誤解の代償
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でも、貴方に知れると、変に疑われると思って嘘をついてしまったの。悪い事をしたと思っているわ。
信じてと言うのは無理なのは分かっているけど本当の事なのよ。」
「確かに無理が有るな。そもそも あの男の事を何も思っていないなら、自暴自棄に成ろうがなるまいが、何の関係も無い筈だ。
それでも行くと言う事は、お前の心の中にあいつを思う気持ちが有るからだろう?
熱い時間を過して、俺の事は何もかも忘れてしまった。あの時の、お前の目は今も忘れない。
不思議なもので、そんな時は、何とかお前の気持ちを、俺に向けさせたいと思ったよ。
だけど今は、そんな事どうでも良くなってしまった。何よりも、信じられ無い事が辛い。
そんな夫婦は、ざらに有るのかも知れないけれど、俺が求める関係では無いんだよ。
まして、お前の痴態を見てしまった以上、俺の許容範囲をとうに越えてしまっているんだ。
志保、俺も至らない所は有ったと思う。こんな事になるまでは、本当に良くやってくれた。感謝しているよ。
でもな、これで終わりにしようや。俺にも、次の人生が有るんだ。」
妻に未練が無いと言ったら、完全に吹っ切れた訳では無いのでしょうが、もう、後戻りは出来ない事も、この歳ですから分かってはいるのです。
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お互いの沈黙の時間が随分長く感じられました。
その時の妻の態度は、落ち着き払ったものの様に感じました。
「終わりにはならないわ。私は確かに貴方を裏切ったわよ。でも貴方は?何も知らないと思ったら大きな間違いよ。
ちゃんと分かっているの。あの人と、何も無いなんて言わせないわ。
きっと、あの時から続いているのでしょう?いや、もっと前からなのよね?
今更言ってもしょうが無いかも知れないけれど、私ばかり責められる事も無いと思うのよ。どうかしら?」
「武士の情けと言う言葉を知っているか?情けを掛けたつもりだったが・・・。
あれから何回男の所に行った?
お前、何が何やら分からなくなっている様だ。
言ってる事が、無茶苦茶だと思わないか?良く考えてみろよ。
矛盾を責められ無いうちに我を通すのはやめておけ。」
「何が矛盾が有るのかしら?何を言いたいのよ?」
この時になって、自分の言い訳に無理が有る事に気付いたのでしょう。苛々とした感情があからさまに感じ取れました。
「俺が、男の所に行った事を知ったのは、何時だった?墓穴を掘ったな。」
私がふんぎりを付けた瞬間だったかもしれません。
「男との関係は続けたい。でも、夫婦生活も続けたい。理想だよな。俺もそんな立場なら、そう思うかもな。
だけど、俺にはそんな図太さは無いな。・・・お前、何時からそんな女になった?
俺が知らなかっただけで、初めからそうだったのか?そんな事は無かったよな?
俺達は何をやって来たのだろう?
・・・もう、良いだろう?俺を自由にしてくれ。お前だって、自由になれるんだ。
これ以上、俺を傷付けるな。黙って帰ってくれ。」
この時、流した妻の涙は、今までとは違い、別れを決意している私にも、訴え掛けて来るものが有りましたが、抱き締めたり、優しい言葉を掛けたりする気持ちにはなれませんでした。
それでも帰ろうとはしません。
大きめのバッグの中には、見慣れた妻のパジャマや、化粧道具等が入っていましたが、それらを出させる事はさせませんでした。
「貴方の気持ちはもっともね。逆の立場なら、私も当然そう言うでしょうね。
でも、これで終わりはいや。もうどうにもならないのかしら?
確かに、あれからも続いていた。あんなに貴方を傷付けたのにね。
謝って済む事では無いけれども、ヅルヅルと引きずってしまった。
・・・一つ嘘を言うと それがばれない様に、又嘘をつかなければならない。
そんな事をしているうちに、醜い女になってしまったのね。ごめんなさい・・・。
それでも今は本当にあの人とは別れたわ。
やっぱり、貴方の方が好き。愛しているわ。
だから、このまま別れるのはいや。」
「もう遅い。男と別れようが別れまいが、そんな事は もうどうでも良いんだ。さっきも言ったが、俺も前に進む事にしたよ。
今は、お前との生活をなるべくなら思い出したくも無いのが正直な心境だ。それでも思い出すだろう。俺も辛いんだよ。
こんな事になって、こんなにプライドを傷付けられたのも、お前達のした事だ。
言い分は聞いたが、それでも俺の責任は、小さなものだと思っている。
さあ、帰ってくれ。俺にこれ以上言わせるな!お互いに嫌な思いをするだけだ。」
私は時間が気になっていました。
今日は、何の約束もしていませんでしたが、彼女が来てくれるとすれば もうそろそろです。
「煙草を買ってくる。その間に帰ってくれ。直ぐに戻るから、鍵は掛けなくても良いから。」
私は何気なく携帯を持ち外へ出ました。急いで煙草の自販機の方へ歩きながら電話を入れると、彼女がスーパーで買い物をしてくれている所でした。
「済まない。あいつが来ているんだ。直ぐ帰すから時間を潰していてくれ。帰ったら連絡する。ごめん。」
マンションに帰ると、まだ妻がいました。
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私は妻への愛情が、急速に冷めて行っているのを、ある程度前から気付いていました。
男との浮気が発覚した時には、本能的に奪い返そうと思い、強い怒りや色々な感情に駆られ、妻への愛情を感じましたが、マンションを借りて離れていると、何か どうでも良い様な感覚を覚えました。
彼女との事が そう思わせたのかも知れませんが、元々の私の性格から来る様な気もします。
要するに、1度汚れてしまったものを、受け入れる心の大きさが無いのだと思います。
汚れた妻は、本心はどうであれ 元の鞘へ帰りたがっている以上、私のやるべき仕事は終ったのです。
だからと言って この女を、その辺を歩いている人間と同じかと言えば、やはり違いますが、そんな事を言っていても仕方が有りません。
考えてみれば単身赴任中に理由はどうであれ、勝手な事をして来なくなり、私を汚いような物でも見る様な、目付きで見ていた女と一緒に暮らす訳には行きません。
また、その事がばれると嘘で固め、終いには支離滅裂な事を言い出し、ましてや、男に教えられた通りに私に言っていた事を許せる訳も有りません。
妻は、本当の事を話すと言って来たにも関わらず、このていたらくです。
「まだ居たのか。帰るようにと言っておいた筈だけどな。」
妻は、私を睨み付ける様な目で見詰めていましたが、表情は穏やかなものでした。
「誰か来るの?彼女でしょう?私は良いのよ。会って話しをしたいわ。」
「そうか。それも良いだろう。じゃあ、お前もあいつを呼べ。携帯にまだ登録して有るだろう?」
「別れてしまったのに、そんな事出来る訳無いじゃない。変に誤解されたくも無いし。」
「出来ないのだろう?また嘘がばれるからな。」
「そんな事無いわよ。」
「良く言うよな。お前は浮気がばれた時に、あいつとは終ったと言って、随分俺に良くしてくれた。
危うく信じそうになったよ。でも、続いていたんだよな?其処までしておいて、もう別れたと言ったって、はいそうですかと思うか?
何を考えているんだか、全く分からないよ。
なあ志保、信じ合え無い夫婦が一緒に暮らして幸せなのかな?どう思う?俺はそんなのは嫌だな。」
「いずれ信じてくれる様になれると思う。だって、私その位努力するつもりよ。」
「お前が努力するのは当たり前だ。それを見ている俺は何を努力する?
何故 俺が努力しなければならない?
それは努力では無く我慢だ。」
「・・・・其処まで言うの?分かったわ。確かに私がした事は許されるとは思っていない。
どうで有れ、あの人との事に溺れてしまったのは事実だし・・・。
でも・・・、分かって欲しい。」
「何を分かれと言うんだ?」
寂しい怒りが気持ちの中に沸き上がりました。
『志保、僕はお前と一緒になれて、本当に嬉しかった。疑った事だって無かった。幸せな思い出も一杯有るんだよ。愛していた。でも、もう良いんだ。もう、駄目なんだ。もう遅いんだ。』
心の中の私は、そんな事を呟きました。
「全てを分かって欲しい。私の全て。貴方が見様としなかった部分も。」
「それは無理だ。俺にだってお前の知らない部分は有る。他人の事を全て理解するなんて所詮無理な事だ。」
「貴方とは他人じゃ無いわ!分かろうとすれば分かってくれる筈よ!」
「いや他人だ。夫婦だって他人だよ。だから分かろうと思っても分かり得無い所は有るんだよ。その方が良い事だって一杯有るんだと思う。」
「・・・貴方。」
妻は何かを言いたそうでしたが、聞いた所でどうなる訳でも無いのです。
「さあ、もう行け。これから何か用事がある時は、ちゃんと出るから携帯に連絡してからにしてくれ。これからの事も、話し合わなければならない事も有るしな。」
「そうね。今日はそうする。だから、ちゃんと電話に出てね。お願いよ。」
「ああ、分かった。それから、娘は元気か?連絡は有るのか?
俺も電話でもすれば良いんだが、何か掛けづらくてな。連絡が有ったら、宜しく言っておいてくれ。
気持ちに余裕が出来たら、会いたいな。」
立ち上がりかけた妻に、そう声を掛けました。今迄の、夫婦の思いが蘇ったのでしょうか?
「・・・貴方御免なさい。本当に御免なさい!私悪い女ね。御免なさい・・・。」
涙をタップリと溜め、私に抱き付いて来た妻を、強く抱き締めていました。
何故そうさせたのか、割り切ったつもりでも、長い間の二人の絆が そんな行動に走らせたのか、今でも自分の気持ちを理解出来ません。
妻が帰った後には、身体も気持ちも力が抜けてしまい、彼女に連絡するのも億劫になってしまいました。
ぼぉーとしていると電話が鳴りました。彼女からです。
「御免、御免。連絡が遅れた。帰ったから もう来ても良いよ。」
少し経ってから部屋のチャイムが鳴りました。
「奥様、私達の事何か言っておられましたか?」
やはり気になるのか、入って来ての一言目がそれでした。
「うん。それなりに君との事は知っていた。」
「そうですか。それで次長、お認めになったのですか?」
「いや、曖昧に誤魔化して於いたけれど、知っていると思うよ。君と一緒に居る所を見た様だしね。何かまずい事でも有るのかい?」
「いいえ。そんな事は有りませんが、次長はそれで良いのですか?まだ奥様の事を思っていらしゃるのでは無いですか?それなら、はっきりと言って下さい。」
「・・・・すまない。何の感情も無いと言ったら嘘になる。でも、元に戻ろうとは思っていない。今は、君だけを見るようにしている。」
「それは、努力していると言う事ですか?」
私は、次に出す言葉に詰まりました。
彼女の不安が痛いほど伝わって来ました。
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『それは、努力していると言う事ですか?』
彼女の言葉は、私が先程、妻に
『俺が何を努力する?何故努力しなければならない?』
そう言った気持ちと同じ辛い言葉な筈です。
何て可哀想な事を言ってしまったのか、思いやりの無さを物凄く後悔しました。
「深い意味は無いんだ。それより今度、友達に紹介するよ。僕の気持ちは決まっているつもりだ。」
何とか気持ちを伝えたく、前から考えていた事を言いました。
「無理しなくても良いんですよ。
私はこう見えても結構タフなんです。
奥様との事がそんなに簡単なものだとは思っていませんから。」
少し前に妻を抱き締めた腕で、今度は、彼女を抱き締めてしまいました。
私は佐野に連絡を取り、彼女に会わせる日時を設定しましたが、当日、彼女の部下がトラブルを起こしてしまい、やや遅れて来る事になってしまいました。
「色々大変だったな。あの時、余計な事をしてしまったと後悔していたんだ。
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