ひとに求められる事が俺にとって、一番大切な事だった。
求められることが存在理由を確認できる唯一だった。
求められれば出来る限りのことで返した。
相手が逢いたくなったなら それが夜中でも必ず逢いに行ったし、話したいときには話すがままに、話をじっと聞いた。
欲しいものがあれば お金が許す限り要求されたものを渡したし、相手が望む理想の人間になれるようひたすら努力した。
ただひとつ、致命的に出来なかったこと、
それは自分から、他人に何かを要求する事だった。
けれども、音楽は違った。
バンドのメンバーとして、自分のパートを確実にこなせば必要とされるし、間違っていれば努力の目標をくれた。
それに応える事ができる限り、俺は他人から必要とされる。
それが嬉しかった。
「ふーん、バンドマンねえ。売れてんの?」
みどりは酒が回ってきたのか、少しぞんざいな言い方だった。
「だいたい、30歳過ぎてバンドやってるんだったら、もうある程度の結果が出てないとおかしいだろって話」
みどりは吐き捨てる様に言ってすぐに謝った。
「ごめん、たかお君のことじゃないから、ごめんね」
「いや、別に構わないよ。俺もそう思うし。彼氏がバンドマンなの?」
元彼氏、だけどね。
みどりは言った。
もともと浮気の多い男だったが、今回は本気らしく、突然の別れを告げられたそうだ。
バンドは集客も上がってきていたらしい。
「7年だよ、7年!売れないバンドマンを支えた時間が、7年!たかお、分かるか?」
大分酔いが回っているようだった。口調が少し絡むような感じに変わってきた。
そろそろお開きに、と みどりを促し会計を済ませ部屋まで送っていった。
部屋に入ると みどりは吐いた。やはり飲み過ぎだったのだ。
みどりの吐しゃ物の始末をしていると、みどりは泊まってゆけ、といった。そして介抱しろと。
「それでこそ、五分と五分だ。」といった。
その男らしい言葉遣いに少し笑ってしまった。
俺は近くのコンビニで歯ブラシと替えのパンツ、そしてTシャツを買って部屋に戻ると みどりはローテーブルに突っ伏し眠っていた。
みどりをベッドに移しシャワーを借りて着替えを済ませた。
半日眠っていたせいか少しも眠くならなかった。
みどりは自棄になっているのだろう。
俺は みどりと元彼のことを考えた。
売れないバンドマンか、とひとりごちた。
元彼と俺は歳が違うだけで「売れないバンドマン」であることは同じだった。
彼女は淋しさを埋める必要があるのだろう。
もし彼女が俺で淋しさを埋められるのであれば、必要なだけ側にいよう。
よく眠っているみどりの顔を眺めながら、そう考えていた。
俺は眠れない時間を埋めるべく、今朝諦めた本を手にとってみどりが起きるまで読みふけっていた。