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186 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:43:34.19 ID:MzdjVTRc0.net
悪いことしてるのにそんな感覚がないくらい

2人で笑った。

なんだよ吸えないじゃん!とか言いながらね。

さっきまで1人で泣きそうになりながらタバコ吸ってたのは誰だっけ。

またヒグラシの鳴き声が聴こえてきた。

今までで一番大きくジリジリ鳴いていた。



187 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:44:08.28 ID:MzdjVTRc0.net
俺「俺、地元に帰るまであと数日しかないよな。でもそれだけの時間じゃ、美凪に勝てないと思う。」

美凪「やだよ、勝ってから帰ってもらわなきゃ。」

俺「無理だね、たった数日で絵を好きになった俺が美凪に勝てるわけないだろwww」

美凪「私だって、絵を好きになったのはたった数日前。それまではずっと、お母さんのためだけに描いてたから。」



188 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:45:42.93 ID:MzdjVTRc0.net
ハッとした。

俺ばかり絵の楽しさを教えて貰ってたと思っていたけど、俺からも美凪に教えていたのだろうか。

美凪はきっと誰かと絵で勝負するなんて初めてだっただろうし、タバコを吸い始めたのもたった数日前だろう。

だからあんなに咳き込んでいた。



189 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:48:51.98 ID:MzdjVTRc0.net
お母さんのために絵を描く。

それしか理由がなかった美凪に、俺が理由をあげていたのだと確信した。

俺に勝負で勝ち続けるという理由かもしれないし、ただ人と絵を描くだけのことの楽しさを知ったという理由かもしれない。



190 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:49:04.11 ID:MzdjVTRc0.net
そして、お母さんが亡くなった寂しさを紛らわせるだけでなく、美凪に絵の楽しさを教えた俺が地元に帰る寂しさを紛らわせるためにタバコを吸っていたのかもしれない。





191 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:49:38.91 ID:MzdjVTRc0.net
お母さんが亡くなる寂しさなんて経験もしたことない。

きっと俺が陸上を辞めた時なんて比べ物にならないくらい辛いはず。

それなのに、美凪に絵の楽しさを教えた俺がタダで地元に帰るなんて絶対にできなかった。

そんなことしたら、これからも慣れないタバコを吸い続けないといけないだろう。



192 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:50:09.89 ID:MzdjVTRc0.net
俺は、画材を入れる為に持ってきた学校用の大きなリュックを漁り出す。

美凪に

俺「美凪、絵を描くことって楽しいだろ?」

と聞きながら、リュックの内ポケットに詰め込んだはずの進路調査票を探していた。



193 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:51:45.42 ID:MzdjVTRc0.net
学校から進路について聞かれることは多かった。

だが。以前の俺は陸上も辞め、夢なんて何一つなかった。夢どころか志望校さえも。

だが、そんなに悩んだ進路がたった数日で、しかも1人の女の子との出会いだけで決まるとは思っていなかった。

それほど美凪にはたくさんのことを教わった。



194 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:52:03.42 ID:MzdjVTRc0.net
女の子と2人で話すとこと、

本気で絵を描くこと、

集中して服の袖を汚すこと、

逃げずに何かに取り組むこと、

昔の文豪の名作のこと、

好きな音楽のこと、

たまにはサボって川で遊んだりすること、

タバコを吸うこと、

大切な人と離れることは寂しいということ、

絵を描くことは楽しいということ、



195 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:52:32.57 ID:MzdjVTRc0.net
たった数日の、人生の一瞬にも満たない間でこれまでの人生以上のことを教わった。

俺が美凪に教えたことよりも、教わったことが多かった。

美凪に教わったことを一つ一つ復習しながらリュックの内ポケットからクシャクシャになった進路調査票を見つけ出した。

陸上を辞めてから、ずっと悩んでいたことが解決したような爽快感が全身を巡った。



196 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:52:56.33 ID:MzdjVTRc0.net
進路調査票を見つけ出した瞬間、美凪も口を開いた。


美凪「楽しいに決まってるじゃん!」

美凪はいつもの、好きなことを語る時の大声で叫んだ。

その顔は、絵を描く理由を何個も、何百個も、何万個も見つけたような顔だった。

美凪の、お母さんがなくなってから、ずっと悩んでいたことが解決したような爽快感のある声が響いた。



197 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:53:27.65 ID:MzdjVTRc0.net
俺「俺も、絵を描くことが大好きだ。それを美凪に教わったんだ。」

と、俺も続けて言う。

「絵を描くことが好きだ」と言うことに緊張はしなくなっていた。

だが、「美凪に絵を描くことの楽しさを伝わった」と言うことはこれ以上なく緊張した。

もちろん、中学時代に初めて好きな子に告白した時よりも緊張した。

やっぱり声も震えていたし、酷い響きだったと思う。でも、酷い響きながらも爽快感のある声だった。



198 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:55:31.17 ID:MzdjVTRc0.net
これはもう告白と言って良かった。

恋愛感情とか、そういうことではないけど。

それでも俺の人生の中で、この告白を超えるようなものは二度とないだろう。





199 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:55:50.28 ID:MzdjVTRc0.net
そんなことを考えながら、進路調査票に思っていることを書き込む。

ボールペンのインクでもなく、筆についた絵の具で。



200 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:56:02.84 ID:MzdjVTRc0.net
志望校・・・東京藝術大学

希望職種・・・デザイナー



201 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:56:24.87 ID:MzdjVTRc0.net
東京芸術大学なんて、よく知らなかった。

今まで美術に興味がなかった俺でも知っているような有名な美大。


デザイナーなんて、よく知らなかった。

今まで美術になんて興味がなかった俺でも知っているような職業。



202 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:56:56.34 ID:MzdjVTRc0.net
この合宿で美凪に絵で勝てないのなら、これからも描き続けて、描いて描いて書きまくって、そうしていつか勝てればいい。

そう思ったし、その覚悟があったから。



203 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:57:45.54 ID:MzdjVTRc0.net
この、「東京藝術大学」の「藝」の部分が絵の具でぐちゃぐちゃになったような、雑な進路調査票を堂々と美凪に見せつける。

俺「この合宿だけでは美凪にまだ勝てない。だから、この先も絵を描き続けるよ。そのうち勝てればいいだろ?」



204 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 11:58:37.75 ID:MzdjVTRc0.net
美凪「東藝大……デザイナー……」

俺「よく知らないけど、難しいんでしょ?何浪してでも卒業してデザイナーにでも何でもなるから。またいつか勝負して欲しい。」

俺「それに、俺は美凪に美術の先生になって欲しい。出来れば美術部の顧問かな!」


俺に絵の楽しさを教えてくれた美凪が、もっとたくさんの人に絵を教えているところを想像した。

自然と、中嶋先生と美凪を重ねていた。



205 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 12:00:23.17 ID:MzdjVTRc0.net
美凪は泣いていた。

辛くて泣いているのでは無いと分かったから、美凪を助けてあげられたんだと思って俺も泣きそうになった。

そして、美凪に勝つということだけでなく、デザイナーになることは俺のハッキリとした目標、立派な夢になっていた。



206 :名も無き被検体774号+:2021/08/15(日) 12:00:44.80 ID:MzdjVTRc0.net
美凪「私、美術の先生になるから!イッチに絵の楽しさを教えたみたいに、もっとたくさんの人に教えるから!」

と美凪が顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。

お母さんのため、俺とまた勝負するため、たくさんの人に絵の楽しさを教えるため、美凪がこれからも絵を描き続け、夢を目指すのには十分すぎる理由があった。

その理由に俺も入れていることに、つい涙が出てしまった。




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カテゴリー:人生・生活  |  タグ:これはすごい, 感動・泣ける話,
 


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