね。
助手席に乗る人は時々入れ替わりましたね。あの香水がキツイ人、あなたの趣味?
ごめん、実は嫌いだったんだよ。
初めてあなたに会った夜、一緒に駐車場で寝た事。
フロントバンパーをぶつけられた時、泣いてくれた事。
あまり高くはないけどオイルの交換はあなたがしてくれた事。
一晩中調子の悪いところを探し続けてくれた事。
同乗者がいない時、流す音楽はいつも静かな曲だった事。
急いでいても、信号の無い場所、わたろうとしてる人に道を譲る事。
まわりから古いから別のにしろと言われても、拒否し続けてくれた事。
あなたと一晩中走り続けて朝を迎え、空き地で缶コーヒーを飲んだ事。
あなたとの10年は
ほんとうに ありがとう
141 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)15:42:43 ID:aTY(主)
190 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2006/07/14(金) 22:30:22 ID:gQEz9C5W
冬に病院にお見舞いに行った帰り、
駐車場に行く道すがら前を歩いていた母子の会話。
子供は小学校低学年くらいの男の子、母親は30代前半くらい。
子「お母さん、オリオン座って知ってる?」
母「知ってるよ。あそこにある星でしょ?〇〇はよく知ってるね。」(空を指差して)
子「△△ちゃんがおしえてくれた。
あの星って僕とお母さんとお父さんみたいじゃない?」
母「星が三個並んでるから?」
子「そう。星はいつも三個一緒だからさ〜、僕達も三人で一緒だよね。お父さんもまた元気になって三人で暮らせるよね。」
母「…うん」
子「この星を見るたびにさ、これは僕達だって思うんだ。」
母「…」
母親は歩きながら泣いているようだった。
後ろで聞いてる自分もジーンときた。父親が元気になっていればいいなと思う。
142 :名無しさん@おーぷん :2016/01/03(日)15:43:20 ID:aTY(主)
510 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:2006/05/20(土) 05:40:56 ID:xeEhC3a10
今までで強烈に感動したCMドラマ。
アメリカで見たし、何のCMかも忘れたし、一度きりだし、台詞もうろ覚え。でも覚えてる。
舞台はアメリカの老人ホーム。寂しい老人達が、届いた花束を持った看護婦さんに、期待して集まってくる。カードが読まれて、花束が誰宛か判明して、その人だけが喜ぶ。
後はがっかりして部屋に戻る。
ある時、大きな花束が届いて、また老人達が集まってくる。今度は誰宛だろう? と
看護婦さんが、早くカードを読むようにせかされる。彼女がそれを読む。カードには、「大切なあなたにこの花束を贈ります」とか書いてある。期待する老人達の輝く顔。
そして最後の宛名を見て……、看護婦さんは涙目に。
それは、ここの老人達全員からの、看護婦さんへの花束だった……。老人達大喝采!
自分の中で、これを抜くドラマCM未だなし。
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