誤解の代償
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ですから、妻が辞めた後から、関係を持ったと言われては、会社的にも処遇に困るでしょうから。
それと慰謝料ですが、妻が仕事を辞めた分の金額を娘が大学を卒業する迄の3年間払って貰います。
それが法律的に妥当なのかどうかは分かりません。
もし異存が有れば、それはそれで構いませんが、それなら会社に行かせて貰います。
妻もその内に仕事を始めるでしょうから、そうなればその分、支払う金額も減らして貰って構いません。
その事は、誓約書にお互い きちっと書きましょう。
それと非常識な辞め方になると思うが、こいつには明日辞表を提出させる。
本来で有れば引継ぎ等色々しなければならないだろう、あんたの口利きで明日で終わりにして貰おう。良いな。」
男は「分かりました。」と家に来て初めて口を利きました。
「良いのね?貴方の責任で処理できるわね?そうさせて頂きます。
私達も離婚するかどうか、もう一度良く話し合う事にしました慰謝料の方もそれで結構です。
小遣いも遣りませんので、何とか出来ると思います。本当に有難う御座いました。」
奥さんの言葉に妻は男に視線を向けたのを、私は見逃しませんでした。
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私は日曜の夕方に家を出て赴任先に戻り、妻も月曜の夜には こちらに来ました。
私は完全に口を利きません。
これからどの様な展開が待ち受けているのかは分かりません。
佐野達の意見を受け入れる形にはなりましたが、それは私の気持ちの中に まだ踏ん切りが付かない部分が有っただけで、その辺の整理が出来れば結論は決まっています。
佐野からの電話も頻繁に入りましたが、私は特別伝える事は有りませんでした。
そんな或る日、また彼女が出張でやって来ました。
「次長、来月はまた同じ職場でご一緒出来ますね。楽しみにしています。今日も何か食事の用意をして上げましょうか?お口に合えばの話ですが。」
「有難う。気持ちが嬉しいよ。この前造ってくれたのは本当に美味しかった。またお願いしたい所なんだけれど、今、家のが来てるんだよ。」
「えっ、奥様が・・・。仕事の方はお休みですか?」
「仕事は辞めたんだ。だからこっちに来てるんだけど・・。君が来てくれるんだったら、あいつは連れて来るんじゃ無かったよ。」」
「何を言ってるのですか。仲の良いご夫婦は本当に羨ましいですわ。私もそんな家庭を造りたかった。奥様は幸せだわ。」
彼女の表情は何時も通り明るく、辛い気持ちでいる私の心が少し和んだのは言うまでも有りませんが、現実に変わりは有りません。
こんな時ですから、私は彼女を女として意識してしまいました。ただ どうなる事も無いのでしょう。
妻とお互いが信じ合えていると思えている時には、それ程意識する事も無かったのですが、今は何か心の寄り所に思えてしまいます。
そんな気持ちでマンションに帰ると、沈んだ表情の妻がいます。
何がこんなに暗くさせるのか、私への贖罪の気持ちからか、今の立場の辛さからなのか、男と逢えないもどかしさなのか知る余地も有りません。
ただ彼女の事が、私の気持ちに余裕を持たせてくれていました。
「貴方、お食事は?」
「要らない。」
私は無愛想に言うと勝手に風呂に入り、外出の用意をしました。
「出かけるんですか?」
「ああ。」
行き先が有る訳で無いのですが、勝手に彼女の事を考えていました。
泊まっているホテルへ電話を入れると、まだ食事前だと言うので一緒に食べる事にしました。
「あら、お一人ですか?奥様は宜しいんですか?」
ホテルの部屋から出て来た彼女は、言葉とは裏腹にウキウキしている様です。
「うん、気にしなくて良いんだ。それより良い店を知っているから行こう。」
店に入ってお酒も進むと、仕事をしている時とは違う彼女がいます。
屈託の無い明るさで色々話してくれて楽しい時間を過せました。
妻とも仕事帰りに待ち合わせて この様な時を良く持ちましたが、これからは2度と無いのかもしれません。その時は、そんな事すら思い出しもしませんでしたが・・・。
ホテルに送って行くと何か言いたそうでしたが、あの男の様に器用でない私は何も出来ませんでした。それで良かったのでしょう。
彼女に その気が有ったのかどうかは分かりませんが、もしそうだとしても関係を持ってしまうと、単に他に逃げ道を求めるだけで その先は見えています。
マンションに帰ると、妻は酔っていました。
「お帰りなさい。どこで飲んで来たの?女の人と一緒だったんでしょう?」
「ああ、そうだよ。何か悪いか?一緒に飲むくらいで、とやかく言われる筋合いは無いだろう?何も疚しい事はしていないしな。お前とは違うよ。」
睨む様な視線を送って来ましたが、それ以上の事は何も言いませんでした。
あの日、以来初めて妻が求めて来ましたが、男との痴態を見てしまった私には、それに答える事等当然出来ません。
「今迄、散々拒んで来て、良くそんな事が出来るな。どんな神経をしてるんだ?信じられねぇよ。」
「辛いの。貴方に嫌われる事をしてしまったし、私が悪いのは分かっているけれど・・・・。でも辛いの。」
そう言うと、妻は自分の部屋に戻って行きました。
たまには優しくと思っても出来る程 時間が癒してはくれていません。
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私生活は相変わらず悶々としたものですが、仕事は私の事情を考慮してはくれません。くたくたになるまで仕事に追われました。その方が余計な事を考え無くても良い唯一の時間です。
そんな私の部下は、たまったものでは無かったでしょうが、彼女だけは何の文句も言わずに付いて来てくれましたが、
「さすがに次長がいると、職場の雰囲気が違いますね。皆ピリピリしちゃっていますよ。私は仕事をしているって実感していますが、他の人達は かなりきつそうです。」
「そうか。自分の事で精一杯で そこまで気が付かなかった。悪い事をしてしまったね。少し気配りが足りなかった。」
「いいえ。そんな事は有りません。」
彼女には、私のそんな行動に、何かを感じている様でした。
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それから まもなくの昼休みに、男の奥さんから電話が掛かって来ました。
「私達正式に離婚する事に致しました。
その事でお電話掛けさせて頂ましたが、主人と別居する理由になった浮気相手は、ご主人の奥様でした。
あの人が離婚する時に全て話してくれました。」
「えっ!それは どう言う事ですか?家の奴とは別居してから関係を持ったのでは無かったですか?」
私は、愕然としました。
これまで妻の言っていた事は、全て嘘だった事になってしまいます。
「あのう、宜しかったら、仕事が終ってからお会い出来ないでしょうか?詳しく聞かせて貰いたいのですが。」
仕事が終ってから、奥さんに指定した喫茶店に向かいました。
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喫茶店に入ると、奥さんは既に来ていました。
「お待たせして申し訳有りません。早々ですが、どう言う事なのか話して貰えるでしょうか。」
「ええ、分かりました。」
奥さんの話では、妻の言っていた不倫の時期よりも、更に4ヶ月前から男と関係を持っていた事になります。
当時、浮気が発覚した時に男は、相手の事は一切口を割らなかったそうです。
それが怒りを大きくしてしまい、別居に迄なってしまったのは、何となく理解出来ます。
「でも今回は、ご主人にばれてから、何か熱病にでも罹った様で、私とまた暮らす様になってからも、気もそぞろで・・・。
離婚は、主人の方から言い出しました。その時に、私に全てを話してくれました。
・・・奥さんの事を愛してしまったから、もうお前とは一緒には暮らせないって・・・。
何かそちらに、ご迷惑の掛かる様な事は、していませんでしょうか?」
「いいえ、私の知る限りでは。何か言ってましたか?それとも、もう何か行動に?」
「何もしていないと思います。あの人、ご主人の事を、恐れている様でしたから。
でも、あの様子では何時まで我慢出来るのか・・・。
その時は、思う様にして下さって結構ですから。」
もう長年生活を共にして来た相手に、未練は無いのでしょうか?私の前に居る女性は本心は分かりませんが、吹っ切れた感じがします。
私も妻と分かれた後に、この様に振舞えるのかどうか。やはり男よりも女の方が、タフなのかも知れません。
「これから、どうなさるのですか?失礼な話、生活費等の方は大丈夫なのですか?」
「それは何とか。家を売ったお金と、今迄の貯えから出してくれるそうですから。
ただ、子供にもお金が掛かりますので、何か仕事を探そうとは思っています。」
「その時に、お役に立てる事が有れば、何でも言って下さい。」
別れ際に、自分の住所と、男の住む事になるマンションの場所を教えてくれました。
奥さんの話に、強いショックを受けましたが、妻には暫らくの間 伏せておく事にしました。
当然次の日に離婚届けを用意しました。
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私は妻の行動に注意深くなりましたが、別に変わった所は有りません。
しかし、男が妻を愛していると言っている以上、何か行動を起こす筈だと言う確信めいたものが有りました。
その日は意外と早くやって来ました。
仕事中 携帯に妻から連絡が有り、
“今日は会社の人と食事をして帰るから遅くなる”と言って来ました。
『やっぱり、思った通りになるのかな?』
あの日以来、何が有っても断っているようで、遅く帰る事は有りませんでした。それが遅くなると言う事は、何か有っても おかしく無いと思いました。
別にショックも受けず、私は打たれ強くなっているのかもしれません。
仕事が終って家に戻り、妻が男のマンションに行ってるとは限りませんが、一応車を出して確かめてみる事にしました。
マンションに着く、と妻の車が停まっています。
この場所を、私が知っている事は、妻も男も知らないと思います。
暫らく車の中で待ちましたが、妻は出て来ません。
私は男の部屋が何処か迄は知りませんし、オートロックのマンションの中には入れず、かと言って、このまま待つのも馬鹿らしくなり、家に帰る事にしました。
妻が戻って来たのは、それから3時間位後でしたが、リビングに入って来ても、私にまともに視線を合わせようとはしませんでした。
「お帰り。楽しんで来たか?」
「ええ、遅くなって御免なさい。急に誘われたものだから、食事の用意もしないで。」
「いや良いんだ。楽しめたなら良かったじゃないか。遠慮する事は無いよ。これからも、誘われたら行くと良いさ。僕は明日早いから もう寝るよ。」
私が立ち上がると、「ありがとう。」と言って浴室に入って行きました。
朝私は、妻に封筒を手渡し、
「これ後で記入しておいてくれ。」
「ええ、何か急ぐものなの?今書きましょうか?」
「急ぐけれど、今じゃなくて良いよ。書いたら携帯に連絡してくれ。」
妻は怪訝そうな表情で見ていましたが、私は急いで玄関を出ました。
その時、「貴方!貴方!ちょっと待って!」
妻の悲鳴の様な声が聞こえましたが、走って その場を離れ、携帯にも妻から呼び出しが有りましたが無視しました。
職場に都合で少し遅れると伝え、私は、男の会社に急ぎました。
会社に着くと受付に男の部所を聞き、待ち合わせているからと嘘を言ってエレベーターに乗り、今日の仕事の準備で慌しい部所に入って行きました。
男は、私に気付いた様で慌てて出て来ましたが、迷わずに上司と思われる机の前に立ちました。
机の上のネームプレートに部長と有ります。
「突然失礼しますが、田中課長の事で、お話が有ります。」
男は、血の気の引いた顔で、私の後ろに立っています。
部長は ただならぬ様子を察知したのか、別室に案内してくれました。
「田中に何か有りましたでしょうか?」
私の名刺を見ながら部長は、前の椅子に恰幅の良い身体を沈めました。
私は田中の書いた念書を見せ、妻と今も続いているであろう事を伝えました。
「・・・そんな事が有ったとは全く気付きませんでした。困った事をしてくれたものだ。
言い訳をするのでは有りませんが、当社は、社内恋愛にも ある程度は厳しい所が有りまして。
それがこんな事を・・・。困った事をしてくれた。
処罰は会社規定と照らし合わせて取らせて頂きます。馬鹿な事をしてくれたものです。
私が責任を持って対処しますので、今日の所はこれでご勘弁願えないでしょうか?」
「宜しくお願い致します。」
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