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誤解の代償
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でも、まさか志保ちゃんが、あれからもお前を裏切り続けるとは思わなかった。

悪い事をした。でもショックだったよ。」


「気にするな。俺が決めた事だ。」

二人でそんな話しをしている所へ彼女が来ました。

「遅くなって申し訳有りませんでした。」

走って来たのか、息が上がっています。


「どうだった?先方は納得してくれたか?大変だったろう?」

「いいえ、それ程でも有りませんでした。先方も納得してくれましたし。」

「流石だな。ご苦労様。ああ、こいつが大学時代からの友達で佐野だ。」

「よろしく佐野です。噂には聞いてました。これかもよろしくお願いします。」

「此方こそよろしくお願い致します。私も、佐野さんの事は次長から良く聞いています。」

挨拶も終わり、和気あいあいと楽しい時間を過していましたが、彼女がトイレに立った時に、佐野が声を低めて言いました。

「なあ、志保ちゃんに感じが似ているな。」


「そう思うか?俺もそう思う。だから惹かれたのかな?何か志保の面影を追っている様な気になってしまう・・・。」


「だけど、此処まで来た以上、それでは済まないだろう。あの人は今迄の経緯を、ある程度知っているんだろう?知ってお前と付き合っているのなら、そんな事は言っていられないだろう?」


「・・・その通りだな。」


トイレを出て来た彼女に気付き 話を中断して、他愛の無い話をして盛り上がっていると、妻から携帯に連絡が入りました。

『依りによってこんな時に』

私は出るか出ないか迷いましたが、先日、″ちゃんと出るから”と言った以上、此処で出ないと、またマンションに押しかけて来ないとも限りません。

何気なく席を外したつもりでしたが、不自然だったと思います。


「どうした?何か有ったか?今、都合が悪い。何も無ければ後で電話する。それで良いか?」

ほんの少しの沈黙の後、妻が言いました。


「遅くなっても良いから来てくれる?来てくれたら、離婚届に判を押しても良いわ。」

「えっ?随分急な話だな。ついに決心してくれたのか?」

「気が変わらないうちに来てくれる?今日しかチャンスは無いと思って。」



席に戻り、今妻からの電話の内容を隠しておくよりは、はっきりと言った方が良いと思いました。

「あいつからの電話だった。離婚届に判を押すから、これから来てくれとの事だ。」

佐野は複雑な表情で、「それで行くのか?」

「ああ、行ってはっきりさせようと思う。何時までも、こんな生活はしていられ無いからな。」

「うん。お前の人生だものな。」

彼女は、やはり不安そうに私を見詰ていました。

「遅くなっても、マンションに帰るから、部屋で待っていてくれても良いよ。明日は休みだし、二人でゆっくり過ごしたい。」

「いいえ。今日は帰ります。でも後で、電話だけは下さい。」

妻への気持ち。彼女への気持ち。

優柔不断な私に嫌気がします。

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妻と暮らした家の前に立ち、インターホンのボタン押しました。

「どちら様ですか?あっ、貴方?お帰りなさい。」

何も無かった時の様な、明るい声で私を向かえました。

程なく玄関の鍵が開き 妻が出迎えましたが、化粧をしていて服装も、少し派手なものでした。

「何処かへ出かけるのか?」

「いいえ。貴方が帰って来てくれるから、少しお洒落したのよ。さあ、早く入ってよ。」

久し振りに来た家は、マンションの部屋の殺風景なものと違い、何故か落ち着く雰囲気が有りますが、此処で妻と男が、甘く激しい時間を過し、私の人生計画を狂わせた所でも有る訳です。

「離婚届をくれないか。判はもう押してくれているんだろう?」

「これからよ。それよりもお風呂に入ったら?それとも、先に何か食べる?用意はして有るから。」

本当に何も無かった幸せな時の、妻の態度そのものです。

「貰う物を貰ったら、早く帰りたい。」

「何を言っているの?帰るって何処へ?此処が貴方の家じゃ無い。何処にも行く必要は無いのよ。」

「意味が分から無い。何を言っているんだ?今日離婚届を貰ったら、もう夫婦じゃ無いんだぞ。」

妻は俯き、次に顔を上げた時には、私をしっかりと見詰めて言いました。

「美幸から聞いたわ。今日、佐野さんに彼女を会わせたんですってね。もう、そこまで進んでいるんだ?

貴方の性格だもの、勝手に決めてしまっているんでしょうけど、私はまだ納得していないのよ。

『好きな事をやっておいて、勝手な事を言うな。』と思うでしょうけど、そうは行かないわ。」


「何なんだ?どう言う事だ?お前が判を押すと言うから来たんだ。俺に何をしろと言うんだ?」


「お前と呼ぶのは止めて。前の様に志保と呼んで。俺と言うのも止めて。何時もの様に、僕と言って!」

妻は妻なりに、なりふり構わ無いプライドを掛けた行動に出て来た様です。


「冗談じゃ無い。お前が好きな男が出来たように、俺にも思う女性が出来た。そうさせたのは,お前じゃ無いのか?いい加減にしてくれ。早く帰らないと、変に誤解されてしまう。」


「いやよ。誤解されるならされたら良いわ。貴方をあの女には渡さない。

私は今も妻よ。少し位チャンスをくれたって罰は当らないでしょう?

それも出来ないと言うのなら、あの人にやった様に、貴方の会社に行って、彼女との事を話すわよ。」


「それは、立場が違うだろう。何故、お前がそんな事が出来るんだ?自分のした事を、本当に分かっているのか?」


「だから、お前と言うのは止めて。私だって、自分のした事の意味位分かっているわよ。でも、貴方は何時からあの女と付き合っていた?私ばかり、責められるのかしら?」

雲行きが、怪しくなって来ました。

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妻の言い分は、明らかに理不尽です。

それを承知で言っているのならば、私も引き下がる訳には行きません。

自分の気持ちの中に、依然妻の存在は大きなものです。

他の人に言わせれば、『此処まで虚仮にされて、何を今更馬鹿な事を言っているのか。さっさと、別れてしまえ。』と思うでしょうし、私の身近に この様な立場の人間がいれば、やはりそう言うでしょう。

その方が、先の事を考えると良いに決まっている事は分かります。

分かっていても、また、一時気持ちを整理しても、どうしても引き戻されてしまうのです。

しかし、そんな感傷的な事は、私の状況が許さなくなってきています。気持ちに区切りを、付けなければならない、最後の時がやって来たのでしょう。

「よし、お互い始めから話をしよう。何でも答えてやるから、疑問が有るなら聞いてくれ。」

「あの女とは何時からなの?私が、浮気する前からよね?」

「いや、違う。新入社員の時に、仕事の面倒を見ていた。

確かにその時、先輩に対する彼女の憧れも様なものは感じていた。だからって、何か有った訳では無い。

良く思い出してくれないか?単身赴任する迄、不審な行動が有ったか?

職場で飲みに行って、遅くなる事はたまに有ったが、それは、本当にたまにだ。

何か有ったら、もっと遅く帰って来る事が多かったと思わないか?

赴任してからも、休みの日は、お前がちょくちょく来ていたから、彼女が来ていたかどうかは、あの部屋の乱雑さを見れば分かると思う。

疑いを持たれたのは、出張で来て料理を作ってくれたあの時1度だけだろう?」


「じゃあ何故、痕跡を残す様な事をしたのよ?あれは、私への挑戦としか思えないわ。」



確かにそうですが、その事は、私に言われても どうしようも有りません。

彼女の中に、妻の言う通り挑戦的な所は有ったのだと思いますが、その事は、あえて詳しくは聞いていません。


「彼女は、お前の浮気に気付いていたよ。その事に対する、忠告だと言っていたが、それ以上の事は分から無いな。」


「前から、貴方の事が好きだったからよ。」


「そうだったとして、俺に責任が有るか?人の気持ち迄どうしろと言うんだ?今話して来た事を考えてくれれば、昔からの関係で無い事が分かると思うけどな。」


妻は、私が以前から浮気等していない事は知っているのだと思います。


「俺からも聞くぞ。大体の事は分かっているから、今迄の様に誤魔化すな。今更嘘を言ってもしょうが無いだろう?

あの男とは何時からだ?

お前が赴任先に来なくなる前からだよな?」


「・・・そうね。あの4ヶ月前位からかしら。

でも、関係を持つ様になったのは、すぐにじゃ無いのよ。

前に話した様に、二人で逢う様になってからも紳士的で何も無かった。

それに、休みで部屋で ごろごろしている貴方と、仕事をしている所だけを見ているあの人とでは、男としての魅力が違う様に思ってしまったのは事実よ。

良く考えれば、貴方も職場では颯爽としているんでしょうにね。正直、馬鹿だったと思っているわ。

ただ あの時は、私も年を取って来て女としての、焦りのようなものも感じてた。女として扱ってもらえる最後の方に来ているからかしら。

だから嬉しかった。貴方に対する罪悪感よりも、あの人に惹かれてしまったの。」


「それで来なくなったのか?」


「そうね・・・。あの時に限って言えば、貴方よりも、あの人を愛していると思ったわ。

でも、不倫が奥さんにばれてしまい、別居になると聞いた時に、奥さんへの罪悪感よりも、貴方とそうなってしまった時の恐怖感の方が強かった。」


「そう思ったなら、何故その時に止めなかった?」


「止めようとは思っていたわ。でも、散々身体の関係を持って来たから、そんなに簡単には行かなかったの。ごめんなさい。」


「今はどうなんだ?」


「何も思っていないわ。嫌いになったと言うのでは無いけれど、男としてどうと思う事は無いの。

正直に言うけれど、連絡は有るのよ。“こっちに来てくれないか”って。でも、断ったわ。

それでも電話して来るけれど、その気は無いもの。」


「向こうの家庭を壊しておいて、余りにも勝手過ぎないか?男よりも女の方が、ドライなのは分かるけれど、人間として許される事では無いと思う。奥さんから、何か言って来ていないのか?かなり恨んでいると思う。」


奥さんは、別居から、やがて離婚になってしまう原因が、妻である事を知っていました。


「ええ、何も言って来ない。本当に悪い事をしてしまった。貴方の言う通り、許される事では無いわね。どうすれば良いのかしら?」


「それは、自分で決める事だ。どうすれば、大人としてのけじめを付けられるのか、良く考えるべきだな。」


「随分と冷静なのね。もう、私には何も気持ちが無いと言う事なのかしら?」


「長い間暮らして来たんだから、何も思っていない事は無いさ。だけど、どんな夫婦も別れる時は、感傷的になるものなんだろう。しょうが無い事だと思っている。」


「・・・・ねえ、帰って来て。貴方を裏切った分の何倍も尽くすわ。お願い。」


「一時の感情に流されて、後悔したく無いんだ。戻らないのが後悔する事になるのかも知れないが、今はそうは思え無い。」


「あの人を、愛しているの?」


「こんな時に、本当の恋愛を出来るほど、器用じゃ無い様だ。それでも、気持ちは動いている。」


「許せない。でも、どうしようも無いのね? 馬鹿だった。こんな事になるなら、あんな事するんじゃなかった。」


「そうだな。この家で逢っていれば、何時でも電話に出られるし、ばれない様に気を付けたつもりが、裏目に出てしまったしな。そう言う運命だったのかもな。

俺に対する慰謝料は要らないぞ。この家に住むのも良し、出るも良し、お金の事は蓄えも有るだろうから、何とかしてくれ。

娘の学費なんかは俺が払う。

それから、離婚の理由は俺の浮気にしておけ。その方が、あいつのショックが少しは小さくなる様に思う。」


その後、妻は『今日だけは泊まって行って。』等と、すんなりと離婚届に判を押してはくれませんでしたが、最後には諦めた様で、何とか押してくれました。

判を押す時は、私の感情も複雑でした。

妻との今までの幸せな時の事が蘇り、またやり直せないものかとも思いましたが、何とか思い留まりました。

ただ、この時に彼女の事が思い浮ばなかったのは、妻の代役としか思っていないからなのでしょうか?

そうならば、私も罪深い人間です。

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妻と別れてからも、浮気の現場を見た時の事が蘇り苦しめますが、不思議と恨む事が出来ません。

考えて見れば、私は女と言うものをどれ程理解していたのでしょう。





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