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死の淵から




ふと外を見ると元気のいい子供と、車椅子のおばあちゃんが仲良く遊んでいます。

病室のベッドからは、妻が働いているスーパーが良く見えるので、調子の良いときは外を見るのが私の日課になっています。



小さい頃から少し体が弱く心臓に持病を持っていたことから、病室のベッドで寝ることに慣れているとはいえ、元気に働く妻を この手で抱くことも出来ず、日々悶々と窓の外を見る毎日に寂しさを感じていました。

妻と離婚すれば こんな思いを感じることも無く一人で死ねるのだろうか?と考えてみるのですが、眠りにつくたびに妻とのことが思い出され、やはり妻を愛していることを再度思い知るのでした。


考えてみると妻と結婚してからの私は、今までに無く元気で、妻や子供の顔を見るたびに『まだ死ぬことは出来ない』との思いで頑張ってこれたのだと自分自身そう感じていました。

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妻の 諒子と結婚したのは26歳の時 もう18年前のことになります。

当時、私は心臓の持病に悩まされながらも技術系の仕事に就き、何とか日々暮らしているような状況でした。

それなりに女性との付き合いもありましたが、持病があることに負い目を感じ、

何時死ぬか分からないような自分と結婚して不幸にさせるわけにはいかないとの思いから、

深い付き合いになることも無く、このまま一人で朽ちていくのかと、絶望にも似た感情を持ち仕事にも中途半端な気持ちで望んでいたものと思います。



私が入社して1年後 彼女は入社してきました。

活発で気持ちのいい 私には持ち得ない生命力のようなものを持っていました。

そんな彼女に惹かれるのは時間の問題でした、しかし私には どうしても今一歩踏み出す勇気がありません。

恋人とも友達ともつかない中途半端な状態でしたが、日々諒子に対する思いが深くなることに自分自身戸惑いを覚え、

また諒子の気持ちも私に向いていると確信が強くなるにつれ、自分の事を告げる勇気が持てず私のほうから少しずつ距離を離すことにしたのです。



私の病気は日常生活に支障はありません、激しい運動を続けなければ、即死に至る心配もありません。

しかし、幼少の頃から何度か死の淵を垣間見るにつれ、何時死んでもおかしくないと自分で思い込んでいたのかもしれません。



諒子と出会い1年経ち、煮え切らない私の態度に愛想を尽かしたのか、諒子の方からも接触してくる機会が少なくなってきました。

私は心の中でほっとする気持ちと、どうしようもない寂寥感をもてあまし、これでいいと無理に自分に言い聞かせる毎日でした。


ある日、同僚の田中が私に「お前諒子ちゃんと別れたのか?」と聞いてきました。

私が「そもそも付き合ってない」と言うと、

「へ〜本当に?でも諒子ちゃんはお前のこと好きだと思うぜ、でもお前がそういうなら、俺諒子ちゃんにアプローチしようかな〜」

「お前ならいいんじゃないかな」と言ってしまった後、私は胸が締め付けられるような思いを感じ、

何度こんな思いを繰り返さなければならないのか?人を好きになるのを止められれば、苦しみから解放されるのにと絶望感ともつかない感情に支配されていました。


諒子から田中に付き合ってくれと言われていると聞いたのは、それから数日経った後でした。

諒子が何故私にそのことを言ってきたのか、私には分かっていました。




しかし、当時の自分にはそれを止める権利も無いと感じていましたし、田中と結婚したほうが諒子は幸せなのではないか?と感じていたのも事実でした。

それから田中は私に見せ付けるように諒子にアプローチをかけていました。

勇気の無い私は、それを正視することも出来ず そそくさとその場を立ち去るのでした。



それからしばらくして職場の親睦会の時の話です。

相変わらず田中は諒子にアプローチをかけていました。

諒子も まんざらではないようで、2人で楽しく話しているのをいたたまれない気持ちで見ていました。

体のこともありお酒は極力飲まないようにしていたのですが、このときばかりは私もお酒の力を借りなければ過ごすことが出来ず、明らかに許容範囲を超える飲酒にとうとう体が耐え切れなくなってきました。


トイレに行こうと立ち上がるとふらふらと倒れて胸が苦しくなってきました、

発作であることは自分自身分かっていましたが、この時は死の恐怖より このまま消えてなくなりたいとの思いが強く、

諦めにも似た感覚、遠くなる意識の中で諒子にせめて愛している事実だけでも伝えておけばよかったと思ったことはよく憶えています。



目覚めると、諒子が私の顔を覗いていました。

その時 私は、最後に諒子の顔が見れて良かったと思いました。

私は諒子をじっと見つめていました。目から涙が出てきます。


意識が戻ったことに気が付いたのか田中が両親を呼んでいる声が聞こえます。

諒子も目に涙を浮かべて私の肩を抱き、枕に顔をうずめ、涙を流し消え入りそうな声で

「私もあなたのことが好き、だから死んじゃ駄目。私が貴方を死なせない絶対に死なせないから」

と泣き出してしまいました。



私はその時、嬉しくて思わず諒子の首に腕をまわして「俺もだ」と言いました。

後から聞くと酒場で倒れたとき薄れる意識の中で諒子に「愛していると」告白したらしく、その後 田中に冷やかされるネタになっていました。


田中も俺のことを心配し私に奮起を促すために諒子に迫っていたようで、それは諒子も分かっていたようでした。

まんまと田中に乗せられた形でしたが、田中も「これでお前が踏ん切りつかなかったら俺が諒子ちゃんもらってたぞ。惜しいことをした」と私たちの行く末を祝福してくれ、私は田中に感謝しても仕切れない思いを抱いていました。



おかげで、とんとん拍子に話が進み、諒子は

「病気も含めて貴方、でも私と結婚すれば、毎日気が抜けなくてきっと死ぬことだって忘れちゃうよ。だから前向いて生きていこう」

と私はこのときどんなことがあっても諒子だけは幸せにすると誓ったのでした。



何も疑うことも無く人生で一番幸せなときでした。

一男一女をもうけ、子供達が大きくなり、長男が小学4年生、長女が1年生になって、手が離れ始めたとき、妻が「私も外へ出て働きに行きたい」といって近くのスーパーに働きに出ることになったのです。


妻が働きに出ることには私は賛成でした。

もともと活動的でそれが魅力の妻です。

子育ても一段落し、これから学費もかかることですし、無理の無い範囲であれば、妻のためにも仕事をすることはいいことだと感じていました。

あくまでパートですし、仕事も子供が帰ってくる頃にはあがり、土曜日は朝から夕方までというシフトですので文句はありませんでした。

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妻が働き出してから半年ほどして妻から、

「日曜のシフトと月曜のシフト変わって欲しいと言われてるんだけど・・・変わっても良いかしら?」と聞かれ

「お前がいいならいいけど日曜は何時まで?」

「一応昼2時ごろまでなんだけど・・・・駄目かな?」

「あまり無理するなよ」

「私なら大丈夫よ」

「なら頑張ってな、俺も日曜に家事でもするよ」

「貴方にそんなことさせられないわ、でもありがとう」

ということで妻は日曜日も働くことになりました。



この頃、妻も私も30代後半という年代でした。

妻は いまだに私にとっては、一番魅力的でした。

しかし、年のせいもあるでしょうが妻が私の体を気遣って、夫婦生活のほうは かなり少なくなり月2回もあればいいほうでした。

私としては、もっと妻を愛したいのですが、妻から

「十分愛されてます、私は貴方がいなくなるほうが怖い だからもっと自分の体を大切にして」

といわれてしまえば何も言えないのでした。


それだけに私の体調のいい日には、必ず妻も応じてくれ 私の物で気をやるのです。

私は決して小さい方ではないのですが、体のこともあり、何回も出来ないので、必ず妻が気持ちよくなるように前戯をたっぷりとし、妻が満足できるように おもちゃなども駆使して妻に奉仕していました。



妻は そんな私の気持ちを分かってくれ夫婦生活では必ず私に体をゆだね、心から感じて前戯で何度も絶頂を迎えるのです。

挿入後も私の物で十分奥までつくことが出来、失神するかのごとく激しく感じ、

私の体のこともあって騎上位が多かったのですが、 激しく前後に腰をグラインドさせ、「だめ〜もうだめ〜」と背中を大きく反らせ、 私のものを絞り上げるのでした。

妻は私との行為で初めて女の喜びを味わったと私に言います。



過去一度だけ呟く様に、

「一晩中、 貴方で何回もいかされて見たいけど貴方がいなくなるぐらいなら我慢できるわ」と言われ、



そういう妻がいとおしく、もっと愛したいのですが、妻は私が一回果てると、たとえ妻が もっとしたいと思っても「今日はお終い」といって2回目は応じてくれないのです。

それも、 妻の愛情からのことで、今であっても妻の私への愛情を疑ったことはありません。

しかし、時々夜に一人で慰めてる姿を見たとき自分の体のことが情けなく感じました。

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日曜にシフトを入れるようになっても妻に疑わしいところは一切ありませんでした。

しかし、日曜の働く時間が更に増えて 5時ごろまでになり、

他の日も妻の働きが認められリーダーとなったことで就業時間も増え、

妻も疲れているのか月1回はあった夫婦生活も段々減り、

妻が働き出して2年経ったころには3ヶ月もレスになっておりました。



今まで私に気遣い私とのセックスが好きだった妻をちゃんと満足させられてないと感じていた私には、

妻を とがめることもできず、また40にもなれば少なくなって当たり前という、友人達の話もあいまって しぶしぶではありますが、納得せざるを得ないと思っていました。

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ある日曜のことです。

昼も過ぎ遅くなったのですが、台所で子供のご飯を作ろうとしたとき食材が足りないことに気が付きました。

子供達に「昼ごはんを食べに行くついでにママの働いているところを見に行こうか?」と日曜に久し振りに妻の職場に買い物にいくことにしました。

妻には恥ずかしいから来ないでといわれて主に食品しか扱ってないスーパーに行く機会もなかったので働き出した直後は何回か行きましたが、妻が日曜日に働きにで始めてからは一回もいったことはありませんでした。


お店に着くと子供達は少しは、しゃぎぎみにスーパーに駆け足で入って行きました。

まだ母親が恋しい年ですし、また出かけて妻に会うというのも何か新鮮な気がして私も少しどきどきしていました。

長女が母親を探している間、私は必要なものを籠にいれ、会計をする前に子供を探しました。

しばらくして長女が店員さんと話しているのを見て私も近くにより、

「妻がお世話になっております、お仕事の邪魔をして申し訳ございませんでした」

「いえいえ〜リーダーには私もお世話になってますから」

と感じのよさそうな年配の奥様でした。

しかし、その後の言葉に私は息を飲むのです。

「でも桂木さんいつも1時には上がっちゃうから今日は お帰りになってると思いますよ」

「え、・・・いつも1時上がりですか?」

「え・・・あ、多分ひょっとしたら店長と上で会議かもしれないけど・・・・」

「店長さんは今どちらに?」

「ど、どこでしょうね。今日は見て無いから・・・」

「そうですか・・・私の勘違いでした、すいません。では今日は これでお手を煩わせて申し訳ございません」

「い、いえこちらこそ」とそそくさと立ち去りました。

私は子供から「今日はママ帰ったのかな?」と言われるまで呆然と立ち尽くしていました。



子供から声を掛けられ我に返り 会計を済ませる間中

先ほどのパートさんの言葉が頭を巡ります。

日曜の出勤が延びたと言うのは妻の嘘なのでしょうか?

パートさんにあのような嘘を作る理由が見当たりませんし、実際 妻はここにはいません。

会計を済ませた後気もそぞろに車に乗り込みました。

ふと駐車場を見回し妻の車を探しました。

それほど大きな駐車場ではありません。

ぐるっと回って駐車場内を見渡しても妻の車はありませんでした。

ハンドルを握りながら何故 妻がこんな嘘を言わなければならないのか?という事で頭がいっぱいになり、駐車場の出口で車の流れを見ながら悪い想像ばかりしてしまうのです。


子供達に「パパどうしたの?」と言われ、なんとか気を取り直して車を発進させるのですが、やはり何故妻がこのような嘘をつく必要があるのか理解できないでいました。

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家に帰ってみてもやはり妻の車はありません。

家に入り子供達の「お腹がすいたよ〜」という言葉を聞くまで、またも考え込んでしまっていました。

子供達の為にご飯を作りながら、妻の帰りを今か今かと待っている私がいます。

「ご馳走様」という子供達の無邪気な笑顔に少し救われながらも、今子供達と遊ぶ気にもなれず、自室で仕事するから2人で遊ぶように言って、早々と自室へ引きこもり、ベッドで寝転びながら何時間考えていたのでしょうか。

妻の車が駐車場へ入ってくる音が聞こえてきました。


玄関を開け中へ入ってくると子供達の「お帰りなさい〜」という元気な声が聞こえてきました。

部屋からでて、2階から玄関を見ると いつものように妻に甘える子供達の姿が見えます。

妻を見るとパートさんの一言で動揺する私が妻を信用していないように思え、ちゃんと妻に聞いてみようかとも思うのですが、私が妻を疑ったということを妻に知られたくないと言う思いもあり、なかなか決心がつかないでいました。


私がゆっくり2階から降りていく途中で娘が

「ママ今日はママのお店にいったんだよ。ママいなかったけど、パパも残念そうだった〜」

と無邪気に報告している声が聞こえました。

私自身が問いただすかどうか気持ちも定まらないまま娘が聞いてしまったことで私は少なからず動揺しました。

「え?今日来たの?そっか・・・・・ごめんねママ店舗の集まりで午後から本部のほうにいってたから、ママも会いたかったよ〜」

と妻が言うのを見て一瞬ほっとしました。

パートさんが言ったいつも1時上がりだと言う言葉に引っかかりつつも、動揺する様子も無く子供に説明する妻を見ると疑いを持った私が早計だったかとも思えてきました。

妻は私の顔を見ると

「どうしたの?少し疲れているようだけど・・・大丈夫?休んでいたほうがいいのじゃない?」



>>次のページへ続く

 
 
 

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