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記憶を消せる女の子の話
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71 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)19:57:03 ID:cBh(主)
この高校生活でも、中学生のときと変わらない「名前だけの存在」だ。

しかし、中学のころよりもっと印象は薄くなっているはず。

高校一年になり、学校生活でやってみたかったことをやる度にあらゆる人の私に関する記憶を消してきた。

積極的に記憶を消す能力を使ってしまっているのである。

高校以前と以後で私の記憶を消す能力の使い方は大きく変わった。




73 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)20:12:00 ID:cBh(主)
小学校から中学校の間はしぶしぶといった風に、降りかかる火の粉を払う程度、つまり受動的に記憶を消してきた。

自ら積極的に記憶を消そうという意思はないから、記憶を消す回数も少なく、クラスメイトの頭の片隅に「授業を真面目に受けている影の薄い人」

程度には認識されていたと思う。

しかし、高校生活は真逆だ。

遅刻のもみ消しや、授業を抜けて屋上に行くやなんやらで積極的に記憶を消している。

そのため、記憶を消す回数は中学の時に比べて10倍くらい上昇しているのだ。

毎時間サボっているというわけでもないけど、「授業を真面目に受けている影の薄い人」

という認識もクラスメイトにはされていないと思う。




74 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)20:20:38 ID:cBh(主)
「あいつの名前なんだっけ……たしかセなんとかだよな」とひそひそ囁かれる具合だ。

頭文字程度の認識しかされていない。

これで、中学と同じ「名前だけの存在」に変わりはない。と言うのは誇張だったかもしれない。







77 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)20:35:11 ID:cBh(主)
だから、そんな私のフルネームを言える人がいるなんて、思いもしなかった。

でも、どこかで期待していたから、こんなにも胸がきゅうと締め付けられて、目頭が熱くなるのだろう。

意識していないとわんわんと大声で泣いてしまいそうになる。

だから私はイシハラくんと会話を続けて、泣きたい気持ちを押し込めようと試みた。




78 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)20:41:11 ID:cBh(主)
「なん……で、私の名前、憶えてて…くれてるの?」

「いや、なんで泣いてんだよ」

「泣いてないっ!」

「いやどう見ても泣いてる」

私の試みは失敗していた。視界がぼやけている。イシハラくんの顔がよく見えない。

声はどうしても震えてしまって、このままだと嗚咽に変わってしまいそうだった。




80 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)20:51:28 ID:cBh(主)
泣いているのがバレてしまったのなら、もう遠慮なく泣いてしまってもいいのかな。

泣くのは、小学生のあの時以来だ。あの日以来どんなに辛くても涙はでなかった。

ああ、私は嬉しいんだ。

肩を揺らして泣く。溢れる涙は何度拭ったところで止まらなかった。




81 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)21:02:39 ID:cBh(主)
「お前、よく泣くよな」

慰める気もないイシハラ君はごろんと仰向けに寝て、青空を眺めている。

それが私にとってどれほど優しい行為なのか、彼はわかっているのだろうか。

後で、イシハラくんの記憶の中にいる「泣いた私」を消そう。




82 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)21:09:19 ID:cBh(主)
そうすれば、私は思う存分、幸せという幸せを味わい尽くすまで泣いていられる。

満足したところでイシハラ君の記憶を消して、「屋上で出会った普通の女の子」としてもう一度自己紹介するんだ。

クラスメイトにはできなかった、特別な自己紹介をしよう。

私の好きな本とか、音楽とかを笑顔で饒舌に完璧に伝えよう。

だから今はそのために思いっきり泣く。




83 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)21:14:26 ID:cBh(主)
リアルにわんわんと泣く女子高生にさすがにうろたえて来たのか、イシハラくんは

「おい、アカリさん」と遠慮がちに声をかけてきた。

ひょっとして慰めてくれるのだろうか。

彼には似合わないけれど、聞いてやるのもやぶさかではない。






84 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)21:23:42 ID:cBh(主)
泣きながら言葉を待つ。涙を拭くついでに、イシハラくんをちらちらと見る。

イシハラくんはポケットからスマホを取り出して、私に向けた。

「写真はだめ!」

「いや、撮らねえよ……。時間確認してるだけだ。つーか泣いてる焼きそばパン女撮ってなんになるんだ」

「うぐ……」

「あと少しで授業始まるけど、いつまで泣いてるつもり?」

「気が済むまで」

「そうかよ」

彼はそうぶっきらぼうに呟いて、スマホを学生鞄に放った。

「俺も気が済むまでここにいる」




85 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)21:33:52 ID:cBh(主)
この人、やっぱり優しいんだな。

理由とか聞かずに、ただ一緒にいてくれることは私にとって一番の慰めだ。

涙の理由を聞かれて、名前を知っててくれてうれしかったから。

なんて答えれば変な女だ。

もうイシハラくんにはそう思われているかもしれないけれど、せめてミステリアスな理由で泣いているのかもしれないという含みは持たせておきたい。

次の授業のチャイムが鳴るまで、私は泣き続けた。




87 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)21:44:37 ID:cBh(主)
「もう気は済んだのか?」

「うん。あと10年くらいは泣かなくて済む」

青空に浮かぶ雲を見るついで。それくらいの僅かな目の動きで、イシハラくんは私を見た。

「そんな笑顔で言われてもな」

私は笑顔だったのか。私はまだ笑えるらしい。その理由も嬉しさに起因しているのだろう。

名前を憶えていてくれていた人がいた。という事実は、私がこれからも生きる上での励ましになる。




89 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)21:53:01 ID:cBh(主)
私はイシハラくんの隣に座った。昔からの癖で、体操座り。

イシハラくんは急に近づいてきた私に動揺して、距離を空けた。

「なんで逃げるの?」

あとで記憶を消せると思うと、大胆に振る舞える。




90 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)21:59:07 ID:cBh(主)
イシハラくんは上体を起こして私を見やる。

「俺の縄張りに侵入されたからな」

「だったらせめて自分の縄張りを守る努力をしなさい」

こんな、誰もが当たり前に過ごしているくだらない時間を、私はずっと体験してみたかった。




91 :名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)22:05:49 ID:cBh(主)
私とイシハラくんは仲良くなれたと思う。

くだらない会話をたくさんした。

女子高生らしく、不意な動きでドキドキさせてみたりもした。

楽しい時間は早く過ぎるもの、ということを私は今まで忘れていた。

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った時、彼は立ち上がる。

「じゃあな、お前もはやく行かないと授業間に合わないぞ?」

そそくさと去ってしまう背中に、私はだめだとわかっているのに、声を掛けた。

「明日もくる?」

「昼休みにな。今度は授業、サボらせないぞ」

私は、イシハラくんの中にいる私を消すことができるのだろうか。





>>次のページへ続く
 
カテゴリー:読み物  |  タグ:青春,
 


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