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私の「初めて」の話をしようと思う
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79 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:01:07.40 ID:d7vBTGF30.net
現実問題として世界一なんてとれるのか

世界一、なんて響きがあまりに慣れないものだから私は面食らった

でもタムラは その当時すでにオンラインでは世界上位10%に入ってた

伸びしろを考えれば不可能とは言い切れないだろ、とタムラは冷静だった



80 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:05:04.16 ID:d7vBTGF30.net
それでも ちらつくのはタムラの寿命のことだ

自分でもよく分かってたと思うけどタムラの命はもって10年弱だ

だからこそ やつは真剣だったし負ければ焦りもした

そう、やつは負けるのが本当に大嫌いだった


本当にときどき、50回に1回くらい私がオセロで勝つと、タムラは小一時間口もきかなくなる

「利かないんじゃなくて利けなくなるんだよ」って言ってた

負けたのがムカついてたまらないうえ、負けた試合の反省で頭がいっぱいになっちゃうんだって



81 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:06:06.61 ID:d7vBTGF30.net
(しかも私に負けたっつっても あくまでめたくそにハンデつけたうえでの話なのだ)



82 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:09:10.16 ID:d7vBTGF30.net
で、私に負けるだけならまだいい


やっぱりタムラと互角とか、それ以上の相手になってくると、タムラも負けが込んでくることがあって そんなときタムラは個室にこもって出てこない

個室にカギがないのが かわいそうだなって、そういうときはちょっと思う

病院だから仕方ないんだけどね

一回だけ連敗期に入ったときのやつの様子を見たことがあった



83 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:15:25.55 ID:d7vBTGF30.net
やつはベッドの布団にくるまって親指を血がにじむくらい噛みながらガタガタ震えてた

それで ぶつぶつ小声で何か言ってた

それこそ聞き取れないくらいの小声で


私はそれ以来負けが込んだタムラには近づかないようにした

励ますとか無駄なんだろうなって、タムラの焦点ぼけたみたいな目を見てたらわかったから


でも、励ませないのが悲しいとは思わなかったな

いずれ勝ち星がめぐってくるしか元気になる方法はないわけだし、そのためには早く立ち直るしかないってタムラは自分が一番よく分かってたと思う

何もしてやれないのがつらい、なんて思わずに「さっさと立ち直って さっさとまた勝ちまくれよ」って、心のなかで言っとけばいいってのは、私にとっても救いだった



84 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:23:41.27 ID:d7vBTGF30.net
リハビリが始まってから3週間くらいだったか

私は3歩くらいだったけど歩けた

歩けてしまった

タムラに言ったら
「歩けるんだったら車椅子でも押して楽させてくれよ」なんてぬかした

褒めるってことをてんで知らないのだ、やつは


でも車椅子押してあげられたらなとは内心ずっと思ってた

タムラのほっそい腕がステアリングを回すのを見てると、なんで私松葉杖なんかついてるんだろバカみたいって毎回思うのだ

だから

「いいよ」って言って松葉杖ほうりだしたら、タムラのほうが珍しく焦りだして

そのまま歩き出したけど三歩も歩けずに私はころんだ

「バカたれ」とタムラは言ったが声が優しくて私はうるせえ、と言った



86 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:28:55.41 ID:d7vBTGF30.net
それから順調に私の足は回復してしまいました

松葉杖をつきながらだったけど私はひとまず退院した

退院の朝、タムラも玄関まで ちゃんと見送りに来てくれた

「くたばんないでね」

タムラは眩しそうな顔してうなずいた


それから私はタムラを一回抱きしめた

座ったままだからお腹のあたりにタムラの頭がきて

やつは私の腰のあたりにしがみつくようにしてしばらくじっとしてた


そうやって私の入院生活は終わった

長かったけれど これが三年前の話だ



88 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:32:54.31 ID:d7vBTGF30.net
そして今、タムラは私の家までやってきた


確かに納得いかないでもない

お前んちの親なにしてんの、って訊かれて私は答えたことがあったんだ

「うちは代々カンオケ職人なんだ」って



90 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:36:24.79 ID:x0GpOKXP0.net
お、面白くなってきたな



91 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:37:08.66 ID:d7vBTGF30.net
タムラは母さんと工房の奥の応接室で話してた

見積もりやら何やらの相談でしょう

一人で取り残された私は、もう勉強なんて手につかなくって

窓から見えるヒマワリを ぼさっと見てました

季節は夏の初め

話の内容は聞き取れないくせに声だけが聞こえてきてなんか寂しかった



92 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:41:02.82 ID:d7vBTGF30.net
小一時間くらい経ってようやく、タムラと母さんの話が終わった

私は立ち上がってやつと向かい合う

「カンオケなんて、あんた」

タムラは穏やかに笑った

昔よりもやわらかい笑い方をするようになったな、と私は思う

反面、鼻筋とか頬の線とかは くっきりしてちょっとかっこよくなったな、とも思う



93 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:44:04.86 ID:d7vBTGF30.net
「余命、あと……」

「半年」

「みじかっ」

私は思わず噴き出した

いやもう、逆に笑うしかないってこともあるのだ

タムラも「だよなあ」って笑ってたし

「帰りは送ってってあげなさいな」と母さんが言った

私とタムラは二人で外に出る



94 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:48:58.47 ID:d7vBTGF30.net
真夏になる前に こうしてやってきたあんたは偉いよ、と思いながら私はタムラの車椅子を押す

ほんとに夏の初めの初めなのに十分に外は暑かった

よく一人で病院からうちまで来たものだ


足首折ってなくてよかった、と思いながら、私は車椅子を押して歩いていく

電車を使うほうが早いのだけど、私は電車に乗らず、線路に並行する県道を歩いていくことにした



96 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/20(土) 22:54:40.33 ID:d7vBTGF30.net
「タムラー」

「あ?」

「まだやってんの? チェスも麻雀も」


「……やってるよ、オセロも」

「……勝ててる?」

「……ぼちぼち」

「ふうん」

私は横断歩道で道を渡って日陰をえらんで歩いていく

「……さっきも訊いたけどさ、なんでカンオケなんて作ろうって思ったの」


「えー」

タムラは少し考えこむ




>>次のページへ続く
 
カテゴリー:人生・生活  |  タグ:泣ける話, 青春, これはすごい,
 


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