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十年前から電話がかかってきた
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114 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:55:39.66 ID:+f+v9oqV.net
気分転換に外の空気を吸いに出ることにした。

夜の街はとても静かで、今のぐちゃぐちゃした気持ちを全部受け入れてくれるような気分だ。

草木も眠る丑三つ時って言うけどさ、本当に幽霊でも出そうなくらい静かで真っ暗だよ。

まあ、今は幽霊でもいいから出てきて、話し相手になって欲しいけどな。

いや、本当に話したいのは……


115 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:56:23.03 ID:+f+v9oqV.net
俺の思考を遮るように、違うな、心を見透かすかのように携帯が鳴った。

彼女からだ。

俺はこの電話に出ていいんだろうか?

もし出たら……


116 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:56:41.50 ID:+f+v9oqV.net
結局出ることにした。

出るしかなかった。

そうだ、仕方がないんだ。

何を悩むことがある。

ただ電話に出るだけだ。

それだけだ……


117 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:56:59.93 ID:+f+v9oqV.net
「どうした? また幽霊でもでたの――」

茶化そうとして口を止める。

どうもおかしい。

電話の奥からすすり泣くような声が聞こえてききた。




118 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:57:32.28 ID:9FeM9uJP.net
「おい、どうした? 今どこにいるんだ?」

「……う……み」

彼女は この夜の街に消え入ってしまうんじゃないかと思うほど、小さな声を出した。


119 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:57:53.75 ID:9FeM9uJP.net
ここら辺で海といったらあそこしかない。

俺は もう走っていた。

何も考えずに ただ走っていた。


120 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:58:14.66 ID:9FeM9uJP.net
何をやってるんだろう、俺は。

たとえついたって彼女は そこにはいないんだ。

もっとずっと遠くにいる。

絶対に超えられない時間の壁の向こうにいる。

走る意味なんかないんだ。

それなのに、それなのに俺は走っている。

何をしてるんだ。


121 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 22:58:33.76 ID:9FeM9uJP.net
結局、俺は走るしかなかった。

夜の街に俺の足音だけが響いた。


122 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:01:05.58 ID:lhRyNcnF.net


夜の海もまた静かで、波の音だけが聞こえる。

その凛とした静けさは、心地よさと同時に恐怖も感じさせた。


「ついたよ、海。何してるんだろうな、ここに来たって君はいないのにさ。だけどさ、綺麗だね、海。それだけで、来て良かったかも」

「私の……お気に入りの場所です……」

彼女は涙交じりで、途切れ途切れの声を出した。


123 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:01:45.44 ID:lhRyNcnF.net
「俺、夜の海って初めてなんだ。なんかいいよな、上手く言えないけどさ。なんかいい」

「なんですか……それ」

彼女はクスッという小さい笑みをこぼした。


124 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:02:07.03 ID:lhRyNcnF.net
「……聞かないんですか?……何があったか」

少しの沈黙の後、彼女はまた、吐息のような声で聞いてきた。

「いいよ、別に。でも、話していいと思ったなら話して欲しい。無理だったらいいんだ。俺はいつまでも待つよ」

少しして彼女の泣く声がまた聞こえた。

さっきよりずっと大きく、隠す気は一切ないような泣き声が。

俺は その声が止むまでただ待った。

ひたすら待ち続けた。

なんて言ったら かっこいいかもしれないけどさ、本当は何もできなかったって言った方が正しいんだ。

待つことしかできなかった、ってさ。


125 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:02:24.25 ID:lhRyNcnF.net
「私、歌手になりたいんです」

「え?」

泣き止んだ彼女の言葉は、俺の予想を全部壊すほどの予想外の言葉だった。




126 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:02:40.71 ID:lhRyNcnF.net
「歌手って、歌手? 歌を歌う人?」

思わず意味のわからないことを言ってしまった。

「はい、知らないんですか? 歌手」

「知ってるけどさ、少し意外だなと思って」

本当は かなり意外だ。


127 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:03:13.59 ID:lhRyNcnF.net
「だけど、それがどうしたんだ?」

それが泣いてた理由なのか?

よくわからなかった。


128 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:03:36.23 ID:lhRyNcnF.net
「歌手になりたいってまだ誰にも言えてなかったんです。自分にできるかどうかわからないから秘密にしてました。

でも、最近あなたと話しているうちに勇気がでてきて、それで、さっき電話を切った後、初めて親に言ったんです。

歌手になりたいって。

そしたら『現実を見ろ』って言われちゃいました。ありきたりな言葉ですよね。話も聞いてくれませんでした」


129 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:04:13.51 ID:lhRyNcnF.net
「それがすごい悲しくて、どうしていいかわからなくて、気づいたら家を飛び出してました。

それでここに来て、それでも悲しいのは全然変わらなくて、今度はあなたに電話してました。

本当に迷惑ですよね、ごめんなさい」


130 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:04:40.43 ID:lhRyNcnF.net
「でも、あなたに話したらスッキリしました。

本当にありがとうございます。

人に話すとキッパリ諦めがつくものなんですね。

家、帰ります。本当にありがとうございました」

彼女は一人で話して、一人で完結しようとしていた。

そんなのは納得いかない。


131 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:05:02.27 ID:lhRyNcnF.net
「待って! 諦めるの?」

気づいたら声を出していた。

「ええ、結局、最初から無理だったんですよ」

どっかで聞いたようなことを彼女は言う。

「君はそれでいいの?」

「よくないですよ、でもしょうがないんです。好きな人と結ばれる何倍も難しいことなんですよ? 不可能なんですよ」


132 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:05:25.79 ID:lhRyNcnF.net
「たとえそれがどんなに難しくても諦める理由にはならないよ」

何偉そうに言ってるんだろうな。

でも俺にはわかる、彼女の本当の気持ちが聞こえる。

だから俺はこの言葉を使うんだ。


133 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:06:00.37 ID:lhRyNcnF.net
「君が言ったことだ。だけどさ、俺は別に諦める理由なんていくらでもあると思うんだ。難しい、不可能、時間、お金、年齢、それこそ掃いて捨てるほどある」

「だったら――」

「だけどさ、諦めたくない理由だっていっぱいあるんだ。たとえどんなに難しくたって、絶対に諦めたくない理由があるだろ?

俺は諦めなくて良かったと思ってるよ。そして俺が諦めなかったのは君のおかげだ。

君はどうなの? あるんじゃないの? 絶対に諦めたくない理由がさ。そっちの方が諦める理由より大事なんじゃないの?」



>>次のページへ続く
 
カテゴリー:読み物  |  タグ:青春,
 


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