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十年前から電話がかかってきた
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146 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:11:19.99 ID:9FeM9uJP.net
「好きなの? モンパチ」

「昔、嫌なことがあった時、ラジオから『小さな恋の歌』が流れてきたんです。それを聴いてると不安とかが だんだんなくなって、その時思ったんです、私もこんな風に誰かに届く歌を歌いたいって」

「だったらそれは成功したな。今、俺の心に確かに届いた」



147 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:12:34.08 ID:zH3wHCLa.net
「ずるいですよ、なんでそんな嬉しいこと言ってくれるんですか」

「本心だよ。俺は思ったことを言っただけだ」

「そういうところがずるいんですよ。でも、ありがとうございます。なんか歌ったら、悩んでるのがバカらしくなっちゃいました。私は私のやりたいようにやることにします」


ここ何日かで彼女のいろんな声を聞いてきたけど、やっぱり今みたいな明るい声が一番好きだな。

悲しい声をこの声に変える手伝いが少しでもできたなら良かったんだけど。



148 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:12:49.80 ID:zH3wHCLa.net
「じゃあ明日、というより今日ですけど、お互い頑張りましょう。成功を祈ってます」

明日、そうだ明日……

ここまできたんだ、今更気持ちが揺らぐはずないんだ。そう、絶対ないんだ。

だから俺も同じことを言った。「お互い頑張ろう」と。



149 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:13:04.91 ID:zH3wHCLa.net
その後 家に帰って布団に入ると、彼女の歌声が頭について離れなかった。

それが何を意味するのかを考える勇気は俺にはなく、そのうち意識がぼやけて眠りについた。




150 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:13:38.32 ID:zH3wHCLa.net


「あれ、おーい!」

後ろから望んだ声が聞こえたので振り返った。

「やっぱり、君だ。奇遇だね」

美咲さんは少し息を切らして、俺の方まで走ってきた。



151 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:13:55.30 ID:zH3wHCLa.net
告白決行日、彼女のレクチャーの通りストーカーギリギリの『美容室の前で待ち伏せ作戦』を実行した。

結果、見事成功し、今、俺の隣には美咲さんがいる。



152 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:14:11.61 ID:zH3wHCLa.net
「今、帰りですか?」

わかってるくせに、白々しく聞いてみた。なかなかの演技力だと思うよ。

彼女が歌手を目指すなら俺は役者にでもなろうかな。

うん、わりといける気がする。



153 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:15:50.15 ID:b4mXH4pv.net
「そーだよ。君は?」

「俺は、そこのコンビニまでちょっと。でも大変ですね、こんな遅くまで」

今はもう夜の十時くらいだろうか、学生からしてみれば こんな時間まで仕事なのは遅いと感じる。

「うん、店が閉まっても練習とかいろいろあるからね。でも、好きなことやってるんだから、不満はないよ」



154 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:16:11.41 ID:b4mXH4pv.net
「いいですねそういうの。俺は自分がやりたいこととか全然わからないんで」

彼女にしても俺と同じ歳で もう歌手になるという夢がある。

美咲さんだって美容師という夢を叶えている。

それに比べたら俺は、何がしたいかと決まらずにふわふわ生きてるだけだ。

急にそんな自分が嫌になってきた。



155 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:16:31.91 ID:b4mXH4pv.net
「そんなのこれから決めればいいんだよ。まだ時間はいっぱいあるんだからさ」

「そんなもんですかね」

「そんなもんだよ」

あっさりそんな風に言われると、余計自分の将来が不安になるんだけど。

でも、今はそれより大事なことがあった。



156 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:16:52.55 ID:b4mXH4pv.net
それから、他愛もない話をしながら少し歩いて、別れ道に差し掛かった。

「じゃあ、私こっちだから。バイバイ」

「待って!」

その時が近づいてきた。

前に進む時間が。



157 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:17:17.20 ID:b4mXH4pv.net
「どうしたの?」

美咲さんはキョトンとした顔で振り向いた。

「あの……」

なかなか続く言葉が口から出ない。

俺は何を戸惑っているんだろうか。




158 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:17:33.64 ID:b4mXH4pv.net
彼女のことを思い出せば勇気が出る、彼女の声は背中を押してくれる。

はずだった。

それなのに、彼女のことを思い出せば出すほど言葉を出せずにいる。



159 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:17:54.99 ID:b4mXH4pv.net
結局、俺が前に進むことはなかった。

「あの、お仕事頑張ってください。俺の髪を切ってくれる人がいなくなると困るんで」

言いたかった言葉を飲み込むと、適当な言葉が代わりに口からでる。

「うん、ありがと。任せといてよ、君の髪はいつでも私がかっこよくしてあげるからさ」

眩しい笑顔が俺に向けられた。

俺は、その顔を見ることができなかった。



160 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:18:29.10 ID:b4mXH4pv.net
「ありがとうございます、それじゃあ」

「バイバイ」

それだけ言うと俺は美咲さんと別れた。

いや、逃げた。あてもなく逃げた。

昨日とは違い、今日の夜の街は俺を否定しているような気がした。



161 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:18:51.48 ID:b4mXH4pv.net


気づくと海にいた。

何をやってるんだ俺は。

その思いだけが頭を駆け巡った。



162 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:20:09.05 ID:b4mXH4pv.net
それから逃げるためなのか、無意識に彼女に電話をかけていた。

誰でもいいから話したかった。

違う、嘘だ。

彼女と話したかったんだ。

それがさらに自分を傷つけるとしても。



163 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:20:26.61 ID:b4mXH4pv.net
コール音が十回を超えても電話は繋がらなかった。

それが彼女が成功したことを意味するなら、俺は喜ばなくちゃいけないはずなんだ。

一緒に前に進もうとした仲間として喜ぶべきなんだ。



164 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:20:41.48 ID:b4mXH4pv.net
それなのに俺の心は怪物に荒らされたようにざわついていた。

彼女が一人だけ成功したからじゃない。

多分これはもっと別の話。

許されないであろう一つの思い。



165 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2016/05/31(火) 23:21:08.76 ID:b4mXH4pv.net
俺はいつから こんなに性格が悪くなったんだ。自分で自分が嫌になる。なんて言っておけば、まだ大丈夫だと思ってるんだ俺は。

本当は別に嫌になんかなってない。

むしろこの気持ちを正しいものだとさえ思っているのかもしれない。

だから電話をかけようとしているんだ。

そういうところが嫌なんだよ。




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カテゴリー:読み物  |  タグ:青春,
 


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