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十年前から電話がかかってきた
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158 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:17:33.64 ID:b4mXH4pv.net
彼女のことを思い出せば勇気が出る、彼女の声は背中を押してくれる。

はずだった。

それなのに、彼女のことを思い出せば出すほど言葉を出せずにいる。


159 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:17:54.99 ID:b4mXH4pv.net
結局、俺が前に進むことはなかった。

「あの、お仕事頑張ってください。俺の髪を切ってくれる人がいなくなると困るんで」

言いたかった言葉を飲み込むと、適当な言葉が代わりに口からでる。

「うん、ありがと。任せといてよ、君の髪はいつでも私がかっこよくしてあげるからさ」

眩しい笑顔が俺に向けられた。

俺は、その顔を見ることができなかった。


160 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:18:29.10 ID:b4mXH4pv.net
「ありがとうございます、それじゃあ」

「バイバイ」

それだけ言うと俺は美咲さんと別れた。

いや、逃げた。あてもなく逃げた。

昨日とは違い、今日の夜の街は俺を否定しているような気がした。


161 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:18:51.48 ID:b4mXH4pv.net


気づくと海にいた。

何をやってるんだ俺は。

その思いだけが頭を駆け巡った。


162 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:20:09.05 ID:b4mXH4pv.net
それから逃げるためなのか、無意識に彼女に電話をかけていた。

誰でもいいから話したかった。

違う、嘘だ。

彼女と話したかったんだ。

それがさらに自分を傷つけるとしても。




163 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:20:26.61 ID:b4mXH4pv.net
コール音が十回を超えても電話は繋がらなかった。

それが彼女が成功したことを意味するなら、俺は喜ばなくちゃいけないはずなんだ。

一緒に前に進もうとした仲間として喜ぶべきなんだ。


164 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:20:41.48 ID:b4mXH4pv.net
それなのに俺の心は怪物に荒らされたようにざわついていた。

彼女が一人だけ成功したからじゃない。

多分これはもっと別の話。

許されないであろう一つの思い。


165 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:21:08.76 ID:b4mXH4pv.net
俺はいつから こんなに性格が悪くなったんだ。自分で自分が嫌になる。なんて言っておけば、まだ大丈夫だと思ってるんだ俺は。

本当は別に嫌になんかなってない。

むしろこの気持ちを正しいものだとさえ思っているのかもしれない。

だから電話をかけようとしているんだ。

そういうところが嫌なんだよ。


166 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:21:28.78 ID:b4mXH4pv.net
ただ、そんな心の怪物はおさまることになる。

十五コール目、彼女の声が耳に響いた。

「はい」

その声を聞いた瞬間俺の心は驚くほどに落ち着いた。


167 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:21:45.28 ID:b4mXH4pv.net
「こんばんは」

「ああ」

彼女は少し泣いているように思えた。

その涙がどっちの涙かはわからなかった。


189 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:19:36.60 ID:3zc+EWgf.net
彼女の告白は成功したのか聞きたいのに、言葉が出なかった。

どんな声で、どんな風に聞けばいいのかわからない。

また怪物が出てきそうだ。


190 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:19:54.86 ID:3zc+EWgf.net
「フラれちゃいました。やっぱりうまくいきませんね」

俺が何も言えないでいると、彼女が精一杯取り繕ったかのような声でそう言った。

それを聞いた瞬間、正直に言うと俺は安心したんだ。

心の底からホッとした。

それは最低な感情で、でも怪物はそんな感情でしか去ってはくれなかった。


191 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:20:27.49 ID:3zc+EWgf.net
「そっか、俺もだよ。本当難しいよな」

何言ってるんだ俺は。告白することすらしなかったくせに。

俺にそんなことを言う資格なんかない、彼女と話す資格なんかないんだ。




192 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:20:43.83 ID:3zc+EWgf.net
「本当ですね。さくらんぼ作戦失敗です」

「そうだな。こういう時、あいつがいてくれると気持ちが軽くなるんだろうな」

「あいつって、前に行ってたタイムカプセルの人ですか?」

「ああ、あいつならなんとかしてくれる気がするんだ」


193 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:21:03.67 ID:3zc+EWgf.net
「そうですか。でも、タイムカプセルって面白そうですよね。私もやってみようかな」

「いいんじゃない。何入れるの?」

「私、日記書いてるんですよ。だから今日のこととか書いて、それを何年かたった時に見て懐かしむんです」

「そっか」


194 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:21:20.83 ID:3zc+EWgf.net
なんでもないような話をひたすら続けた。

お互い会話が途切れないように、ずっと話し続けた。

多分、二人とも分かってたんだと思う。

会話が途切れたら何が起こるかを。


195 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:21:47.42 ID:3zc+EWgf.net
そしてその時が訪れた。

不思議な沈黙。

今まで焦るように話してたのに、急に静寂が場を支配した。

お互いが探り合い、話し始めようとする。


196 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:22:05.66 ID:3zc+EWgf.net
「あのさ」

「あの」

二つの声が重なった。


197 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:22:25.79 ID:3zc+EWgf.net
「あー、ごめん。先どうぞ」

「すみません。そちらからどうぞ」

また重なる。

「いいよ。君から話して」

俺は先に話すのが怖くて逃げた。


198 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:26:02.64 ID:4ZfHDWbX.net
「じゃあ、あの……すみません、私嘘つきました。本当は告白なんかしてません、できませんでした」

なんとなくわかってた。

自分がそうだったからわかるんだ。

あの喋り方、あの雰囲気は前に進めなかった人のものだ。

でも、俺はそれを責めようとは思わない。

いや、責める資格なんかないんだ。

だって俺は、きっと彼女よりもひどい理由で告白ができなかったんだから。


199 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/06/01(水) 19:26:22.70 ID:4ZfHDWbX.net
「うん、ごめん俺も……俺も告白してない。あと一言、一言だせばいいとこで日和ったんだ。怖くなった。本当、ダメだな」

そうだ、本当に俺はダメなんだ。

彼女に先に話させて、安心してから自分も話す。

そして その話した内容すら嘘なんだ。

本当はそんな理由なんかじゃない。

でも、それを言おうともしないんだ。

本当にずるい。



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カテゴリー:読み物  |  タグ:青春,
 


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