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記憶を消せる女の子の話
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111 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)01:07:20 ID:pIU(主)
「ない、」

「灯はそのきっかけを忘れてる。灯が消せるのは他人の記憶の中の灯だけじゃないんだ。灯の記憶の中の灯も消せるんだよ」




112 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)01:09:56 ID:pIU(主)
私はただ彼の言葉に耳を傾けることしかできなかった。

私が知らない私のことを、彼は知っている。

私は泣くのを堪えて、続きを促すように彼を見つめた。




113 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)01:19:27 ID:pIU(主)
「これは灯にとって辛い話かもしれない。たぶん、灯が忘れたいと願えば忘れてしまえる。

でも、俺はきちんと受け止めてほしいと思ってる。

6年かけてようやく会うことができたんだ。

それくらいの我儘は聞いてくれると嬉しい」

私は泣いて赤くなった顔を両手で覆った。泣いてはいけない。

最後に両目をごしごしとこすって、イシハラくんにぐちゃぐちゃの顔を向ける






114 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)01:27:33 ID:pIU(主)
「俺の家族と灯の家族は、6年前の初詣通り魔事件に遭っている。

それで、俺の父は知らない人の子供をかばって死んだ。

そして灯のお父さんもまた死んだんだ。俺とお前をかばって」




115 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)01:38:33 ID:pIU(主)
人が虫のように密集していた。

長蛇の列は俺にとって退屈そのもので、退屈しのぎに父さんに肩車をしてもらった。

高い視線からは列の先頭やその先の景色まで見通せた。

首を巡らせてみると、右の列だったかな、ぽっかりと穴があいていた。

こんなにも辺りは密集しているのに、そこだけ異様に人がいなかった。

俺はおかしいと思って父さんにそれを言おうとしたとき、女の人の叫び声が聞こえた。

人々は混乱し、我先に我先にと逃げる。




116 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)01:46:02 ID:pIU(主)
俺は意味がよくわからなかった。

その混乱の中で誰かが「通り魔だ、逃げろ」と叫んだ。

その言葉が一層の混乱を招く。

通り魔と言われても、俺はさっぱり意味が解らなかった。


だが父さんは違った。

逃げ惑う人々の流れに反して、叫び声がした場所のほうを向く。

俺を肩車から降ろして「お母さんには留守番してもらっててよかったな。お前は人の流れに従って走れ」

と言って、あの場所へ走って行った。

俺は嫌な予感がした。




117 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)01:56:00 ID:pIU(主)
このまま逃げたら後悔すると思った。

俺は父さんを追いかける。

大粒の砂利が敷き詰められているせいで転んでしまった。

「大丈夫?」

俺に声を掛けたのは、幼いころの灯だった。

白い肌と顔のパーツのそれぞれが、美しい脆さを感じさせた。

たぶん、泣き虫だな、と思った。




118 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:05:52 ID:pIU(主)
「はやく逃げなきゃいけないよ、お父さんとお母さんは?」

灯の父親が心配そうに尋ねる。

「あっち、行った」

立ち上がりながら、父さんが走って行った方向を指さした。

灯の父親と母親は小さな声で何かを相談している。

「いかない方が良い。代わりに僕がみてくるよ」

灯の父さんはそう言って、俺の頭を撫でた。

灯と灯の母に大丈夫だから、と強く優しい声で言い、走って行った。

俺が父さんを追いかけていなければ、ここで躓いていなければ。

後悔は今も消えない。






119 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:20:53 ID:pIU(主)
数分の間、俺は千家家と行動を共にした。

「今はここから逃げますよ」

と灯の母は言い、俺の手を引いた。

「あなたのお父さんは私たちのお父さんが連れてきますから、安心してくださいね」

灯の母は静かに微笑んだ。もう、その微笑みを見ることはできない。

「そーだそーだ、ウチのパパは無敵」

灯も俺の手を引く。

俺は安心して、手を引かれるままに進む。出口は混雑していてまだ通れそうにない。

けらけらと、笑い声が聞こえてきた。

その声に振り向くと、一人、キャップをかぶった男が空を見ながら笑っている。




120 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:28:41 ID:pIU(主)
「あいつ、捕まったな」

男は急に笑うのをやめて、ぽきぽきと不快な音を立てて首を回した。

ポケットの中に手を入れて何かを探してる。

俺は怖くなって目を背けた。

早く逃げたかったが、逃げる場所もどこにもない。堅実的なのはここでゆっくりと進む列に身を任せることだけだ。

皆急いでいる。焦燥が伝わってくる。人が多すぎて、どうしても停滞せざるを得ない。




122 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:36:40 ID:pIU(主)
灯の母からも焦りが伝わってくる。ここで私がうろたえたら終わってしまう、と思っていたのだろう。

つーと冷や汗が灯の母の頬を伝うと、灯の父が走ってきた。浮かない顔をしている。

「パパおかえり!」

灯の無邪気な声を、灯の父は黙殺した。

その雰囲気を察して、灯の母は唇から声にならない声を漏らす。

「通り魔は捕まった、安心していい。でも……ごめん」

俺はその言葉の続きが、なんとなくわかってしまった。




123 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:46:51 ID:pIU(主)
「君はイシハラくん、だよね」

俺は頷いた。

「これは、君のお父さんの所持品なんだ。本当に、ごめん。僕は何もできなかった。駆けつけた時には、もう遅くて…」

免許証や、財布、お母さんへのお土産のお守りを渡された。お守りは強く握りしめられた跡があり、僅かだが血がついていた。

「通り魔に襲われている子供を助けて、君のお父さんは……亡くなってしまった」


胸が苦しかった。足の震えもおさまらなかった。

今にも泣いてしまいそうになる弱い自分を押し殺そうした。

声は我慢できたが、涙は我慢できなかった。





124 :名無しさん@おーぷん :2017/02/26(日)02:57:16 ID:pIU(主)
一滴涙が頬を落ちた時、俺は強く思った。

こんなに悲しいけれど、忘れちゃいけない。

見ず知らずの誰かを守って死んでしまった父さんを憶えていなきゃいけない。

涙を拭って灯の父に頭を下げる。

「ありがとう、ございます」

灯の母にぎゅっと抱きしめられた。





>>次のページへ続く
 
カテゴリー:読み物  |  タグ:青春,
 


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