幼なじみとの馴れ初め
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毎日毎日、ひたむきに稽古をした俺。
そんな俺に師範が、「よく頑張るね」と言った。
俺は俺の稽古に、毎日ついて来る陽子を見て、「彼女の為ですから」と師範に言った。
「そっか」
師範はそう言うと、優しい顔をした。
久しぶりに、香織に会った。
学校で時々、顔を合わす事はあったが、お互いに目を背けていた。
朝のランニングが済み、家に戻ろうとすると香織がいた。
「頑張ってるみたいね」
香織の笑顔を見たのは、別れた日以来だった。
「あぁ」
「顔つきが最近、たくましくなってきたよ」
「ありがと」
「陽子ちゃんと仲良くやってんの?」
「あぁ」
「そっか・・・じゃ、頑張ってね」
たったそれだけの会話だった。
たったそれだけの会話だったけど、俺はやっぱ、香織が好きだと気が付いた。
陽子とは時々、キスならばした。
でも胸を触ったりとか、それからやりたいとは思わなかった。
きっかけがきっかけだけに、傷つけたくないと思ってた。
ちゃんと責任を取れるようになって、それからだとも思ってた。
それから・・・
あの4人組の身元が分かった。
学校周辺では有名らしく、リーダー格は「梅田」と言うらしい。
仕事もせず、パチンコ店なんかに毎日出入りしてるらしい。
腕に自信がついた俺は、復讐しようと思った事がある。
でも陽子に止められ、思い直した。
「復讐なんか、絶対に考えないで」
そう懇願されると、何も出来なかった。
空手に熱中しすぎて勉強が疎かになり、2年時にT大確実と言われてた俺だが、3年時は特進からも外れてしまった。
それでも3年の2学期以降、なんとか持ち直し、同じ六大学のR大に合格した。
陽子も特進で、T大も固いと思われるが、来年はあえてT大を避け、R大を受験すると言う。
ま、1年の差はあるが、俺の後を追うって感じかな。
香織は・・・
噂で聞いた程度だが、私立はR大に合格したらしいが、地元国立にも受かっており、そっちに行くと思う。
それから、梅田の事を新聞で見た。
梅田は喧嘩して刺されて、あっけなく。
他の3人については知る由もないが、ま、どうでもいい。
卒業式の日、「お祝いしたい」と言う陽子に呼ばれ、俺は陽子の家に向った。
テーブルには、陽子お手製のオムライスとサラダが。
陽子以外には、家族は誰もおらず・・・
「もしかしたら?」
そう言う思いも、あるにはあった。
食事が済み、陽子の部屋でしばし雑談。
雰囲気が良くなって、キスするまではいつも通り。
でも相変わらず、それより先には進もうと思わない俺。
「抱いてほしいよ」
煮え切らない俺に陽子が、いよいよ業を煮やしたか・・・
「ちゃんと責任取れるようになってから・・・ねっ?」
そんな言葉すら、陽子を傷付けていた。
「好きだから・・・抱いてほしいんです!」
俺に覆い被さり、唇に吸い付く陽子。
やがて俺のベルトに手を伸ばし・・・
「陽子ちゃん、そんな事しないで・・・」
思わず俺は、そう言ってしまった。
「どうしてですか?」
目に涙をいっぱい溜め、陽子は俺に尋ねた。
「だから・・・ちゃんと責任取れるようにな」
「ウソっ!」
「俊也さん、あの事・・・あの日の事を気にしてます!」
「えっ?」
「あたしの事、不潔だとか・・・汚いとか思ってるでしょ?」
「あの日の事、絶対に引きずってます!」
「そんな事ないよ」
「じゃ、どうして・・・」
陽子は声を上げて泣き出した。
「あの日、あの男達は・・・あたしの体に触る前から・・・」
「でも俊也さん、全然反応しない」
「キスしてもそう。さっきあたしが上に乗ったのに・・・」
「男の人って、『したいもんだ』って聞きました。」
「でも俊也さん、あたしを全然求めない。」
「『責任取れるまで』って言うなら、避妊してもいいじゃないですか?」
「なのに俊也さん・・・触れようとしない・・・」
「帰って!」
そう言われ、家から追い出された俺。
暫く玄関先に留まったが、中に入れてくれる様子もない。
俺は仕方なく、重い足取りで家路についた。
陽子の言葉は遠からず、的を得ていた。
「不潔」とか「汚い」とかは思ってない。
思ってはいないが、「あの日」の事を意識しない訳じゃない。
今付き合ってる事も、俺なりの「あの日」の償いだったから。
でももしかしたら俺・・・
陽子に言われて気付いた事があって、
「陽子にかなり失礼な事をしたんじゃないか?」って事。
好きでもないのに、ただ償いの為に付き合いだした事は、優しさではなく、また償いでもなく・・・
一人の家には帰る気がしなかった。
俺は家の側の公園に行き、ベンチに腰掛け俯いていた。
陽子に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
また、自分が歯痒くて仕方がなかった。
と、その時、コーラの赤い缶が、目の前に差し出された。
見上げた俺に、「どうした?彼女と喧嘩でもした?」
香織だった。
俺は立ち上がり、香織を抱きしめた。
「ちょっと、ちょっとー」
香織はそう言ったが、俺は尚もきつく抱きしめた。
そして声を上げ、大声で泣いた。
そう・・・あの日の香織のように・・・
「落ち着いた?」
香織の声に、自分を取り戻した。
「ごめん・・・」
俺は香織に謝った。
「謝るより・・・感謝されたいな、あたしとしてはね」
「あぁ・・・ごめん・・・」
「座ろっか?」
クスリと笑った後、香織はベンチを指してそう言った。
俺は黙って頷き、腰を下ろした。
「喧嘩した?」
「いや・・・そうじゃなくて・・・」
「自分自身が情けなくて・・・そしたらなんだか泣けてきて・・・」
「そしたら香織が目の前にいて、なんだか甘えたくなった。」
「ごめん・・・」
「そっか・・・」
香織はそう言うと、コーラの蓋を取って俺に差し出した。
俺は受け取るには受け取ったが、飲む事が出来なかった。
「3年も前だね〜あたしがここで泣いたの。誰かさんに抱きついてさ。」
「先輩にいじめられた位で、好きな陸上を辞めた自分が、なんだか情けなくてね〜」
「そしたら目の前に、突然コーラが出て来たじゃない?」
「『今、この人に甘えたい』って思った訳よ」
「そしたらさ〜その相手が、幼馴染の俊ちゃんでしょ!もうびっくりでさ。」
「気付いたら、抱きついて泣いてた訳よ」
そう言うと香織は、俺の手からコーラを取り、一口飲んで返した。
「あの日のコーラ、美味しかったよ。缶に砂ついて、ぬるくなってたけどね。」
「あのコーラのお陰で、あたし元気になれたんだ。」
「だから俊ちゃんもコーラ飲んで、元気出しなって!」
そう言って香織は、俺の肩を思いっきり叩いた。
「俊ちゃん・・・」
暫く黙ってた香織だが、口を開いた。
「キス・・・しよっか?」
俺は驚いて、香織の顔を見た。
その途端香織は顔を近づけ、唇を重ねてきた。
「あ〜っ!ちゅーしてるぞ〜!」
遠くで子供の声が聞こえるまで、香織は唇を離そうとはしなかった。
「じゃ、あたし行くね」
唇を離すと、立ち上がった香織。
「オマタ、興奮してるみたいだから、彼女に頼んで沈めてもらいなさい!」
そう言うと香織は、ゆっくりと公園の出口へと歩く。
その背中に俺は、「香織、好きだよ」と叫んだ。
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