飯の途中だったことも忘れて、それからしばらく翼と談笑した。
向こうも話したいことがたくさんあったんだと思う。
もちろん俺も話したいことはたくさんあって、親に物陰から見られてることも知らずにいつになく饒舌に話していた。
「…藤森くんに久しぶりに会いたいな」
「俺もそう思ってた」
いくら自信がついても、やっぱり翼のが一歩先にいて、結局オウム返しとなる形で会う段取りが決まった。
あまりにもあっさり決まったもんだから、夢を見てるんじゃないかと思った。
会うのは次の土曜日。
翼は俺の家まで来ると言っていたが慌てて断った。
俺が会いに行くと言っても向こうは了承せず、互いの妥協案で車で1時間ほどかかる水族館に決まった。
こう考えるとデートみたいだよな。
当時の俺もそう思った。
だから当然飛び上がるほど嬉しかったし、もしかして翼も俺のこと好きでいてくれてるんじゃないかと妄想したりしていた。
こんなに次の土曜日が待ち遠しかったことはない。
それからの1週間は授業に身が入るはずもなく、教師に怒鳴られる日が続いた。でも、そんなのどうでもよかった。
土曜日の今頃は何しとるのかなって考えるのに一生懸命で、友達に気持ち悪いと笑われる程度にはニヤけてたと思う。
気づけば金曜日の夜で、前日から心臓が早鐘のように鳴り続けていた。
待ち合わせ場所は水族館の入り口。
その水族館は海に面してて、遠くの方から波音が風に乗って流れてきていた。
集合時間は午後の13時だったんだけど、結局家にいても落ち着かなくて、11時すぎには待ち合わせ場所に着いてしまった。
でも、それも全然苦じゃなかった。好きな人を待ってる時間て、すごく複雑だよな。
早く来てほしい気もするし、このままずっと相手のことだけを考えて待っていたいっていう気持ちもあって。
今から翼に会えるかと思うと、どうしてか泣きそうだった。
俺は小学1年生の時からずっと片想いで気持ちも伝えてなかったし、彼女と会ってる時間を考えればそんなに多くない。
それなのにこうやって翼は俺に会いたいと言ってくれて、これ以上ないくらいの幸福感に包まれていた。
それから少しの時間が経って、待ち合わせ時間の15分前くらいだったかな。
「藤森くん、お待たせ!」
そう言って僕の目の前に現れた翼は、息を飲んでしまうくらい可愛かった。
もう、死んでもいいと思った。
彼氏でもないくせに。
翼とは、その日いろんな話をした。
せっかくの水族館なのに魚もほとんど見ず、無駄話に花を咲かせた。
俺は翼が日本から居なくなってから、勉強にひたすらに打ち込んだこと。
部活も今まで以上に熱を入れてがんばったこと。
友達がたくさんできたこと。
修学旅行が楽しかったこと。
高校もそれなりに充実してること。
バイトを始めたこと。
オシャレに気を使い始めたこと。
まだまだ足らなかった。
翼は微笑みながら俺の話を聞いてくれて、嬉しそうに相づちを打ってくれた。
時々、へぇ!とかすごいね!とか、わざとらしいリアクションをしてるのがなんとも可愛らしかった。
だから、次は翼の話を聞きたかった。
向こうの生活はどうだったんだろう。
楽しかったのかな、充実してるのかな。
どうして、翼と弟だけ帰国したんだろう。
知りたかった。教えてほしかった。
でもなぜか、翼は何も言おうとはしなかった。
ただ、藤森くんが明るくなって嬉しいとそう言うだけだった。
少しだけ違和感があった。
昔よりも、翼は物静かな子になっていた。
おしとやかとかそう言った物静かさじゃなくて、なんというか、暗かった。
「大丈夫?」
そう聞いてみると、嬉しそうにうん!と笑う。
でも、やっぱりどこかぎこちなかった。
その日、翼と連絡先を交換した。
個人的なメールのやりとりができるようになった。
夜、解散してから早速翼からメールが届いた。
「今日はすごく楽しかったよ!ありがとう!
久しぶりに会えてよかった(^-^)/
またでかけるのに付き合ってくれる?」
当たり障りのないごく普通の内容だけど、これが初めて彼女が俺に送ってくれたメールだった。
嬉しくて何度も読み直した。
俺に読ませるために文章を考えてくれたのかなと思うと、ますます翼が好きになった。
「こちらこそ楽しかったよ!俺も久しぶりに翼ちゃんに会えてよかった」
そんな感じのメールを返信した。
彼女からの内容はよく覚えてるのに、自分の打った文章はあまり思い出せないな。
「今度は、一緒にきてほしい場所があるから」
即効届いたメールの返事には、そんな言葉と
「藤森くんには知っていてほしいから」
と意味深な一言が添えられていた。
そんな内容を送ってこられたら、誰だって気になるだろ?
だから意味を教えてほしいとメールを送った。
でも、その後彼女が俺に返事を送ることはなかった。