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水遣り
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「洋子、今日は何か用事はあるか?」
「いいえ、有りません。何か?」
「うん、付合って欲しい所がある」
二人は車で出掛けます。県立公園です。
公園の中にグリーンセンターの建屋があり、その中に入ります。
「ネットで検索していたら、花の無料展示スペースが出ていたんだよ。この建屋の中にあるらしい」
この公園は県下でも大きな公園で、近い事もあり二人で時々遊びに来ます。グリーンセンターの中に入った事もあります。
以前は そういうスペースは無かったのですが、つい最近、中の一部を開放したようです。
「あら、ここが展示スペースだわ。バラが沢山出ているわ」
今は遅咲き薔薇のシーズンです。
薔薇の鉢には出品者の名札が貼ってあります。床に直置きしてあるもの、テーブル上に飾られてあるもの色々あります。
案内パンフレットを読んでみます。
「うーん、ここは一人5鉢まで、って書いてあるな」
「5鉢じゃ少なすぎるわ。20位あるわ、見てもらいたいなぁと思う鉢は」
「タダなんだから、あまり無理を言ってもしょうがない気がするが。もう一か所探しておいたから、そこへ行ってみよう」
「嬉しい。私の為に探してくれたの?」
「そうだ。僕の頭の中は何時も洋子の事で一杯だ」
「まぁ、そんな事を言って」
冗談めかした事を言っても妻は嬉しいのです。朝、出かける時は沈んでいた顔が明るく笑っています。
次の場所は大きな民家に手を入れて展示館として市が管理しているものです。
20畳位のスペースを1週間貸してもらえます。しかも無料です。予約は2か月前から早い者勝ちです。
管理人の方から上手い予約の方法を教えて頂きました。予約は問題ないでしょう。
「ここが良いわ。ここに決めた、貴方、有難う」
帰途、クリスマスローズの素晴らしさを延々と私に話して聞かせます。本当に嬉しそうです。
帰ると妻はクリスマスローズの鉢一つ一つに話しかけています。
「貴方達、展示会に出してあげるからね。 一生懸命、水遣りするからきれいにお花を咲かせてね」
それから1週間は何事も無く過ぎて行きます。
--------------------
次の週の土曜日の朝、夫は午前中出勤です。出勤と言っても自分一人の会社です。先週忙しかったらしく、整理をしに出かけただけです。
佐伯から渡された携帯に着信があるのに気がつきます。
会社を出れば、マナーモードにしておくように言われています。
発信者はTS、佐伯のイニシャルです。着信時間は昨晩の11時になっています。
『何かしら?』
休み前のしかも遅い時間に用もない筈なのにと思いながらも、発信します。
「佐伯だ」
「宮下です。昨晩は電話を頂いたのに気がつかなくて申し訳ありません」
「なにも誤ることはない。あんな遅い時間に電話した僕の方がいけない」
「済みません。何かご用ではなかったのですか?」
「いや、用は何もない。ただ、昨日こちらで良い話があったので、君に真っ先に聞いてもらいたかった」
「私なんかにですか?」
「君にだからだよ。女房がいれば、女房になんだろうが、生憎僕にはそう言う女性は居ない」
佐伯は5年前に離婚しています。離婚の理由は知りません。
頼れる上司からそう言われれば、悪い気はしません。
「お仕事うまく行ってるのですね。良かったですね」
「君にそう言ってもらえると、本当に嬉しいよ」
「昨晩は寝不足なんだ。君から電話がいつ来るかと待っていたんだ。少々、辛かった」
「これからは直ぐ出れる様にします」
就業時間外の、しかも社用でもない話、そんな電話に本来直ぐ出る必要はないのです。
しかし、正社員してもらったと恩を感じています。直ぐ出なければと思ってしまうのです。
妻は佐伯の仕掛けた罠に又一つ自分から嵌まってしまいます。
この時から妻は佐伯の携帯を肌身離さず持ち歩くようになります。
自分の携帯に着信音がなります。
「はい」
思わず、部長と言うところでした。電話は夫からです。
「洋子、昼飯の支度は終わったのか?」
佐伯との電話の後暫く ぼうっとしていました。 食事の支度どころではありません。
「いいえ、まだです」
「そうか、それでは外で済まそう。これから帰るから」
「ただいま、食事に行こうか」
「どう言う風の吹き回しですか、お昼を外でなんて」
「うん、仕事の延長の積もりで君に聞いてもらいたい事がある。それには外の方が良いと思ってね」
私は妻とUホテルと言う割と大きなビジネスホテルで食事をします。洒落たレストランが併設されています。
管理人の方から上手い予約の方法を教えて頂きました。予約は問題ないでしょう。
「ここが良いわ。ここに決めた、貴方、有難う」
帰途、クリスマスローズの素晴らしさを延々と私に話して聞かせます。本当に嬉しそうです。
帰ると妻はクリスマスローズの鉢一つ一つに話しかけています。
「貴方達、展示会に出してあげるからね。 一生懸命、水遣りするからきれいにお花を咲かせてね」
それから1週間は何事も無く過ぎて行きます。
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次の週の土曜日の朝、夫は午前中出勤です。出勤と言っても自分一人の会社です。先週忙しかったらしく、整理をしに出かけただけです。
佐伯から渡された携帯に着信があるのに気がつきます。
会社を出れば、マナーモードにしておくように言われています。
発信者はTS、佐伯のイニシャルです。着信時間は昨晩の11時になっています。
『何かしら?』
休み前のしかも遅い時間に用もない筈なのにと思いながらも、発信します。
「佐伯だ」
「宮下です。昨晩は電話を頂いたのに気がつかなくて申し訳ありません」
「なにも誤ることはない。あんな遅い時間に電話した僕の方がいけない」
「済みません。何かご用ではなかったのですか?」
「いや、用は何もない。ただ、昨日こちらで良い話があったので、君に真っ先に聞いてもらいたかった」
「私なんかにですか?」
「君にだからだよ。女房がいれば、女房になんだろうが、生憎僕にはそう言う女性は居ない」
佐伯は5年前に離婚しています。離婚の理由は知りません。
頼れる上司からそう言われれば、悪い気はしません。
「お仕事うまく行ってるのですね。良かったですね」
「君にそう言ってもらえると、本当に嬉しいよ」
「昨晩は寝不足なんだ。君から電話がいつ来るかと待っていたんだ。少々、辛かった」
「これからは直ぐ出れる様にします」
就業時間外の、しかも社用でもない話、そんな電話に本来直ぐ出る必要はないのです。
しかし、正社員してもらったと恩を感じています。直ぐ出なければと思ってしまうのです。
妻は佐伯の仕掛けた罠に又一つ自分から嵌まってしまいます。
この時から妻は佐伯の携帯を肌身離さず持ち歩くようになります。
自分の携帯に着信音がなります。
「はい」
思わず、部長と言うところでした。電話は夫からです。
「洋子、昼飯の支度は終わったのか?」
佐伯との電話の後暫く ぼうっとしていました。 食事の支度どころではありません。
「いいえ、まだです」
「そうか、それでは外で済まそう。これから帰るから」
「ただいま、食事に行こうか」
「どう言う風の吹き回しですか、お昼を外でなんて」
「うん、仕事の延長の積もりで君に聞いてもらいたい事がある。それには外の方が良いと思ってね」
私は妻とUホテルと言う割と大きなビジネスホテルで食事をします。洒落たレストランが併設されています。
「また一つ良い話が纏まった。台湾の新しいメーカーの日本代理人になれそうだ。営業的な事は僕一人で大丈夫だが、処理とか書類の整理とかちょっと手に負えなくなりそうだ。それに経理も そろそろ中でやりたい」
「新しいお仕事がまた出来たのですか。良かったですね」
今、経理処理は定期的に税理士さんを頼んでいます。この機会に書類、帳簿の整理を含め経理も任せる人を一人雇おうと考えているのです。
それを妻にと思っています。
「一人雇おうと思っているのだが、どうだろう、君がやってくれないか。そうすれば、外に金が出ないし、君とずっと一緒に居られる」
「どれ位お給料払う積もりなんですか?」
「うーん、月10万円位かな。そんなに忙しい訳でもないし、パートで良いと思っている。」
「経理もでしょう?10万円じゃ無理よ。誰も来ないと思います」
「そうか、でも君なら大丈夫だろ10万円でも」
「私は経理の知識もないし、それに今の所を辞めれば その差は大きすぎます」
「経理は少し勉強すれば慣れるさ、そんなに処理件数は多くないから。15万円ならどうだ」
「大差ないわ。今のお仕事も面白くなってきたし辞めたくないの。もう少し頑張れって言ってくれたじゃない。とにかく一日でも早く自分の家が欲しいの」
家の事を出されれば、それ以上反論出来ません。結局、妻に押し切られます。
--------------------
次の週、二人の女性と面接します。
32歳と38歳の方、二人共独身です。
余り若い方はどうかと思い38歳の方を採用します。 松下由美子さんと言います
直ぐ電話に出ますと言ってから、佐伯は一日に一度は必ず電話をして来ます。
決まって6時頃です。この時間なら夫は、未だ帰宅していないと考えての事でしょう。
内容は他愛のない事ばかりです。話の内容は妻の身近な事が多いようです。
夫の仕事が忙しくなり、38歳の女性を一人雇うようになった事。その女性が来週火曜日から出社予定である事。
夫の昼食はコンビニで買った弁当か、Uホテルのレストランで取り、それは隔日の周期である事等です。
佐伯が妻の辺を探りたく、それとなく聞き出した結果でしょう。それが とんでもない事になるとは妻は知る筈がありません。
--------------------
今日は金曜日、7時になっても電話はありません。
不思議なもので電話がないと寂しさが湧いてきます。何かあったのかとも思います。
8時を少しまわった頃です。
着信マナーがズボンのポケットで震えます。発信が途切れない様にと慌てて出ます。
「洋子です」
何故、洋子と答えたのか解りません。待っていた電話に思わずそう言ってしまったのです。徐々に佐伯に感化されているのです。
「嬉しいな。洋子と言ってくれたね。これからも洋子と呼ぶよ」
「はい」
「ところで僕の事を何と呼んでくれる。部長さんじゃいかにも味気ない。」
「何とお呼びすれば?」
「ご主人の事は何と呼んでる?」
「貴方です」
「そうか貴方か。僕も貴方と呼んで欲しい」
「貴方ですか?」
一度快感を与えてくれた相手とは言え、”貴方”では違和感があります。逡巡します。
貴方では夫を裏切っている様な気になるのでしょうか。もう既に裏切っている事に気がつきません。
>>次のページへ続く
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