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僕とオタと姫様の物語
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359 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   sage 投稿日:04/10/11(月) 16:55:53
ホテルの部屋は広くて、ぼくらは その広さをもてあました。

贅沢な調度品。でかいベッド。

そのぜんぶがぼくらには不釣り合いだった。

カーテンを開けると一枚の大きいガラスがあって そこから渋谷の夜景が見渡せた。

渋谷の街は昼間みたいに明るくて、その光が部屋の壁に反射して入り口のドアあたりに深い影をつくってる。


明かりを消したまま部屋の隅に まるまってその暗がりに腰を下ろす彼女。

ぼくは あの綺麗なライオンみたいな女の子を思い出してた。

しなやかな体。俊敏そう。どんな声だったかは もうわからない。

彼女は何も言わなかった。ただ ぼくにしがみついて震えていた。


彼女の髪にぶらさがった銀色の髪飾り。

それは よく見ると安っぽい一枚のブリキのような金属でインドの象の神様が切り絵みたいに刻まれてある。きっとデリーあたりで拾った彼女の言うかわいいモノなんだろう。

彼女の髪を束にして なんとかまとめてあるけど 髪留めとしては頼りない。彼女が横になって寝返りをうてば折れて曲がってしまいそうだ。


ぼくの知らないインドの街。

オタがよこした画像の数字に従って彼女は動いたんだろうか。

折れ曲がったデリーの夜の闇。

そこにひっかかってカナが帰ってこないって意味なんだろうか。



360 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   sage 投稿日:04/10/11(月) 16:56:50
ぼくはなにも訊かなかった。

しばらくして彼女はようやく、ただいまと言った。

すごい会いたかったとも言ってくれた。


彼女はバッグを がさがさとひっかきまわして綺麗に包装された万年筆でも入ってそうな長方形の箱といろんな種類のタバコの詰め合わせを取りだし お土産だと言ってぼくに渡してくれた。

クラッカーみたいだったりチョコレートかあめ玉みたいな派手でかわいいパッケージ。とてもタバコには見えない。


彼女は長方形の箱の方は、まだ開かないでほしいと言った。

開くべきときが来るから、と言った。

ぼくは素直に頷いて、彼女の手を握る。

ベッドに誘ったのは ぼくからだった。



深夜近くに雨が降り出して ぼくらはベッドを抜けだし雨に霞んでゆく渋谷の街を ぼんやり眺めた。

そのときだったかな彼女が おかしなことを言いだしたのは。


「ヒロってさ、映画とか好き?」

「うん。ふつうに好きかな」

「ストーカーって知ってる?こわい映画。観た?」



361 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   sage 投稿日:04/10/11(月) 16:57:59
だしぬけになんだろうと、いぶかった。

そのタイトルから連想するのは ふつう犯罪のそれだけど彼女がパッケージの写真を描写しはじめたときに それが何かわかった。

タルコフスキーのそれだ。


ぼくは頷いただけで詳しくは話さなかった。

不思議な映画だね、とだけ言った。

彼女が その映画について何か話したそうだったし その内容が映画好きのもったいぶった感想なんかじゃないことは推察できる。

彼女は小さな指先でガラスをつつき なにか絵でも描くように さっと滑らせた。

「雨」と彼女は言った。


あの映画の中にも たくさんの水が使われてる。

指先にはたくさんの水滴があった。

彼女はガラス越しに とんとんと、流れ落ちる水滴を爪先でつついていた。



今日書いてるときに流れていた曲

レッドホットチリペッパーズ/RedHotChiliPeppers 「californication」



426 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   sage 投稿日:04/10/13(水) 19:22:32
彼女は その映画をどこで観たんだろう。

もう古いし、それにかなりカルトだし。

どう考えても彼女が楽しめるような心温まる物語じゃない。

ところが彼女の話を聞いていると、観たのは一度だけではなかったみたいだった。

その記憶は ぼくよりも鮮明で、彼女の話で思い出したシーンもあったくらいだ。

「どこで観たの?」

「インド」

ぽつっと彼女は言った。

「へぇ。劇場公開なんてしてるんだ。すごいな」

彼女は違うと首を振った。そうじゃないの。

ビデオ機材と観客席を備えたバーみたいなのがあって劇場公開の少ない海外作品ばかりをずっと流してる。

インドの人ってね、映画が大好きなの。


ヒロは驚くかもしれないけど、インドにはクラブだってあるしミニスカートの女の子だっていると言った。

「ストーカーっていう案内人がいて、ふたりのお客がいて ものすごく危険なゾーンに入っていくでしょ。ゾーンのまわりには警官がいっぱい。軍隊だっけ?」

どっちかは忘れた。

「だね。入っていった人たちは まず帰ってこない。運がよければ何かを持ち帰れるんだけど」


「そう。みんな帰ってはこないの。カナみたいに。みんな死んじゃう」


そこまで話してようやく ぼくは気づいた。

彼女は案内人よって導かれるツアーの客人だ。その危険な旅の参加者に自分をなぞらえようとしている。



427 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   sage 投稿日:04/10/13(水) 19:24:00
観客の心境は複雑だけど、映画の内容は単純だ。

ゾーンって名付けられた場所、ブラックボックスがあって そこは国が封鎖している。そこが何なのかは誰にもわからない。

そこに忍びこんで生還したやつは財宝を山ほど手にいれている。巨万の富。

だけどゾーンに無数に転がっている無惨な死に、見合うのかどうかは ぼくにはわからない。

彼女が まわりくどいやりかたで ぼくに そんな話をするのは なんとなくわかった。


きっとその映画をビールでも飲みながら たまたま観たんだろうな。暇つぶしも兼ねて。どこの誰とも知らないやつを待ちながら。

で、彼女は震えあがった。

ゾーンの観光客と自分を重ねあわせた。いつかは自分も ああなるんだと。



こんな話を聞かされてるのにぼくは なぜか冷めていた。たぶんあのフロッピィに触った夜から なんとなく気づいてたんだろう。

彼女は嘘をついた。あのフロッピィの中身は これ以上ないくらいヤバイ。

財宝のうわさ話とデリーって名の迷宮の地図。

そこへの片道切符。



429 名前:70 ◆DyYEhjFjFU   sage 投稿日:04/10/13(水) 19:25:06
彼女はインド門とローディ庭園で同じ男を見かけたと言った。

彼女は そこでは観光客だった。

日本製デジタルカメラをぶら下げ、日焼け止めもばっちりに日本から はじめてやって来た、ペダルタクシィと土産売りのいいカモ。

観光客が たまたま同じコースを辿ることはよくあるじゃないのかな。

彼女は首を左右に振った。

これはちっとも楽しいことじゃない。

男は インド人でクルターを着ていた。下はデニム。

どうもしっくりこない。目の前の風景に安心できるような自然さがない。

背筋が凍りついたと彼女は言った。


パスポートを作り直さなきゃ。

髪型も違えて…

そこまで言って急に黙りこみ甘えるみたいに ぼくにもたれかかった。

彼女を抱きしめて髪に触れると彼女の唇から漏れるぶっそうな話が、まるでお伽噺みたいに聞こえる。

お伽噺の残酷さが、お話の中では正義にすり替えられるように彼女の口調は あっさりぼくを落ち着かせる。

「カナへいきかなぁ」

目を閉じたまま そう言った彼女は すぐに寝息をたてはじめた。

よほど疲れてたんだろうな。



今日書いてるときに流れていた曲

ベンフォールズファイブ/Ben Folds Five 「whatever and ever amen」



>>次のページへ続く
 
 


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