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何が本当に大事で何が俺に必要か。大事な人が側に居てくれる事がどれほど大切な事か、その時の俺は何も解ってはいなかった。
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735 :熊男 ◆45HBJQcJTY :2005/07/24(日) 12:51:50 ID:He8l8Mhe
十六歳で初めて原スクにまたがった俺、それ以来初めてとなるバイクに乗らない夏を迎えていた。

彼女はそんな俺に痺れを切らし、仕方なしにまた一人でツーリングに出掛けるようになっていた。


そんな夏のある日の事、彼女は俺に一冊のタウン誌を開いて俺に聞いてきた。

彼女『ねぇ、ちょっとこれ見てくれる?』


俺『何だこれ?・・・女性限定のツーリングクラブ設立に伴いメンバー募集中、現在のメンバー三名・・・入りたいのか?』


彼女『うん・・・だって熊男さん忙しくてなかなかバイクに乗れないし、あたし一人だとトラブルが有った時大変だし。』


俺『確かにそれはそうだな・・・う〜んわかった!楽しんできな!』


彼女『ありがと!、女の子だけだから安心してね!』


こうして彼女はツーリングクラブなるものに入ることになり、毎週の様にクラブの仲間と走りに行く様になった。


俺はと言うとメーカーから用具をサポートされている関係から、イベントの手伝いやら発売前の用具のテストなどにも駆り出されるようになっていた。

あまりの忙しさに いつしか彼女と合う時間も回数も減ってきていたのだが、その時の俺は そんなに寂しいとも思っていなかった。


そして秋がくる頃には10日以上も連絡を取らない期間がある様になった、それでもまだ俺は呑気に構えていた。

俺も彼女も充実した日々を送っていて、ちょっとお互い忙しくてすれ違っているだけだと思っていた。・・・いや違う、思い込もうとしていた。


それからの短い二ヵ月程の秋の間、週イチ程度で連絡は取っていたものの俺と彼女はまったく会っていなかった。

そしてその年も釣瓶が落ちきり冬が来た頃、ある週の頭の晩に彼女から一通のメールが俺の携帯に届いた。

つづく



739 :熊男 ◆45HBJQcJTY :2005/07/24(日) 17:27:58 ID:He8l8Mhe
題名には『大事なお話です。』、とあった。

急に改まってなんだろう?、とにかく読んでみない事には始まらない、・・・内容は確かこうだった。


『こんばんは熊男さん、しばらく会ってないけど元気ですか?あたししばらく考えてたことがあるので、その事を伝えたいと思います。』


『最近ずっと会えてないよね、熊男さんは寂しくないのかな?あたしはずっと寂しかったよ、でも熊男さんが充実してるのは あたしも嬉しかったから我慢できてたわ』


『でもあたし考えたのね、熊男さんが雑誌とかの仕事を続ける限りは ずっとこうなんだなって。あたし今はまだ我慢できてるわ、でもこんな寂しいのがずっと続くかと思うと・・・。』


『あたし、もうこれ以上寂しいのは嫌だなあ。とにかく一度会ってきちんと話し合いたいと思います、今週の土曜日の晩うちに来て下さい。』


突然の長文メール、いくら鈍い俺でも彼女が何を言いたいかは察することが出来た。

すぐに電話したのだが、電源が切られていているらしく通じない。メールを送ってもみたが、待てど暮らせど返事が来ない。

どうやら電話で済ます気は無い様だった、だがすぐアパートに直接行こうと思えば行けた。

しかし俺は行かなかった、例によって原稿の締切が迫っていて身動きが取れない状態だったからだ。

つづく



740 :熊男 ◆45HBJQcJTY :2005/07/24(日) 17:39:49 ID:He8l8Mhe
俺みたいな素人にでも書ける様な原稿なんて、すぐに放り出せば良かった。

つまらない名誉欲や自己満足も、金さえ出せば誰にでも買える最新のギアやウェアなんぞ全て捨てても構わなかったのに。

すぐに体一つで彼女の所に行って ごめんなさいと言えば良かった、そして強く抱き締めればそれで全て解決していたかも知れないのに。

余計なものばかり背負っていっぱいいっぱいだった俺には、何が本当に大事で何が俺に必要か。

大事な人が側に居てくれると言うこと、大事な人の側に居てあげられるという事。

それらがどれほど大切な事か、その時の俺は何も解ってはいなかった。

そして馬鹿な俺の無駄な時間はその週も淡々と流れて行く、そしてついに土曜日の夕方がやってきた。

つづく



741 :熊男 ◆45HBJQcJTY :2005/07/24(日) 19:42:32 ID:He8l8Mhe
土曜日の夕方から車を走らせる、彼女の部屋に通じるこの道もずいぶん久しぶりだ。国道のバイパスから県道に降りて、商店街方面に向う小道に右折する。

24時間営業スーパーの駐車場に車を停め、そこから五分程歩くと部屋に着く。チャイムを鳴らすと彼女が出てきた、彼女『・・・いらっしゃい、どうぞ入って。』。


彼女の表情は硬く青白い、笑顔は無かった。俺は無言で部屋に上がり、あぐらをかいてテーブルの前に座った。

彼女もπの字状に膝を崩して座り込み、テーブルを挟んで二人が向かい合う形になった。先に口を開いたのは彼女、ぎくしゃくと口が開き始める。


彼女『久しぶりね、少し痩せたんじゃない?』


俺『そうかもな、ここんとこずっと寝不足だったし』

彼女『やっぱりあれ?雑誌の仕事で・・。』


俺『ああ、毎月大変だよ。』


彼女『そっかあ・・・熊男さんはあたしと居るよりそっちの方ががいいみたいね』


俺『いや、それとこれとは別の話で・・』


彼女『ううん気を遣わなくていいよ・・・、でももうこれ以上寂しいのはあたし嫌だなあ。』


俺『・・・・・』


彼女『今日来てもらったのはね、相談ていうか・・・ずっと考えてたことがあったの』


俺『・・・どんな事?』


彼女『あたし・・・東京に帰ろうかと思ってるの』

つづく



744 :熊男 ◆45HBJQcJTY :2005/07/24(日) 21:12:45 ID:He8l8Mhe
俺は驚かなかった、彼女が別れを切り出すために俺を部屋に呼んだことくらいは察していたからだ。

それから彼女は自分がとても寂しがり屋で、これ以上俺に会えないことが耐え切れなくなりそうだと言った。

会えないくらいなら一人のほうがまだいい、東京に帰って何もかもやり直したい気持ちがあると俺にはっきり言った。


・・・この時が本当に最後のチャンスだった、今考えればやり方はいくらでもあったんだと思う。会社勤め+雑誌の仕事と彼女との付き合い、いくらでも両立出来たはずだ。

二人で都合のいい場所に別の部屋を借りても良かった、思い切ってウチに嫁に来てくれと言えば来てくれただろう。

二人で力を合わせられれば、どんな事でも乗り越えられたんだろうなと思う・・・。


俺だって彼女と別れたくはなかった、だがその世界で生きていくつもりでいた当時の馬鹿な俺。

もう雑誌の連載とスポンサーの事で頭がいっぱいいっぱい、何よりも大事な彼女を想う気持ちは心の隅に追いやられていた。


そして数時間にわたる話し合いの結果、俺たちの関係は今日この場で終わりにする事になる。

その冬最初の大雪になる夜、ふたりが出会ってから二年と二ヵ月の時が過ぎ去っていた。

つづく



746 :熊男 ◆45HBJQcJTY :2005/07/24(日) 22:14:08 ID:He8l8Mhe
話が済んだ後の彼女は、小さい顔にかすかな笑みを浮かべていた。

彼女『じゃあ・・・お別れね』

俺『ああ・・・・』


彼女は部屋の隅から一抱え位の段ボール箱を持ってきて俺の前に置いた、中を見ると俺が持ってきていた本、CD、着替え等が整然と納められている。

俺はそれを見た時、頭の真ん中から出た何かが背筋を通じて体中を急激に冷やしていくのを感じていた。

それは俺が初めて感じるリアルな別れの感触だったと思う、どうしたらいいか解らず黙って彼女を見つめていた。


彼女『名残は惜しいけどね・・・もう行かなきゃダメだよ熊男さん・・・』


俺『・・・。』


彼女『お願いだから・・・まだあたしが笑っていられるうちに出ていって・・・』


それでも俺はその場から動けないでいた、この部屋から出たら彼女と会うことはもう二度と無いだろう。その圧倒的な事実、それに打ちのめされていた。

彼女『・・・ぅうゎ・・ああああああ゙あ゙あ゙あ゙ーん!』


ついに堪え切れなくなった彼女は、いきなり大粒の涙を流して大きな声で泣き始めた。


彼女『だから゙ぁ゙・・早く出てい゙ってって行ったのに゙ぃーー!あなたにだけは絶対にこんな顔見せたくなかったのにーー!!熊男のバカーーー!!』

その時の俺は彼女のその姿に、すっかり気負されてしまっていた。無力な俺は無言で段ボール箱を抱え、靴を履いてドアを開ける。

最後に部屋のまん中で泣きじゃくる彼女にサヨナラと声をかけ、外に出て静かにドアを閉めた。

中からバタバタとドアに向かう小走りの足音が聞こえ、ガチャリと鍵を掛ける重苦しい音がした。聞き慣れていたはずのその音は、俺の中の何かをグサリと突き刺した。


その後このドアが俺の為に開く事はもう二度と無く、その音が終わりの日の終わりを告げる合図だった。


 
カテゴリー:男女・恋愛  |  タグ:青春,
 


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