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厨房3年の夏
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気持ちいいな、世界がまわってるよ。

なあに、どうでもいいじゃねえか。だって世界がとろけてるんだぜ。


ふたりでぶらぶらと歩いて、気づくと小学校の前にいた。

——小学生のときは楽しかった。お母さんも生きていたし。

将来、良いことばかりだと思ってた。悪いことなんてぜったいに起きない。

だってあたしの人生なんだから。いつかきっとすてきな王子様が現れて、あたしを夢の宮殿に連れていってくれる。

よくそんな空想をしていたの。

お母さんなんで死んじゃったんだろ。もういちど会いたいな。

ほら、○○覚えている? 運動会のときのこと。

○○ったらうちのお母さんが作ってくれたお弁当、あたしのぶんまで食べちゃって。

うっせー。かわりにおれの弁当をあげただろ。



いつのまにか校門を飛び越えていた。

泳ごっか! そう言うと彼女はプールの方へ走って行った。

おれはかなり酔いがまわっていて、千鳥足であとを追いかけると もう彼女は泳いでいる。

プールサイドに脱ぎ捨てられた彼女の衣服が。

「早く○○もー」と水の中から誘われた。

そうするのが当たり前のようにおれは服を脱いだよ。

ここで泳がないなんて、そんなのは人間じゃない。だって暑いんだから。

これは現実なんだろうか。それとも映画のスクリーンの中なのか。

おれはプールで泳いでいるのか。それともビールグラスに浮いているのか。
夏祭りの花火が遠くに見える。



しばらく泳いだら上がる。そしてまた泳ぐ。

ぼんやりと見える彼女の裸身。神々しいほどきれいだな。

ぜんぜんエッチな気がしなかった。

ヌードグラビアなんか、これに比べたら汚らわしいだけ。

いま成長しつつあるものだけが持つ美しさ。ふくらみきっていない胸。

花火があがったときだけいくらか鮮明に彼女が見えた。

疲れてふたり並んで甲羅干し。小学生に戻ったみたいに。

向き合うとお互い気恥ずかしい。また花火があがる。

おれはまだ十分には毛が生えそろっていなかったので見られたくなかった。


彼女を見て驚いた。おれの視線に気づいた彼女が恥ずかしそうに、

「あいつ変態なんだよ。あそこの毛、剃りたいって」と両手でその部分を隠した。

その恥じらう姿を見ていたら今まではなんともなかったのに急に反応して(w

彼女も気づいて、あっと小さな悲鳴を。

おれは駆け出してプールに飛び込んだ。それからしばらく上がれなかった。

全体力を使いきるまで泳ぎなさい、とか命令されたもんで。


へとへとになって上がると、彼女はもう服を着ていた。

Tさんのと比べられたら困ると思って、おれは急いでパンツを探した。



暗くてよく表情はわからなかったが、なんとなく彼女がにやにや笑っているような気がした。

オンナは強い、オンナは怖い、漠とした意識のうちでそんなことを思った。

なぜか彼女にはぜったい、この先かなわないだろうと予感した。

そして彼女はかならずこの失恋から立ち直る、いや、もう吹っ切れているのかもしれない。

花火が一発だけでは終わらないように。

厨房のおれは そんなことを格好つけて彼女に言ってみた。

今から考えると赤面ものだが、花火とキミがどうのこうのと(w

彼女は最初おれが何を言っているのかわからなかったが、なんとか説明すると「似合わないー」と大笑いされた。

そのあと、「ありがとう」という小声を聞いたのははたして夢か現実か。


眠る直前、Tさんのことを考えた。

つぎTさんに会ったら、どんな顔をすればいいのだろうか。

結局、誰が悪いのだろうか。

おれはTさんとどう接すればいいのだろうか。

さんの顔を正面から見れなかった。この人と彼女がセックスをしたのだ。

そう思うと、Tさんや彼女が おれなんかとは何光年もはなれた遠い存在に感じられるのはなぜだろうか。セックスって何だろう。

文学で描かれるセックスしかおれは知らなかった。

美しいものとして描く文学者もいれば、ことさら露悪的に書きなぐるものもいる。

両親がセックスして自分が生まれた。それはわかる。

しかし両親がセックスしている様は想像できない。

では、彼女とTさんがセックスしているすがたは?とおれは目の前のTさんを見る。

Tさんのたくましい裸体をイメージする。

このまえ盗み見た彼女のすんなりと細い身体を思い浮かべる。

このふたりがベットの上に置いてみると、やりきれない切なさが胸をしめつけた。
頭の中でからみあう二人。あまりにも細身の彼女が痛々しかった。

Tさんが悪い、とおれは決めた。いくらTさんだって、やって良いことと悪いことがある。彼女があんまりにもかわいそうだ。



その日の勉強が終了して、帰ろうとしているTさんをおれは呼びとめた。

「話があります」 

Tさんは何のことだかわかったようだった。

無言のまま並んで歩いた。

おれは自分が何をしたいのかまだわかっていなかった。

公園についた。薄暗かった。電灯のそばのベンチに腰をおろした。

この男が憎たらしい、彼女はこの男にもてあそばれたのだ。

でもTさんのまえにでるとその威圧感というのだろうか。

辛酸をなめてきた人間の生命力のまえに言葉がうまく出てこない。


「ぼくは君に常在戦場という言葉を教えたよな。男は いつも戦場にいるつもりぐらいがちょうどいいという意味だ。

言いたいことがあったら正々堂々と言うのが男。

それを真正面から受けとめるのも男だとぼくは思う」


おれは口を開いた。

するとTさんを非難する言葉が次から次へと流れ出てくる。

なぜ婚約者までいるのに彼女に手を出したのか。

まだ未熟な少女を誘惑して肉体を奪ってよいものなのか。

Tさんのやっていることは、ヤリ捨てではないのか。

ちゃんと責任をとるのが男というものでは?


さんは一言も口をはさまないで、おれに胸のうちを吐き出させた。

そして「君の言いぶんは正しい。それで、いったい何がしたいんだ?」

と静かに言った。

「Tさんを殴りたいんです」

そう、確かに「です・ます」調で殴りたいとおれ言ったよ(w

「いいよ」とTさんが答えるや、一発、二発、三発とコブシを頬に叩きつけた。

平然と受けきるTさんは何を考えていたのだろう、と今思う。

満足したか、とTさんはつぶやくと、真正面からおれの目を見た。



——君は正しい、ぼくはさっきそう言ったよね。確かに君は正しいのだろう。

だれに聞いても君を支持するだろうね。

しかしぼくは正しい・正しくないという一般的な価値基準では生きていない。

彼女のことだってそうだ。彼女はかわいい。君もそれは認めるよね。

そんな彼女に好きと言われたら、それはぼくだって嬉しい。

婚約者がいると説明したが、それでもいいと彼女は言う。

それに君は勘違いしているようだが、誘惑してきたのは彼女のほうからだよ。

ぼくも驚いた。こんなにまだ幼いうちから、そんなことができるのかと。

どうして彼女を抱いちゃいけない理由がある? 

それに彼女は処女じゃないと言った。やってみたら処女だったけど、こういうのは途中でやめられるもんじゃない。

酷なことを言うようだが、ぼくには君の意見がただのヒガミにしか聞こえない。

彼女のことが好きなら、なぜ自分でつかみとろうとしない?

君を見ていて思ったのは、まったくの甘ちゃんだということ。


>>次のページへ続く
 
カテゴリー:人生・生活  |  タグ:青春,
 


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