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俺を拾った女の話を書く
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48 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:01:15.67 ID:AvmYbN9t.net
生ビールとつまみを数種頼み、運ばれたビールで軽く乾杯をしたあと、お互い自己紹介をした。


49 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:01:51.58 ID:AvmYbN9t.net
女の名前は「みどり」と言った。

歳は俺より二つ上で三十路に足を踏み入れるところだと言った。

家から地下鉄でふた駅行ったところのデパートに入っている服屋で雇われ店長をしているとのことだ。

知人に路上で酔い潰れて亡くなったひとがあるしく、放って置けなくて俺を拾ったらしい。


50 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:02:39.44 ID:AvmYbN9t.net
「まあ、悪いひとには見えなかったっていうのもあるけどね。」

少なくとも美人局でないことに、俺は安堵した。


52 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:03:27.27 ID:AvmYbN9t.net
それから、俺も少しずつ自分の話をした。

人付きあいが下手で今も勉強中である事。

仕事が特殊でひと月に4日しかない事もあれば、数ヶ月休みが取れない事があること。

音楽を聴くのが苦手なのに、バンドマンである矛盾を抱えている事。


53 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:04:32.66 ID:AvmYbN9t.net
「えっ?じゃあ何でバンドなんかやってるの?」

みどりは笑いながら聞いた。

「要求が明確だから。」

俺は、答えた。

人付きあいに於いての要求は俺には難解であった。

俺は過去に2人の女の子と交際した事があった。2人とも、性格も容姿も物の好みも全く違っていた。

けれども別れ際に言われた言葉だけは全く同じだった。


54 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:05:20.29 ID:AvmYbN9t.net
「たかお君が何を考えているのか全然分からない。」

それが辛い、と。




55 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:06:06.65 ID:AvmYbN9t.net
ひとに求められる事が俺にとって、一番大切な事だった。

求められることが存在理由を確認できる唯一だった。

求められれば出来る限りのことで返した。

相手が逢いたくなったなら それが夜中でも必ず逢いに行ったし、話したいときには話すがままに、話をじっと聞いた。

欲しいものがあれば お金が許す限り要求されたものを渡したし、相手が望む理想の人間になれるようひたすら努力した。


56 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:07:13.23 ID:AvmYbN9t.net
ただひとつ、致命的に出来なかったこと、

それは自分から、他人に何かを要求する事だった。


57 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:07:45.52 ID:AvmYbN9t.net
けれども、音楽は違った。

バンドのメンバーとして、自分のパートを確実にこなせば必要とされるし、間違っていれば努力の目標をくれた。

それに応える事ができる限り、俺は他人から必要とされる。

それが嬉しかった。


58 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:08:44.96 ID:AvmYbN9t.net
「ふーん、バンドマンねえ。売れてんの?」

みどりは酒が回ってきたのか、少しぞんざいな言い方だった。

「だいたい、30歳過ぎてバンドやってるんだったら、もうある程度の結果が出てないとおかしいだろって話」

みどりは吐き捨てる様に言ってすぐに謝った。


59 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:09:32.28 ID:AvmYbN9t.net
「ごめん、たかお君のことじゃないから、ごめんね」

「いや、別に構わないよ。俺もそう思うし。彼氏がバンドマンなの?」


60 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:10:13.52 ID:AvmYbN9t.net
元彼氏、だけどね。

みどりは言った。

もともと浮気の多い男だったが、今回は本気らしく、突然の別れを告げられたそうだ。

バンドは集客も上がってきていたらしい。


61 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:11:24.17 ID:AvmYbN9t.net
「7年だよ、7年!売れないバンドマンを支えた時間が、7年!たかお、分かるか?」

大分酔いが回っているようだった。口調が少し絡むような感じに変わってきた。

そろそろお開きに、と みどりを促し会計を済ませ部屋まで送っていった。


62 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:12:14.13 ID:AvmYbN9t.net
部屋に入ると みどりは吐いた。やはり飲み過ぎだったのだ。

みどりの吐しゃ物の始末をしていると、みどりは泊まってゆけ、といった。そして介抱しろと。

「それでこそ、五分と五分だ。」といった。

その男らしい言葉遣いに少し笑ってしまった。


63 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:12:59.28 ID:AvmYbN9t.net
俺は近くのコンビニで歯ブラシと替えのパンツ、そしてTシャツを買って部屋に戻ると みどりはローテーブルに突っ伏し眠っていた。

みどりをベッドに移しシャワーを借りて着替えを済ませた。

半日眠っていたせいか少しも眠くならなかった。

みどりは自棄になっているのだろう。


俺は みどりと元彼のことを考えた。

売れないバンドマンか、とひとりごちた。

元彼と俺は歳が違うだけで「売れないバンドマン」であることは同じだった。

彼女は淋しさを埋める必要があるのだろう。

もし彼女が俺で淋しさを埋められるのであれば、必要なだけ側にいよう。


64 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:13:33.48 ID:AvmYbN9t.net
よく眠っているみどりの顔を眺めながら、そう考えていた。


65 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:14:07.64 ID:AvmYbN9t.net
俺は眠れない時間を埋めるべく、今朝諦めた本を手にとってみどりが起きるまで読みふけっていた。



66 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:14:53.09 ID:AvmYbN9t.net
「あ、生きてた」

みどりが目を覚ますと、俺は笑いながら言った。

「特製黒酢ジュース飲む?二日酔いには最適だよ。」

俺は得意げに言った。


67 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:15:33.50 ID:AvmYbN9t.net
ありがとう、そう言う代わりに みどりは俺を抱きしめた。

みどりは俺に口づけをし、彼女の求るがままに俺たちは ひとつになった。


俺たちの交際はこうして始まった。


68 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:16:20.70 ID:AvmYbN9t.net
それから、俺とみどりは同棲生活を送った。

俺は仕事の少ない時期にかかっていたので退屈な時間を彼女の部屋で過ごした。

必要なものを購入して、食事の準備をして みどりの帰りを待った。

初めて居酒屋に行った時にみどりが注文していた料理から好みを推測し、そこから味を組み立てていった。

時には朝に食べたいものをリクエストしてもらい、少しずつみどりの好きなものの傾向を学んでいった。


69 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:16:52.41 ID:AvmYbN9t.net
彼女は いつも喜んでくれた。

調味料が少しずつ増えていった。増えていく調味料を眺めるのが何故だか誇らしく思えた。

食材にかかった費用は頑なに断わった。

俺は彼女に必要とされている事を感じたし、それに応えられる自分が嬉しかった。


70 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:17:56.58 ID:AvmYbN9t.net
食事が終わると いつも2人で借りてきた映画を見た。

映画はみどりが選んだ。彼女が選ぶ映画はどれも面白かった。

普段映画など見ない俺には全て新鮮に映ったし、そんな映画を知っているみどりを凄いとも思っていた。

2人で映画の感想を話したり、たまには酒も飲みにいった。


71 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:19:07.50 ID:AvmYbN9t.net
楽しかった。


72 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:20:10.38 ID:AvmYbN9t.net
こんな生活がずっと続けばいいと、心の底から思った。

彼女の淋しさを埋められたら、何て思っていた自分が恥ずかしく思えた。

必要とされているのかどうかなど、もう、どうでも良かった。

彼女との時間は失う訳にはいかない、大切なものに変わって行った。俺が彼女を必要としていたのだ。


けれども物事は そういつも上手く運ぶわけではなかった。


73 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:21:24.26 ID:AvmYbN9t.net
その日は何の不穏の予感もない、いつもと変わらない普通の日だった。

みどりを仕事に送り、掃除をすませ、買い出しに出かけてひと息ついた時のこと。


Dから電話がかかってきた。恐らく練習の打ち合わせだろう。電話に出ると相変わらず要件を伝えるだけの簡素な内容だった。

今度の音合わせに新曲を持ってくるから、〇〇というバンドの〇〇というアルバムの何曲目を聴いておけ、とのことだった。

俺たちの音楽の意思疎通は いつもこんな感じだった。Dがリズムのイメージを既存の曲で指示をする。

俺はそのイメージにアレンジを加えたものを複数用意してくる。あとは、Dが勝手に気に入ったものを選択して曲に組み込む。

音合わせをして思い描いたものと違えば、また別の曲を聴けと指示をする。


74 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:22:15.12 ID:AvmYbN9t.net
俺は経験からドラマーは主張しない方がバンドはうまく行くことを知っていた。

バンド内の力関係は だいたい曲を作る奴が握っている。

そしてドラマーがアートを主張し始めるとだいたいギターと衝突する。

慢性的な人手不足のドラムというポジションで、ドラマーがバンドを辞めさせられると言うことは、下手くそか、主張が強いかのどちらかだ。


75 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2017/05/21(日) 01:22:54.49 ID:AvmYbN9t.net
俺はDから指定されたアルバムを借りにレンタルショップに行ってみようかと考えたが、みどりの部屋のCDもなかなかの品揃えだ。

もしかしたらあるかも知れない、と普段見向きもしない棚に同じタイトルを探した。



>>次のページへ続く
 
カテゴリー:人生・生活  |  タグ:泣ける話, 修羅場・人間関係,
 

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