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厨房3年の夏

 

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厨房3年の夏。

ほんとは受験勉強一色でなければならないはずなのに、おれにはずっと片想いの女子がいたんだよね。

その子とは小学3年からずっと同じクラス。

といっても小学校自体が田舎の分校みたいなもんで、クラスはひとつしかなかったんだけどさ。

でも厨房の3年間でのクラス替えにもかかわらず、いつも同じクラスだったのは不思議な偶然かな。

さらに彼女のお母さんとおれの母が、高校時代からの親友だったとかで、小さいころからお互いの家を行き来していたのよ。

幼なじみというほどではないが、一人っ子のおれには姉みたいな感じ。


中学に入る前に彼女のお母さんがガンで亡くなっちゃったの。まだ若いのに。

それがお父さんにはつらかったんだろうね。

小さな運送会社をやっていたんだけど、酒びたりになっちゃって。

従業員もやめていくは、数台あったトラックも売り払うはで、彼女の家めちゃくちゃになってたみたい。

収入はどうしてたんだろ。たまにそのオッサンが一台だけ残したトラックを運転しているのを見たから、まあ、最低限の収入はあったんだろうな。

彼女が弟二人の面倒やら食事の準備やら掃除洗濯やら すべてやっていたと聞いた。

おれの母が彼女のことを不憫に思ってか、よく余分に作った食事をおれに近所の彼女の家まで届けさせていた。

壁に穴とかあいてたから、あのオッサン酔うと暴れていたのかも。

彼女のほうもおれの母を自分の母親のように慕って、うちに来ることもあった。



なんで彼女を好きになったんだろう。

彼女が母親を亡くしてすぐの、小6の冬だったか。

担任に嫌われていたんだよね、彼女。担任はオバサンだっから、ちょっと美少女入っていた彼女が鼻についたのだと思う。

その日も、何が原因だか教室のうしろに彼女が立たされていてね。

いちど彼女、腹痛を訴えたの。でも担任は仮病と一蹴。
それから彼女はもうじっと我慢してた。ちらちら見るとすごい辛そうだった。

5時間目だったから その授業が終わるとすぐ帰宅。

おれが帰ろうとすると、おばさんに用があると彼女がついてくる。

おなか痛いの大丈夫?と聞くと、あんなババアに負けてたまるか、と彼女せせら笑っていた記憶が。

家につくとおれの母と彼女が何やらごそごそ話しはじめた。

しばらくすると彼女がおれの部屋に。

トランプか何かしているとき、ふとした瞬間にスカートの中が見えた。

白いパンツに血がこびりついていた。

彼女が家に戻るときおれの母が何か渡していた。うちの夕飯も赤飯だった。


その晩、布団に入ると彼女のことが頭から離れない。

あんなババアに負けてたまるかと言ったときの笑顔、真っ赤な血のあと。

この日からだと思う。彼女がおれの中で特別な存在になったのは。



貧乏娘がいじめられるのは定説になってるけど、彼女は まったくそんなことがなかった。それどころかクラスのリーダー的存在。

彼女を毛嫌いしていた小学校の担任から解放されたこともあってか、はたから見ていても輝いていた。

ほかの小学校からきたやつらのあいだでも噂になっていた。あれだれ?みたいな。

実際、むかしから知っているおれも驚くほど、セーラー服を着た彼女はかわいくなっていた。

サナギがきれいなチョウになったっていうか、そんな感じ。

今まで彼女の中にひそんでいた女の部分が開花したというのか。

でも、本人はそんなことを知らない。自分が見られているという意識がないから、どこでも大股開きですわる。

そんな ずぼらなところも男子から人気のある一因だったんだろうな。

彼女のパンチラが噂になっているのが、どうしてか悔しかった。


あれはいつだったろう。ころもがえの頃か、夏服になったとき、そで口からのぞく彼女のわき毛が男子のあいだで評判になった。

わきであれなら、○○のあそこはボウボウじゃねえのか、とか。

このときはさすがに彼女に教えた。

顔を真っ赤にしてたよ。

そのあとすぐ開き直って、「○○(なぜか彼女はおれを呼び捨てにしていた)は生えた? 見せてよ」とか言われた。

おれはまだで、それを恥ずかしく思っていたから抵抗した。

結局、見られた。男のくせに剃っているの?だってよ。

ウルサイー!と叫んでその場を離れたような。



学年のアイドルみたいな彼女が、おれのような男と親しくしているのをまわりは不思議がっていた。

厨房のおれ、最低だった。最低の最低。

第二次性徴のせいか日に日に顔が醜くなっていくような気がした。

オナニーをするとバカになると信じていた。やめよう、やめようとは思うのだが、そう思うとかえって気になってまたオナニー。

おれ小学校のころ成績が良くて、それだけがプライドになっていたのに、成績は どんどん落ちていく。オナニーのやりすぎが理由だと思う。

で、どこに自分の価値をおいたらいいのかわからなくなって、むずかしそうな文学作品に手をだした。文学ってエロが多いんだよね(w

倒錯的なエロ。厨房のおれには刺激が強すぎ。そんでまたオナニー。

クラスで文学を読んでいるのはおれだけだろう、なんて思ってさ。

そのくせクラスの女子に声ひとつかけられない現実。


自分は特別な存在だ、みたいに思っていたから友達もあまりできないし。

そんなおれに例の彼女だけは友達として接してくれたし、おれのほうも彼女にだけは(女なのに)気後れしないで話せた。
自分の嫌な部分を見つめると、どっか彼女の家の内情を知っていたから、というのがあるのかな。

(おれの)劣等感と(彼女への)優越感の微妙な関係。

そんなことはないとは思いたいけど、じゃあ、なぜ彼女とだけはふつうに話せたのかと考えると……。

そういうわけで人気者の彼女をクラスの隅からながめていた厨房時代。


彼女が変わったのは、3年の夏休み。

夏を征するものは受験を征す。受験生の正念場。

ある家庭教師の大学生がおれの家にくるようになってからだ。

家庭教師はTさんといって、近所の大学生。

帰郷していた早稲田の政経の4年生で、ちょうどバイトを探していたとのこと。

おれの志望していたトップの県立学校の卒業生。

東大志望だったが落ちたらしい。どの科目でも教えられると、Tさんのほうからおれの母に強くアピールしてきた。

実際、最初の訪問で驚いた。言うだけのことはあって、教え方がめちゃうまい。

1だから2となる。つぎに2が3になるでしょ、みたいな感じでほんとの基礎から難問をとぎほぐしていくやり方は学校の先生の比ではなかった。

性格的にも申し分なし。というか男に惚れられる男とでもいうのか。

山男タイプで、人を引き寄せるカリスマ的な魅力がある。

おれ一人っ子だから、こんな兄貴がまじほしいと思った。

授業がおわったあと、すすめられてうまそうにビールを飲むTさんをこせこせした親父と見比べると、快活で豪放な魅力がよけい際立っていた。

そこでの話でわかったのだが、なんでもTさんは母ひとり子ひとりの母子家庭でずいぶん苦労をしてきたらしい。

金のかかる私大に入ったことをずいぶん悔いていた。

夏休みも昼は肉体労働で夜がおれの家庭教師。

なんとか学費を自分で工面したいと口にするTさんがやたら格好良く見えた。

おれみたいな甘やかされた厨房とはべつの世界に生きている男。

Tさんみたいな男になりたいとひそかにあこがれた。


その日もTさんは来たのだが、どうしてだかは忘れたけど例の彼女もうちにいた。

彼女は母親によく会いに来ていた。そのついでにおれとも話すという感じ。おれはオマケなのかといつも不満だったよ。

そして心配していた通りのことが。彼女がTさんに一目ぼれしてしまったのだ。

厨房になってからは、彼女がおれの部屋にくるようなことはなくなっていたのだが、その日を境に頻繁におれに会いにくるようになった。

といっても話題はTさんのことばかりだから、喜ぶべきか悲しむべきか。

女のどういう仕草に男は引かれるのか、なんて聞かれたな。

ミニスカートでもはいてパンツちらちら見せたら男なんて一発だぜと答えたら、彼女に笑われた。

笑いやんで真剣な顔で、それほんと?と再度聞かれた。

つぎ会ったときには、やけに短いスカートをはいている。

聞くと、貯めていたおこずかいで買ったとのこと。

初めて見る彼女の健気な一面だった。

そうまでしてTさんと……と思うと、嫉妬の思いやら、いやあれはTさんなら仕方がないかというあきらめの気持ちだったのだろうか。


日曜日にTさんが早く来るときなどには、彼女と鉢合わせした。

鉢合わせ、というか彼女の側では予定していた行動だろうが。

いつでも物怖じしなかった彼女なのに、その日は動作がぎこちない。

友達ですとTさんに彼女を紹介すると、真っ赤な顔で口をもごもご動かして、彼女はすぐに部屋を出ていった。かと思えば、彼女の頭だったらできて当たり前のような問題を質問しにきたり。

彼女は おれの志望している高校には確実に入れるだろうというレベルだった。

その日、彼女はTさんと一緒に帰っていった。

ミニスカートの後姿を見ながら、彼女を心配に思う気持ち、嫉妬心、いや彼女のことを思えば良かったじゃないか、などといろいろと考えた。

残酷だが、Tさんが振ってくれればいい、とも。


>>次のページへ続く
 
カテゴリー:人生・生活  |  タグ:青春,
 


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