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みんなの大好きな、みどりいろのあいつの話
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89 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 12:54:12.96 ID:GxPuxG5u0
ジュークは とまどったような顔で言った。

「でも、このきおく、じぶんのたちばをしるうえでは、すごくわかりやすくて、じゅうようなきおくなんです」

「立場なんて忘れちまえ。ジューク、よく考えてくれ。

ジュークがそれを当然のように話すのは、おかしいんだ。

それはロボットにとっては当然の状態かもしれないが、ジュークにとっては地獄だったはずなんだよ。

くそったれ、あの店主ジュークが人間だってことは知ってたんだろ?」


「んー、でもだいじょうぶなんですよ」とジュークは笑う、

「じゅーく、なんかもう、きかいみたいなものですし」



90 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 13:21:00.86 ID:GxPuxG5u0
ロックは立ち止まり、ジュークに視線の高さを合わせて、言った。

「ジューク、確かに、自分を機械だと思えば、

自分を人間だと思ってるよりは、ずっと楽に生きられる。

そう思わないと耐えられない時期があったのも分かる。

でも、ジュークは間違いなく、人間なんだよ。

一緒に暮らしてる、俺が断言するんだ。

ジュークにはこれから、普通の生活を送ってほしい。

幸い、俺には自由にできる金がいくらでもある。

そう、できることなら、どうにかしてジュークを、ハツネになる前の姿に戻したいとも考えてるんだ。

そうすれば、学校だって通えるだろう?」



91 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 13:38:12.85 ID:GxPuxG5u0
ジュークは困ったような顔をした。

それから、ふと視線を上に向けて、電線にとまっている数千羽のカラスを見た。

「すごいからす」ジュークは話題を逸らすように言った。

「最近、カラスが増えてるんだ」とロック。

「他の街から逃げてきたって噂もある。向こうじゃ音響兵器の実験が盛んだからって」


ロックは「ぶぅいん」という奇妙な振動音を聞いた。

直後、電線に止まっていたカラスの大群が、一斉にボトボトと地面に落ち始めた。



95 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 16:34:27.47 ID:GxPuxG5u0
夕焼けの中、黒い塊が次々と空から降っていた。

たちまち辺りにカラスの死体が積み上がっていった。

生き残ったカラスたちは一斉に非難し始め、夕焼けに染まっていた空は真っ黒になった。

その場にいた人たちは皆、その光景に見とれていた。

あまりに非現実的な光景に自身の目を疑ったのか、悲鳴を上げる人は一人もいなかった。

カラスは地面に落ちる前から死んでいた。

それをやったのがジュークだということは、ロックにも何となくわかった。



96 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 16:48:55.25 ID:GxPuxG5u0
「これでも、にんげんといえますか?」

ジュークはロックの顔を見ずに、そう言った。

ロックは何を言えばいいのか分からなかった。

「さいきん、おもいだしちゃったんです。じゅーくって、おんきょうへいきなんですよ」

「音響兵器……」とロックは繰り返した。

こんな馬鹿げた出力の音響兵器なんて、ロックは今まで聞いたことがなかった。



97 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 17:12:50.34 ID:GxPuxG5u0
二人は無言で帰り道を歩いた。

家に着くと、ジュークは寝室にこもった。

毛布を頭からかぶって、体を丸めた。

しばらくして、ロックがドアをノックした。

ジュークは「ねてます」と答えた。

ロックはジュークのベッドに腰かけた。

「さみしいのか?」とロックは聞いた。

「ヴォーカロイドは、さみしがったりしません」

ジュークは毛布の中からそう答えた。

「かわりに、さみしいうたをうたうんです」

「なら、人間と変わらないさ。大勢の人が、そうやってさみしさと戦ってきたんだ」

そう言って、ロックは毛布の上からジュークの背中をなでた。



98 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 18:20:34.40 ID:GxPuxG5u0
ジュークはさみしい歌をうたった。

夕日坂、とかいうオールディーズだった。

ロックは毛布をめくって、ジュークをそっと抱き寄せた。

「ますたー、これじゃうたえません」

そう言いつつも、ジュークは両手をロックの背中に回した。

ロックはジュークの首の後ろをさすりながら言った。

「大丈夫だジューク、ちゃんと残ってる。あったかいものを、俺はジュークから感じられる。ジュークは人間だよ。俺が保証する」

でもそんなことは、ジュークにとってはどうでもよかった。

ますたーのいるところにいられれば、それでいいや。



99 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 21:16:43.48 ID:GxPuxG5u0
後日、ロックは その手のことに詳しい男に連絡を取った。

「音響兵器のことで、調べて欲しいことがある。

かつて、ヴォーカロイドってものがあっただろう?

あれと、音響兵器の関連を調べて欲しいんだ」


一カ月後、相手の男から連絡が来た。

ロックは近所のバーでその男と落ち合った。

男は資料をロックに渡し、言った。


「一体どうやって行きついたのか知らないが、

ロックンローラーさん、あんたの勘は正しいみたいだな。

ボーカロイドと音響兵器に関わる、きな臭い話が一つある」



101 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 22:20:22.63 ID:GxPuxG5u0
「三十年ほど前、まさにボーカロイドの最盛期、もちろん公にではないが、あるプロジェクトが始まった。

楽曲になぞらえて、『初音ミクの開発』と呼ばれたそうだ。

名目は本物のヴォーカロイドの開発だったんだが、実際にやってたのは、人型音響兵器の開発さ。

歌で世界を物理的に変えるシンガーを作ろうとしていた。

だが結局、プロジェクトは立ち消えになったらしい。

奴らは調子に乗って、人体実験にまで手を出したんだ」


「ああ、そこまでは、実を言うと知ってるんだ」とロック。



102 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 22:27:22.46 ID:GxPuxG5u0
「俺があんたに調べて欲しかったのは、その人体実験に使われた女の子のことだ。

ハツネの姿そっくりに改造された女の子。

その子の、本当の名前、生まれ故郷、ハツネになる前の姿が知りたいんだ」

男は大げさに首をふった。

「さすがにそこまでは、俺には無理だな。

そもそも、人体実験に使うような子だ、多分、最初から住所も名前もないような子だろうよ。

今時誘拐とか拉致はリスクが高すぎるからな、それ用の人間が造られてるって考えるのが妥当だ」

そうか、とロックは空をあおいだ。



103 :名も無き被検体774号+:2013/04/01(月) 22:35:35.12 ID:GxPuxG5u0
「それはそうと、体の調子はどうだ?」と男が聞いた。


「まあ、最悪だな」とロックは肩をすくめた。


「肉体の拒絶反応が、ピークに達しようとしてる。歌うことをやめても、症状は悪化するばっかだ」


「そうか。まあ、俺がどうこう言う話じゃないが、残りの時間、せいぜい楽しく生きることだな。

最近のお前、ちっとも話題にならないし、つまらないぞ?

過去の事件なんて気にしてる場合じゃないと思うが」


「俺は楽しんでるよ。今、人生の絶頂にある」

ならいいんだけどな、と言って男は店を出ていった。



>>次のページへ続く
 
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