俺の墓場までもっていく秘密となった体験談
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509 :262:2005/06/03(金) 21:47:05 ID:5MbwNKzA0
相手の土俵には上がらない。
「それより、何故日記を読んだんだ。何故手紙を読んだんだ。やってよいことと悪いことがあるんじゃないのか」
彼女は目をそらせた。
理屈が通っているか、どちらに道理があるかなど構っていられない。
「不安があったからって、疑っているからって、日記や手紙を読んでいいのかい」
そこで良心がとがめたのであろうSさんも、俺達旧世代の価値観を持っている人間だった。
今ではメールなど読み放題みたいだし、私信を読むことが恥ずかしい行為だという常識も無いようなので、こういう攻め立て方って取れないだろうと思う。
「私を抱いている間に、彼女を抱いていたなんて・・・・卑怯よ。不潔よ」
ご主人を裏切っているSさんも同じ事だと思うのだが、感情が激するままに言葉が出始める。
511 :262:2005/06/03(金) 21:58:21 ID:5MbwNKzA0
次々に俺に浴びせられる機関銃のような彼女の言葉、時には聞くに堪えないような言葉。
俺はできるだけ冷静に対処した。理屈にならない理屈を言いながらも。
乱雑になっている部屋を見ると、心がシーンと冷えてゆくような感じがした。お互いに感情的にはなっているが、怒鳴り合いにはなっていない。
2人とも声はあくまで押し殺していた。
感情が高ぶるままに、彼女は涙をこぼしはじめ、しくしく泣き始める。
「ヒック、ヒック」と方を震わせていたかと思うと、「エッ、エッ、エッ」とその場にへたり込んで、腕で目を覆い、ボロボロ涙を流し始めた。
波だがぽたぽたと畳の上に落ちる。「エーン、エーン」と声を押し殺しながらも、絶望感に打ちひしがれた姿、幸福を奪い取られた少女の様な姿がそこにあった。
513 :262:2005/06/03(金) 22:10:50 ID:5MbwNKzA0
ああ、俺は彼女が可哀想に、愛おしく思えてしまうほど、彼女は幼女のように泣いていた。
化粧がどんどん取れる。鼻の頭と目じり、頬の一部から化粧が取れていった。
「私だって・・・私だって・・・・言えないことがあるんだよ!!!」
俺は彼女の側に行き、肩に手をかけた。
ここで、仲直りの言葉を口にしてしまうと、一生離れられなくなると思ったので、俺は黙っていた。
彼女の細い肩は、フルフル震えていた。
俺は、感情を押し殺して
「部屋を片付けよう。このままでは困るんだ」
彼女は涙で一杯になった目を前方に向けたまま、コクリと頷いた。
ヒックヒックしゃくり上げながら、「ご免なさい、ご免なさい」と言いながら部屋を片付ける。
515 :262:2005/06/03(金) 22:26:33 ID:5MbwNKzA0
俺も一緒に片付けた。お互いに視線を合わせないようにしながら、ゆっくりとだが黙々と働いた。
彼女が何かを片付けていたとき、再びへたり込んで、シクシク泣き始めた。
何を手にしていたのだろうか、俺には解らない。が、彼女はそれを泣きながらハンドバッグにしまい込んだ。
俺にはそれが何かは解らなかったが、たとえ俺の大切なものであっても彼女にあげてもよいと思った。大切な思い出の品になるのだろうから・・・・
今になって解ることって、沢山ある。どうして彼女があんな姿を取ったのか、どうして泣いたのか、その場の状況を思い出すと、彼女の心の状態が読めてくるのだ。当時はほとんど解らなかった彼女の心が。
そうすると、彼女のぶつぶつ途切れたような、関係ないように見えた行動が、俺の中で一つになってくる。
だから、彼女の行動の描写に、今まで解らなかった連続性を持たせることができる。
516 :262:2005/06/03(金) 22:38:06 ID:5MbwNKzA0
ここに書き込むことで、今まで思い出そうともしなかったことを、できなかったことを思い出さざるを得なくなり、Sさんとの思い出に新しい意味を見出すことができ、有難く思う。
きっと彼女は恐かったのだ。必ず来るだろう別れの時が。
俺が不安に思っている以上に、彼女ははらはらしながら、俺とのひとときを細心の注意をもって作り上げてきたのだろう。
そして、それが崩れる時が来た。彼女はそれを察知したのだろう。
俺は、そのようなことはその時分にも考えないでもなかった。ただ、Sさんの切ないまでの胸の内を、当時は実感として感じられなかった。
今は、Sさんの心がある程度解る。今、俺はSさんの心中を思い、涙が出てくるのを止められない。
517 :262:2005/06/03(金) 22:48:40 ID:5MbwNKzA0
実際にSさんと話し合っていたこと、Mちゃんとのことなど、何一つ解決していなかった。
2人の話は平行線のまま進んでいた。
が、その内容よりも、雰囲気で俺の心を彼女は読み取ったのだろう。もう元には戻れない、終わりの時が来たと彼女は悟ったのだろう。
終わりを迎えることの哀しさ、切なさで彼女は涙が止まらなくなったのだと思う。
その時も彼女はノーブラだった。片付ける間にも彼女の乳房は揺れていた。かすかな乳首のぽっちもわかる。柔らかい乳首だった。
部屋を片付け終わるときには、彼女は泣き止んでいた。
俺は黙って紅茶を入れるためにヤカンに火をかけた。彼女は黙って俺の姿を見ていた。
520 :262:2005/06/03(金) 23:16:08 ID:5MbwNKzA0
俺は自分が彼女を受け入れる言葉を言ってしまいそうで、恐かった。
俺は黙っていた。彼女も黙っていた。
俺は何かを話さなくては、と気が焦っていたのだが、何を話せただろう。俺はMちゃんを選びたいと既に言ってしまっていた。
紅茶を入れる俺の姿を彼女は見ていた。俺が視線をあげると、彼女は視線を逸らせた。
何か激しい感情を彼女が押し殺しているのを俺は感じた。
彼女が何を言ってくるだろうか、一体どうすればよいのだろうか、等々俺は考えを巡らせていた。
「もう、お終いね・・・」彼女が言った。
「そうだね」
「楽しかったわ・・・」
「俺も」
彼女はまた涙ぐんだ。彼女は紅茶を一杯飲んで、ハンドバッグを開けた。バッグから出した合鍵を机の上に置く。
「これ、返すわ」
「うん」
余りにあっけなく事が運んでゆくので、俺は信じられなかった。
522 :262:2005/06/03(金) 23:32:18 ID:5MbwNKzA0
Sさんは俺の部屋を出て行った。
Iちゃんからの電話で、Sさんが半月仕事を休んだと聞いた。でも、出てきたときには、元気な様子で安心したとも聞いた。また、Sさんが優しくなったとも。
翌年、Sさんの2人の子供は共に一流大学に進学したという。
もう、Sさんに会うことはなかった。
数年後、一度デパートでSさんがご主人と一緒に歩いている姿を見た。
俺は、素早く隠れて彼女とご主人を見つめた。眉が太く、恰幅がよく、男らしいご主人だった。
そして、Sさんはやはり可愛らしかった。
2人はにこやかに買い物をしていた。
何とも言えぬ切なさが俺を襲った。俺にはSさんに幸多かれと祈り、見送るしかなかった。
535 :262:2005/06/04(土) 11:20:03 ID:v/E+QB6O0
Sさんがいなくなった部屋で、俺は一人ぽつんとたたずんでいた。
嵐の日々が終わった。彼女との話の中で、彼女が妊娠していなかったことも解った。
きちんと部屋は片付けられていた。彼女の香水の匂い、体温が未だに部屋に残っていた。
俺を縛り、苦しめていた状況から離れることができて、嬉しかったか? イヤ、そうではなかった。
何ともいえぬ寂しさが、俺を落ち込ませていた。
人間とは、勝手なものだと思う。机の引出しを開け、彼女の整理を見る。几帳面な整理整頓だ。ぶちまけられる前より、余程きれいになっていた。
Sさんと撮った写真が見つからない。俺は無意識に探したが、見つからなかった。
Sさんが持って帰ったのが恐らく写真だったろうことも解った。
写真は数枚しかなかった。一緒に旅行に行ったとか、そんな事はなかったから。
ネガはどこに置いたっけな。
536 :262:2005/06/04(土) 11:28:41 ID:v/E+QB6O0
あれだけ苦しかったSさんとの日々が、快楽はあったけれど、人間として腐りつつある空しさが、もう恋しくなってきている。
Sさんが泣いたとき、俺が彼女の肩に手をかけたとき、優しく抱いてあげれば、彼女は応えてくれただろうし、今もこの部屋に彼女はいただろう。
その時の一瞬の判断が、2人の人生を分けたのだ。
こんな一瞬は、誰にでもあるだろう。どちらを選ぶにせよ、リスクがあり、人が傷つく決断が。
俺は決断を下した。彼女と別れると。
そして、その通りになった。
彼女は家庭に戻るだろう。仮面夫婦かもしれないが、安定した落ち着いた暮らし。2人の子供も、いつもと変わらない生活を送るだろう。
俺とSさんが我慢すれば、それで他の人達は幸福でいられるのだ。
俺はそう結論し、Mちゃんに思いを馳せ、試験勉強を再開しようと決心した。
537 :262:2005/06/04(土) 11:44:06 ID:v/E+QB6O0
俺は研究室にしばらくのご無沙汰を詫び、もう一度仲間に加えていただいた。
道場でも、熱の入った稽古を再開した。身体も頭もこの一月余りにすっかりなまっていた。
道場でMちゃんにも会えて嬉しかった。彼女と久し振りに熱の入った稽古をした。
稽古の時は、彼女は真剣な眼差しで俺に対していたが、帰りの時など、どことなくよそよそしかった。
おかしいなとは思ったが、さして深く考えなかった。
それよりも、勉強のこと、稽古の技術的なことなどが頭を占めていた。
俺はエゴイストになっていた。が、良い意味でのエゴイストになっていたと思う。
541 :262:2005/06/04(土) 18:18:03 ID:v/E+QB6O0
長い間書き込んできたこのスレッドだったが、間も無く終わりに近づいてきた。
俺は今、自室のデスクの上で、ibookを使ってこのコメントを書き込んでいる。外は雷雨だ。
台所では、家内が夕餉の支度をしている。長女は、山のような宿題に四苦八苦し、長男は部活から帰り、腹が減ったと家内に訴えている。
次女、次男、三女はトランプをしている。どこにでもある平凡な家庭。
だが、あの時の勝負に俺がもし勝っていたなら、全く違う人生が開けていただろう。
542 :262:2005/06/04(土) 18:20:56 ID:v/E+QB6O0
結果を先に述べよう。Jとの勝負に俺は負けた。
俺は自爆したのだった。
今、Jは政府機関を辞め、民間企業で働いている。順調に出世しているという。
カナダでは、政府機関を辞めたり、また戻ったりということが頻繁に起きるらしい。Jは日本に造詣が深い。また、政府機関で働き、表舞台にに登場することがあるかもしれない。
彼にはカナダと日本の掛け橋として、大いに働いてもらいたいと思う。それだけの力量のある人物だ。
彼を紹介する文が目に浮かぶ。日本に深い理解を持ち、古武道を修業し、日本人の妻を持つJ氏は・・・・
MちゃんはJの妻となり、今カナダで暮らしている。
543 :262:2005/06/04(土) 18:31:04 ID:v/E+QB6O0
Mちゃんとのことを夢で見ることがある。いつも物悲しい夢に終わる。
目を覚ますと、「夢だったか」と思う。俺の隣には妻が寝ている。
下の2人の子供も、同じ部屋で眠っている。果たしておれは幸福なのだろうか、そうだ、恐らく幸福なのだ。
チルチルミチルの青い鳥ではないが、青い鳥は自宅で飼われているのだ。それに気付かないだけ。
それでも、Mちゃんとの夢を反芻し、どうしようもない切なさ、哀しみを覚えるのを止めることができない。
今、彼女はカナダのどこで何をしているのだろうか。
彼女も、今の俺のように俺のことを思い出すことがあるのだろうか?
Sさんはどうしているだろうか。あれから26年が経っている。
彼女は63歳になっているはずだ。
545 :262:2005/06/04(土) 18:41:09 ID:v/E+QB6O0
俺は再びMちゃんとデートをするようになった。といっても、週に一度会えるかどうかだ。
俺は勉強と稽古に馬力を入れた。時間は幾らあっても足りなかった。
マクドナルドでのバイトを辞めた俺は、バイト料が入ってこなくなっていた。
小遣いはほとんど無い。両親には模擬試験やら、色々迷惑をかけている。その上、弟の通う獣医学部は、弟の学年から大学院修士を出なければならなくなった。金食い虫である。
自然、デートも公園を散歩したり、喫茶店でお喋りをするくらいになっていた。ホテルに行こうという気にはなれなかった。
Sさんと別れて、Mちゃんを大切に思う気持ちが強くなり、そうなると不思議と抱けなくなる。
Mちゃんのご両親とも会った。しっかりしたご家庭で育てられたことがはっきり解った。
家庭環境というのは、確かに大切だ。立派な、常識を弁えたご両親だった。
相手の土俵には上がらない。
「それより、何故日記を読んだんだ。何故手紙を読んだんだ。やってよいことと悪いことがあるんじゃないのか」
彼女は目をそらせた。
理屈が通っているか、どちらに道理があるかなど構っていられない。
「不安があったからって、疑っているからって、日記や手紙を読んでいいのかい」
そこで良心がとがめたのであろうSさんも、俺達旧世代の価値観を持っている人間だった。
今ではメールなど読み放題みたいだし、私信を読むことが恥ずかしい行為だという常識も無いようなので、こういう攻め立て方って取れないだろうと思う。
「私を抱いている間に、彼女を抱いていたなんて・・・・卑怯よ。不潔よ」
ご主人を裏切っているSさんも同じ事だと思うのだが、感情が激するままに言葉が出始める。
511 :262:2005/06/03(金) 21:58:21 ID:5MbwNKzA0
次々に俺に浴びせられる機関銃のような彼女の言葉、時には聞くに堪えないような言葉。
俺はできるだけ冷静に対処した。理屈にならない理屈を言いながらも。
乱雑になっている部屋を見ると、心がシーンと冷えてゆくような感じがした。お互いに感情的にはなっているが、怒鳴り合いにはなっていない。
2人とも声はあくまで押し殺していた。
感情が高ぶるままに、彼女は涙をこぼしはじめ、しくしく泣き始める。
「ヒック、ヒック」と方を震わせていたかと思うと、「エッ、エッ、エッ」とその場にへたり込んで、腕で目を覆い、ボロボロ涙を流し始めた。
波だがぽたぽたと畳の上に落ちる。「エーン、エーン」と声を押し殺しながらも、絶望感に打ちひしがれた姿、幸福を奪い取られた少女の様な姿がそこにあった。
513 :262:2005/06/03(金) 22:10:50 ID:5MbwNKzA0
ああ、俺は彼女が可哀想に、愛おしく思えてしまうほど、彼女は幼女のように泣いていた。
化粧がどんどん取れる。鼻の頭と目じり、頬の一部から化粧が取れていった。
「私だって・・・私だって・・・・言えないことがあるんだよ!!!」
俺は彼女の側に行き、肩に手をかけた。
ここで、仲直りの言葉を口にしてしまうと、一生離れられなくなると思ったので、俺は黙っていた。
彼女の細い肩は、フルフル震えていた。
俺は、感情を押し殺して
「部屋を片付けよう。このままでは困るんだ」
彼女は涙で一杯になった目を前方に向けたまま、コクリと頷いた。
ヒックヒックしゃくり上げながら、「ご免なさい、ご免なさい」と言いながら部屋を片付ける。
515 :262:2005/06/03(金) 22:26:33 ID:5MbwNKzA0
俺も一緒に片付けた。お互いに視線を合わせないようにしながら、ゆっくりとだが黙々と働いた。
彼女が何かを片付けていたとき、再びへたり込んで、シクシク泣き始めた。
何を手にしていたのだろうか、俺には解らない。が、彼女はそれを泣きながらハンドバッグにしまい込んだ。
俺にはそれが何かは解らなかったが、たとえ俺の大切なものであっても彼女にあげてもよいと思った。大切な思い出の品になるのだろうから・・・・
今になって解ることって、沢山ある。どうして彼女があんな姿を取ったのか、どうして泣いたのか、その場の状況を思い出すと、彼女の心の状態が読めてくるのだ。当時はほとんど解らなかった彼女の心が。
そうすると、彼女のぶつぶつ途切れたような、関係ないように見えた行動が、俺の中で一つになってくる。
だから、彼女の行動の描写に、今まで解らなかった連続性を持たせることができる。
516 :262:2005/06/03(金) 22:38:06 ID:5MbwNKzA0
ここに書き込むことで、今まで思い出そうともしなかったことを、できなかったことを思い出さざるを得なくなり、Sさんとの思い出に新しい意味を見出すことができ、有難く思う。
きっと彼女は恐かったのだ。必ず来るだろう別れの時が。
俺が不安に思っている以上に、彼女ははらはらしながら、俺とのひとときを細心の注意をもって作り上げてきたのだろう。
そして、それが崩れる時が来た。彼女はそれを察知したのだろう。
俺は、そのようなことはその時分にも考えないでもなかった。ただ、Sさんの切ないまでの胸の内を、当時は実感として感じられなかった。
今は、Sさんの心がある程度解る。今、俺はSさんの心中を思い、涙が出てくるのを止められない。
517 :262:2005/06/03(金) 22:48:40 ID:5MbwNKzA0
実際にSさんと話し合っていたこと、Mちゃんとのことなど、何一つ解決していなかった。
2人の話は平行線のまま進んでいた。
が、その内容よりも、雰囲気で俺の心を彼女は読み取ったのだろう。もう元には戻れない、終わりの時が来たと彼女は悟ったのだろう。
終わりを迎えることの哀しさ、切なさで彼女は涙が止まらなくなったのだと思う。
その時も彼女はノーブラだった。片付ける間にも彼女の乳房は揺れていた。かすかな乳首のぽっちもわかる。柔らかい乳首だった。
部屋を片付け終わるときには、彼女は泣き止んでいた。
俺は黙って紅茶を入れるためにヤカンに火をかけた。彼女は黙って俺の姿を見ていた。
520 :262:2005/06/03(金) 23:16:08 ID:5MbwNKzA0
俺は自分が彼女を受け入れる言葉を言ってしまいそうで、恐かった。
俺は黙っていた。彼女も黙っていた。
俺は何かを話さなくては、と気が焦っていたのだが、何を話せただろう。俺はMちゃんを選びたいと既に言ってしまっていた。
紅茶を入れる俺の姿を彼女は見ていた。俺が視線をあげると、彼女は視線を逸らせた。
何か激しい感情を彼女が押し殺しているのを俺は感じた。
彼女が何を言ってくるだろうか、一体どうすればよいのだろうか、等々俺は考えを巡らせていた。
「もう、お終いね・・・」彼女が言った。
「そうだね」
「楽しかったわ・・・」
「俺も」
彼女はまた涙ぐんだ。彼女は紅茶を一杯飲んで、ハンドバッグを開けた。バッグから出した合鍵を机の上に置く。
「これ、返すわ」
「うん」
余りにあっけなく事が運んでゆくので、俺は信じられなかった。
522 :262:2005/06/03(金) 23:32:18 ID:5MbwNKzA0
Sさんは俺の部屋を出て行った。
Iちゃんからの電話で、Sさんが半月仕事を休んだと聞いた。でも、出てきたときには、元気な様子で安心したとも聞いた。また、Sさんが優しくなったとも。
翌年、Sさんの2人の子供は共に一流大学に進学したという。
もう、Sさんに会うことはなかった。
数年後、一度デパートでSさんがご主人と一緒に歩いている姿を見た。
俺は、素早く隠れて彼女とご主人を見つめた。眉が太く、恰幅がよく、男らしいご主人だった。
そして、Sさんはやはり可愛らしかった。
2人はにこやかに買い物をしていた。
何とも言えぬ切なさが俺を襲った。俺にはSさんに幸多かれと祈り、見送るしかなかった。
535 :262:2005/06/04(土) 11:20:03 ID:v/E+QB6O0
Sさんがいなくなった部屋で、俺は一人ぽつんとたたずんでいた。
嵐の日々が終わった。彼女との話の中で、彼女が妊娠していなかったことも解った。
きちんと部屋は片付けられていた。彼女の香水の匂い、体温が未だに部屋に残っていた。
俺を縛り、苦しめていた状況から離れることができて、嬉しかったか? イヤ、そうではなかった。
何ともいえぬ寂しさが、俺を落ち込ませていた。
人間とは、勝手なものだと思う。机の引出しを開け、彼女の整理を見る。几帳面な整理整頓だ。ぶちまけられる前より、余程きれいになっていた。
Sさんと撮った写真が見つからない。俺は無意識に探したが、見つからなかった。
Sさんが持って帰ったのが恐らく写真だったろうことも解った。
写真は数枚しかなかった。一緒に旅行に行ったとか、そんな事はなかったから。
ネガはどこに置いたっけな。
536 :262:2005/06/04(土) 11:28:41 ID:v/E+QB6O0
あれだけ苦しかったSさんとの日々が、快楽はあったけれど、人間として腐りつつある空しさが、もう恋しくなってきている。
Sさんが泣いたとき、俺が彼女の肩に手をかけたとき、優しく抱いてあげれば、彼女は応えてくれただろうし、今もこの部屋に彼女はいただろう。
その時の一瞬の判断が、2人の人生を分けたのだ。
こんな一瞬は、誰にでもあるだろう。どちらを選ぶにせよ、リスクがあり、人が傷つく決断が。
俺は決断を下した。彼女と別れると。
そして、その通りになった。
彼女は家庭に戻るだろう。仮面夫婦かもしれないが、安定した落ち着いた暮らし。2人の子供も、いつもと変わらない生活を送るだろう。
俺とSさんが我慢すれば、それで他の人達は幸福でいられるのだ。
俺はそう結論し、Mちゃんに思いを馳せ、試験勉強を再開しようと決心した。
537 :262:2005/06/04(土) 11:44:06 ID:v/E+QB6O0
俺は研究室にしばらくのご無沙汰を詫び、もう一度仲間に加えていただいた。
道場でも、熱の入った稽古を再開した。身体も頭もこの一月余りにすっかりなまっていた。
道場でMちゃんにも会えて嬉しかった。彼女と久し振りに熱の入った稽古をした。
稽古の時は、彼女は真剣な眼差しで俺に対していたが、帰りの時など、どことなくよそよそしかった。
おかしいなとは思ったが、さして深く考えなかった。
それよりも、勉強のこと、稽古の技術的なことなどが頭を占めていた。
俺はエゴイストになっていた。が、良い意味でのエゴイストになっていたと思う。
541 :262:2005/06/04(土) 18:18:03 ID:v/E+QB6O0
長い間書き込んできたこのスレッドだったが、間も無く終わりに近づいてきた。
俺は今、自室のデスクの上で、ibookを使ってこのコメントを書き込んでいる。外は雷雨だ。
台所では、家内が夕餉の支度をしている。長女は、山のような宿題に四苦八苦し、長男は部活から帰り、腹が減ったと家内に訴えている。
次女、次男、三女はトランプをしている。どこにでもある平凡な家庭。
だが、あの時の勝負に俺がもし勝っていたなら、全く違う人生が開けていただろう。
542 :262:2005/06/04(土) 18:20:56 ID:v/E+QB6O0
結果を先に述べよう。Jとの勝負に俺は負けた。
俺は自爆したのだった。
今、Jは政府機関を辞め、民間企業で働いている。順調に出世しているという。
カナダでは、政府機関を辞めたり、また戻ったりということが頻繁に起きるらしい。Jは日本に造詣が深い。また、政府機関で働き、表舞台にに登場することがあるかもしれない。
彼にはカナダと日本の掛け橋として、大いに働いてもらいたいと思う。それだけの力量のある人物だ。
彼を紹介する文が目に浮かぶ。日本に深い理解を持ち、古武道を修業し、日本人の妻を持つJ氏は・・・・
MちゃんはJの妻となり、今カナダで暮らしている。
543 :262:2005/06/04(土) 18:31:04 ID:v/E+QB6O0
Mちゃんとのことを夢で見ることがある。いつも物悲しい夢に終わる。
目を覚ますと、「夢だったか」と思う。俺の隣には妻が寝ている。
下の2人の子供も、同じ部屋で眠っている。果たしておれは幸福なのだろうか、そうだ、恐らく幸福なのだ。
チルチルミチルの青い鳥ではないが、青い鳥は自宅で飼われているのだ。それに気付かないだけ。
それでも、Mちゃんとの夢を反芻し、どうしようもない切なさ、哀しみを覚えるのを止めることができない。
今、彼女はカナダのどこで何をしているのだろうか。
彼女も、今の俺のように俺のことを思い出すことがあるのだろうか?
Sさんはどうしているだろうか。あれから26年が経っている。
彼女は63歳になっているはずだ。
545 :262:2005/06/04(土) 18:41:09 ID:v/E+QB6O0
俺は再びMちゃんとデートをするようになった。といっても、週に一度会えるかどうかだ。
俺は勉強と稽古に馬力を入れた。時間は幾らあっても足りなかった。
マクドナルドでのバイトを辞めた俺は、バイト料が入ってこなくなっていた。
小遣いはほとんど無い。両親には模擬試験やら、色々迷惑をかけている。その上、弟の通う獣医学部は、弟の学年から大学院修士を出なければならなくなった。金食い虫である。
自然、デートも公園を散歩したり、喫茶店でお喋りをするくらいになっていた。ホテルに行こうという気にはなれなかった。
Sさんと別れて、Mちゃんを大切に思う気持ちが強くなり、そうなると不思議と抱けなくなる。
Mちゃんのご両親とも会った。しっかりしたご家庭で育てられたことがはっきり解った。
家庭環境というのは、確かに大切だ。立派な、常識を弁えたご両親だった。
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