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十年前から電話がかかってきた
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106 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:53:03.89 ID:+f+v9oqV.net
「どうしました? 声、暗いですよ。怖いんですか?」

ふざけたふりをして彼女が聞いてくる。

「うん、怖いよ。君もだろ?」

「そうですね、怖いです」

わかってる、お互い怖いんだ。

断られたら、気まずくなったら、覚悟は決まっててもやっぱり怖いものは怖い。



107 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:53:19.34 ID:+f+v9oqV.net
「そう、怖いです…… 一人だったら多分決心できなかったと思います。でも、あなたがいたから、あなたが一緒だから、だから大丈夫です」

彼女はしっかりした声でそう言った。

いや、言ってくれた。

そして それは俺も……



108 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:53:36.60 ID:+f+v9oqV.net
「ああ、俺も一緒だ。君がいたから、君のおかげで決められた。本当にありがとう」

そうだ、彼女だから俺は前に進もうと思った。

彼女じゃなきゃ多分ダメだった。

だから、これは本心。

ただ、心からの感謝。

他意は、ない。



109 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:54:10.08 ID:+f+v9oqV.net
「なんか照れますね。でも、私もです。ありがとうございます」

一人じゃないから、二人だから、だから前に進める。それはきっと、とても尊いことなんだろう。




110 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:54:27.10 ID:+f+v9oqV.net
「そうだ、こういうとき何て言うかわかりますか?」

そろそろ電話を切ろうかという雰囲気になったとき、彼女が聞いてきた。



111 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:54:43.56 ID:+f+v9oqV.net
「ああ、わかるよ、多分」

うん、何となくわかる。

かといってそれを恥ずかしげもなく、平気で言えるほど俺の心は強くないわけだけど。

まあ、でも彼女だからいいか。

俺たちの勝負前夜には この言葉が一番なんだろうしな。



112 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:55:06.27 ID:+f+v9oqV.net
「そうですか、じゃあ」

彼女のこの声を合図に二つの声が重なった。

「健闘を祈る」

そうして電話が切られた。



113 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:55:24.03 ID:+f+v9oqV.net


眠れない。

電話を切ってから かなり経ったけど一向に眠れる気がしなかった。

やっぱり不安なんだろうか?



114 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:55:39.66 ID:+f+v9oqV.net
気分転換に外の空気を吸いに出ることにした。

夜の街はとても静かで、今のぐちゃぐちゃした気持ちを全部受け入れてくれるような気分だ。

草木も眠る丑三つ時って言うけどさ、本当に幽霊でも出そうなくらい静かで真っ暗だよ。

まあ、今は幽霊でもいいから出てきて、話し相手になって欲しいけどな。

いや、本当に話したいのは……



115 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:56:23.03 ID:+f+v9oqV.net
俺の思考を遮るように、違うな、心を見透かすかのように携帯が鳴った。

彼女からだ。

俺はこの電話に出ていいんだろうか?

もし出たら……



116 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:56:41.50 ID:+f+v9oqV.net
結局出ることにした。

出るしかなかった。

そうだ、仕方がないんだ。

何を悩むことがある。

ただ電話に出るだけだ。

それだけだ……



117 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:56:59.93 ID:+f+v9oqV.net
「どうした? また幽霊でもでたの――」

茶化そうとして口を止める。

どうもおかしい。

電話の奥からすすり泣くような声が聞こえてききた。




118 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:57:32.28 ID:9FeM9uJP.net
「おい、どうした? 今どこにいるんだ?」

「……う……み」

彼女は この夜の街に消え入ってしまうんじゃないかと思うほど、小さな声を出した。



119 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:57:53.75 ID:9FeM9uJP.net
ここら辺で海といったらあそこしかない。

俺は もう走っていた。

何も考えずに ただ走っていた。



120 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:58:14.66 ID:9FeM9uJP.net
何をやってるんだろう、俺は。

たとえついたって彼女は そこにはいないんだ。

もっとずっと遠くにいる。

絶対に超えられない時間の壁の向こうにいる。

走る意味なんかないんだ。

それなのに、それなのに俺は走っている。

何をしてるんだ。



121 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:58:33.76 ID:9FeM9uJP.net
結局、俺は走るしかなかった。

夜の街に俺の足音だけが響いた。



122 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:01:05.58 ID:lhRyNcnF.net


夜の海もまた静かで、波の音だけが聞こえる。

その凛とした静けさは、心地よさと同時に恐怖も感じさせた。


「ついたよ、海。何してるんだろうな、ここに来たって君はいないのにさ。だけどさ、綺麗だね、海。それだけで、来て良かったかも」

「私の……お気に入りの場所です……」

彼女は涙交じりで、途切れ途切れの声を出した。



123 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:01:45.44 ID:lhRyNcnF.net
「俺、夜の海って初めてなんだ。なんかいいよな、上手く言えないけどさ。なんかいい」

「なんですか……それ」

彼女はクスッという小さい笑みをこぼした。



124 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:02:07.03 ID:lhRyNcnF.net
「……聞かないんですか?……何があったか」

少しの沈黙の後、彼女はまた、吐息のような声で聞いてきた。

「いいよ、別に。でも、話していいと思ったなら話して欲しい。無理だったらいいんだ。俺はいつまでも待つよ」

少しして彼女の泣く声がまた聞こえた。

さっきよりずっと大きく、隠す気は一切ないような泣き声が。

俺は その声が止むまでただ待った。

ひたすら待ち続けた。

なんて言ったら かっこいいかもしれないけどさ、本当は何もできなかったって言った方が正しいんだ。

待つことしかできなかった、ってさ。




>>次のページへ続く
 
カテゴリー:読み物  |  タグ:青春,
 


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