私の「初めて」の話をしようと思う
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114 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:00:17.43 ID:B9W0hmlt0.net
母さんは「不安になるのも仕事のうちだ」と言った
余命いくばくもない人の、その余命と同じ時間で、いちばんいい仕事をすること
ない時間のなかでやれる限りのことをやること
余命半年なんて言われてる人は、明日死んじゃったっておかしくないから
完成までの時間が限られてる私たちの仕事は、誠実にやるなら不安になるくらいがちょうどいいんだって
115 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:06:38.84 ID:B9W0hmlt0.net
デザインを描きはじめて2週間くらいして、ようやく方向性が固まり始めた
根詰めっぱなしだったから さすがに私もくたくたで ひさびさに息抜きついでに近所のコンビニに行くことにする
時計は22時を回ったくらいだった
夜の散歩って なんだかわくわくするのだ
117 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:10:07.23 ID:B9W0hmlt0.net
家から五分のコンビニは がらがらに空いてて、駐車場にも一台も車がなかった
若い店員が一人でゆらっとレジに立っていた
私のほかに客はいなかった
トルコアイスと紙パックのジャスミンティーをカゴに入れてから、私は雑誌コーナーをぶらっとする
『文藝○○ 特集 棋士たちの系譜』
タイトルが目に入った
母さんは「不安になるのも仕事のうちだ」と言った
余命いくばくもない人の、その余命と同じ時間で、いちばんいい仕事をすること
ない時間のなかでやれる限りのことをやること
余命半年なんて言われてる人は、明日死んじゃったっておかしくないから
完成までの時間が限られてる私たちの仕事は、誠実にやるなら不安になるくらいがちょうどいいんだって
115 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:06:38.84 ID:B9W0hmlt0.net
デザインを描きはじめて2週間くらいして、ようやく方向性が固まり始めた
根詰めっぱなしだったから さすがに私もくたくたで ひさびさに息抜きついでに近所のコンビニに行くことにする
時計は22時を回ったくらいだった
夜の散歩って なんだかわくわくするのだ
117 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:10:07.23 ID:B9W0hmlt0.net
家から五分のコンビニは がらがらに空いてて、駐車場にも一台も車がなかった
若い店員が一人でゆらっとレジに立っていた
私のほかに客はいなかった
トルコアイスと紙パックのジャスミンティーをカゴに入れてから、私は雑誌コーナーをぶらっとする
『文藝○○ 特集 棋士たちの系譜』
タイトルが目に入った
119 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:14:42.00 ID:B9W0hmlt0.net
将棋とチェスって全然違うんだって羽生善治が言ってたってタムラが言ってたのを思い出しながら私は その特集のページをめくる
特集のメインは50年前くらいのとあるタイトル保持者と挑戦者の対談だった
もうどっちも80歳に近い人たちだ
若いときの写真なんかも載っていた
どうしてああいう人たちの若い頃の写真っていうとだいたいイケメンなんだろうか
121 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:19:12.71 ID:B9W0hmlt0.net
でも若いって言っても その人たちの「若い頃」ってだいたい25歳とか30歳の話で 私はなんとなく それを思うと胸がちくりとした
「若い頃は勢いばっかりで どうも深みのない将棋ばかりしていましたね」
「不思議なもので歳を追うにつれて理屈で考える場面が どんどん減っていった」
なんて
タムラはもうあと少しで死んじまうのに
タムラが深みも熟練の勘もないチェスしかできずに死んでいかなきゃいけないんだとしたら、それはどうしようもなく不公平なことに思えた
タムラが どこかの試合でぱっとした成績を残した、みたいな話も、その頃私の耳にはまだ届いていなかった
122 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:24:15.99 ID:B9W0hmlt0.net
翌日から彫りの作業に入る
デザインの原画を拡大して、それを木材の上にトレースしていく
その作業を半日がかりでやってから、いよいよ彫刻刀を握ることになった
手本として まず簡単なところを母さんが彫った
そもそも小学生が持っているようなゴムのグリップのやつとはわけの違う彫刻刀で、母さんは氷の上を滑るみたいな滑らかさで、鉛筆の線の上をなぞった
私はもはや ぽかんとしてた
「いきなりこうはできないけど、まあはみ出しちゃっていいところもあるから、そういうところからやんなさい」
あっさりと簡単に言う母さん
やはり親でもなんでも職人は職人、厳しい……
123 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:29:11.53 ID:B9W0hmlt0.net
それからというものの毎日、ときどき母さんの助言を仰ぎながら、私はひたすら彫りに彫った
彫りの作業に入ってから、何がつらかったって言えば、肉体的な疲労が一気に増したことだ
もちろん手にマメができるとか彫刻刀握りっぱなしで手が痛いとか、そういうレベルのこともあるんだけれど、第一に立ち仕事だから足腰は疲れるし、手先だけでなく腕や肩まで きっちり筋肉痛になった
しかも、小学生の図工とかと違って人体レベルの大きさのものを扱うから、結構単純作業が多いのもハードだった
音をあげるつもりはなかったけど、毎日風呂入って ご飯食べたら一瞬で寝られるくらいにはへとへとだった
124 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:36:31.54 ID:B9W0hmlt0.net
それで、2週間くらい経った頃、私はやらかした
左手の親指の付け根をザックリとやってしまった
慣れた頃が一番怖いなんて言うけど、慣れたつもりもないうちに事故ったのは正直つらかった
母さんは なんにも言わずに傷にタオルを当てて、そのまま私をタクシーに乗っけて病院まで連れていってくれた
病院では仰々しいくらいに傷口に包帯を巻かれてしまった
「数日ゆっくり休みなさい」
帰りのタクシーの窓に おでこをひっつけて外を眺めてた私に、母さんは言った
「ゆっくり休んで、一回なんにも考えないで、頭をすっきりさせなさい
休んでる間のことは、私に任せていいから」
言われるまでもなく私は疲れ果てていたみたいだった
家に帰ると起きてるのさえつらくなって、私は自分の部屋のベッドでぐったりと眠った
125 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:39:28.52 ID:B9W0hmlt0.net
携帯の音で目が覚めた
起きたら部屋は まっくらで、枕元の時計が蛍光グリーンの針で21時を指してた
6時間も昼寝するなんてびっくりだ
出血したせいか寝すぎたせいかぼんやりしながら起きて、携帯を開く
「新着メール:2通」
部屋を出ながら私はボタンを押す
126 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:41:09.21 ID:RVqYeZ+n0.net
なんだろ…
例えようのない不思議な空間?世界?で漂っているような、懐かしいような、いつか経験したことがあるような、たまらなく胸を締め付けられるような、でも心地よい、、、
127 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:46:03.69 ID:B9W0hmlt0.net
1通は携帯会社からのメルマガだった
キャッシュバックキャンペーンと言われましても、と思いながら私は ほとんど読まずに削除した
もう1通は見たことのない携帯番号からのメッセージだった
「……。」
妙な胸騒ぎを感じながら私はメッセージを開く
128 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:47:12.57 ID:B9W0hmlt0.net
From : 0805XX9XX83
Title:
本文:
129 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:50:15.92 ID:B9W0hmlt0.net
ほんとのところがどうかは今でもわからない
でも私は そのときはっきり思ったんだ
「タムラからのメッセージなんじゃないか」
階段の下からは母さんが作った夕ご飯の匂いがしていた
私は階段を駆け下りて そのまま靴をつっかけ玄関を飛び出した
130 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:53:35.70 ID:B9W0hmlt0.net
さすがにケガをしたその日に自転車はな、と思って、私は ちょっと街のほうまで出てタクシーを捕まえた
運転手はちょっと怪訝な顔をしてた
そりゃそうだよな、22時近くに中学生が一人でタクシーなんて
そう思いながらも私は「○×総合病院まで」と行先を告げた
タクシーは ゆっくりと夜の道を滑り出すように出発した
外の街の光を見ながら私はタムラのことをぼんやりと考える
131 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/:2015/06/21(日) 00:58:27.56 ID:B9W0hmlt0.net
病院の正面玄関は閉まってるから裏手に回ってインターホンを押す
「親戚からすぐ来てほしいと連絡があった」と嘘をついた
まもなく看護師がドアを開けてくれた
「どなたのご親族ですか?」
私はタムラの名前を言う
「小児病棟の503号室だったと思います」
看護師はしばらく名簿のようなものを調べながらしきりに首をひねっていたが、やがて
「503号室、ですか?」
と訊いた
いよいよ私は頭がおかしくなりそうなほど不安だった
>>次のページへ続く
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